even then
1
いつも夢の中で男たちの笑い声が聞こえる。
ゲラゲラとした品のない、粗暴な笑い声。
そして体が揺らいでいるけれど、それは自分が動かしているわけではないこと。
動かそうとしても動かないこと、声も出ないこと。
口から漏れるのは掠れた息が漏れる音。
「あ、あ、あ、あ、あああ」
苦しい辛い、涙だけは自由だった。
けれどそれさえも男たちは笑っている。
グジャグジャとした音が耳から聞こえてきて、体が揺さぶられる。
男が一人、覆い被さって体を揺らしている。
男が呻くと体の中に熱いものが注がれる。そうすると男が離れていく。
そしてまた同じ事の繰り返しだ。
夢の中でされる出来事であると思っていたのに、だんだん目が覚めるように現実味を帯びてくる。
「ああ~たまんねえ、バンバン出るわこれ」
「俺も四回も出た、やべーわ」
「すげ、中ドロドロしてる、やべーわマジで」
そしてカシャカシャと音がする。
中から液体が沢山でているのが分かっているけれど、もう何も感じないくらいに疲れていた。
男たちは笑って無理矢理口の中すらもそれで一杯にした。
抵抗なんて無意味で、やっと動けるようになっても腕を押さえつけられてしまって動けなかった。
長い時間そうしていたと思う。
思うというのはもう訳が分からなかったからだ。
男たちの名前は分かっている。
ほら、やっぱりという気持ちと、僕は先輩にも騙されたのかという気持ちが溢れて、涙が止まらなかった。
男たちは自由に体を使い、そして笑いながら満足したように捨てていった。
「これだけの参加者がいるんだ。お前一人の妄言でどうにもならなねえし、もし喋ったらこれをばらまくからな」
男たちに犯されている写真を立てにされて、絶望を感じた。
「僕は騙された……」
有瀬籐佳(ありせ とうか)は自分の置かれた状況を理解したのは、全てのことが終わった後だった。
室岡博紀(ひろき)という先輩に呼び出されて無理矢理参加した飲み会だ。
主催は入江という同じくOBだったのでよく知らないと不参加を告げたら、室岡が自分も参加をするからと籐佳を呼んだのだ。
籐佳はテニス部に入っていたけれど、夏に海で足を怪我してテニスが出来ないほどの重傷を負った。
だからテニス部は辞めるしかなかったのだが、何かに付けて呼ばれることが多かった。
気を使ってくれているのは分かったし、励まそうとしてくれているのも分かっていたけれど放っておいてくれた方が嬉しかった。
その中で同じように足を怪我したことでプロテニスを引退することになってしまった室岡先輩に励まされた。
「俺も同じような経験者だしね。テニスはできないけれど、他の道で頑張れる。ほらまだ大学生だからね」
プロになってまで道を閉ざされた室岡の方がもっと辛かったことは容易に想像出来た。そんな人が別の道の模索をした方が良いと助言してくれたことで、籐佳はマネージャーの道も残されていることを知った。
けれど、そんな籐佳をテニス部は受け入れてはくれなかった。
優秀な女性マネージャーがいるからというのが理由だったと思う。
それにより、マネージャー率いる女子に睨まれ、籐佳はテニス部から退部させられたのである。
それによりかねてより仲が悪かった男子テニス部と女子テニス部が衝突してしまい、余計に女子たちに嫌われた。
大会に出るほどのテニス部とテニス同好会に別れ、テニス部はほぼ遊びのクラブへと変貌を遂げてしまった。
それが一年前のことだ。
籐佳はそれからテニス部から距離を置き、同好会からも距離を置いて勉強を頑張った。
それから一年経って、テニス部が不祥事で部活動が閉鎖され、同好会へと人が流れたのをきっかけにテニス同好会は部になれるほど人数を要したが、大会への出場停止が一年とされたので当面は同好会として活動していくことになった。
そしてその同好会が部に昇格するという報告があったが籐佳は部長になる矢島に来ないでくれと直接言われたことで距離を更に取った。その頃テニス部の残党によってテニスサークルが発足した。籐佳はそこに入江に誘われたのだ。
けれどまた揉めるのが怖かったので、籐佳は参加は辞退したのだ。
だがそれを知った室岡がわざわざ籐佳を呼び出して、そのままサークルの飲み会に参加させられてしまった。
最初は楽しかった。
けれど飲み過ぎていないのに眠くなってしまった。
そこからの記憶は薄らとしたものから段々と現実になり、籐佳は十人ほどのサークルの男たちによってレイプされたことを知った。
だから籐佳は最初からそういう目的で呼ばれていて、クスリで朦朧とさせられたのだ。
涙が出て悔しくて、恥ずかしくて、そしてここに呼び出した室岡を恨んだ。
あの現場には室岡がいなかったのは覚えているけれど、呼び出してそのまま放置して帰ったことだけは確かだ。
グルじゃないのなら、あの日一度も会わなかったことがそもそもおかしいのだ。
あの飲み会会場にもいなかった。
つまり、騙されて呼び出されていたことになる。
籐佳は煮え繰り返りそうなほどに室岡を恨んだ。
そして現実に耐えきれなくなって、目の前にあった海へと入水自殺をした。
ここで死ねていればどれだけよかったか。
この世の地獄に呼び戻されるのにさほど時間はかからなかった。
籐佳は海に入ってからすぐに苦しくて意識を失った。
そして次に目が覚めた時には見知らぬ天井を見た。
「……?」
天国に逝けたのかと思ったけれど、それは痛みと体の寒さに驚いた。
ガタガタと震えていると、誰かが近付いてきた。
「目が覚めた?」
覗き込んできたのは銀髪で長髪の男だ。
とても綺麗な人だったので、天使か何かかと思ったけれど、煙草を吸っているのが見えてそれが天使ではないのだと気付いた。
「……あ、の」
「うん、ちょっと待ってね。水を飲んでからね」
そう言われて水差しで水を飲ませてくれた。
それはやっと喉に潤いを感じてホッと息ができた。
悔しいが生きている。
それが分かって籐佳は泣いた。
「あらら……辛いことがあったんだね。生きていることが悔しいほどに」
男にそう言われて籐佳は布団に潜り込んで更に泣いた。
悔しい何故死ねなかったのか、まだこの地獄に生きろと言うのか。
そう神を憎み、罵っていると布団をポンッと叩かれて言われた。
「人なんてそうそう簡単には死ねないし、君が死んだところで悲しむのは親兄弟くらい。君を追い詰めた人なんてラッキーくらいにしか思わないよ」
こう言われたら本当にそうだなと思えた。
悔しいが自分が死にたいと思っただけで衝動的に死のうとしたけれど、親兄弟と言われてハッとしてしまった。
籐佳が五歳の時、親が離婚をしていて、籐佳は両親の事情で父親と一緒に暮らしていた。
しかし籐佳が十五歳の時、母親と一緒に家を出た二十二歳になったばかりの兄が、自殺をした。大学で何かあったらしく、思い詰めての自殺だ。遺書はなく衝動的な自殺だったらしい。
それを母親が思い詰めてしまい、何で分かってやらなかったのかとあまりの悲劇にとうとう心が壊れて病院に入院をしている。
父親は仕事人間で、籐佳のことをあまり構わないで家政婦に任せっきりではあったけれど、それでも籐佳のためには何でもしてくれた。今だって離婚した妻の面倒をしっかりと見ているのだ。
それなのに、最期の家族が死んだらきっと父親も壊れてしまうだろう。
「す、すみません……すみません……ごめんなさい……」
籐佳はそう言い謝ったけれど、それを男は言った。
「許されるか許されないかなんて、俺には分からないけれど、いいよ、君は生きている。だから気にしなくて良いよ」
そう言われて布団をトントンとされた。
それが心地よくて、籐佳はそのまま泣きながら眠りについてしまった。
男はそんな籐佳を暫く慰めてから部屋を出た。
「まあ、死にたくはなるよな。回された挙げ句の自殺だもの。家族にだって自殺者がいるみたいだし、生きても死んでも地獄だ」
男がそれを告げた相手は苦痛の顔を浮かべている。
「君にとっては二回目の遭遇だろうけど、今度は生きているから何とかなる」
その言葉に言われた男は眉間に皺を深く刻んだ。
籐佳がまた目を覚ました時は、部屋の中かが暖かかった。
籐佳はゆっくりとベッドから起き上がって部屋を見回した。
窓側からは海が見えた。どうやら灯台の近くにある家らしく、断崖の上に家がある別荘のような場所らしい。
そこから見た海は綺麗だったから、それを見て思わず籐佳は泣いていた。
まだ景色を見て綺麗だと思える心が残っているのだと分かったら、何だか泣けてきたのだ。
人を恨んでもきっと良い方には向かないだろう。
そこで籐佳は大学を辞める決心が付いた。
できれば、大学では兄の代わりに大学生活を楽しむことにしていたけれど、原因も探っていたから、その原因も分からないままなのは残念だけれど、もしかしたらああいう大学だったから兄は何かに巻き込まれてそして死ぬしかなくなったのではないかと思えてきたのだ。
今の籐佳ならそれを理解できる立場になってしまった。
大人にならないときっと分からないことだったのだろう。
悔しくて恥ずかしくて家族に言えなくて死ぬなんてことがあるのだ。
「ごめん、兄さん……」
優しかった兄だったし、大学へ入ってからは繋がりも薄かったけれど、夏休みには必ずやってきてくれて籐佳の勉強も見てくれた。
でも最期の夏休みは部活と重なっていると言われてこられなかったし、籐佳もテニスをしていたので部活で忙しかったから残念に思いながらも、そういうものだと言う友達の言葉に納得していた。
そんな兄が海で死んだ。
それは冷たい日、そう今と同じ時期のことだった。
自分が兄とシンクロしている事実に気付いて、籐佳はここから抜け出さなければならないと思えた。
大学は諦める、何なら別の大学へ編入してもいい。
あの大学に拘ることはないのだと思えると、気は少しだけマシになった。
体のあちこちに傷が見えた。
それも薄らいでいるから、きっと時間は少しは経っているはずだ。
そう思ったら慌ててベッドから降り、部屋を出た。
部屋を出たら、すぐ近くのリビングらしいドアがあり、そこに顔を出した。
リビングは海が綺麗に見える大きな窓があり、そこにソファがあり、周りはちょっと綺麗とはいえなかった。
というのも、どうやら絵を描くアトリエらしく、見事に絵の具で汚れているのだ。
「……何これ……」
突拍子もない状態に驚き、ゆっくりとそこに入った。
リビングだけれどもアトリエらしい部屋には、大きなキャンバスがある。
縦が一メートルほどの大きなキャンバスには海の生物が描き込まれているけれど、それは魚や鯨に混じって、明らかに異世界の生物らしいものが描かれている。
その禍々しさは正にダークファンタジーと言っていいくらいに迫力のある絵だった。
「……なんだろ、ファンタジーなのかな?」
それをじっと眺めてからそう感想を漏らすと、それを訂正する声が聞こえた。
「それはティフルズという架空生物だ。テーブルゲームのキャラだよ」
低い声が聞こえ、振り返ると絵の具塗れのエプロン姿の男が椅子に座って煙草を吸っている。それは最初にここでみた銀髪の人とは違っていた。黒髪の大きな体の男だった。
どうやらそこに最初から居たようで、その気配に気付かずにいた籐佳は驚き、それから慌てて言った。
「あの、ここ何処ですか。僕、どうしてここに?」
籐佳がそう言うと男は面倒くさそうに言った。
「お前、名前は?」
「あ、はい、有瀬籐佳です……」
名乗ってみると男は少し考えてから言った。
「そうか、似てるだけか……。俺は永峰達己(ながみね たつき)だ」
「永峰さん……」
男は永峰と名乗り、それを籐佳は呟いてみるがやはり覚えはない人だ。
けれど永峰はそんな籐佳の呟きに少し驚いたような表情をした。
しかしそれを押し込めてから言った。
「ここは町外れの灯台だ。お前はその下の浜辺に流れてきたから救助した。幸い水も飲んでなかったみたいだから、うちで介抱した。病院は嫌だろうと思って」
「……え?」
どうしてそう思ったのかと思ったけれど、永峰は言った。
「お前、誰かに乱暴されたんだろう。それで自殺しようとした。自殺を思いつくくらいだから混乱しているだろうし、誰にも知られたくないだろうから病院はやめた」
そう言われてから籐佳はそうだったと思い出し、混乱しかけた。
そんな籐佳が倒れそうになると誰かが籐佳を支えてくれた。
「いやっあああああっ!!」
籐佳はそんな人にさえ混乱して暴れて逃れようとするもその人はしっかりと籐佳を抱きしめてから言った。
「大丈夫、落ち着いて、もう大丈夫だから」
「あああっ」
「うん、大丈夫だよ」
そう言う男から香る煙草の匂いに籐佳はああそうだと気付いた。
あの男たちは煙草は吸っていない。だから違う人だと籐佳は気付いた。
「あ……ああ……う……うう……」
「そう、いい子だね」
やっと籐佳が落ち着くと、抱きしめていた男が離れた。
「こっち見て、そう息をちゃんとして。そういい子だね」
その男はさっき目覚めた時に見た銀の長髪の男だった。柔らかな笑顔でそう言い、泣いている籐佳を慰めてくる。
「さあ、落ち着いた? そこのソファに座ろうか」
そう言われてそこに籐佳が座ると、永峰がコーヒーを持って籐佳に渡した。
「落ち着いたか?」
永峰がそう言うけれど、それに銀髪の男が怒る。
「達己、お前馬鹿正直に言ってるんじゃないよ、もう本当にデリカシーもない」
「あのな、祥吾。隠し事したって説明は端折れない。俺らは事実を話すしかないんだ。こいつは一回死んだんだ。なら事実と向き合わなきゃいけないことが沢山あるだろうが。世の中甘くねえんだよ」
永峰の言う通りだと籐佳は瞬時に思えた。
一回死んだ、それは事実だ。
そして事実は知らなければならない。
助けて貰っておきながら、何も言いたくはないと言えない。
誰にも言えないことだけれど、この人たちは分かった上で助けてくれた。病院だっていきたくないことも理解してくれていたし、そうすることで事件になってしまうのも避けてくれた。
そんな人たちがどうしたのかと知りたいことがあるなら籐佳には答える義務がある。
籐佳はそう思い、重い口を開いた。
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