Word Leaf
寒雷
6
詢は鴻上の機転で行動を鴻上の言う通りにしている。
いなくなった京田はまだ見つかっていないけれど、捜索願いが出されていないようで家族は彼の居場所を知っているようだった。
詢が京田を訴えない限りは京田に対して詢が出来ることはないが、それでも詢は京田に対して何かをすることはなかった。
一週間して、元のマンションの大家から、詢宛の手紙が溜まっていると連絡があった。それを近くだと言う高内が受け取りに行ってくれて、それを鴻上に渡してくれた。
「中を確認してから渡したい」
そう言われて返信用の宛名のない手紙だけは、鴻上が確認してくれた。
それにはひたすら詢を悪く言う手紙だったらしく、京田からであるのは間違いなかった。
「どうやら、あのメールの件で元の会社から懲戒解雇を言い渡され、有休も消えて、退職扱いではなくなったらしい」
退職扱いの場合、有休消化で一ヶ月は会社所属になる。
しかしメールの件で、とうとう会社側がそんな猶予は与えないと懲戒解雇にしてきたため、退職金もなし退職願も返送され受け入れられなかったらしい。
つまり次に何かの職に就くときは、懲戒解雇の理由が問われることになる。若しくは黙っていても問い合わせをされれば、その会社で懲戒解雇をどういう理由でされたかまで知られてしまうのだ。
エリートであってあの大手を懲戒解雇された社員なんて、危なくて普通の会社では使ってくれない。転職だけでも京田には難しいことになってしまった。
ただでさえ、警察から暴行強姦の罪で追われているのだ。執行猶予で済むとしてもとても再就職は難しいだろう。
「これは少し困ったな。これで京田は更に追い詰められたことになる。あいつにとってエリート街道から外れたことですら、精神に異常を来すほどだ。懲戒解雇なんて結果はきっと受け入れられない。あいつ自身がした結果を自分で受け止められるほど人間が出来ているとは思えないから、八つ当たりが来る」
鴻上としても懲戒解雇を出してくるとは思わなかったので、これは想定外だ。
もう退職する社員がした犯罪を見過ごしてなかったことにするかと思っていたが、どうやら上司に堅物がおり、見過ごせなかったようだ。その結果、余計な恨みが詢に来てしまった。
「引っ越していてよかった。恐らく京田も引っ越されているのには気付いていたから手紙を送りつける先を前のマンションにしたのだろうが、取りに来る君を待ち伏せしていた可能性もある」
そう言われて詢は少し震えた。
転送届けはまだ出していなかったが、その間に十通も送ってくるほどに京田の精神は悪くなっているようだった。
まだ京田と連絡が取れているらしい人は希を介して京田の様子を探っているけれど、最近は京田からの連絡は一方的でおかしくなっていることは手紙の内容と同じらしい。
さすがに出勤すると待ち伏せがありそうなので、詢は自宅でできる仕事を割り当てて貰い、それを通じて三浦悟琉の精神を安定させるためにテレビ通話を通じて会話をすることを命じられていた。
後任の藤原大輝は確かに幼なじみらしいが、三浦の覚えている時の藤原ではないらしく、それが余計に三浦を混乱させて編集部に泣き付いて、結局間に詢が入るしかなかったのだ。
『藤原の奴、生意気。真面目すぎる……楽しくない』
不満を言う三浦の後ろで藤原がニヤリとしているからどうやら放っておいても上手くはやれているようではある。
ただ三浦は不満があると小説を書かなくなるので、その愚痴の痰壺あたりに詢が選ばれたのである。つまり通話して三浦の不満をまあまあと宥めればいいだけである。
「そうか、藤原はそこまで真面目なんですね……今は予定も押していませんし、先生はごゆるりと作品を練っていてください。三ヶ月くらいは映画の話題で本も売れますし、上手くいけばアカデミー賞ノミネートでまた話題になれば、もうちょっと猶予はありますよ」
詢がそう言うと、三浦はそれには興味がないようでふと詢の背後の気配に気付いたように言う。
『あれ、倉永さん、引っ越しした?』
「はい、ちょっと避難場所として借りているところです」
『あ、あ、そうだ。ちょっと倉永さんの家の中見せて~』
三浦がそう甘えてきて、詢は苦笑する。いつも旅行先とかに行くと間取りを見たがったりするのだが、作品へ使われることがある。恐らくそこへの興味が湧いたのだろう。
「いいですよ。じゃ、ちょっと待ってください」
三浦が興味津々なので部屋を内見するように案内していると、三浦の機嫌が上がってきて、その部屋を主人公の部屋にして何か一本書くと張り切りだした。
さっと机に向かい始めた三浦を見て笑っていると、藤原が話しかけてきた。
『大変な時にすみません』
「いえ、構いませんよ。ネットを介した仕事しか出来ていないので、ちょっと暇だったので、三浦先生と話せて楽しかったです」
『助かります。俺が来てから、ふて腐れて全然仕事にならなくて……』
真面目に藤原が言うので、ふと三浦の不満を思い出す。
「昔みたいに話してみればいいと思いますよ。恐らくあまりに昔と違うから三浦先生はつまらなかったんだと思います」
そう詢が言うと、藤原は少し驚いたけれど、ふっと考え込んでからそれかと思いついたらしい。
『ありがとございます。そうしてみます。俺も助かりました。さすがだ、倉永さん』
そう言ってから通信は切れた。
どうやら膠着していた三浦と藤原はお互いに緊張が解けたのか、やっと仕事になってきたようだった。
それには編集長もご機嫌であるが、その編集長から不穏な話が舞い込んできた。
『それがね、君のことを悪く書いた怪文書が、他の出版社に届いているらしくて、どういうことですかって取材がきてて、それでこちらとしてはストーカーの事件ですって返したんだけど、君が三浦先生の元担当だったことが漏れて、それで記事を書くらしいんだ』
詢はそれを恐れて三浦の担当を離れたのだが、周りはそれを気遣ってはくれないらしい。
「止められはしないでしょうね……きっと」
他の出版社では止める権利がない。
三浦が絡んでいる以上、面白おかしく書かれるはずだ。
けれど編集長はそれを書いて貰った方がいいと言い出した。
「どういうことですか?」
『三浦先生には既に確認済みなのだが、もし記事が出たら、三浦先生が記事を書いた出版社で出す予定の新刊、あれを白紙にすると言うんだ。で、うちから出してくれるっていう確約までしてくれた』
「え、でもそれって……」
『可能だよ。まだ企画段階で、三浦先生の原稿が既に出来ているけれど、まだ企画の始動が一ヶ月先なんだ。そのため、まだ原稿を渡してない。三浦先生の逆鱗に触れたら、まあそうなるよな。倉永くん、他の出版社の人にも融通してあげてたでしょ? それなのに恩を仇で返したら、さすがの三浦先生でも切れるでしょ?』
それには詢も何も言えない。
それは三浦が決めることであり、詢が関われる部分はない。
『まあ、ストーカー事件に巻き込まれてる社員の動向を探ることは、ストーカーに情報を与える行為であることは告げたよ。分かっていたかどうか分からないけど、これを記事にするような編集長がいるところなんて、バッシングされればいいと思うよ』
そう編集長が言う通り、その週明けの週刊誌に詢の事件が取りざたされると、ストーカー被害に遭っている最中の人を記事にするのはやり過ぎだと、三浦が真っ先に声明を出してくれた。
三浦はそれに伴い、その出版社との取引はしないことを明言し、企画が進行中ではあったそれは破棄すると出版社に告げた。
もちろん、それは小説部門からすれば寝耳に水で、売上げが一番ある部門に喧嘩を売ったスクープ紙はすぐに謝罪文を出した。
雑誌は回収されたけれど、ネットの記事になってしまったために多くの人が、三浦の担当だった編集者がストーカーに遭っていることを知ってしまった。
このことで更に関係のない出版社が詢の事件を取り上げてしまい、泥沼化をしている。
詢がストーカーに遭っているが警察に相談をしていないことを指摘されていて、何故だと言うバッシングが起こるが、それを詢は編集から声明を出した。
「身内によるいざこざからのストーカーなので、内々に解決をしようとし、相手を尊重するために警察にはすぐには相談をしていませんでした。しかし、すでに相談済みであり、こうして公になってしまったため、相手の方への配慮が一切ない内容に、記事を書かれた方には理解していただけなかったことが残念に思います。また三浦悟琉先生にまでご迷惑をおかけしないように担当を早期に辞めさせていただいたにも関わらず、関係性を示唆され、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
などと、理由を綽々と説明した。
大きな事件に発展はしてないので、内々に話合いをする予定だったこと。嫌がらせもまだ初期段階で警察への相談はもうしてあること。三浦先生には既に事態を相談しており担当を辞めていること。編集部にそれを相談しており、仕事の制限もしていることなど、色んなことがまだ初期段階であり、まだこれからであることを声明に書き、これによって相手のストーカーもまた潜伏するだろうし、事件は長期化を否めなくなったことを淡々と書いて編集部付けで発表をしたら、続報だと書いた記事に対しての反発は大きかった。
もちろん詢を叩く人もいただろうが、大きな声は小さい事件で終わるはずが、この記事のせいで長期化してしまったことだけが問題とされている。
またこれ以上、取材を重ねることで倉永詢の所在をストーカーに知られる可能性が出てきたので、警察への相談をすること。またそれによって記事を書くことに対して法的処置を執ることを盛り込んでいたから、すぐに記事は削除されたが、記事を書いたWeb記事を掲載したところは、謝罪を軽くして知らんぷりをした。
結局最初に記事を書いた出版社は謝罪をしたが、三浦は企画を降りた。
さすがにその出版社も恩を仇で返したことを外部に知られ、詢がいなければ三浦から企画すら取れなかったことまで暴露されてしまい、三浦の怒りは最もであると納得される事態になった。
この件から、さすがにネット上では色んなところで話合われていたが、三浦悟琉の初手の動きが完璧であるとされ、三浦の本が売れた。映画も段々と満員が増えて、連日満員御礼になっている。
結果としては詢が危惧していたことは乗り越えたけれど、詢は三浦に守って貰ったことが少しだけ悔しかった。
「編集者である僕が、三浦先生を守らないといけない立場なのに、ご迷惑をおかけしてしまった」
それを悔しがる詢に、鴻上は詢を慰めながら言うのだ。
「そういう君だからこそ、三浦先生は恩返しがしたかったんだと思うよ。君が担当してからの三浦先生の出版は、それこそ右肩上がりで完全に売れっ子にしたのは、今回映画化されたシリーズだよね。あれも君の企画で、新聞で連載する枠を頼み込んだのも君だよね。その新聞連載が受けての大ヒットだって聞いているよ。普段そういうのを読まない私でもそれを知っているほどだ」
詢はそれを自分の成果だとは思ってはいない。
本が売れたのは三浦の本が本当によい小説だからだ。詢がしたことはただその発表をする場を多く提示することだ。
「僕は当然のことをしただけです。編集者ってそういうものでしょう?」
「その三浦先生は当然のことをしてもらって、それに当然だと胡座を掻くような人じゃないでしょ? 感謝してくれる人で、こうやってその恩を感じて守ってくれる。けれどただの売れっ子ではない人があの声明を出してもきっとそこまで反響はなかった。今の売れた立場だからこそ、皆が耳を傾けられた。その地位というものは、君と三浦先生が何年もかけて育ててきたものだ。それを三浦先生は自分だけの実力ではないとちゃんと知っている素晴らしい人だ」
鴻上がそう言って三浦を褒めてくれることが、編集者としての詢への最大の賛辞になているなんて、鴻上は気付いているのだろうか。
三浦が売れて凄いと褒められることこそ、詢が願って頑張ってきたことだ。
こんなことで三浦の素晴らしさが広まるのは、少し嫌ではあるが、それでも三浦を我が儘な作家と位置づけていることへの反撃にはなっている。
詢にとってこれは三浦にとっては好機であることを感じた。
恐らく三浦の映画は大ヒット以上になるし、本は売れて他の素晴らしい改訂作業をして出し直した初期作品も売れるはず。それは詢にはもっと嬉しいことだ。
ただ残念なのはこの事件を踏み台にしてしまったことだ。
できればいいことで知れ渡って欲しかった。
「三浦先生は素晴らしい方です。ただ作品にこだわりが強くて、それをいいように修正されるのが嫌いなだけです。だから作品は面白いし、素晴らしいです。沢山書ける方だから、沢山売れて欲しいです。いっぱい人に知られて欲しい……そうずっと思ってきました」
「君の努力はちゃんと形になっているよ、映画も出来たし、新しい本も売れている。そこまで君にサポートして貰える三浦悟琉に私は嫉妬してしまうくらいだよ」
そう鴻上が言い、それに詢が顔を赤らめる。
そんな詢の頬を撫でてくる鴻上の手が温かくて、それに詢は身を寄せた。
これを好意だと受け取って欲しい。
詢はそう強く願った。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!