even then
10
籐佳が室岡が証拠品を持っていると言ったことに、永峰も祥吾も志方も頷いた。
「その場にいないということは、後でそれを見られる環境にいるか、視聴できる範囲にいるということでもあるな」
志方がそう言うとちょっと分かっていない倉知が言った。
「えっとアリバイがあるから、映像を後で見るからその映像が残っているかもしれないってこと? でも入江が捕まらないのは、証拠がないからでしょ? もし室岡が持っているなら、誰かがそれ疑っているんじゃ……?」
そう倉知が言うけれど、そこまで皆考えがいかないのだという。
「調べるまでにいかないんだと思う。確かに室岡に裏切られたのは分かるんだけど、あいつが裏切ってはいてもアリバイがあり、その場にいない理由は思いつかない。確かに騙されたけれど、まさか入江に襲わせるのが目的だなんて多分気付かない」
室岡が怪しいのは分かっても、入江に犯させるのが目的で入江に犯させることで目的を遂行し終わっているとは思わないのだ。
実際、籐佳は室岡に裏切られたとは思ったけれど、室岡に犯されたわけでもなかったし、ましてそれで室岡から何かされたわけでもない。
入江は一回限りで同じ人は襲わないから、結局何が目的だったのか気付かないのだ。
けれど、籐佳はその後に接触をされそうになった。
「待って……僕は、あの後、室岡から接触されてる……」
そう籐佳が言うと、永峰が言った。
「恐らく、籐佳には結人を重ねていると俺は思っている」
永峰の言葉に籐佳は驚く。そして倉知が尋ねる。
「お兄さんにそっくりとか?」
「ううん、僕は父さんに似ているんだ。兄さんは母さんに似ていたから外見で僕らを兄弟だって見破れる人はいないと思う」
籐佳がそう言うと更に倉知が混乱した。
「じゃあ、重ねているってどういうこと?」
倉知がそう言い出して永峰が言う。
「雰囲気はそっくりだ。だから室岡は結人を思い出したはずだ」
永峰がそう言うので籐佳は頷いた。
「兄がいるのかと聞かれたことがある。僕は既に亡くなっていたし、自殺した理由を尋ねられるのが嫌で、いないって答えたんだ。でも何かそれから余計に親しくなった気がする……」
籐佳はそう言って思い出す。
今考えたら、明らかに室岡の行動はおかしいのだ。
家族構成を聞きたがり、父親と母親が離婚したのかと聞いてきたりもした。確かに離婚はしたけれど、父親は母親の面倒を見ているので、外面的には離婚しているけれどというと話がややこしくなるのでそれを否定し、母は病気で入院していると答えた。
出身も聞かれたけれど、結人は恐らく高校は地元と答えていたと永峰が言うので、出身を知ってもきっと籐佳と結人はなかなか兄弟であると結びつかなかったのだ。
「昔は誤魔化せたけれど、今はきっとバレていると思う」
籐佳はそう言い、祥吾がそうだろうなと言った。
「室岡はわざわざ籐佳を名指しで呼んでいる。いくらサプライズしたいからって、その場に籐佳が来ても籐佳が懐かしいって室岡に会うわけがないのにだ。それなのにそうした。そもそもその計画自体がむちゃくちゃなことを言っているんだよな。そこを考えないといけなかった……」
祥吾の言う通り、いきなりサプライズと言い出して会おうとしたこと自体、室岡が確実におかしくなっているという証拠だったのだ。
ただでさえ室岡は詰み始めているのだから、言動にも焦りもあるはずだ。
矢島が言う通りに、最期に籐佳を巻き込んでむちゃくちゃにしてから捕まろうとしているのかもしれない。
けれど籐佳はそれだけでは満足しない。
今までの彼らの犯罪を全て明らかにしてしまいたいと思うようになっていた。
「しかし、アリバイを用意するくらいに用意周到な奴が、そう簡単に調べられるようなところにそれを隠し持っているとは思えない。だが何処に隠しているのか探らないといけない」
それをどうやって探れば良いのかは分からなかった。
「だが、長期戦はこちらが消耗するだけだ、やれることはやろう」
永峰がそう言うと祥吾も伝を使って探ると言い始めた。
志方はなるべく口を突っ込みたくはないのだろうが、倉知が完全に関係者になっている以上、作戦会議の内容は聞いておく必要がいるようだった。
食事をした後は喫茶店を出て駅前でタクシーを捕まえて倉知と志方と別れた。
「じゃあ、気をつけてね」
「うん、ありがとうね。お陰で色々分かったから」
籐佳が倉知に礼を言うと、倉知は笑って手を振っていった。
迷惑を掛けているのは分かっているけれど、志方がいる限り倉知の身の回りは安全そうだった。
永峰と一緒に籐佳もタクシーを捕まえると、祥吾は乗らずに言った。
「ちょっと伝を当たってくるよ。あんまり期待はできないけど、やれることをやってみる」
「お気を付けて」
「そっちもね」
祥吾はそう言ってからドアが閉まる。
車が走り出して祥吾は駅の方へと入っていった。
何処へ行くのか知らないけれど、永峰も気にしてもいないので本当に伝があるのだろうと籐佳は思った。
それからタクシーでマンション近くの坂道前まできた。
その時だった。
マンションへの階段があるので回り込むよりもここでタクシーを降りた方が近いということもあり、そこで停めてタクシーを降りたところ、後ろからやってきたトラックが急に速度を上げてタクシーに突っ込んできた。
「……っ!」
それはタクシーに後ろから衝突した。
ブレーキ音とタクシーとトラックがぶつかり合う音が鳴り響き、トラックのブレーキ音が籐佳のすぐ側を通り過ぎていった。
絶対にトラックにぶつかると思ったけれど、トラックは降りた籐佳を避けてタクシーを押し出しながら目の前の交差点まで引き摺っていっていた。
そしてタクシーには左からきた車がタクシーの左にぶつかり、更に大きく音を鳴らしている。
多重事故が起きたのだ。
身を屈めていた籐佳であるが、ゆっくりと目を開けた。
百メートルくらい離れたところで多重事故になっているのが籐佳の目にも映り、籐佳はあまりの惨劇に正気を失いそうになった。
交差点ではタクシーがめちゃくちゃになっている。
あれにはまだ永峰が乗っていて、タクシーの運転手もいる。
周りの人が車を停めて交通整理をしながらタクシーから人を引き出している。
大きな声が聞こえているのに、何を言っているのか分からないほどに耳が音を受け付けない状況に籐佳はゆっくりと事故現場に歩いていった。
すると後ろからきた車が籐佳の隣で止まり、その車のドアが開いたと思ったら、急に車に籐佳は引き込まれた。
「……っ!」
あまりに急激なことで籐佳が混乱していると、男が三人ほどいて籐佳の腕を縛ったり足を縛ったりしている。
「い……やっ……いやだっ!」
すぐに事故のことから籐佳は現実に引き戻されたが、それはあの時のようにクスリから目が覚めかけた時のことと同じで籐佳は叫んでいた。
「押さえろっ!」
「へへ、上手くいったな」
男たちがそう言い合い、事件現場からUターンして遠ざかっていく。
「オラ、これを飲めっ」
「……ぐっ」
無理矢理口の中に液体を入れられ、それを飲まないように吐き出そうとするも、口を塞がれ息が出来ずに飲むしかない状況にされたが、それでも籐佳は飲むことを拒否し、息が詰まるまで耐えた。
「おい、やめろっ本当に死ぬぞっ」
「あ、ああ、でもこいつ飲まないんだよ」
「いいから、手を離せっ!」
男がそう叫んだ時に手を離されたのであろうが、籐佳はそのまま息を止められたことで気を失った。
籐佳が次に目を覚ました時は、体がまた揺さぶられている感触がして息が上がっていた。
「……うっ……あっ……ああっ」
口から息が漏れて、勝手に声が出る。
こんな状況でもすぐに混乱せずに籐佳は何が起こっているのか把握した。
恐ろしいことにまただ。
自分を誘拐した男たちは、笑いながら籐佳を犯しているのだ。
あの時と同じ、あの時に感じた感覚と同じ薬で朦朧とさせられている、ふわふわとした感覚は間違いなく、同じ出来事である。
それに籐佳はパニックを起こさないように状況を把握した。
「おい、目を開けてんぞっ」
「大丈夫だって動けねえから」
「そうそう、足も麻痺してるし、上半身も動かねえよ」
男たちは口々にそう言い、籐佳の体を一人一人が犯している。
それらをあまり感じないくらいにクスリでおかしくなっているのか、籐佳は不思議なほどに何も感じなかった。
「ああ、やべえ、こいつの尻良すぎるだろっ」
「たくっここのところあの人もいっちゃってるからなあ」
「だよな。入江さんも二度はないって言ったのに」
「こいつ覚えてるよ、二度目だろ?」
そう言い合っているから、この男たちは籐佳を一年前に犯した男たちなのだ。
ただ籐佳はその時に見た顔は入江の部下たちばかりで、こんな人たちがいたかどうかは分からない。けれど本人たちが言っているのだから、間違いなくあの時いたのだろう。
「俺も割とお気に入り。ほら映像とか残すとキレるじゃん、あの人たち」
「そうそう、証拠になるからっていってたけど、最近日野が捕まったのも記録とってたせいじゃん」
グチャグチャと粘り気のある水の音がしているが、そこはもう完全に開かれているからか痛みも感じなかった。
「あ……うっ……あっああ……んんっ」
「ああ、出る出るっうううっ」
男が呻いて腰を止めると、奥で暖かい液体が出されているのが分かる。
けれどそれで感じないのだ。
もうきっと時間が経ちすぎていて、感覚を失っているのだろう。
「何回目? 十回目じゃね? ほら前のやつらが二回ずつだったし、六回の、俺らが一回ずつだし」
男がそう言っているので籐佳は頭の中で計算をした。
ここにいる男は今は四人いるのだろう。声の調子からもそういう感じだ。
今動いてもきっと逃げられない。
そう籐佳は判断してクスリによる睡眠効果でまた意識が遠のいているのを感じた。
次に目が覚めた時は、暖かいベッドの上だった。
何でと思って起き上がりたいと思ったが腕を引き寄せると何かに引っ張られていることに気付いた。
ゆっくりと頭の中を整理してその方を見ると、腕には革のベルトがしてあり、その先に鎖がついていて、その鎖にはビニールのカバーがかかっている。
そのまま頭を上げてベッドに起き上がった。
籐佳の体はバスローブを着せられているが、それを脱いだら裸である。
「……着てるだけマシ……」
籐佳はそう呟いて部屋を見回した。
そこはワンフロアの大きな部屋だった。二十畳はある部屋でベッドのある側と青い光が入る窓しかない。
ドアはあるがどうせ開かないだろうと思えて、籐佳はドアを視認しただけでそこから視線を逸らした。
改めて部屋を見回すと家具はベッド以外は何もなく、さらには大きな窓が付いている。
窓は壁一面に広がっていてその先は海だった。
そしてその海を籐佳は一年前に見た記憶と一致していることに気付いた。
あまりの衝撃に籐佳はベッドから起き上がり、鎖が伸びるだけ歩いて窓ガラスに近付いた。
やはりだ。この海は自分が自殺をして流れ着いた場所だ。
そしてこの建物が建っている場所は、祥吾がアトリエにしていると言っていた正にその場所に建てられている。
「え……そんな、こと……うそ……」
一年前に助けられたあと、この場所には用事もなかったので来なかった。だからここの建物が変わっているなど知りもしなかったし、祥吾もそんな話はしていなかったし、永峰も話題には出さなかった。
あの一年の間に何か事情があってあの家を取り壊すことになったか、手放すことになったとして、この家はどういうことだと籐佳は考えた。
籐佳はその海を眺めたままで考えた。
そもそも自分を誘拐したのは、入江ではないという。
さっき男たちが話していたのを思い出し、それなら室岡しかあり得ない。
だが室岡だとして、こんな無茶をするなんてあり得るだろうかと籐佳は思う。
「何で、こんな大胆なことをしたんだろう……」
交通事故を起こさせ、明らかに殺人に近いやり方で籐佳を誘拐してきた。そこまでして籐佳を追い詰めないといけない理由は何だったのだろうか。
「まさか……」
喫茶店での話を聞いていたのだろうか。
今まで室岡と距離を取ることはしたけれど、本格的に調べようとしたのは初めてである。それを聞かれていて調べられると困ることがあるから犯行を急いだのか。
しかしあの時そんな人はいなかったし、誰にも聞かれないようにしていたのにどういうことなのか。
そして頭に浮かんだのは誰かが喋ったか裏切ったかのどれかだ。
永峰はタクシーに一緒に乗っていて生きているかどうか、怪我で済んでいるかさえも分からないので彼ではない。
志方も倉知も裏切る必要性がない。
そもそも志方に至っては結人の時は怪我をして手術を受けていたくらいだ。
その時に永峰や志方に気付かれずに何か出来る人は一人しかいない。
「……祥吾さん……まさか、そんな何故?」
籐佳がそう呟いた時に、開かないはずのドアの鍵が外れる音がしてドアが開いた。
そこには銀色の長髪の人が立っている。
「何で、気付いた?」
祥吾がそう籐佳に聞いてきた。
気付かれるはずもなかったなら、出てくる気はなかったというような態度だったが、それでも祥吾が籐佳を憎んでいるのだけは、その鋭い視線だけで十分理解ができた。
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