even then

8

 一日かかった話合いも終わると、倉知と志方は帰って行った。
 これ以上の進展が見られないこと、いつまでもここにいるわけにもいかないので一旦帰ったのだ。
 籐佳は永峰と一緒の部屋に残った。
 祥吾は永峰の部屋に引き上げた。
 永峰が残ったのは、籐佳は呼び止めたからだ。
「……あの……暴言を吐いてごめんなさい」
 籐佳がそう言うと永峰は言った。
「いや、あれは俺が当時に浴びるべきだった言葉だ。だからいつかそういう日が来ると思っていたし、俺は責められるべきだと思っている。俺はずっと祥吾たちに仕方ないことだと、どんなに悔やんでももうどうにもならないんだと言われて、それに甘えてきたからな」
 永峰はそう言って、籐佳の前で頭を下げた。
「永峰さん……」
「これはただの自己満足だ……こうしないと俺の中で何かが壊れそうだからしているだけだ。これで籐佳が許せないと思うのは当然だ。でも、俺はお前を好いている。お前をあんなやつらにむざむざ渡すことはできない。だから守る。お願いだ最期まで俺に守られてくれ……っ」
 籐佳は永峰の真剣な謝罪とこれからの未来の話に、ああそうだと思った。
 これからも籐佳には永峰たちと仲違いすることなく、室岡や入江から逃げなければならないのだ。
 今正に、兄の敵がそこにいる。
 この絶好の機会に永峰を恨んでいる暇はない。
 許す許さないというなら、原因になった室岡や入江を許さなければいいのだ。
「僕は、もう永峰さんに怒ってません。だって仕方なかった。そういうふうに永峰さんたちも室岡たちに操られてた。そういうことでしょ……。兄が、結人が僕のためと言って室岡に近付かなければ、離れていく永峰さんたちと少しでも話が出来ていれば、きっと最悪の事態はマシにはなっていたと思う。今の僕が生きているように、きっと未来は繋がっていたはず。兄はそこを読み違えたのだと思う」
 籐佳はそう言い、土下座している永峰を起こしてから結人という兄のことを話し始めた。
「うちは、母親が長男教という、長男である結人を可愛がることしかしなかった人で、僕は虐待をされていたんです。もちろん兄はことあるごとに庇ってくれたけれど、見えないところで僕は母から愛された記憶は一切ないです。そのせいで親は離婚をした。母は兄だけは絶対に手放さないと言って、兄は母から僕を切り離すことで僕を守れると思って離れたんです。父は忙しかったので僕は家政婦と高校まで暮らしていました。兄は時々は家に訪れて僕に沢山のことを教えてくれた」
 そう言い一旦言葉を切ってから、また話し始めた。
「兄は凄く家族を大事に思ってくれていて、父とも関係は良かったみたい。帰ってきた日はよく父と食事して、楽しそうにしていたから。でも母との時間は地獄だったと思う。知り合いや色んなことを母が全部管理して、恐らくだけれど室岡との付き合いを進めたのも母だと思う。あの人はテレビにでている有名人は凄い人だって思い込んでいるところがあって……それで永峰さんや祥吾さんを信用していなかったんだと思う」 
 その信用度は母親よりも頼りになる存在を認めないという歪んだ思想に基づき、母親よりは劣っていて、更に母親の信用を得られる人でなければならない。
 もちろんそんな人はいなかったけれど、どうやら室岡はそこをクリアして母から堕としたのだろう。
「永峰さんたちは優秀だから、きっと母のことは否定するって母には分かったんだと思う。だから、その母を立ててくれ、気分良くしてくれる人しか認めないから、きっとそこに室岡が入り込んだんだと思う。永峰さんたちと連絡を取れなくなったのは、室岡一人の力でなくて、母のせいでもあったと僕は思う」
 冷静に考えたら母親の存在は結人にとって足かせになっていたはずだ。
 父に頼んで調べて貰ったら、母親の日記が出てきて室岡という名前も出てきた。そして室岡から永峰や祥吾の悪い噂を吹き込まれていて、結人のスマホから連絡先を消したり、メッセージアプリを削除したりと色んなことをしていたのが分かった。
「きっと、永峰さんと離れたのは母から何かされるかもしれないという不安から、離れたんだと思う。守ろうとしたけれど、それは自分の首を絞めることになってしまった。でも電話番号を空で覚えてられるくらいに、永峰さんのことは大事だったんだと思う」
 そう籐佳が自分が父親などに聞いた話をまとめて言うと、永峰は泣き始めてしまった。
 そんな永峰が可哀想で、心が壊れてしまわないように籐佳は永峰を抱きしめた。
「僕らはずっと苦しい思いをしてきたけれど、最初から全部家族に話していれば、きっとそこで解決出来たことだったんだと思う。父さんは、永峰さんたちに謝ってくれと言ってました。だって、ずっと苦しかったでしょ……兄さんが、母を捨てきれなかったからこそ、起こってしまったことだったから」
 離婚をする時、母親の執着から結人も父親が引き取る流れであったらしい。それでも母親が狂ったように暴れているのを止められるのは自分だけだと、結人は自分を犠牲にすればいいと母親側に付いてしまった。
「兄さんは優しすぎた、それこそ残酷なくらいに……そして駄目な方へと靡いてしまう人だった。父さんはそう言っていたよ」
 世の中には正しいと選んだ方が常に間違っている人がいる。
 助かる寸前で諦めたり、せっかく上手くいっているのに駄目な方を選ぶ。
 結人はずっと貧乏くじを引いてきた人だった。
 永峰の手をずっと握っていれば、絶対に大丈夫だったのに室岡に惹かれたのはきっと駄目なところが見えたからだろう。
 完璧に見えた永峰よりも不安定な室岡に対して自分がいなければと思ったのかもしれない。
 永峰のしたことは確かに幼稚な嫉妬からくるものだっただろう。けれどそれだけのことを結人がしたし、選んだ側がきっと違ったのだ。そうでなければ、永峰が見捨てるなんて選択をするわけもないのだ。
 ここまで籐佳は沢山永峰に助けられた。祥吾も時間のある限りは籐佳に付き合ってくれている。
 二人は結人を失った時に自分たちの行動が恥であると思って、今度こそはと必死に助けようとしてくれている。それが結人の弟であることさえ知らないままに。
 それをどうして恨んでしまえるだろうか。
 籐佳は十分に助けられている。
「僕は、永峰さんが好き。感情がグチャグチャになってからずっと考えていたけれど、僕は永峰さんが好きだから、あなたのことは許します……あなたは悪くない、ただ全てのタイミングが悪かっただけ」
 もちろん永峰が真剣に話を聞いていれば救えたと言うけれど、それは結人から縁を切りかけたことで叶わなかったのだ。
 そして結人が始めから状況を説明できていたら、きっと永峰の態度ももっと違っていたと思う。
 結人は永峰が志方の手術に立ち会っていると聞いて、身を引いたけれど結局また頼り、そしてその手は、結人が選んだ道のせいで届かなかっただけだ。
「……俺は、君の言葉を受け取れるほど、自分を許してない……」
「うん、分かってます。でも僕は離れません。覚えていてください、僕は絶対にこの手を離しません。あなたから離れません。僕は結人じゃないから」
 籐佳はそう言い、自分と結人を重ねることはしないで欲しいと言った。
 そして強く永峰を抱きしめた。
 永峰は答えられないと言う割にはしっかりと籐佳を抱きしめ返した。
 許されないと思いながらも二人の気持ちはもう繋がっている。けれど本能で求めてもきっと傷つけるだけだから、今は言葉と態度でお互いが決して離れないことを伝えるしかない。
「全部終わったら、その時はちゃんとする。でも今はまだ……」
「うん、分かってる……いいよ、ちゃんと永峰さんの気持ち、受け取ったよ。僕はずっと隣で待ってる……」
 籐佳の方がまだ若いからか、結人との繋がりがそこまで深くなかったからか、振り切るのは早かった。
 けれど永峰の方は一時期、祥吾よりも結人と付き合っている時間が長すぎて、その時間が至福だったからこそ、最期の自分の態度が許せないのだ。
 それはきっとあの二人に復讐するまで晴れることはないのだろう。
 

 ゴールデンウィーク中にこうした話し合いと感情のぶつけ合いをしたお陰で、精神的にはお互いにダメージもあったけれど、それによって今までのお互いの気持ちや過ちを言い合えた。
 それによって更に皆が心の整理を付けた。
 籐佳の父親もやっと結人の事件の真相がそういう複雑なもので成り立っていたことに深く傷付いたけれど、元は結人を引き留められなかったことが原因でもあると、過去に結人の甘えてしまったことを悔いていた。
 けれどそれはもう終わってしまったことで、今度は同じ犯人の一味に籐佳が狙われ危うく結人と同じ道を歩まされて殺されかけた。そしてまたその人物が近付こうとしていることまで分かり、父親は出来ることをすると言った。
 それは大学への関係者以外の立入禁止を大学側に訴えることだった。
 深くは言わないが、明らかな同大学のOBですらない人間が大学へ入っているらしいと言ったようなことを言うと、大学側は即座に対応してくれたようだった。
 大学の門には警備員が出ていて、怪しい人が入らないようにしている。
 さらには当面の部外者の立ち入りには許可が要ることまで門の掲示板に書かれていた。
 どうやら大学生ではない人間が結構入り込んでいて、それを訴える学生がかなりいたらしい。サークルや同好会などの人間が好き勝手に食堂や共有スペースを陣取って騒いでいたりとかなり問題が広がっていたようだった。
「へえ、意外に大学側も排除はしたかったわけだ」
 倉知がそう言い、籐佳もそうだったのだなと頷いた。
 これで大学内での接触はあり得ないことになり、籐佳と倉知は大学内から出ることもなく講義を受け、そして行き帰りは籐佳は永峰や祥吾に送って貰い、倉知はタクシーを使っていた。
「何か、俺、急にリッチになってるって変な噂が立ってるのが嫌だ」
「ふふふ。でも確実だから仕方ないよね」
 倉知はタクシー通学になったことを回りからリッチだと可愛がられているけれど、緊急事態であることは皆察してくれているらしい。
 そうしていると倉知の友人の高田が心配をしてやってきた。
「なあ、あの飲み会の話だけど。本当に悪かった」
 そう高田が言い出して倉知は首を傾げている。
 恐らく適当に誘ったことを改めて謝っているのだろうと籐佳は思ったけれど、それは違ったらしい。
「どうしたの、結局高田も参加してないじゃん。俺も止めたしね」
「いや、そういうことじゃなくてさ。先輩にちょっとそういう話をしたんだよね。友達の友達を誘われて~みたいな話をさ。そしたらげんこつ貰って怒られたんだ」
「何で?」
「何か、その室岡って人、最近こっちの大学で好き勝手してるらしくて、飲み会を開いて半分くらい奢りらしいから引っかかる人が多かったんだけど、先輩の後輩がさ、その飲み会でなんかクスリ飲まされたらしくて、泣きながら電話してきて助けに行ったんだって」
 高田が言うに、その後輩は飲み会に参加していて、途中で気分が悪くなりトイレから何かクスリを飲ませられたと気付いて高田の先輩を呼んだらしい。
 それで事なきを得たらしいが、その先輩と後輩はすぐに病院に行ったところ、クスリは睡眠剤だった。たまたまその後輩は睡眠剤を飲んでいて効き目が薄かったのが助かった要因だろうと言われたらしい。
「それでクスリ飲まされて何されるんだっていう話になってさ。そしたら先輩はどこからかそういう似た話を聞き込んできて、どうやら睡眠強姦してるらしいって噂があちこちにあって……あの室岡とかいう人の母校に知り合いがいて、そこで聞いたらおなじような話が持ち上がっていて、辛うじて逃げられた被害者っていうのがいて、おなじことを言っていて、サークルとか部活とかで問題になっていたらしい。テニス部がそれで廃部になりかけて、結局一年の活動停止してから別の同好会がテニス部に昇格してやっと真面な部活動になったんだけど、テニスサークルっていうのがヤリサークル化してて活動停止に最近なったらしいよ。結構女の子も食ってたみたいで、サークルの主催が退学になったらしいし」
 その話を聞いて籐佳はハッとした。
 それは籐佳が休学する前に出来たサークルのことだろう。
 どうやら開き直ってヤリサークル化したらしいが、問題を起こして退学になったとなれば、入江の部下みたいな存在だった後輩、日野だろうと籐佳は思った。平岡は既に卒業していたし、日野が唯一の後輩だったはずだ。
 道理で彼らがこっちの大学に来たわけだ。
 日野の勝手な行動か、入江たちの慎重な動きではない動きで獲物を狩る場所をなくしたのだ。入江はもっと慎重であろうが、室岡はその撒き餌だったから食いついていた人が被害にあっていると恐らくバレ、大学への立ち入りも禁止されたのだろう。
 そう思って倉知も高田に詳しい話を探って貰ったら、高田はテニス部部長である矢島遼一に連絡が取れたという。
 そこで籐佳は有瀬籐佳が話を聞きたいと言っていると伝えると、こちらの大学まで来てくれることになった。

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