Word Leaf
寒雷
9
二人が完全にくっついたのを察したのは、詢の変化にいち早く気付いた高内だった。
詢が部屋から出てこず、寝ているので起こさないで欲しいと言われてピンときたらしい。
「お前らくっついただろ?」
「そうだが、それが?」
高内がそう聞いてくると平然と鴻上が返した。
それを聞いて驚いたのは希だった。
「マジで? うわ、詢の好みやっぱりこっちだったのか~そりゃ高内さん振られるわ」
そう希が言うと高内はそれにショックを受ける。
「そうか、俺があまりに汚部屋過ぎたのかいけないのか……」
「多分、それもあるだろうな。詢の部屋は綺麗だっただろう?」
引っ越しの時に見た詢の部屋は、分別した上にそこに目印のテープまで貼っていたほどだ。何が何処に入っていて、さらには引き出しの中さえも仕切りがしてあり、全てが何処にあるのか分かるような片付け方だった。
そんな詢であるから、汚部屋の人間はそもそも一緒に暮らせないだろう。
「そういうわけで、お前はいい加減他を探せ。近場なら希だっていいだろうが」
そう鴻上が言うと、希は顔を真っ赤にしている。
高内はそれを否定せずに、うんと考え込んだ。
「お前の素行を知った上で、お前と付き合ってくれるのなんて早々いない。希なら全部知っているから、その手間もない。むしろたまに掃除してくれているんだろう? 何でお前らそれで付き合ってないとか言ってるんだ?」
鴻上としてはさっさと高内から詢のことを忘れて貰うには、別の人間を誂(あつら)えた方がいい。希のことはあからさまに分かる態度だったけれど、今まではそこまでしてやる義理もなかったので言わなかったが、今はそれを言う時だと思えた。
その言葉に高内は少しだけ考えてから、希に言った。
「えっと、俺でいい?」
高内の中で色んなことが巡ったのか、そういう対象として見るのもありになったらしい。
「……え、え、え、え、え、はい!」
「じゃあ、付き合おう」
「は、はいっぃぃぃ!」
あっさりと高内と希は付き合うことになった。
それを鴻上から聞いた詢も混乱したようになってから言った。
「そんな簡単に?」
「簡単だよ、あいつ単純なんだよ。でも希の方があいつのこと大好きだから、あいつが捨てられることはまずないから、案外いい関係かもしれない」
そう言うので、詢もそれはそうだなと思えた。
希はそれでも高内が好きだと言っていたから、振ることはないと断言できた。
どういう人なのか分かっている上で好きなのだから、これ以上呆れようもない。
「まあ、私としてはさっさと収まるところに収まれば、あいつも詢から気持ちも離れるだろう。そうすれば、詢が望んだ通りのいい関係で高内とも自然になるよ」
そんな心配までされていたとは思わず、詢はそれには感謝した。
「ありがとうございます。嬉しいです。鴻上さんありがとう」
「それなんだが、結局あいつらにもバレたところだし、鴻上さんではなく、嘉章(よしあき)と呼んでくれないか?」
「……嘉章さん?」
鴻上に言われた通りに名前を言ってみたら。
「はい?」
鴻上がニコリと詢に笑いかけてきて、詢は驚く。
「……っ!」
一気に体温が上がって、顔を赤くなる。
そうなる詢を鴻上がキスをしたところ、玄関のチャイムが鳴った。
いいところを邪魔されたけれど、鴻上は玄関に出て行く。
隣の部屋に戻っていった鴻上であるが、暫く立っても戻ってこない。
「宅急便か何かかな……?」
音は聞こえないから、暫くテレビを見ていると廊下から誰かがやってくる音が聞こえたかと思うと、鴻上の叫び声が聞こえたのだ。
「詢っ! 逃げろっ!」
あの部屋のドアが開きっぱなしになっているのか、遠くからの声だった。
「え?」
びっくりして廊下の方を振り返ると、そこには宅急便の格好をしたナイフを手に持つ男が歩いてくるのが見えた。
それは嫌と言うほど見覚えのある姿で、詢はコップを握った。
「みーつけたぞ、詢ぉぉぉおおおお!」
地を這う声が段々と高くなって、叫び始めた声は聞いたこともない、元恋人の京田創一の声だった。
「……何で…嘉章さんっ!」
鴻上が一向に部屋に入ってこないのがおかしい。声がさっきしていたのに、何故と思っていると、京田がナイフを振り回している。
「ばーか、あいつの足を刺してやったからな、歩けねーぞおお。ははは、詢」
そんなことを聞いて詢は鴻上のところに行きたいと思うのだが、それを京田が阻止する。
「いかせねーよ、詢……、お前、こんなところであの男に飼われてたんだなぁ、ほんと淫乱すぎるな……早速新しい男に股を開いてたか」
「……っ!」
京田にそう言われた詢であるが、その通りなので反論はできなかった。
京田を睨み付け、どうにか鴻上のところにいけないものかと考える。
けれど手に持てたのはマグカップのみで、どうしようもない。
京田の後ろにある廊下ばかりを見ていたら、京田が間合いを詰めて寄ってきた。
「あっ……いやだ……くるなっ」
詢は逃げようとするも、京田は飛びかかって襲ってくる。
京田はテーブルに乗り上がりそこから詢に飛びかかった。
「あ……うっ!」
避けようとしたが、そのまま床に押し倒されるように倒れ込んだ。
その衝撃で詢は一瞬だけ意識が飛んだ。
京田はその意識を失った詢を見逃さずに、ナイフで詢の服を引き裂いた。
「やっぱりてめえー、男と寝てんじゃねぇーかよっ!」
開いた胸には、一昨日から鴻上が付けたキスマークが多数付いていて、誰が見てもそれが何を意味しているか理解できるものだ。
「……うっ……あっいや……やめっ」
やっと意識が戻ってきた詢であるが、京田によって裸に剥かれかかっていた。
「どうせ他の男とやってんだっ最期に俺にもやらせろよっ詢っ!」
「いやああっ!」
パンツに手をかけられて、詢は手に持っていたマグカップで力一杯京田の頭を殴っていた。
「くうっ!」
詢の殴りで頭を負傷した京田が怯んだ隙に、詢は京田に押さえ込まれていた力が緩んだので抜け出した。
京田は頭を殴られた痛みで床にのたうち回っている。
それを横目に詢は玄関近くの小部屋の通路に走った。
「……くそっまーことぉ!!」
京田が痛みから怒りにまかせて起き上がり、走って詢を追いかけてきた。
詢はすぐにドアを開けて隣の鴻上の部屋に飛び込んだ。
そのまま部屋に入ると、隣のドアが開いていた。
「詢、こっちに!」
鴻上がそこまで怪我した足を引きずってやってきていた。
「嘉章さんっ!」
「詢、玄関の外まで逃げろ! 希の部屋でもいい、走れ!」
「いや、嘉章さんを置いていけないっ!」
詢は既に混乱していて最善の行動が取れない。
小部屋のドアが開き、そこに京田がやってくる。
「おーまえら、まじで、俺のこと馬鹿にしてんだろぉぉぉお!」
二人で抱き合って言い合っているのを見たら、京田が発狂をした。
京田は頭から血を流し、顔は血まみれになっている。
「詢、行きなさい……」
「いやっ」
二人はそれでも譲り合わなかった。
鴻上は一人で京田を殺すつもりでいる。
それが分かるから詢は置いてはいけなかった。
京田がおかしくなっているから、鴻上でも反撃をされたら殺される。
詢は自分のために鴻上が死ぬなんて、それこそ遭ってはならないし、阻止したかった。
「人の話ぃっぃい。きいてないだろぉお、お前らっ!」
京田が叫ぶけれど、それに鴻上が言った。
「君が会社を首になったのは君のせいで、詢は一切関係ない。懲戒解雇になったのも君がした行いのせいだ。君が振られたのも、君が自分のことしか考えていないからだ。君は自分の行いに対して拒否されているだけに過ぎない。それは身勝手による自爆だ」
鴻上がそうはっきりと告げると、京田は怒りを露わにして、何度も壁にナイフを刺している。
「うるせええっ元はといえば、お前が邪魔をしなければ、詢は俺に従順でいたんだっお前らがあの場に現れなきゃ、全部元サヤだったんだよっぉぉおおお!」
京田がそう思っていることに詢は反論した。
「僕は、元サヤなんて望んでない。京田は、俺のことなんてどうでもいいんだよ。最初から、恋人がいるという自分の見栄のために、僕を利用していただけだ。僕のことを思っていたら、あんなこと、平然と言えないはずだ……っ!」
そう詢が叫ぶと、京田には何の話か分からないようだった。
「はあ? 何の話だよ……っ。あんなことって何だよっ!」
「僕の仕事を馬鹿にしたことだ。それだけは絶対に許さない。それに強姦したことは、ただの犯罪だ。恋人同士であろうとなかろうと、相手を殴って意識がない人をやることは、決して許されないっ!」
詢はこの時、あの喧嘩以来、京田に対してはっきりとモノを言っていると思えた。
それまでは京田の言う通りに詢が付き合っていた。けれどそれは意味がないことを詢は知ってしまった。
もちろん、京田には詢の正論は理解できないだろう。
「うるさい、うるさいっうるさいってめえら、まとめてっころして……あれ……?」
激高した京田が叫んでナイフを振りかざした瞬間だった。
京田の体がぐにゃりと力を失って、床に倒れ込んだのだ。
「あ……れ、前がみえ、ない……」
いつの間にか京田の足下には頭から吹き出た血が溜まっていた。
「失血による貧血だ……」
鴻上がそう言い、少し体を引き摺ってから京田に近付き、京田が取り落としたナイフを取り上げた。
「詢、早く救急車を。このまま京田を殺したくはないだろう?」
そう言われて詢は慌てて鴻上の部屋にある電話に走った。
そんな詢を見送ってから、鴻上は京田の顔の前にナイフをガンと突き刺してから京田の耳に言った。
「次は絶対にお前を殺すからな。詢の前に姿を見せたら絶対に殺す、いいか覚えていろ……」
そう言いながら、京田の手のひらにナイフを突き刺して抜いた。
もちろんそれで失血しているが、京田には聞こえていたし痛みもあっただろう。
「嘉章さんっすぐに来るって……ああ……足の止血しなきゃ嘉章さんが死んじゃう……」
詢は泣きながら鴻上の部屋に戻って、ありったけのタオルとシーツを持ってきて刺されたところを止血した。
救急車がやってきた音が聞こえた時には、鴻上の意識も遠くなっていて、詢はずっと鴻上を呼び続けていた。
鴻上が意識を失ったのは、救急車に乗り込んだところだった。
詢は怪我をしていないので、駆けつけた高内に鴻上の付添いを頼み、希に付き添って貰って到着した警察と対面した。
二台目の救急車に京田が乗せられ、意識はないが命に関わるほどの失血だったけれど、すぐに血が固まり始め止まったようで救急車で運ばれた。
詢は警察に京田のストーカーの事件から全てを話すために、警察に着替えを持って行き、服は押収された。
詢は不安と戦いながら、警察から事件の流れを説明した後、病院にいけたのは一日経ってからだった。
「嘉章さんはっ?」
病院に駆けつけてみると、手術が終わったばかりだと言われ、鴻上は個室に運ばれていた。
「まだ意識は戻っていない。しかし命の危険は去った。もう少し横にズレていたら、動脈だったらしい」
高内がそう報告をしてくれて、詢は安堵して椅子に座り込んでしまった。
「良かった、生きてる……よかった……」
不安だったけれど、連絡を取っても手術中だと言われてしまい、状況が分からなかったのだ。ずっと不安で、ずっと泣きたかったけれど、それは許されない立場だった。
「京田も警察病院で意識を取り戻したらしい。ちゃんと生きているよ」
「……そう、ですか……」
良かったわけではないが、殺していたら正当防衛が認められるか微妙なところだったかもしれない。
嬉しくはないけれど、京田が素直に罪を認めて自供しているらしいので、事件はこれで解決するのだろう。
「外に警察の人もいるから、あとは詢くんに任せて大丈夫かい?」
「はい、僕がここにいます……」
一日中側にいた高内はこれから会社に報告をしなければならないらしい。希は詢のために食事を買いに行ってくれて、詢は病室で鴻上と二人になった。
鴻上はまだ眠っているけれど、その手に詢は触れた。
暖かい手に触れて、詢は生きている鴻上に感謝した。
「ごめんなさい、僕がこんな怪我をさせてしまった……ごめんなさい……」
鴻上の怪我は治るらしいが、神経が少し傷付いていたらしく歩行に関してはリハビリ次第になるらしい。もしかしたら、歩行障害が残るかもしれないと言われたから、詢は本当に悔しかった。
京田のことは殺したりないほど、今恨んでいる。
詢は早く警察に行くべきだったのだ。京田に温情を向けたせいで鴻上がこうなっているからだ。
それは謝っても謝りきれない大きなモノだった。
「……詢、泣くのはやめなさい……」
そのかすれた声に詢はハッとして顔を上げた。
麻酔から覚めたのか、鴻上がしっかりと詢を見ている。
「嘉章さん……」
「……詢は悪くないよ。私が詢を守りたかったんだ。でも、失敗したね……」
鴻上は玄関先で襲われるとは予想していなかったという。
京田は上手く化けていた。宅配便の業者を襲い、荷物を受け取らせて両手が塞がったところで太ももを刺したらしい。
京田の顔は知っていたのに、メイクされて帽子を被っていた上に制服で宅配便の人だと疑わなかったのだ。
顔を見なかったのは鴻上の不注意だ。
京田にそこまでする度胸はないと思っていたせいもである。
「君は本当に、悪くはないよ。私がミスをしただけだ。だからこそ、京田が死にそうだったら私が止めを刺そうと思っていたけれど、生き延びたみたいだね……」
「はい、罪を認めて自白をしているそうです。ここまできて違うとは言えないでしょう……」
「そうか、ならよかった……少し眠っていいかな?」
どうやら麻酔が完全に覚めたわけではないようで、鴻上は目を閉じかけている。
「はい、ここにずっといますから、眠ってください」
詢はそう言うと鴻上はすっと眠りについた。
それを見て詢は何度も鴻上に言っていた。
「ありがとう……守ってくれて……」
鴻上があの前の日に抱いてくれてなかったら、京田の襲撃に抵抗しきれなかったかもしれない。あの時、鴻上と繋がっていたからこそ、鴻上の方を選べた。
それは結果、詢を守ることに繋がったのだ。
そうでなければ、きっと諦めていたかもしれない。
だから、詢は泣きながら何度も鴻上に礼を言った。
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