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6

 籐佳と永峰は籐佳の周りを彷徨き始めた室岡の存在に注視した。
 話を聞いた祥吾が家にやってきて、籐佳が倉知から聞いた話をもう一度聞き、唸り始める。
「そうか……そもそもそこなんだよね」
 祥吾はそう言い、永峰も一緒に渋い顔をしている。
「そうなんです。この人がどういう目的で入江の言うがままに人を集めているのか。それが分からなくて」
 籐佳はそう言い、室岡と入江の関係を説明した。
「室岡がプロテニスプレイヤーとしてやっていけなくなる怪我をしたのは、入江が運転する車で事故を起こしたからです」
 その事故は単身事故で、それによって室岡は足を複雑骨折してしまい、後遺症をもたらした。それによってテニスという常に走っているスポーツでプロでいることはできなかった。
 若く、日本では無敵と言われたくらいに強かった彼が国際戦もせずに消えたことで当時は期待されていただけにテニス界も騒然としていた。
「そういや、テレビでそういう話あったっけ?」
 祥吾はニュースで繰り返し報道されていたのを思い出すも、室岡という人に感心はなかったので、記憶も薄かった。
 そう一般人にとって国際戦すらしていない若いスポーツ選手が自爆したという印象しかないだろう。
 けれど、その車を運転していた入江であるが、当時は反省していたし、室岡もそれを許していた。建前上、許すしかなかったのだ。
 その事故は単身事故と言われていたが、実は対向車線をはみ出してきたトラックを避けて事故を起こしたことが分かったのだ。
 トラックは対向車線にはみ出し、二人の車を避けた後、普通に車線に戻り逃走したのだ。
 この事故で入江も怪我をしていて、彼も同じようにテニスができない体になっていた。
 だから室岡にとって入江は確かに足を奪ったけれど、命の恩人でもあるわけだ。もしあそこでハンドルを切ってなかったら恐らく正面衝突で死んでいただろうと言われている。
 その後トラックの運転手は危険運転を繰り返していたとして逮捕。二人は治療費を全負担して貰い日常生活は送れるようになったという。
 入江の事故は不可抗力であるとされ、免許等の停止には至らなかったけれど結局事故のトラウマのせいでそれから一度も車には乗っていないという。
 けれど、それで室岡と入江の仲がまだ良いのは不思議だと周りは思っている。
 というのも、元々室岡と入江は仲が良くなく、テニス部内で反対勢力に属していたはずだった。プロになった室岡を入江は馬鹿にしていたし、室岡は入江を虫けらと言うほど毛嫌いしていたのだ。
 だからあの日、どうして二人が同じ車に乗っていたのかという疑問は長くあったらしい。二人はただ何となく喧嘩のまま卒業するのは良くないなと思っただけと言い、その結果があの事故だったという。
 どちらともなく車でドライブとなってしまったのが最悪ではあるが、室岡も入江もお互いにどっちが悪いとは言えないのでそこについての言及はしていないらしい。
 けれど今現在までにおいて、室岡は入江とも繋がりがあり、飲み会があれば和やかに話をしているのだ。
 そのせいで他の仲が悪かった二人を知っているOBは気味悪がって大学のテニス部OB会には参加をしないほどである。
「僕が入学した時も室岡と入江は仲がよさそうというか、それなりに親交があるように見えました。でも事情を知っているから何でそう平気な顔をしてられるのかなと思っていました。僕ならいくら表面上入江を許していても一緒に連んだりはしない。入江の立場だったとしても気まずくてとても話が出来るとは思えない」
 そこには外野には分からない物があるとしか思えなかった。
「つまり表面上は仲が悪く、正反対の二人だったけれど、お互い結局は同類だったってオチかな」
 祥吾がそう言い、ゲスに考えるとだけどと付け加えた。
「根本的にさ、似た部分があるわけよ、こういう奴らってそこを見つけたら本気でマズイ。仲間意識や特別感が生まれて、下手な奴らより結束が出来てしまう。けど、あいつらの場合は恐らく犯罪だろうな。何か罪を犯していて、それによって双方が口にできないことをしているというのがしっくりくる。だから手を貸している風ではないけど、そうなる行動をわざわざ取る。僕は関係ありませーんてな態度で、もちろんそこには被害者にも落ち度がある状況を作った上でだから被害者は何も言えないんだ」
 祥吾にそう言われて、当時籐佳もそうだったと思い出した。
 いくら室岡を恨もうが、結局ついて行ってしまったのは自分の落ち度であると思ったのだ。室岡の好意を断れなかったからだと。
 けれどその好意が押しつけであった場合、悪意を持って呼んだならば被害者には積みはないだろう。断れない状況を作り陥れて言う通りにしているだけなのだから。
「問題は、その室岡に対してこちらが接触をしないように言えないことなんだ」
 永峰がそう言い、それは確かにそうだと籐佳は思う。
 そもそもあの事件が起こっていることすら秘密であるのに、室岡に何の咎もない状態で接近禁止をさせる方法がないのだ。
 まだ籐佳を探し回っているなど、直接接触をしているならまだ注意のしようがある。けれど、今回は人を仲介している上にサプライズという後輩に会いたい先輩として会おうとしていただけであるから、こちらから接触をするのも危険すぎる。
 下手に繋がるよりもできればこちらが何となく会いたくないと思っている嫌がっているという意思を見せるしかないのだ。
 直接やり合ったら、何でだと向こうに接触する機会を与えてしまうのだ。
「あっちは密かに接触しようとしているところを見ると、こちら側が接触をしたくないと思っているのは分かっているようだ。だからわざわざこちらから近付いて接触の機会を与えることはない」
 永峰はそう言い、室岡との接点は作らないことを言い、そして決定的に出会った場合は。
「付き合う気はないこと。理由はもう尊敬していないこと。関わり合いになりたくないまで言ってもいいかもしれない。こちらが悪くなるだろうが、合う合わないは普通にあると言えばいい」
 永峰は徹底的に嫌っている理由は性格が合わないだけで通した方がいいと言う。
「もしそいつと出会ってしまったら、録音を残しておくといい。言った言わないの言葉は記録しているに限る」
 そう言って籐佳の手に手のひらに収まる軽いレコーダーを手渡してくれた。
「ポケットに入れておけば、いつでも手を突っ込んで手探りでスタートボタンが押せる。触ると少しへこんでいるから、間違ってスイッチを押すこともない」
 籐佳のために永峰がそれを渡した。
 どうやら志方と会っていたのはこの商品を手に入れるためだったらしい。
「しかし、倉知くんも目を付けられているとは思わなかったな……偶然とはいえ、完全に巻き込んでしまった」
 籐佳と繋がっていることがバレてしまった以上、籐佳と接触するために倉知から攻略することもあるかもしれないと永峰は危惧していたので、志方には話を通してあるらしい。
「……うん、でもあの人が絡んでいる会に行く前でよかった。何があっても誰も責任は取らないし、僕の二の舞になるかもしれなかったし……それは止められてよかったって思うことにする」
 籐佳がそう言うと、永峰はそれには頷いた。
「そうだな……」
 永峰にとってもこの妙な縁みたいなものは、倉知を助けるために必要で、そして倉知が目を付けられたことで籐佳へ情報をもたらしたことを考えたら、悪かっただけではないだろうと思えた。


 そしてそのままゴールデンウィークに突入をすると、籐佳は家からほぼ出なかった。
 その変わりに永峰が常に付き添ってくれて、買い出しも配達を多めにして足りないものは永峰と一緒に出かけるくらいに努めた。
 倉知の方には飲み会の不参加を告げた後、別の飲み会の誘いもあったらしいがバイトをしているからと断ったらしい。
 誘ってきたのは高田で、高田には倉知から室岡が絡んでいる飲み会には一切出ないことを告げたという。
『何でって言われたけど、嫌だからって言ったら高田も分かったって言った。でもその後も俺と有瀬を誘えって言われたから、そこをわざと突っ込んで何で本人に直接言わないんですか?って言い返したらそれっきり連絡が来なくなったらしいよ』
 倉知がそう電話をしてきて籐佳はそれを聞きながら溜め息が漏れた。
「どうしてそんなに僕らに拘るんだろう。二度目はないと思ってるのだけど」
 一回限りだから泣き寝入りをしたけれど、二度目はどんな状況であろうと通報できるくらいの準備はしている。倉知もその辺は志方によって警戒するための装備は貰っていると言っていた。
『だよね。今までバレてないのは一度でやめているからなんだよね。でも何故か有瀬には執拗になってる気がする。その原因が分からないけれど……なんだと思う?』
 倉知に改めて聞かれて籐佳は考えた。
 そもそもだ。
 籐佳が室岡に憧れたのは同じテニスをしていたからである。
 けれど大学に入ってからも室岡にはそれほど会ってもいなかった。
 時々室岡は大学へ来て、指導をしてくれたけれど、別にそこまで室岡が籐佳に興味を示したことはなかった。
 親切でいい先輩だと思ったのは指導熱心だったからだ。
 その後、籐佳が怪我をした時に、マネージャーを薦めたのは室岡だった。
 あれも同じ怪我をした仲間であるから、テニスから離れることはないと教えてもらったからであった。
 その時に室岡と初めて親しくなり、頼りにしていたところ、女子マネージャーたちが何故か急に籐佳を邪険にし始め、籐佳がちゃんとしていたのに女子たちの態度が酷いことから男子たちが女子マネージャーたちに切れて喧嘩に発展した。
 室岡はその喧嘩が起こっている間、忙しいからといい大学には来なかった。
 その後、籐佳は当時二年だった現在のテニス部部長になる矢島から室岡について尋ねられ、室岡と切れないならとテニス同好会には参加を許されなかった。
 どうやら矢島は室岡のことを怪しんでいたらしく、テニス部を抜けてテニス同好会を立ち上げた。一方テニス部は女子マネージャーのせいで部員が半数以上がやめてしまったことで部として成り立たず、さらには残った部員が失態を犯して解散となった。
「僕はそれでテニス部とも同好会とも付き合うのを辞めたんだよね……それで同好会が部に昇格して、それに合わせて他の人がテニスサークルを作ったんだよ。それに関わっているのが入江という人で、その人は急に僕にサークルに入れって言い始めて、何だか怖くて逃げ回っていたけど、何故か室岡が急に僕を入江の飲み会へ連れて行ったんだ……」
 そう籐佳がこれまでの経緯を話すと、倉知はうーんと唸る。
『ということはさ、入江が室岡って人に頼んで連れて行ったってことになるよね。でも何で本当に従ってるんだろう……』
「それが分かれば一番いいんだけど……何で僕なんだろうって」
『何か有瀬にじゃなくて、執着する理由があるんじゃないかな? 室岡にも入江にも共通の何かみたいなの』
 そんなことを言われて籐佳は考えるけれど、自分が慕っていたくらいの記憶しか室岡から興味を持たれる理由が見当たらない。
 室岡と何を話したのかとか考えてみた。
 あまり深い話をしたことはないけれど、テニス部を辞めた後はほぼ話したことはない。
 サークルが出来たとたんに過去に交わしていたメッセージアプリに急にメッセージが入ったのだ。
 それを思い出し、過去のスマホを取り出してきた。
 もう二年使った上に、機種も古かったので買い換えたけれど、当時の記録だからと残しておいたものだ。
 メッセージアプリを起動して過去のメッセージを読み直した。
 最初の方から見てみると、一つ気になる部分が見つかった。
「そういえば、家族構成聞かれてる……」
『そうなの? それが何か問題があるの?』
「あの、実は僕には兄がいたんだけど……大学卒業前に自殺してるんだ……」
『え……そうなの……え?』
「でも僕は兄はいないって答えてる。兄は同じ大学に通っていたから知り合いの可能性もあるし、自殺した人って言われるのが嫌で、いないって答えたら、そう?本当にって室岡から突っ込まれてる」
 籐佳はまさかこれがそうなのかと思った。
『お兄さんは、今生きてたら幾つ?』
「二十八……室岡と入江と同じ年……ああ、でも。室岡はスポーツ推薦で教育学部だったかな……入江も同じだったと思う。兄は、文学部で部活はしてなかったと思うから、接点はないと思うけれど……」
 籐佳がそう言うと、それを隣で聞いていた永峰が異様な反応を示した。
「籐佳、お前の兄……生きていたら二十八歳なのか?」
 真剣にそう言われ、籐佳は驚く。
「え……はい、そうです……」
「前の大学で、二十八で……自殺した……それってまさか名前は結人か?」
「え、何で、兄さんの名前を?」
 兄が死んだことは話してあるが、理由は自殺で大学で上手くいってなかったようだと父親は説明している。けれど同じ大学に行ってたことは話してなかったし、年までは言ってなかったのだろう。まして死んだ兄の名前まで聞きもしなかったのだろう。
 けれどどうして永峰がこんなに動揺しているのか分からない籐佳は聞き返した。
「どうして、兄を知っているんですか?」
 籐佳の質問に永峰は床に膝を突いて座り込み、絞り出す声で言った。
「俺の……自殺した知り合い……、お前の兄、結人と同一人物だ……」
 永峰の告白に籐佳は驚きのあまり携帯を落としてしまった。
 永峰と祥吾が真剣に取り合わずに警察に被害届を出すように勧め、その結果、結人は警察からセカンドレイプによって心を壊され自殺に追い込んでしまった。
 その最終的な原因となったのは永峰と祥吾だったのだった。

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