Echo
1
その日は晴れていたと思う。
大学試験を控えて、必死に勉強をしてきたけれど、夏が終わった時期にもなかなか思う様に成果が出ず、高永斐都(たかなが あやと)はイライラとしていた。
そこに恋人である福原結城がやってきて慰めてくれた。
「仕方ないな……一回だけだよ?」
そう言って結城がしてくれたのはセックスだ。
欲求不満が溜まりに溜まって、学内であるのに二人は誰もいなくなったのをいいことに学生会室でセックスをした。
「ああぁっんっはぁっ……あっあんっあんっ」
久しぶりに自分の中を激しく荒れ狂うような恋人のペニスに斐都はやっと気分も落ち着いてきた。けれどそれでも溜まっていた性欲は収まらずに斐都は激しく乱れた。
「ひあぁっあんっはげしっ……あっああっあっあんっあんっあひっあっやっああっ」
結城は必死に腰を振って斐都を攻めてくるも、激しく乱れる斐都には若干引いているのが斐都にも分かる。
「らめっおま○こはきちゃうっ……あっあひっい゛っあっあんっ!」
「は、いくっ」
「いいっ……あっあんあんああっああんっひっああっいっちゃうっ……あぁっいいっひっああんっ!」
何とか絶頂の瞬間を合わせようとするも、結城が先に絶頂をしてしまい、最後は斐都は自分で自分のペニスを扱いて必死で絶頂をした。
「は……ん」
「さあ、斐都、これで終わりだよ」
結城はさっさと終わってコンドームに吐き出した精液を仕舞い、乱れた服を直してしまっている。
「ほら、早く。そろそろ見回りがくるから」
結城は自分だけ整えて帰る準備をしている。
斐都は自らの吐き出した精液が手についてしまい、それを持っていたウエットティッシュで吹いて服を整えてから外の水道で手を洗い直した。
「……たく……何でそうタンパクなんだ」
むかつくくらいにセックスを制御し、性欲すらも思い通りになっている。成績も優秀で大学も推薦で入れるくらいに頭がいい結城と、落ちこぼれで覚えも悪く、受験する結城と同じ大学に入るには一般入試で頑張るしかない状態である斐都とではそもそも意識の違いがあった。
教師たちには一つランクを落とせば、それなりに楽な大学には入れると言われているけれど、結城が一緒の大学に通いたいと言い、斐都のランクを一つ上げた元々結城が推薦で受かっている大学に進路を進めてきてしまい、斐都も恋人の願いを断ることができずに志願を出してしまった。
志願を出した頃も頑張っていたが、成績はほぼ上がらず、斐都の勉強の時間が少ないせいだと結城には言われ、恋人のデートは合格するまでなくなり、セックスすらも斐都が癇癪を起こすくらいにならないとしてくれなくなった。
何でもガチガチに固められているが、正論であるから斐都はそれに逆らえず、結城の言う通りに勉強も生活も頑張った。
「ほら、鞄持って。早く帰って苦手な教科の復習をして。受験まであと三ヶ月なんだぞ。分かってる?」
「分かってるよ……頑張る」
結城にハッパを掛けられて、斐都は少しむくれながらも頷いた。
どっちにしろ大学は二つ受ける予定で、一つは私立の滑り止め。これは親から浪人は許さないという指令の一つで、斐都の成績からはこっちの方が受かる確率が高い。
「俺は一緒の大学に行きたいから、斐都に厳しくしてるんだ……分かってくれよ」
そう結城が言うので斐都は笑顔を作って頷いた。
「分かってるよ、頑張る」
斐都はそう言って電車内で結城と別れた。
斐都の方が遠いところに住んでいるので、いつも結城とは電車で別れることになる。
斐都が帰り着いた街は、学生が多く住んでいる街だ。
そして滑り止めに志願した私立大ならここから通えるくらいに近い。
絶対に私立の方が楽で、合格してからも授業に付いてけるのは私立の方だ。
それは斐都が一番よく分かっている。
分かってくれないのは恋人の結城だけだった。
結城にとって、努力すれば勉強ができるようになるのが当たり前で、できないのは勉強をしないからという持論は崩れそうもなかった。
斐都は現在、一人暮らしだ。
一緒に住んでいた母親は、最近やっと再婚をして家を出て行った。
父と母は大恋愛の末に結婚、父親はある事情から母親の籍に入ったという。
そんな父親が死んでから十年以上、母親は独り身で斐都を育ててくれたので、斐都はできれば新婚を味わって欲しいからと言い、母親の再婚相手の籍にも入らなかったし、話し合いで一人暮らしをすることになった。
ちょうど斐都が高校生になっていたこともあり、同居で揉めるよりはこの方が付き合いやすかったのもある。
もっとも二人はホッとしたようで、金ならいくらでも出すといい同居はしたくはなさそうだったから、斐都の言い分は簡単に通った。
今まで住んでいた大きなマンションが父親の遺産で残っていて、母親はそれを斐都に残すつもりで管理だけをしていたという。再婚でそれを斐都が贈与で受け継いで斐都の持ち物になったばかりだ。
そんな慣れ親しんだ家に帰る。
近所のスーパーで惣菜などを買い込んで、後はご飯を炊くだけにしている。
下手なコンビニ弁当やジャンクフードで暮らすのは結城がよしとせず、なるべく栄養が取れるようにと、惣菜をチェックしてくれてスーパーの惣菜を上手く取り入れて食べるように言われた。
作るには材料が余るし、調理にかける時間も惜しがったのだ。
斐都は帰ってすぐにテレビを見ながらご飯を食べて、そしてリビングで勉強を進める。分からないところがあると結城に電話してアドバイスを貰う。そんな日常だ。
しかし一生懸命やっていても、体も心もだんだんと付いてこなくなってきていることに、斐都は最近気付いていた。
頑張っても頑張っても、もっと頑張れるだろうと言われて、もっと頑張っても届かないくらいに合格ラインが遠い。もう落ちるのは確定で、私立に行くしかないと斐都は心の奥底では思っている。
むしろ私立一本に絞ったらきっともっと楽だ。
その私立のランクだって悪くない大学だ。
それなのに、狭き門を無理に越えたとしても合格はいいだろう。でもその先もずっとこの調子で勉強漬けの続きだったとしたら、果たして自分はやっていけるのだろうかとふと斐都は不安になっていた。
今でさえいっぱいいっぱいで辛くて仕方がない。
「やらなきゃ……」
そうして家に帰った時に家の電話が鳴った。
いつも留守電にしているし、自分の知り合いは携帯に掛けてくるから大した電話ではない。それでも母親の関係者が知らずにかけてくることもあるので、留守番電話にしておいてある。
すると電話は意外な人からだった。
【あれ? 留守電なの? 麻理子義姉さん、斐都、いない? 困ったなー、兄さんの十三回忌法事どうすんだ?】
そう言い出した声に、斐都は慌てて電話を取った。
「もしもし、叔父さん?」
【あ、ああ、斐都か。よかった出てくれて助かった。久しぶり元気か?】
電話の主は斐都の叔父の水智清秋(みずち せいしゅう)だ。父親の弟で、現在は医者をしている。海外のあちこちを回っているボランティアの医者だと前に聞いたっきりで、父親の葬儀以来である。
海外に出て行ってしまってからは連絡すら取っていなかったと思う。
ずっと前に会ったきりの叔父であるから、どう接していいのか斐都は分からない。
「げ、元気です……あのお父さんの法事って?」
【ああ、それだ。十三回忌法事の話を聞きたかったんだ。そろそろ日本に戻れるから、やるなら参加しようと思って……】
そう言われて斐都は言った。
「あの、母はもう別の人と再婚してて……多分、もう父さんのことは忘れたいと思っていると思います。三回忌も七回忌もやってません。僕たちにそこまで余裕はなかったので……」
斐都は事実を言った。
父親が死んでから、斐都を育てるために母親はかなり苦労をした。看護師として働き詰めで斐都に不自由をさせない、父親の遺産には手を付けないようにして全部を斐都に残してくれた。
だから父親のことを思い出させても斐都はそこまで覚えていないならと、思い出させる法事は一切しなかったし、父親の位牌もしまい込んでしまっていた。
他から見れば薄情に見えたかもしれないがそれでも斐都はそれで父親がいないものとして育てて楽だったことは事実だ。
【……そっか、そうだよな……まあ、俺も墓参りくらいしかしてないから、同罪だけど。そっか、あの人別の人と結婚したんだ? いつ?】
「えっと、去年です。区切りがよかったので」
【へえ、じゃあ、今一緒に暮らしてるわけ?】
「いえ、僕は籍を入れずに、母だけあちらに行きました」
【あ、そうなんだ。ちょっと待って。明日、会えないか? 学校休みだろ? 法事をしないなら墓参りに行こうと思っていて、近くのホテルにいるんだ】
清秋がそう言ってきたので、それを斐都が断る理由がなかった。
「あ、はい、いいですよ。お墓参りなら僕も行きたいので」
【じゃ、決まり。家は変わってない? あの新品マンションだったでしょ?】
「もう十四年経っているので、新品ではないですよ」
【そっか、まあいいや。明日家に迎えに行くから、えーと十時くらいには起きててくれよ】
「分かりました」
【えっと、606号室だったよね?】
「そうです」
それじゃあと言って叔父からの電話が切れた。
そして明日は用事ができたことを結城にメッセージで伝えると結城は何故か怒り出した。
『こんな大事な時に、墓参りなんて何考えているんだ。そんなの後でもできるだろ?』
そう言われた時、斐都は初めて結城に対して苛立ちを覚えた。
「……一応、俺の家族の問題なのにそんな扱いなんだ?」
そのままの勢いで斐都はメッセージを打ち込んだ。
『そりゃ結城にはお父さんは生きているし、親戚付き合いなんてしなくてもいい身分だもんね。僕のうちのことは「そんなの」扱いなんだ?』
そうすると結城からはまたメッセージがくる。
『だって死んだ人間なんて後回しでも十分だろ。墓参りして成績が上がるのか? それなら一日ちゃんと勉強した方がいいに決まっているだろう。それにいいところに合格した方がお母さんだって喜ぶに決まってる』
そう言われてしまったのでまた斐都は苛立った。
そう思っているのは結城と結城の親の話だ。
斐都の親は、大学に入りさえすればいいと思っているだけで、いいところなんて目指せとは言っていない。
『結城のお母さんはそうだろうけど、僕のお母さんはそんなこと気にしないよ。もういい、結城になんて話すんじゃなかった』
斐都はメッセージを打ち込んで返した後、それに返信は一切しなかった。
ポンポンッとメッセージが届く音がしていたが、それを無視していると十回ほど鳴ったところで止まった。
携帯をテーブルに置いたところで、今度はまた電話が鳴った。
留守電がまた作動したけれどそれは叔父、清秋の声だった。
【悪い、また電話して。よければだけど、今暇ならメシいかないか? さっき同僚にホテルのレストランの特別コースを譲って貰ったんだ。二人前。一人で食べきれないだろうから】
それを聞いて斐都はすぐに電話に飛びついた。
「いきます。すぐに」
もう勉強なんてしたくないし、結城に構っているだけで苛立ちしか湧かない。
気分転換にはちょうどいいと、斐都は叔父との食事に飛びつき、携帯をバッグに放り込んですぐに家を出た。
清秋がいる駅前のホテルは、斐都のいる街にあるホテルだった。
清秋の兄であり、斐都の父親である清春(きよはる)のお墓がこの町のお寺にあるのだ。最初は故郷にと言う話もあったらしいが、清秋がこの街の方がいいといいお墓は清秋が建ててくれた。
だからお墓参りに行ったとしても、せいぜい午前中に終わるような話だったのに、どうやら結城は丸一日も墓参りにかかると思っていたようだった。
歩きながらその事実に気付いて、斐都は携帯を取り出すと結城からのメッセージを見た。
「……なに、これ、酷い」
そこに並べられた言葉はとてもじゃないが恋人に向ける言葉でもなかったし、斐都を全否定するような醜い言葉だった。
受験から逃げる負け組だの、尻軽だの、結局体目当てだったのかだの、今日のセックスで淫乱ぶりがよく分かっただの、とにかく斐都からの返事が気に入らなかっただけとは思えないくらいに批難をしてきていた。
それにショックを受けてしまい、道ばたで止まってしまった時、そこに斐都を呼ぶ声がした。
「お、斐都だろ? あーやっぱりそうだ。兄さんにそっくりなんだよな」
びっくりして顔を上げた斐都であるが、目に浮かんだ涙がそのまま流れてしまった。
慌てて斐都が涙を拭いていると、清秋が慌てて近付いてきた。
清秋を見るのは久しぶりであったけれど、その面影はしっかりと覚えていた。
五歳の時に見たっきりなのに、懐かしさを感じたのは最近母親が残していった父親の写真を見る機会があったからもしれない。
清秋は父親には似ていない。30代半ばで清春とは十歳も離れていると聞いた。
いろいろな事情で両親とは縁を切り、清春が清秋を育てて医大まで行かせた。
結局海外の医師団に入り、兄である清春の死から逃れるように日本を離れたというから、相当なブラコンだと母が言っていたのを斐都は思い出す。
海外の紛争地帯にいたからか、体が鍛えられていたし、大きく身長も百九十を超えているらしい。顔はそれなりに年を取っていたから、三十半ばであることは分かるけれど、それでもとても渋いイケメンなオジサンだった。
そんな人が斐都を呼び近付いてくるから、周りから注目されてしまった。
それでも清秋は慣れているように歩いてきて斐都の前に立った。
「斐都、それを見せなさい」
清秋はそう言い、斐都が見ている携帯を取り上げた。
「……あっ……」
清秋はそれを見てから顔を顰めた。
「斐都、これは友達なのか? こんな酷いことを言われるようなことを斐都がしたとは思えない……よくもここまで人を悪し様に罵れるもんだ……」
もちろんそれはそうだろう。
斐都はただ墓参りに行くとだけしか言っていないのに、売り言葉に買い言葉とはいえ、明らかに結城の選んだ言葉が衝撃的すぎた。
そう清秋から言われて、斐都はやっと自分が思っている以上に酷い言葉を言われているのだと気付いた。
「斐都、来なさい。ここじゃないんだ。部屋に行こう。レストランの食事は部屋に運んで貰うことにして……」
そう言われてホテルに入った。
清秋の部屋はスイートルームで、すぐに窓側のソファで事情を聞かれた。
「間違いじゃなければいいのだが、斐都はこの子とは付き合ってる?」
それには恥ずかしくて斐都は頷いただけにした。
「それじゃ、体の関係も持っているということか?」
それにも斐都は頷いた。
「……なるほど、それでこんな酷いことを書いたんだな。斐都、悪いことは言わない。この子とは別れなさい」
清秋は真剣な顔でそう斐都に言った。
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