Word Leaf 野分

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 三浦悟琉、最大のヒット作「巡る花冠の王」は、倉永の事件後三ヶ月で出版された。 倉永が仕事をしやすいように、時間を取っていたけれど、倉永が本を読んで夢中で仕上げたという。
 発売されると全チャートで一位を獲得し、漫画を押さえてのチャート一位なのでかなりの前評判がよかったのが大きかった。
 さらには出版社が変わったという話題も出ていたからか、映画がロングランが決まり、再熱したのも関係していたようだ。
 結局、一ヶ月も小説部門で一位、初週ウイークリーにて全部門一位。デイリーは全部門ではさすがに入れ違いになっているが気付いたらまた一位だったりしている。
 重版はあっという間にかかり、初日に重版、週明けに重版という流れだったらしい。週終わりには必ず重版がかかり、出版社としては最大のヒット作になってしまった。
「三浦悟琉様々過ぎる!」
 編集長はあまりの売行きに興奮して一回倒れたという。
 評価が高く、内容や設定などを褒めてくれている人が多くて、早くアニメ化を希望する意見が多い。
 それらの熱狂な世間に対して、三浦は取材には応じなかった。
 映画の取材が終わったのもあり、やっと一息付ける休暇になっていたからだ。
 家に居ると取材合戦になるので、悟琉は大輝の家に暫く居着いていた。
「相変わらず、本の山だね」
 大輝の家は、祖父たちが住んでいた家だという。
 亡くなるちょっと前に立て替え、大輝が将来住めるようにと大輝の意見も取り入れてくれた最新の家には、地下に本棚が沢山ある書斎がある。
 まるで図書館のような大きな空間に、大輝が集めた本が入っている。
 全部は埋まっていないけれど、献本を貰うことが増えたらしく、徐々に本棚が埋まって言っているという。後は古本でしか買えない本はよく古本市に行っては買い込んでいるらしい。
「まあ、本の虫なのは昔からだしな」
 大輝の家は学者家族で、家には考古学から物理学など専門書が多い。何も知らない大輝は小さいときからそういう本も読んできていたせいで、人よりも違う頭の良さがある。
 けれど子供らしくないせいで友人は出来ず、そんな時に隣に住んでいる悟琉と知り合った。
「うちの子、友達ができなくてね」
 そういう母親が心配をして隣の悟琉なら合うだろうと思ったという。
 悟琉は大輝よりも十歳も上。それでも頭のいい大輝よりは頭はよくなかった悟琉であるから、初期は大輝に馬鹿にされていた。
 それでも悟琉は大輝の言葉には否定を一切しなかったし、怒りもしなかった。
 そのうち、悟琉が創作をしていることを聞いて、それを読ませて貰ったのが大輝の運命をも決めた衝撃的なことだった。
 本というのは、勝手に売っているもので、誰かが書いているという事実は分かっているのに、その書いている人に会ったことがなかったから、実感がなかったのだ。
 目の前にその作者がおり、作品が目の前にある。
 それだけのことが大輝には衝撃だった。
「良かったら読んでね」
 三百枚はある重い紙の束を渡されて、大輝は部屋に戻って読み始めた。
 本はこうやって出来るのだと気付いて、その一つ一つの文字をしっかりと見た。
 一文字一文字人が書いていることにも衝撃を受けた。
 そしてそれを読み始めたら、止まらなかった。
 朝にそれを貰い、気付いたらお昼になっていた。
 面白くて、そしてわくわくとした。
 これまで読んできたのは専門書ばかりだったから、こうやって剣や魔法の世界は初めてだったのだ。
「どうだった?」
 あまりに凄かったのでそれを持って大輝は、悟琉の部屋に行った。
 悟琉の部屋には入ったことはなかった。いつも悟琉がわざわざ大輝の部屋に来てくれていたからだ。
 その悟琉の部屋は、見たこともない本が沢山並んでいる部屋だった。
「お、面白かった。もっと読みたい」
 大輝がそう悟琉に言うと、悟琉はくすぐったそうに微笑んだ。
「良かった。初めて書いた作品だから、人に見せるのは初めてなんだ」
 悟琉はそう言って、大輝に色んな本を見せた。
 持っている本は貸してやり、世界のファンタジー小説を読みあさった。日本の物も沢山あったので流行っているのも全部読んだ。
「やっと、普通に本が好きになったわ」
 大輝の親はそう言って安心したようだった。
 どうやら子供らしく夢中になれる何かに填まって欲しかったのが本音だったらしい。
 そのうち、大輝の家も両親が離婚をした。
 悟琉の家もとっくに父親が出て行っていたが、大輝の家は学者を続けるために負担を強いられる母親が不満をぶつけたところ、父親が世話をしなくていいと言い、出て行ってしまったのだ。
「もともと愛し合ってたのって、教授になる前くらいだしね。仕方ないよこればかりは、人の気持ちは変わるんだよ。長ければ長くね。だから仕方ないことなんだよ」
 そう言われた時には大輝は高校生になっていたから、両親の事情は好きにすればいいと思っていた。
 その中で祖父の家の話があり、ちょうど悟琉が大学生になったのをきっかけに家を出たことで、大輝と悟琉は会うことはほとんどなくなった。
 それから悟琉が作家になった時に三浦家は売りに出された。
 悟琉の母親は両親の介護のために田舎に引っ越しすることが決まっていたのは、後で聞いた話だ。悟琉も実家には戻らない覚悟だったようで、そのまま別れもなく、業者によって引っ越しは行われて、家は築年数が建っているということで解体された。
 もうそこには新しい家が建っていて、知らない人が住んでいる。
 というのも、悟琉が作家になった頃には大輝が大学生になって家を出ていたからだ。
 それを期に、大輝の母親は大学近くに家を借り、実家は売りに出した。
 不動産会社はリフォームをして売ったらしいので、もう大輝の実家もない。
 けれど、大学生になった時に祖父が入院をしてしまい、大輝は祖父の家に住んで大学に通ったけれど、二年ほどで祖父は死去した。
 遺言で本当に大輝に家を残してくれ、家は本当に大輝の希望が入った家に仕上がっていた。
 そんな家にずっと大輝は住んでいる。
 大輝は、大学を卒業してすぐに出版社に入ったが、一年ほど営業で過ごし、やっと希望の小説部門に異動になったばかりである。
 もうすぐ二十五歳である。悟琉は三十四歳になる。
 十歳も離れているからという気遣いもなく、大輝は友達に接するように悟琉に接した。それは昔からずっとそうしていいと悟琉が言ったからで、大輝はそれを続けた。
 もちろん、人がいるところでは分別を付けたしゃべり方をするが、その方が悟琉には都合がよかった。
 大輝が幼なじみであることは変わらないし、幼稚園からずっと見てきたからこそ、大輝が大人になっても悟琉にとっては大輝はいつまでも可愛い子だった。
 七年も離れていたけれど、それでも大輝は大人になったけれど、変わらないところが多かった。悟琉は変わりようもなかった。
 大輝にとってそれは嬉しいことだった。
 作家先生になってしまっていたら、変わっていたかもしれない。寧ろ普通なら変わっているものである。
 それが倉永のお陰で腐らずに悟琉は昔のいいところを沢山残したままでいる。
全部、倉永のお陰だと思うと、大輝は少しだけ気分が暗くなる。
 できれば自分がその支えになってあげたかったと思うのだ。
 こればかりは十歳も離れているとどうしようもないことだった。
しかし、七年も離れていたけれど、再び側に戻ってこられた。
「あれ、これ……僕の最初の小説?」
 本棚の一番奥に仕舞われている、製本されたものを見たことがなかったので開いたら、それは間違いなく、悟琉が最初に書いた小説を製本した物だった。
「え、製本してある……え?」
 それが見つかってから大輝はもう心を決めた。
「そうだよ、俺が最初に悟琉に読ませて貰った小説だ。あのままだと朽ちていきそうだったから清書して文字起こしして、本にした。今は一冊だけでも製本してくれるサービスもあるからな」
「え、え、これ、でも僕、これ書き直しているけれど」
「いいんだよ、さすがにこれはこのままって訳にはいかないだろ? 最初のものにあれこれ知識を詰め込まないと、この続きはきっと書けない」
 本のところまで大輝はいって、本を持って立ち尽くしている悟琉の手に触れて言った。
「俺にとって創作というものをはっきりと認識したのは、悟琉の物語だ。これが俺の心を奪ったんだ。今でもその感動を覚えてる」
 大輝はそう言って、悟琉の手を握った。
 その握った手を撫でるようにすると、悟琉は戸惑っているのが分かる。
 きっと悟琉は考えたこともないのだろう。
 それが分かるくらいに、大輝のしたいことが理解が追いついていないようだった。
 それでもよかった。大輝は悟琉に言っていた。
「俺にとって、悟琉は初恋の人で、今でも好きな人だ」
「え…………えええええ!?」
悟琉にとって、寝耳に水であっただろう。
 それでも悟琉は真っ赤な顔をしてから俯き、そして言った。
「でも、僕は君より十歳も年上で、もうすぐ三十五になるよ? 僕はおじさんになってるし、君にはもっとふさわしい人がいると思う……」
 悟琉はすぐに喜びはせず、大人としての普通の対応を見せた。
 けれど、大輝はそこは想定済みだった。
「それくらい知ってるし、分かってるよ。小学校の時からずっと知ってる事実を言ってもな。それに三十五歳だから何? 俺は悟琉が五十歳だって気にしないけど?」
大輝がそう言うと悟琉の驚いた顔が大輝を見てくる。瞳は既に泣きそうなほどに潤んでいるのが見えて、これはきっと拒否はされないと思えた。
 大輝はそこからしっかりと悟琉を抱きしめてから言った。
「俺はずっと悟琉のことが好きだ。あの感動からずっと、悟琉は俺を感動させ続けてくれている。その本棚にあるように、俺は悟琉のことが好きだ。ずっと変わらないで、俺のことを覚えていてくれてありがとう。幼なじみだって否定しないでくれてありがとう……今でも悟琉が一番好きだ」
 大輝ははっきりとそう告げた。
 それは大輝にとっての初恋で、ずっと間違いなく悟琉のことが好きで、それが変わらずにきたのは、未だに悟琉が大輝にとって大切な存在だからだ。
 ずっと大事に思ってきた気持ちは、恋になって、それは思春期の大輝にはこのままでは悟琉に嫌われると距離を置いた。
 その間に悟琉は引っ越して去って行き、そして大輝が素直になれないでいるうちに、悟琉の家はなくなってしまった。
 後悔してもどうしようもなく、何度も悟琉のアパートへ行こうとしたが、その後大輝の方でも祖父が病気になったりと大変なことが続き、結局大輝の実家もなくなってしまった。
 二人が揃える場所はもうなく、再会することはできないのかと思っていた矢先、出版社に入り、編集になって悟琉に再会する方法を思いついた。
 元々好きなことである。
 だから志望先を弁護士から編集に変えてまでして就職先を選んだ。
 周りからはやっぱり大輝の考えていることは分からないやと言われたほどだ。
 でも大輝にとって、悟琉はずっと輝いている存在だった。
 その時になって、悟琉の作品とは思えなかった作品が改訂されて発売された。
 それは最初から最後まで悟琉の言葉で書かれた間違いなく完璧な小説だった。
 編集者によって勝手に変えられていた内容は元通りに辻褄が合うようになっていて、そのことを指摘し改訂版を出すに至ったのは、編集の倉永のお陰であると悟琉は感謝していた。
 そこで大輝には目標が二つできた。
 悟琉に会うために編集者になるのは当然として、倉永を見習って立派な編集になって更に悟琉のいいところを引き出したいと思ったのだ。
 編集者としては倉永は多分業界一のやり手だ。
 そこから習うのは当然のことで、すぐに編集者になった大輝は倉永に教えを請うた。
 倉永は惜しげもなくやり方を教えてくれた。けれどそれは、きっと大輝を悟琉の編集担当にするためにしたことであると今なら分かる。
 倉永は新人を育てる役割を与えられていたし、雑誌の賞などの審査もしていた。
 だから売れっ子になって安定した悟琉を誰かに任せても大丈夫だと思っていたのかもしれない。
 でも事件のせいで前倒しになってしまったが、結局倉永は悟琉のポテンシャルを最高潮にして傑作を出版させてから担当を降りたことになる。
 倉永は自分の環境すら利用して、事件で大変でしたねと言われても平然と宣伝活動を行って、気丈なところを見せて様々なところに宣伝のポスターを貼って貰っていた。
 その効果は絶大で、本屋に本を山積みにして、本を買うために列が出来る。レジに長蛇の列で売り切れが続出するという現象を生み出した。
 それがニュースになることで更に相乗効果で重版が売れた。
 そしてそれは悟琉の最大にヒットにまで繋がった。
 しかしそれでも悟琉は変わらずにいる。
 静かに騒動が収まるのを待って、売れっ子であるけれどその世間と自分を隔てるようにニュースは見なかった。
 売れることは嬉しいし、沢山の人に読んで貰えるのも嬉しいけれど、自分自身が晒されるのは好きではない。世の中には作家本人が前に出て色々やったりするけれど、悟琉は作品と自分を分けたい人間だから、決して自分が人気だとは思っていなかった。
 そんな変わらない悟琉が好きで、大輝は告白までしてしまった。
 悟琉は恥ずかしそうにしていたけれど、大輝の手を振り払わないところを見ると、思いは通じているのだろう。
「僕は……好きというのが分からない……。作品を書くことばかりで……考えたことはないんだ……も、もちろん、そりゃ寝てみたことはあるけれど……その気持ちが入らないのは……何か違うかなって思ったし……その何か、えっと」
 その言葉に大輝はちょっとだけ感情がイラッとした。
 それは予想はしていたけれど、恋人がいたことがないという悟琉がセックスだけは何処の誰とも分からないやつと経験をしていることである。
 恋人がいたならまだ理解はできたが、どうでもいい相手と?と考えたら苛立ちが収まらなかった。
「ああ、ちょっと何?」
「いいから、上の部屋にいくぞ」
 怒りに任せて、そのまま二階の部屋に悟琉を連れて大輝はベッドルームに入ったのだった。

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