Word Leaf 寒雷

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 倉永詢(くらなが まこと)は、恋人と別れることになった。
「離れたらきっと、お互いに心も離れると思う」
 恋人だった京田創一(きょうだ そういち)はこういうことを言い出した。
 急な話に詢は納得はできないけれど、別れると告げられたら縋り付けるほど、詢は京田のことを好きでもなかったのかもしれない。
「……分かった……」
 そう詢が告げたとたん、京田は怒り始めた。
「は? 何でそんなにすんなり別れられるわけ?」
「……え? だって……そっちが別れるって言うから」
 豹変した恋人の態度に詢は戸惑った。
 自分から理由を付けて別れると言ったくせに、それに同意したら責められる。これには詢も納得できるわけがない。
 だが京田は怒りを露わにして怒鳴る。
「はあ? 本気でそう考えているわけないじゃん、試したんだよ。お前が付いてきてくれるかどうか!」
「何、言ってるの? 僕も仕事をしているんだよ? 急についていきますとか言えるわけないじゃない……」
 理不尽なことを言われ、しかも別れると言った話は詢を試したのだと言われて、詢は完全に京田に対して不信感を抱いた。
「お前は俺についてくるんだよ……そう決まってるだろう!」
 問答無用にそう叫ぶ京田に、詢は自分の心の変化に気付いた。
 心が一瞬で冷めるというのは、こういうことなのだろうか。
京田が何か言葉を発してくると余計に心が何でこんなやつと付き合っていたのだろうと反発を始めたのだ。
「ごめん、一瞬で冷めたんだ。ついていけない」
 勝手すぎる京田に、詢がそう言うと京田は驚き、そしてまだ話を続けた。
「何言ってるんだよ、お前の仕事なんて大したことじゃないんだから、そこは付いていくよって答えるべきだろうが!」
「は? 何勝手なことばかり言ってるんだよっ。もういい、本当に別れる。付いていけない」
 詢は完全に切れてしまい、もう京田と話し合うのは無駄だと思えた。
 前から京田には振り回されていると思っていたけれど、詢の仕事を価値がなく、意味すらないと言い切る言葉は、別れを決めるには決定的な言葉だった。
「詢! 別れるなんて、後悔するぞ!」
「別れるよ。荷物、明日整理して宅急便で送るから」
 詢はそう言うと、京田と駅で別れてタクシーに乗った。
 ここから自宅までは遠いけれど、それでも京田に追いかけられるのも面倒だったので、人通りが多い駅までタクシーで逃げようと赤信号で止まっていたタクシーに飛び乗った。
 京田はタクシーのドアを叩いたけれど、タクシー運転手が外に出て怒鳴りつける。
「お客さん、しつこいと警察呼びますよ!」
「くそっ!」
 恫喝されて京田はタクシーから離れた。
 ドアは鍵をロックしてくれていたので開かなかったから、京田は歩道に逃げた。
 周りがタクシーを殴っていた京田を不審な目で見ているのに気付いて京田は気まずそうに駅の方へと逃げていった。
 その隙に、タクシーは発進してくれた。
「大丈夫ですか、お客さん?」
「あ、はい、ありがとうございます。すみません、本当に。あの大きな駅までお願いします」
「大きな駅ね、了解。まあ、大丈夫ならいいんだけど、警察とかいかなくていい?」
「痴話げんかなので……大丈夫です。何かあれば行くので……」
「そうかい、ならいいけど。行き先は二キロ先でいいかい。あそこなら大きな駅だから見つからないと思うよ」
「お願いします」
 タクシーの運転手は気を使ってくれて駅員も多い、大きな駅前まで詢を乗せてくれた。
 タクシーから降りてすぐに詢は自宅に向けて走っている電車に飛び乗った。
「あーあ、今日は楽しかったのにな……」
 思わず言葉が漏れるほどに、今日のデートは水族館にいけたし、食事も美味しい店だったしで良かった。映画も見られたし、夕食は何にしようかと楽しみに話していたところだったのだ。
 京田が突然人を試すようなことを言い出すことさえなければだ。
 京田が転勤をするという話すら寝耳に水だったし、一緒に行くことを強制され、さらには一生懸命している仕事を大したことがないと言われるとは思いもしなかったのだ。
 確かに会社で営業をしていた京田よりは、出版社で編集をしている詢のことは楽しているように見えるかもしれない。
 それでも詢は沢山の苦労をした。
 それを認めてくれていると思っていた。
 今日、映画も見たのだが、その映画はずっと担当をしていた小説家の初めての映画で、出来も良く大ヒットしているミステリーだった。
 それだって褒めてくれたのに、どうしてそれに関わって、ずっと忙しかった詢の仕事が楽すぎて大したことないことになるのか、詢には理解できなかった。
 京田に嫌われるよりも仕事を馬鹿にされることの方が、がっかりだったし、京田の信用する心が萎えた。
 けれど電車で考え込んでいると、京田に関しては周りの評判がよくなかったなと思い出す。
 友人たちは皆、京田のことを胡散臭いと言ったり、面倒だぞと言ったりした。
 どうやら前に別れた恋人とのいざこざを知っている人たちは、京田を悪く言う傾向にあった気がする。
 だからその言っていたことを思い出す。
「京田って、俺らのこと見下している。見る目がむかつく」
 そう言って切り捨てる。
 どうやら京田の態度から分かるらしい。
 しかし、もう一つ意見がある。
「京田って人のケツばっか見てる。僕があいつに興味があると思い込んでいる節がある。絶対ねーっていうの~」
 意見の違いはあれど、二種類だった。
 この違いは、答えた人がタチかネコの違いだ。
 タチには恋人がいる自分を自慢して恋人のいない人を馬鹿にし、ネコには京田に気があるんだろうと魅力的に見えている自分を見せているようだった。
 今考えるとなんだそれなのだが、詢は京田と恋人同士になっているときは、周りが嫉妬しているんじゃないかと思っていたのだから、詢も相当面倒な性格だったのだろう。
「……人の話、聞かなきゃな……」
 自分の心変わりから状況がはっきりと見えるようになったけれど、それでも恥ずかしさも出てくるほどの恋愛脳だったらしい。
 それに反省していると、詢のスマホには着信が次々入り、それは全部京田からだった。
『別れたら後悔するぞ』
『別れないからな、こんなことで』
 そういう内容ばかりが送られてくるけれど、人を馬鹿にしておいてこれくらいとはよく言えたものだ。
 だから返信には。
『もう別れたんだよ。人を試すようなやつ、信用できるわけないだろう。転勤も嘘だったんだろ? 大体人を試すのに別れを切り出すようなことして、そっちが考えている答えが出ないからって、ぶち切れるの意味不明。お前だって僕のことなんかどうでもいいくせに。いいからもう別れたんだよ。お前が僕に振られたんだよ』
 長文を書いて送ると、すぐにメッセージアプリをブロックした。
 電話も着信拒否にした。
 すると電話番号で送れるメッセージがどんどん入ってくる。
許さない、別れない、絶対にだ、という内容ばかりで自分が悪かったとは何一つ反省していない内容に、詢は更に心が冷めていくのが分かった。
 自分が悪かったと反省した言葉が見られるなら、少しは心も動かされたかもしれないが、それすらなく、ひたすら詢が悪いと言い切る内容だったから呆れるしかない。
 ここまで京田が馬鹿だったのか?と本気で心配するほどで、この不気味さの正体は、それまで余裕を見せていた京田の焦りが見え、京田が思っていたよりも良い人ではないのが見えてきたのだ。
 あまりに着信がなるのでアプリの通知を切り、とうとうスマホの電源も落とした。
 帰り道でスマホを気にするのも嫌になったのだ。
 それからすぐに最寄りの駅に到着して、詢は電車を降りた。
 改札を通り外へ出てから、すぐに家に向かって歩いた。
 人も多い時間だったのもあり、帰宅する人が数人見えていたが、公園に差し掛かったところで、周りに誰もいないことに気付いた。
 公園にはもちろん入らないで横道を抜けて、住んでいるマンションに向かっていると後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。
「うわああっ!」
 急に叫び声と走ってくる音が聞こえて振り返ったけれど、その詢の頭には何かがぶつかり、詢はそのまま痛みと共に意識が遠くなるのを感じた。
 頭の痛みと衝撃で道路に倒れ込んだけれど、辛うじて受け身が取れたのか、再度頭を打つことはなかった。
 しかし、詢は体の痛みで意識が一瞬だけ飛んだと思ったら、体が引き摺られているのを感じた。
「……ふっあ……う」
 痛みに意識が浮上するけれど、体を動かすことができなかった。
 意識が飛んだせいか、体が思い通りに操れないのだ。
 そうしていると目がやっと、痛みを与えてくる人間を捕らえた。
 そこには酷く怒りに狂っている京田がいた。
「くそ、くそっ、お前は俺のオナホで十分だっ」
 大きな声で喚きながら、詢の服を脱がしている。
 気を失っている間に公園の茂みに連れ込まれたらしく、草の上で下半身を裸にされ、無理矢理に京田によって詢は犯された。
「……うっあっ……いたい……ああっいたっ」
 もちろんアナルは滑り気もなく、解してもいない状態でペニスを突き入れれば、痛みを伴いアナルも傷が付く。
 京田も無理矢理にペニスを突き入れれば、入るわけもないことが分かったのか、一旦抜いてからアナルを舌で嬲り、涎を付けてアナルを指で解してきた。
「いや……だっ……ああっ……いやっだれかっ……ああっ」
 必死に叫んで動こうとしても、体がまだ言うことを利かない。
 腕はいつの間にか後ろ手に縛られていて、身動きをしても起き上がれない。
 まだ頭の中が酒にでも酔っているかのように真面には動いてくれずに京田にされるがままだ。
 京田は狂ったように詢のアナルを舐めて涎塗れにすると、再度ペニスを突き挿れてきた。
「……いやっあっあああっ」
 声だけがやっと大きな声が出るような状況で、詢は必死に叫んだ。
「あっあっ……いやっ誰かっ助けてっ!!」
 体が動かないけれど、声だけを必死に出して助けを求めた。
 けれど公園に暗くなってから入ってくるのは、不良に近い若者かホームレスくらいだ。あとは青姦を楽しむ恋人たちが草むらで盛っていることもあるが、こういう現場に出くわして助けに出てくれる人は早々いない。
 巻き込まれるよりは離れた場所で警察に通報してくれるくらいだろう。
 ただ、サラリーマンの帰宅時間は既に過ぎていて、午後十時という微妙な時間は人通りが少し途絶える。この後、飲み会から帰ってくるであろう酔っ払いの帰宅時間と残業上がりの人が通るかどうかにかかっている。
 大きな公園だから、公園から見えないようにしている塀の向こうの民家にはもちろん声は届かないし、近くには大きなマンションもあるが、外に出ている人なんていないから、助けを求めても声は強い風が揺らす木々のざわめきに飲み込まれてしまっている。
「あ……あっ……ああっ……いや……ああっ……」
 慣れている体が必死に痛みや恐怖から逃れようとして快楽を求めようとする。
 けれど、こんなことは恋人同士であってもあり得ない犯罪であるから、必死に抵抗する気持ちがどんどん湧いてきて、ただただ京田のことが気持ち悪くて仕方なかった。
体が反応しているのが悔しくなるほどに、京田は平然と慣れた様子で犯してくる。
 とうとう中で精液を出されてしまい、屈辱を感じた詢は叫んだ。
「だれかっ……たすけて!」
 必死に叫んだ詢の声は、やっと外を歩いている人に聞こえたようだった。
 しかしそれと同時にそれに気付いた京田によって、詢は顔を殴られた。
「……っ!」
 ただでさえ頭を殴られたせいで朦朧としていたから、二度目の衝撃で頭がクラリとしてしまい、再度叫ぶことができなかった。
「絶対に聞こえた」
 はっきりとした低い声が急に公園内に入ってきたのか、すぐ側で聞こえた。
「うめく声は聞こえたけどさ……でもほら、青姦してるだけかも……」
「それなら助けてとは言わないだろう?」
 低い声の人はどうやら詢の声が聞こえた。
 詢はこれを逃したら、きっともう助けは来ないと思い、声を振り絞った。
「たすけて……」
 思ったよりも大きな声でなかったけれど、それでも近付いてきていた男たちには十分に聞こえる声だった。
「そこか!」
 それが聞こえたのか男が草木をかき分けてこっちに近付いてくる音が聞こえてくると、さすがに京田も正気に戻ったのか、急いで京田は詢から離れた。
 ガサガサと人が来る気配から京田は遠ざかっていく。
「お、おい、お前、ちょっと待て」
 一人がそう叫び、逃げていく京田を追いかけて走って行った音が聞こえたが、公園を出たようだった。
 詢は縛られたままで放置され、アナルからは京田が吐き出した精液が溢れていた。
 藪から京田が出てきたのに気付いたもう一人の男は、やっと詢の元に辿り着いた。
 縛られて殴られてぐったりとしていた詢に男はすぐに駆け寄ってきた。
「大丈夫だ、君を襲った奴は逃げた。すぐに警察を呼ぶ。それから腕を解くから暴れないでくれ」
 男はすぐに状況を察したのか、腕の拘束を取ってくれ、さらにはコートを掛けてくれた。
「意識はあるな……よし……」
 男は詢の顔を触り、息をしているのか確認をしてから頭の怪我を少し触る。
「救急車と警察を呼ぶ。これは事件だから警察を介入させるしかない」
「……でも、……」
 男が男の恋人に強姦されたなんて事件を本気で取り扱ってくれるとは思えないと思い、詢は言った。
「……今、騒ぎを起こすわけには……いかないので……」
 詢は警察と言われてすぐに自分が担当している作家の大ヒットをしている映画を思い出した。
 担当編集者が男の恋人と喧嘩別れして強姦されるなんて、マスコミが知ったら飛びついて叩くネタにするに決まっている。
「しかし、君は殴られているし、頭も怪我をしている」
 そう言われて寝転がったままであったが、ゆっくりと詢は体を起こした。
「……大丈夫です、助けてもらって……有り難いのですが……今はちょっと……」
 詢は事情があるのだと男に言うと、もう一人の男が戻ってきた。
「逃げられた! あいつ、タクシーで駅の方に逃げたっ!」
そう叫んでいたが、詢は言った。
「犯人は分かっているので……逃げても」
 詢がそう言うのだが、男がやっと警察への通報を辞めてくれた。
「分かった、だが君はどこかで見て貰わないといけない。それには体を綺麗にしてからでないと、強姦を疑われる」
 男が冷静にそう言うのだが、もう一人の男が察したように言う。
「だったら、俺の家に行こう。そこの角だし、そのままでうろついていたら嫌でも通報されると思う」
 提案をされ、詢はそれに甘えることになってしまった。
「お願いします……」
 この人たちが正義だとは思わないけれど、それでも声を聞いて助けに来てくれた人が悪い人であるなら、きっとこの場で襲われていると判断して、詢は彼らに連れられて男の自宅に運ばれたのだった。

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