Word Leaf 希求

3

 詢を迎えに行ってから、詢は希の部屋に住み始めたけれど、すぐに希は詢に高内のことが好きだということがバレた。
「分かりやすいよ」
 詢がそう言って笑っているけれど、その高内は詢のことが好きになっている。
 ただ単に好みなのだろうし、こうやって庇護欲が出てしまうのだろうか。そういう人がいいのだろうなと希は気付いてしまい、あまり詢に優しくできなかった。
 もちろんそれを態度に出したことはなかったし、詢に何かしたわけでもない。
 ただ希が素直になれなかったから、仕事を増やし、詢と向き合うことをしなかったのだ。
 それは詢にはすぐに分かってしまったようだった。
「あのね、希。そろそろここを出ようと思ってる。鴻上さんが、隣の家を貸してくれるって言うから、そこに引っ越すね」
 詢がそう言ってきた時に、気を使っている詢を追い出すことになってしまったと思ったが、それと同時に詢の気持ちも察してしまった。
 希の想像外だった、詢は鴻上に好意を持ち始めていた。
「そりゃ、予想外だわ。でも京田とは余りにも正反対だし。あの鴻上さんも優しく接しているし、あり得なくもないかな……」
 希はそう思ったので、すぐに高内にはきっと間に入ることが出来ないのではと思えた。
 鴻上もまた詢には希の時とは違うくらいに優しく、そして丁寧に接しているのが分かる。
 毎日、朝に食べられるものを持ってきて、詢のために仕事場まで送っていき、帰りも出迎えるほどだ。ここまでやって惚れるなと言うのは無理で、詢はどんどん鴻上に引かれているのが分かるくらいになっていた。
 引っ越しは一日おいて行われたけれど、詢の家に希が入ったのは初めてだった。
 仲がいいけれど、自宅に訪ねるほどかと言われたら、そうではなかったのである。
これには意外に希はショックだった。
 希の大概であるが、詢も秘密主義者だったのだ。
 綺麗で整頓されていて、きちんとしている詢の性格が表れている気がした。それと同時に高内には一緒に暮らしたら詢が切れて別れるやつだと思えた。
 可能性がドンドン消えていくのは、高内も分かっているのだろう。
 高内が焦っているのがよく分かる。
 その気配に鴻上が何だか苛立っているのが分かる。
 詢以外は皆、事件のことよりも詢を取り合う気持ちの方が勝っているのではないだろうかと思えたほどだ。
 そして、その感情の縺れは、高内の焦りを生んでの自爆だった。
 引っ越しが終わった瞬間、高内は詢に告白をした。
 部屋から出てこないと思っていると、鴻上が部屋に入るドアを開けてみていたため、高内が告白しているのが聞こえた。
 詢はそれを聞いて驚いていたが断っていた。
 きっとそれはそうなるだろうと、希は思った。
 詢は希が高内を好きなのを知っている。だからどんなに高内がいい人でも詢は希を思って決してその告白にはイエスと言わないのだ。
 高内がどれだけ思っていても希が側にいる限り、決してその思いは届かない。
 その騒動はすぐに鴻上が止めに入り、高内は部屋から追い出された。
 鴻上は詢を高内に渡す気はないようで、そのまま高内を追い出してドアに鍵をかけた。
 追い出され、振られた高内は玄関先で落ち込み、暫く動かなかったけれど、ポツリと一言呟いた。
「あ~……駄目かあ……いけると思ったけどな」
 そうまだ言っているので、希は言ってしまった。
「え、本気でそう思ってたの? 詢は鴻上さんの方に好意を感じているよ?」
 さすがに気付かないのは恋は盲目なのか。希がそう告げたとたん、高内が信じられないように希を見た。
「マジで?」
「マジで、です」
 希はそう言うと、高内を連れて自分の家に行った。
 落ち込んでいる高内にコーヒーを出して、冷凍のランチをごちそうした。
 それを食べながらも高内は希に聞く。
「詢くん、鴻上みたいなのがタイプなの?」
「みたいですね。どっちかっていうとですけど、エリートの冷静さみたいのとか、仕事が出来る人とか、そういう人の方が詢は自分の仕事を理解してくれやすいって言ってましたね」
 希がそう言うと、高内は悔しそうに悶える。
「それじゃ、俺、詢くんに振られることによって、鴻上にチャンス作ったってこと!?」
「え。鴻上さん、やっぱり詢のこと好きになってるんですね。ああ、それじゃ、高内さんはお呼びでないですよね……」
 希がそう止めを刺すと、高内は完全に落ち込んでいる。
「マジか~そっか~、そうだよな~タイプってあるんもんな~」
「大体好きになる前に僕に聞いてくれれば、無駄だったって分かるのに」
 詢と知り合いである時点で紹介をしていないことを考えれば分かりそうなものなのにと希がブツブツと言っていると、高内は言った。
「だってお前、絶対に俺に紹介とかしてくれないじゃん」
「そりゃあの汚部屋を見たら、皆どん引きするからですよ。一応紹介して欲しそうな子には皆、高内さんが住んでいて汚しちゃった前の部屋の写真を見せてるからね。ちなみに僕が毎週ゴミ出しと掃除を見かねてやってるって聞いて、冗談じゃないってさ」
 そう希が言うけれど、それは最初の頃の話だ。
 それでも高内の部屋が汚いのは本当で、たまに見かねた希が掃除とゴミ出しをしているのも事実である。
 これでもなるべく汚れが少ないように、毎週必ず決まったゴミの日前にやっているのだ。ゴミは言っておけば出すくらいは高内もするからそれはお願いしている。
「……マジか、俺駄目男なんだな」
「そうですね。結構ヤバイですよ。これで結婚したら奥さん出産時期に発狂して離婚に至るやつですよ」
「ああ、それ最近ニュースになってるよな……本当俺駄目かもしれない」
 高内がそう落ち込んでいるのを、デザートの冷凍クレープを解凍したものを出して希が言う。
「こういうのってなるようにしかならないんですよ。自分が思っているタイミングではこないんもんです。僕だって、ちょっと前には何でこう上手くいかないもんかねって呟いていたくらいですから。そういうもんなんですよ」
 希はそう言い、坂本との出来事を思い出す。
 するとガンとテーブルを叩いた高内である。
「え、あ、ごめんなさい、何か不快だった?」
 さすがに言い過ぎたかと希が焦るのだが、テーブルを叩いた本人である高内は自分でその行動を驚いている。
「あれ、俺、今叩いた?」
「……え、ええ、思いっきりドンってやりましたけど?」
「わ、悪い。何か覚えてない……」
 高内が酔っ払っているわけでもないのにそんなことを言い出して、希は焦った。
「まさか振られたショックで頭がおかしくなってるんじゃ!?」
 わざと大げさに騒いでみると、呆れた高内にそれをやんわりと否定される。
「なってないから。いいや、もう、そのクレープ、食べる」
 高内は言ってクレープを取って黙々と食べ始めた。
 そんな高内にホッとして、失恋といえどあんまりショックは引き摺っていないなと安堵した。
 しかし、その原因は後日はっきりとした形で分かることになる。


 詢の京田からのストーカーは段々と不気味さを増していった時だ。
 朝に鴻上の家を訪ねてみると、詢が寝込んでいると言う。
「え、風邪ですか?」
「いや、ちょっと疲れがでたんだろう」
 鴻上がさわやかにそう返してきたのだが、それを高内が察してしまった。
「お前ら、くっついただろ?」
「そうだが、それが?」
 高内の言葉に鴻上は平然とした顔で答えたのだ。
「え、え、え、え? ええ~~~~」
 早い、早すぎる。
 いくら障害である高内が早々に撃沈したとはいえ、二人が親しくなる機会が多かったとはいえ、もうセックスをする間になっているなんて、それこそ寝耳に水である。
 京田のことを早々に振り切ったのか、鴻上がよほどいいように詢の罪悪感を消したのか、よく分からないうちに二人は先の段階に進んでしまっている。
 う、羨ましい……と呻きそうにながら、希はやっぱり自分の見解は間違ってなかったのだと、呟いてしまった。
 それに高内もやっぱり自分の汚部屋が駄目だったのかとブツブツ言っていると、鴻上がとんでもない爆弾を一つ落としたのだ。
「そういうわけで、お前はいい加減他を探せ。近場なら希だっていいだろうが」
 その鴻上の爆弾に更に追い打ちで希がいい理由を述べてくる。
「お前の素行を知った上で、お前と付き合ってくれるのなんて早々いない。希なら全部知っているから、その手間もない。むしろたまに掃除してくれているんだろう? 何でお前らそれで付き合ってないとか言ってるんだ?」
 それらは全部確かに希が狙った通りの効果としてアピールできる要素であるが、たんたんと述べられると下心ありありでやっていたのが鴻上にもバレていたのがさすがに希は恥ずかしかったのだ。
ここまでの努力を知ってくれている人がいたのは嬉しいが、それでもここまでバレバレでいたことがいたたまれない。
 希が脳みそが爆発しそうなほどに混乱していると、考え込んでいる高内がいる。
 もしかしてありなのか、そうなのかと希は思わず期待をしたが、やっぱりなしでと言われるのが怖いので逃げようかと思った。
 しかしふっと希に視線を向けた高内は言ったのだった。
「えっと、俺でいい?」
 高内の中で色んなことが巡ったのか、そういう対象として見るのもありになったらしい。
信じられない一言である。
 つまり猶予はあるというわけだ。
 それならここで逃げるのは間違いである。
「……え、え、え、え、え、はい!」
「じゃあ、付き合おう」
「は、はいっぃぃぃ!」
信じられないことに鴻上の何気ない一言で説得力があったのか、高内はあっさりと希と付き合うと言ったのだった。
「じゃ、あとはお二人でどうぞ」
 鴻上がそう言うと玄関のドアを閉めてしまった。
 どうやら二人きりになりたいから、適当に本当のことを言って高内を追い返したかったらしい。
 どうすればいいのだと希が思っていると、高内はふっと息を吐いてから言った。
「仕事から帰ってきたら話をするから、連絡する」
「は、はい……」
 希がそう返事をすると、高内は時計を見てから慌てて出かけていった。
 それを見送ってから希はゆっくりと自分の部屋に戻った。
 幸い、仕事はこの間に取材したものを文字起こしするだけだったので、ドギマギしながらもその仕事を熟した。
 いつもより早めに仕事が終わってしまい、二回分の原稿を仕上げて提出すると、編集長にすごく褒められてしまった。
『いつもこのくらいやる気でいてくれると嬉しいんだけどね。よくできているよお疲れさん』
 嬉しいことというのは重なるものなのか。
 編集長にこうやって褒められたのは、入社して少し立ってからだった気がする。
 それまではやる気があったけれど、そのうちあまりに記事が採用されないことから、ふて腐れてしまっていたら、それなりの記事しか書けなくなっていた。
 やっと掴んだ大物議員のスキャンダル。
 その取材を通して知り合った弁護士から提供を受けて、世間に知って貰うための事件としてきっちりと記事にしたかったことが書けた。
 一回目の記事は好評で、二回目と三回目に渡って取材内容をしっかりと書いていいと紙面を初めて開けて貰ったから、その記事をしっかりと書けたのが嬉しかった。
そして夜になって高内から連絡が入った。
『今、入り口にいるから開けて』
 そう着信が入ってから玄関のチャイムが鳴った。
 すぐにモニターを見ると高内が映っていたけれど、そこには坂本までいた。
 何でいるのかと慌ててメッセージを見ると、坂本が訪ねてくるというメッセージが入っていたのだ。
「うわ、何で被ってるんだ……」
 仕方なく高内と坂本の二人を中に入れて部屋まで来て貰った。
「高内さん、ごめん、ちょっと坂本の方を優先させて貰うね?」
 そう言い、坂本は。
「すみません、玄関先で済むことなので、五分ほど失礼します」
坂本がそう言うと高内はうんと頷いてから、希に言った。
「そう、じゃあ奥で食べてるね」
「出してあるので、お先にどうぞ」
 高内がリビングへのドアを閉めていくと坂本が言った。
「何だ、思い、通じちゃったんだ?」
 と笑われてしまったので、希は顔を真っ赤にした。
「というか、何というか、周りに茶化されてそんな感じに……」
 本当にそうなので素直に言うと、坂本はすっと笑いを引っ込めた。
「俺、地元に帰ることにしたんだ」
「え、そうなの。でも、やりがいのある仕事場じゃなかったっけ?」
「だったけど、新しく来た上司が使えなくて、あんなの雇った会社の先行きが不安で調べたら、どうやら倒産寸前らしいことが分かったんだ。使い込みとかあったみたいでね。それで別の職場を探してはみたけれど、ちょうど親がやってる旅館の跡継ぎの話が兄から俺に回ってきて、それでどうせならって思ったんだ。ちょうど希に振られたところだったしね」
「……坂本……」
「ほら、詢の方ももう俺の手に負えないモノになってるし、ここまでかなって」
「そう、だね……何だかこういうのはあんまりかなと思うけど、寂しくなるね」
 希がそう言うと坂本はふっと笑った。
「それをセフレ解消する時に言って欲しかったな。俺はかなり寂しかったんだ」
 坂本はダメ元でここに来てみたのかもしれない。
 けれどやっぱり駄目で、しかも希の願いだけが叶いそうなことに冷静な思考を一生懸命保っているのかもしれない。
 恨み節はもう聞いた。
 それでも希は坂本に悪い印象はない。
 こればかりは、自分の感情だけでは動けないのだ。
「実は、泣き落としできるかなと期待してきたのだけれど。駄目っぽいから、もう行くね」
「ごめんね……でも坂本との日々は楽しかったよ、それは本当だからね」
 希がそう言うと、坂本は言った。
「俺には宝物の日々だったよ。じゃあね、さようなら」
「うん、さようなら」
 またねとは言わなかった。
 会える保証はなかったし、坂本は過去にしたがっている。
 望みがないことを願うほど、坂本は夢には生きていないのだ。
 そして希がそれを受け入れられないのも、坂本は知ってしまった。
 恨み言を言う前に、坂本は手荷物一つで去って行った。
 希は坂本がエレベーターに乗るまで見送って、それから玄関のドアを閉めた。
 これで坂本とは完全に終わったのだ。
 何だかそれがちょっとだけ寂しいと思えたから、きっと坂本との日々は本当に暖かいものだったのだろう。
 そう思えたのがちょっとだけ希は嬉しかった。

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