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11

「どうしてって……だってここには、祥吾さんのアトリエがあったはず」
 籐佳がそう言うと、祥吾が笑う。
「ああ、たった数日のこと覚えていたんだ? ああ、そういや外ばかりみていたよな……」
 祥吾はあの時のことを思い出して少し笑っている。
「本当に、君はいつもタイミングが悪い」
 祥吾はそう言い、籐佳を睨む。
「何故ですか? 僕は何かしましたか?」
 祥吾に恨みを買っていることだけは籐佳にも分かった。けれどその理由を思いつかない。どちらかというと籐佳は永峰の方に懐いていて、永峰ばかりを頼っていた。だから負担は圧倒的に永峰の方が多かったはずで、それで永峰が恨んでいるならまだ理解は出来た。
 祥吾は更に籐佳を睨んだ。
「君が現れたことだよ、あの日あの時に。俺は、あの日永峰と結ばれるはずだったんだ!」
 祥吾はそう叫んでから、籐佳は気付いた。
「祥吾さん、永峰さんのこと好きだったんですか」
「そうだよっ俺が先に好きだったんだよっ!」
 籐佳に向かって祥吾が叫ぶ。
 祥吾はずっと永峰が好きだったのだ。
「……いつから……」
 籐佳はあまりに祥吾が感情的になっているので落ち着かせようとして尋ねた。
 祥吾が永峰と出会ったのは、高校時代だと聞いている。
「初めて会った時からだよ……不良から助けてくれたんだ……」
 祥吾は入学直後から銀髪であることで目立ち、不良に絡まれていた。そこに永峰と志方が通りかかり、永峰が不良を撃退してくれた。
「同じクラスだったのに気付いたのはその時だ」
 志方の方はマイペースで女好き、トラブルは常に起こっていたから永峰はそんな志方を宥める役割で、別れた女の子も永峰の仲裁で何とか志方と別れることになるらしい。その仲裁は優しく、そして女の子を立てたやり方だったので志方の評判は下がるけれど、永峰の評価は上がったという。
 そういうところを見ていると、苦労しているけれどそれでも幼なじみが大事だと言う永峰にドンドン惹かれていったという。
「あいつは本当に良い奴だ。だから俺みたいな奴の告白も……受けてくれるはずだった……なのに、お前が海にいたから、永峰は俺の思いを受け取れられなくなった」
「でもそれは、僕のせいじゃ……」
 祥吾の事情は知らないし、思いが通じるはずだったと言われても永峰からそうしたものを一切感じなかったので、籐佳は自分のせいで受け入れられなかったわけじゃないだろうと思った。
 もし永峰が断っていたら、それは祥吾への思いがなかったということなのだ。
「いやお前らだ。あの結人だって、いつの間にか永峰の懐に入り込んで、危うく永峰の恋人になるところだった……」
 祥吾はそう言い出して、籐佳はまさかと思い始める。
 祥吾は大学では一時期入江と仲が良かったと言っていた。その入江は室岡と繋がっていた。
 そして入江と離れたと言っていたが、それがまだ繋がっていたとしたら、室岡に結人を近づけたのは祥吾ということになる。   
「それで兄さんを……結人を入江たちに近づけたんですか? 永峰さんから引き離すために……っ」
 なんてことをするのか。
 それこそ永峰さんへの裏切りである。
「そうだよ……室岡が食いついてくれて、入江も乗り気で……それで安堵したよ。永峰には結人が離れていった後も仕方ないことだって諦めさせるのに苦労したけれど、最終的には良い感じになったよ」
 しかしそんな落ち込んだ永峰を慰めていたのは祥吾ではなく、志方だったという。
「幼なじみだか何だか知らないが、あいつが急に出張ってきて、永峰の機嫌を直していった。それは俺の役目なのに横からかすめ取った」
 その祥吾の志方への憎しみも酷く、籐佳はまさかと思い言っていた。
「志方さんが女の人に刺されて死にかけたの、まさか、祥吾さんがけしかけたの?」
 そんなことまで祥吾は恨みながらやってしまいそうに感じて籐佳が言うと、祥吾はニヤリとした。
「死ねば良かったのに。本当邪魔、今だって何だかんだで連んでるし、志方は俺を微妙に疑っているし……本当にあの時死んでればよかったのに」
 祥吾が吐き捨てるように言い、その言葉は本当にそう思っている言い方だった。
「永峰に電話が掛かってきた時、電話に出たのは俺だよ。永峰はそれどころじゃなかったからね。だから「何様のつもりでかけてきてるんだ」って言ってやったよ。絶句していたけれど、俺の策略とはいえ永峰から何も言わずに離れたのは事実だしね」
 結人は永峰に電話をして祥吾が電話に出た時に恐らく気付いたのだ。
 だから警察に行った。祥吾もグルだと説明したいがために。でも警察で受けたセカンドレイプのせいでそれすら出来ないのだと気付いて縋る思いで永峰に電話を掛けた。
 その時は永峰が出たけれど、永峰は志方の方が気になっていて一回目の電話に気付いておらず、内容もよく分からないままに「帰ってからでいいか?」と言ってしまったのだ。
 それによって結人は永峰には祥吾から良からぬ事を吹き込まれているのではと思い、行き場所はなくなってしまった。
 けれど結人はそれで諦めなかった。
 永峰に祥吾が入江や室岡としていることをバラすと祥吾を脅したのだという。
「生意気に俺を脅せると思ったんだろうね。永峰に全部話す、俺が入江と繋がっている証拠は持ってるからって言ってきやがって、呼び出した俺のアトリエで言い争いになって殴ったら意識を失ったから、崖の上から投げ捨ててやった」
「……酷いっ!」
 結人は全ての絡繰りに気付いて祥吾を糾弾しようとして返り討ちにあったのだ。
 結人は自殺ではなく、殺されたのだ。
「……酷いのはそっちじゃないか。俺を脅して美味しい所取りしようだなんて、虫が良すぎるんだよ? 永峰を裏切ったのは事実じゃないか……それをさも永峰のためだなんて、都合が良いことを言ってる。おかしいのはあいつじゃないかっ!」
 祥吾はそう籐佳に怒鳴り、そしてニヤッとしたけれど、その笑顔もまたスッと表情を落とし真顔になる。
「死んでくれてせいせいした。けど、死んでまで永峰の心に居座っていつまでも出て行かない……」
 結人が自殺をしたということになってしまい、その引き金を引いたのが永峰ということになったのが原因で永峰は思い詰め、祥吾の慰めも告白も全部受け入れられないほど落ち込んでいた。
 そして籐佳が自殺未遂をした日、流れ着いた籐佳に永峰は使命を見つけた。
「お前が入江や室岡にやられたのは分かってから、永峰はお前を救うことで救われようとした。冗談じゃない……っ、今更、何で結人の呪いみたいに現れたやつに奪われないといけないっ」
 祥吾はそう言ったけれど、籐佳は思い出す。
 あれからずっと永峰には助けられたけれど、祥吾にだって助けられたのは事実だ。
「じゃあ、どうして僕を助けようとしたんですか? 僕は祥吾さんの言葉に助けられてきた、それは間違いないのにっ!」
 籐佳はそれが理解できなかった。
 永峰の側にいる籐佳が邪魔だったなら、わざわざ相談に乗る事なんてしなくてよかったし、距離を取ることも出来た。
 そんな籐佳の言葉に祥吾は当たり前だと言うように答えた。
「だって、君を助けないと永峰から見た俺がただの冷たい人になるじゃないか。俺はいい人で安心して頼りに出来る男でないと、永峰が離れていくだろう?」
 祥吾は永峰にとって理想の恋人として見て貰うために、籐佳を救おうとしたというのだ。
 狂っていると籐佳は思う。
「でも君が結人と兄弟だなんて……しかも、永峰がそんな君を好きになっているなんて思いもしなかったよ……本当、君ら兄弟、俺にとって疫病神でしかないよ……何で払っても永峰の隣にいるわけ? あんな辱めを受けて、堂々とあいつの隣に立とうだなんて汚らわしい存在」
 そう言われ、籐佳は祥吾を睨み付けた。
 確かに多数の男に乱暴をされ、陵辱をし尽くされた。
 けれど心を渡したわけではないし、意識がない状態でやられたことだ。
 それを悔しいと思うけれど、それで自暴自棄になって一度は死を選んだけれど、もう籐佳はそれで死を選ばない。
「どっちが……どっちが汚らわしいんですか? 僕は自分の意思に関係なく色々されてますが、あなたはどうですか?」
「は? 何それ逆ギレ?」
 籐佳がまっすぐに祥吾を睨み付けて言うと、祥吾は機嫌を損ねたようで機嫌が悪くなっている。それでも籐佳は続けた。
「あなたが僕より綺麗なんてことあり得ない。あなたは嘘を吐き、平気で人を騙し、永峰さんに対していいようにしているように見えて、実は一番残酷なことを平気でしている人だ。そんな人が僕より綺麗だなんてよくも平気で言える!」
 籐佳がそう言いながら、更に責めた。
「入江たちと付き合っていた時のあなたは、その時のしてきたことを永峰さんに言えますか? 何をしてきたってはっきりと言えますか!?」
 籐佳は祥吾がこんなことをするということは、入江たちと一緒にいたときは平気でそういうこともやっていた仲間同士だったんだろうと思った。
 そして結人を差し出して、そこから抜けたけれど、所詮はそういう人間なのだ。
「やめろっ! 俺は永峰のために、いい人でいるんだ」
「いい人はこんなことしない。あなたがやっていることは永峰さんを長年苦しめただけだ。自分が気に入らないからと永峰さんから友達を取り上げ挙げ句に殺した。今度は永峰さんが必死で助けようとしているこの僕を殺そうとしている。僕が死んだら永峰さんはきっともう生きていくことができないくらいに打ちのめされるだけだっ、それが分からないなんて、何が永峰さんのためだよっ、結局祥吾さんが、自分が望むようにしているだけで決して永峰さんのためなんかじゃない、大義名分を嘘で固めているだけだっ!」
「やめろっ!!!」
 籐佳の指摘に祥吾が大声でそれを止めようとする。
 けれど指摘されるまでもなく、籐佳の言う通り、祥吾はもう分かっているはずだ。
 永峰のためだと言ってすることで永峰がいつも苦しんでいる。
 邪魔だという志方を殺すように女性をけしかけたのも、結人が邪魔だと言って殺したことも、籐佳も邪魔だと言ってこんなことをしているのも、全部永峰が苦しんでいる。
「何で、こんなことしたんですか、祥吾さんがこんなことをしていたなんて知ったら、永峰さんどうなるんですか? ずっと信じていた親友に裏切られたって知ったら、永峰さん、きっと祥吾さんのことは許さないと思う」
 慰めてくれただろうけれど、それは全部祥吾がしたことで悲しんで苦しんでいるのだ。
 あれだけの落ち込みと後悔と、どん底を味わったことは全部祥吾のせいだと知って永峰は正気でいられるのだろうか。
「……永峰さんのためだって言うなら、何で永峰さんの生死を問わないやり方で僕を誘拐したの? 永峰さんを殺してでもしたかったのは僕への嫌がらせ?」
 籐佳があの事故はどうなったのかと思いそう聞くと、その言葉に祥吾が不思議な顔をした。
「事故ってなに?」
「だって……タクシーにトラックが突っ込んできて、そのタクシーに永峰さんがまだ乗ってたんです……でもどうなっているか確認しようとしたら、誘拐されたから……」
 永峰の生死は分からないと籐佳が信じられないと声を詰まらせたところ、祥吾が部屋に備え付けられている大きなスクリーンに映像を映し出した。
 それはプロジェクター型のテレビでニュースがやっている番組だった。
『昨日、○○市交差点にて起こった多重事故でトラックを運転していた男はトラックを盗んでいたことが分かりました。また事故により怪我をしたタクシー運転手と乗客の二人と巻き込まれた乗用車の二人は重軽傷で命に別状はありません』
 繰り返し同じニュースを流している番組なのでちょうどあの事故のニュースがやっていた。
「よかった、生きてる……」
 籐佳はあまりの安堵にその場に座り込んで泣いた。
 あんな車が破損するような事故で、生きていること自体が奇跡だと思えた。
 けれど重傷だった場合、永峰は動けないと思った方がいいと気付いた。
「ふん、あんなやつ死んだ方が都合が良いのに、何を喜んでる」
 そう言ったのは祥吾ではなく、部屋に入ってきた室岡だった。
 やっぱり祥吾と室岡は繋がっていて、祥吾から室岡に情報が漏れていたのだ。
「お前、永峰を殺そうとしたな」
 祥吾が怒りで室岡にそう言うけれど、室岡は平然と言い返す。
「振り向きもしない男に十年も馬鹿みたいに尽くして、結局裏切るしかなかったような関係だろうが。死んでた方がお前も楽だろう? 俺のようにな」
 室岡がそう言う。しかし祥吾が言い返した。
「……お前はいいさ、どうせ触れられないから死んでた方が楽なんだろうな。でもだったら何で籐佳が必要なんだ……未練タラタラのくせに」
 祥吾がそう室岡に言い放った。
 どうやら二人は一緒の意見で結託しているのではなく、同じ目的だったのは、籐佳を排除したい祥吾の思いと、籐佳を手に入れたい室岡の思いが一緒だっただけで、他は寧ろ敵対していると言っていい関係なのだ。
「それはちょっと違う、俺は醜い者に犯されている籐佳を見るのが好きなだけで、別に殺したいと思ったことはない。結人も俺を頼ってくれれば、もっと幸せにできたよ。君が殺してしまったから、仕方ないと思って諦めただけ。籐佳は別だよ、この子はこの子でとてもいいからね。まあ、結人と兄弟というところは価値は少し上がるけれど、結人ほどではないよ」
 室岡はそう笑顔で言い、祥吾はそれに舌打ちをする。
 室岡の歪んだ性癖は事前に分かっていたけれど、どうやらそれは本当に寝取られることや相手が汚されるのが嬉しくて見てしまうのだという。
 狂った二人の思想に籐佳はもうどうしていいのか分からなかった。


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