Echo

5

 眠っている間に何かある。
 斐都はやっと自分が眠っている時間が規則正しく過ぎることに気付いた。
 疲れて眠たくなるわけでもないのに、午後九時には眠くなっている。
「何だろうこれ、気持ち悪いくらいに意識も浮上しないなんて……」
 時々体が疲れている時もあるが、睡眠時間が覚えている限りで十時間ほどになっていた。
 だから睡眠時間は足りているはずなのに、昼間にも昼寝をしてしまうのだ。
 二時間ほど寝てしまい、そして起きてからはいつもおかしいと思っていた。
 そしてある日更に疑問は深くなった。
「あれ、これ、僕の服じゃない……」
 タンスに入っている服を整頓していたら、見たことがない服が入っていた。
 出してみるとやはり買った覚えもない服だった。
「知らないメーカー……」
 タグを見たら知らないメーカーだったので、スマホで検索をしてみると高級なストアが出てきた。
 フランス製で同じワイシャツが二十万もすると書いている。
「え? どういうこと?」
 何度見ても偽物ですらない。
 パンツも同じもので、質が違うのも分かる。
 怖くなってクローゼットの奥を探った。
 ちょうど真冬から春になっている時期で、斐都は衣替えをしようとしてこれを見つけたのだ。
 奥を探ると見たことがない服が沢山入っていた。
「……何でこれ?」
 自分で覚えている限り、こんな服はやはり買った覚えはなかった。
 けれど、十着ほどがかけてあり、さらにはコートまでもが新しい物になっている。
 怖くてそれらをそのまま奥へと片付けて、斐都はじっと考えた。
 もしかしなくても、自分が覚えてない間に何かやらかしているのではと斐都は更に怖くなった。
 それらを持った状態でいると、そこに清秋が帰ってきた。
「どうした斐都?」
「あ、叔父さん……これ」
 斐都は叔父に驚きながらも服を見せると清秋はああっとしまったという顔をした。
「ああ、見つかってしまったか……」
「え?」
 何がと思っていると、清秋はクローゼットのドアを開いてから言った。
「実はな、そろそろ斐都の誕生日だって義姉さんが言っていたからね。知り合いに服を調達してもらったんだけど、そうしたら新古品っていうの? ブランドの売れ残りを引き取っている人から思った以上に安く服が手に入ったって言って貰えたんだよね」 
 清秋はそう言うので斐都は驚いた。
「え、これ……?」
「そう、新古品で売られるときはタグを外して別ブランドとして売るらしいんだけどね。まだ外してないからすぐに持って行けって大量に押しつけられてね。まあ、値段は変わらないから買ったけど、隠しておくところがなくて、クローゼットの奥が空いていたみたいだから押し込んでたけど」
 そう清秋があっけらかんとして言うので、斐都は笑った。
「そう、そうなんだ……これ、俺のため?」
「斐都は気付いてないみたいだけど、結構服がくたびれてるんだよね。ほら、その私服も首回りとか肩とか色褪せてるでしょ。二年くらい新しい服、買ってない感じ」
そう清秋に言われて斐都はあっと気付いた。
「母さんが大体揃えてくれていたから、自分で買わなきゃいけないのに後回しになってた」
「そうか、じゃあちょうどよかったな。まだ大量にあるんだよな、これが」
 そう言われてクローゼットから取り出されたのは大きな段ボールだ。
 衣装ケース二個分くらいあるものが取り出されてしまい、その中に溢れかえるくらいに服が入っている。
「実はな、友達に任せっきりにしていたら季節も関係なく放り込まれて送られてきてな。コートもあるし、ワイシャツやTシャツもあるんだよね」
「うそ、そんなに?」
 Tシャツ五枚、ワイシャツ五枚というように色んな服が入っていてそれらを普通に入れると今まで着ていた服は全部捨てる羽目になってしまった。
「ほら、古いのは全部出して」
「ええー全部捨てろって?」
「こういうのは気分を変えるのにもいいわけで、どうせだからいいんだよ。ほら、古いの出して、下着はなかったから明日、新しいの買いに行くか?」
「……あーうん、それは嬉しいけど。もらってばっかりじゃ……」
「義姉さんからもよろしくって言われているからな。どうせ最低限の仕送りしかされてないんだろう? それに今までの誕生日プレゼントみたいなもんだって、受け取ってくれれば嬉しいよ」
 清秋はそう言い、気にしていないようだった。
 どうやら清秋は優秀な医者らしく、個人病院の医者の他に大学病院にも一日出張をして医者を始めたからか、懐に余裕が出来ているらしい。
「じゃあ、甘えようかな……」
「そうそう、子供はそれでいいんだよ」
 清秋はそう言い、さっそく次の休みには斐都を連れてブランドの服屋に連れて行った。とはいえ、セレブなところではなくあくまで一般的な人よりはいい服が売っているブランド物で、かっこいい下着が沢山あり、値段は正直怖くて見ないことにした。
 斐都が気に入った物を付いて回る店員に渡して計算でも値段は見ないでカード払い。だから斐都は総額を知らない。
 すべての下着を捨てる予定だったので十着ほど予備も入れて買って貰ったから、斐都の機嫌は良かったけれど、不安定でもあった。
 値段は本当に知らない方がいいと思ったのはあまりの値段に心臓が痛くなるからだ。
 それでも清秋は困った様子もなく、買い物が済むとそのまま近場にある回らない寿司屋に連れて行ってくれた。
 その時に清秋が言った。
「そういえば、変な人に人間違いされたと言っていただろう? あれから変なことはなかったか?」
「え……あ、そういえばそういうことあったね。すっかり忘れていたよ。あれからそんなこともないし、本当に人違いだったんだろうね」
「そうか、それはよかった。変な人に目を付けられたんじゃないかと思っていたけれど、そうじゃないなら大丈夫だな」
「心配かけてごめんね」
 斐都がそう言うけれど、清秋は笑って言うのだ。
「心配して助けるのが俺の役目だから、斐都は気にしなくていい」
「うん、ありがとう……何か、お父さんが生きていたら、こんな感じだったかなって思えてきた」
「あははは。でも兄さんはもっと優しかったよ。本当にね」
 清秋は十分に斐都のためにしてくれているのに、こんな優しい人と思っていたのに、そんな自分の父親はもっと優しいのだと言われて驚いた。
確かに子供心にも優しいのは覚えているけれど、それはあくまで幼稚園の子供だったからだと思っていた。
 けれどその記憶は間違いではなく、本当に斐都の父、清春は優しい人だったらしい。実の弟である清秋がここまで褒めるからには相当な優しさを持っていたのだろう。
 それが分かって少しだけ嬉しかった。
 母親はあまり父親の話はしてくれなかったし、今まで叔父もいなかったから、こういう話が聞けるのは新鮮で、そして斐都も父と同じようになりたいと思ったほどだった。
「僕も父さんみたいになりたいな……」
 清秋の話を聞いていると、血の繋がっている自分なら清春のように優しくいい大人になれるかもと思ってそう斐都が言うと、清秋が驚いた顔をしていた。
 それは信じられないものを見るかのような、そして本当にそうなのかと確認するかのような視線だったと思う。
「本当に、兄さんのようになりたいのか?」
 清秋の言葉に何かいけないことを言ってしまったのかと斐都は不安になった。
 清秋は清春のことになると上機嫌になるけれど、その思い出は酷く美化されていてそれを汚されることを嫌がっている気がした。
 真剣な清秋の言葉に斐都は言っていた。
「父さんみたいになれば、叔父さんはずっと僕の側にいてくれるよね……?」
 一人になる寂しさを知っている斐都は、清秋と暮らす心地よさを知ってしまったから、離れて暮らすのが嫌になっていた。
 清秋に気に入って貰えれば、ずっと一緒にいてくれるんじゃないかと思ったけれど、それは斐都の思い違いだったようだった。
「あ……ごめんなさい……叔父さんには不快だよね」
「いや、そうじゃない。斐都は本当に兄さんのようになりたいのか? 兄さんと同じになりたいのか?」
 清秋はその言葉に食いついてきて斐都に詰め寄った。
「な、なりたいよ……だってそうしたら、叔父さんには気に入って貰えるんでしょ?」
 斐都はそう言っていた。
 ここ三ヶ月、叔父である清秋と暮らしてきて、斐都はすっかり清秋に依存した生活を送ってきた。何でも清秋は頼りになって、斐都のすることなすことに先回りで助言をしてくれる。
 それは最初は戸惑ったけれど、今ではそれに慣れてきたのもあり、斐都は父親のように清秋を慕っていた。
そんな清秋をそういうふうに育てたという父親清春という人間を目指すのは斐都にとって自然な流れであった。
 不安そうな斐都を暫く真剣に見ていた清秋はふっと笑って言うのだ。
「いや、斐都は兄さんにならなくていい。斐都は頑張って一人でも生きていけるようにならなきゃいけない」
 どうやら清秋にとっての清春は相当な美化をされているようで、斐都では慣れないと言われてしまった。決してお世辞を言う性格ではないらしい清秋からそう言われたら、斐都は諦めるしかない。
 けれどそこで斐都は妙な対抗意識が湧いた。
 もう死んでいる人間に負けるのか。
 父親に対して懐かしい気持ちが湧いたけれど、今では嫉妬の対象になってしまった。
 清春に負けたくない、清秋の一番になりたいと斐都は思うようになっていた。
 それは斐都の中に芽生えた、唯一の対抗意識と嫉妬だった。
 母親が再婚した時にすら湧かなかった。再婚相手にすら嫉妬も憎しみも湧かなかった。母親に飽きられた時でさえ簡単に手放せた物が、今は湧いてしまっている。
 それだけ斐都には清秋は完全な味方だったはずだった。


 その日を境に、斐都は清秋から少しだけ避けられるようになった。
「赤ちゃん返りさせてしまったのかもしれない」
 そう清秋が言ったからだ。
 どうやら父親の代わりを見つけて、斐都はそれを縋るように依存しかけているのを清秋はよくないと医者として判断したようだった。
 それは斐都にとって辛いことだった。
 冬休みが終わり、大学に推薦で合格した斐都はもう高校に行く必要がないので他の生徒の邪魔にならないように休みに突入していた。
 日中は家にいてすることがなく、清秋に習った調理の技術を磨いて自炊をするくらいにはなった。
 清秋はそれを食べてくれるけれど、今までのように一緒の時間に食べることは減った。
というのも医者として清秋はレベルアップを図っていて、勉強をするために知り合いのところで最近の医療について勉強を始めたのだ。
 それは午前様になるくらいにかかるときもあり、斐都は完全に一人暮らしの様相に戻ってしまったのが不満だった。
「世の中そう上手く回らないんだね……」
 一人で昼食を取り、それから夕食を考えながら部屋の掃除をした。
 清秋の部屋は母親が使っていた部屋で、この家では夫婦の寝室に当たる。そこに少ない荷物を持ち込んでいる清秋であるが、海外暮らしが長かったので、一般的な人の持ち物は持っていない。それから長年、書籍などは倉庫に預けたままらしい。
 なので服くらいしか持っておらず、最近になって書籍や生活品が増えたくらいである。
 そんな部屋を掃除していると、テーブルの上に珍しくパソコンが置きっぱなしだった。
「珍しい、いつもは持って行くのに……」
 それらを寄せてからテーブルを拭くと、詰んであったデータDVDの山が崩れた。
「ああ……崩れちゃった。元に戻さないと……」
 そう思い戻していると、全部が大体手術のDVDだったけれど、二つほどが違うNo.とアルファベッドが振られているのに気付いた。
「何だこれ、No.10……No.40。随分飛んでるなあ」
 そう思ってパッケージの裏を見ると清春という文字が書いてあった。
「父さん……なんだろ、写真かな?」
 父親の写真なら興味がある。
 実は父親の写真は結婚した前後の写真しかなかった。
 小さかった頃に親と別れたと言っていた水智兄弟の幼い頃の写真は一切ない。どうやら父親は写真は捨ててしまったらしく持っていないという。
 確かに親に捨てられたとは言っていたが、それでも捨てられた後には清春は清秋と一緒に暮らしていたはずで、その間の写真がないのは少しおかしい。
 それに気付いて斐都は父親の写真か何かならば、見てみたいという気持ちになってしまい、その二つのNo.がついているDVDを抜き取って部屋から自分のノートパソコンを持ち出してリビングで見ることにした。
ノートパソコンにNo.40のDVDをセットして見始めた。
 最初は父親が映っている。
『こら、こっちを撮るなって』
 映っているのは清春である。それは斐都によく似ていて、まだ若い清春の姿に写真よりも昔のような気がする。二十四歳くらいだろう。それくらいに若い清春は一瞬、斐都と見間違えるくらいの表情をする。
『いいじゃん、テストだし』
 そう言い合っているのは清春を撮っている清秋だ。
『仕方ないな。でもそれを壊すなよ』
『分かってるって借り物だしね。麻理子さん、お金持ちだね。ぽんって貸してくれるし』
 どうやら斐都の母親麻理子と清春は大学時代から付き合っていたらしいことが分かる。
 そう言い合っている和気藹々とした風景はとてもよかったけれど、それが十分ほど続いた後、映像が乱れた。
「……あれ、何か暗いところだな……?」
 映像は別のものに切り替わったけれど、暗い部屋が映っている。
 それから明かりが付いた。
 どうやら隠し撮りのような感じで押し入れ辺りから部屋を映しているのが分かる。
 いるのは清春で清春は裸になっている。
 そしてその前には同じく全裸になっている清秋が立っていた。
 そんな清秋の足下に跪いて、清春は清秋のペニスを手に持って扱き始めた。
「なに、これ……」
 とんでもない映像が始まり、斐都は見てはいけないパンドラの箱を開けた気分に陥った。


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