The Garden of Eden
6
「……くそっ」
雪月を犯せば満足できると清瀧は信じていた。
その自信はあっという間に打ち破られることになった。
雪月の色っぽさは中学時代から一層増していて、再会した時は別人のように華やかだった。
とても性被害に遭った被害者には見えず、それでいて被害者であることを誰でも知っている環境で強く生きていた。
それがどうしても憎かった。
隠れるように逃げ住んだのは、加害者の自分たちだけで被害者ぶっている雪月は平然と生きていることが、どうしても許せなかった。
清瀧は加害者の子供であるが、それと同時に父親に裏切られた被害者でもある。
それでも父以外の誰かにも責任を見いだそうとして、抵抗せずに応じ続けた雪月も悪いのだと考えるようになった。
やがて、それは歪んだ考えになっていき、清流も雪月の色香に惑わされたのだろうとさえ思うようになってしまった。
けれど雪月の置かれている状況は、容易くはなかった。
性被害者でありながらゲイとして生きている雪月を人は淫乱だと印象づけては、噂を流してまで、そんな雪月を手に入れようとしている。
雪月の周りには清流のような人が多すぎた。
雪月への人の興味はいろんなコトに達してしまい、それがあの事件に辿り着いた。
清流が雪月を犯した犯人であることまでバレてしまうと、人は案の定、その加害者の息子である清瀧から離れていった。
それまでちやほやしていた女たちは消え、それまでに仲間だった事情を知っている友人だけとなった。
これすらも雪月のせいで暴露された結果、芋づる式にバレたものだった。
だから清瀧はこうなったのも全部、雪月のせいだと思ってしまった。
「何なら、犯してみたらどうだ?」
そう言ったのは一番の悪友だった外口道和だった。
「どうしようもない淫乱な男だったなら、親父さんもたらし込まれたって感じじゃん?」
それは気安い言葉だったと今なら清瀧にも分かる。
しかし清瀧はその時はその言葉を真に受けてしまい、友人の須和朋己に頼んで舞台を整えて貰った。
舞台を提供してくれた有信健吾だけは最後まで止した方がいいと止めてくれた。有信はその当時は外口にいい感情を持っていなかったので反対をしていたのかと思ったが、それだけではなかったようだった。
清瀧が雪月を犯している時、それを動画に撮った。
後で雪月を脅すために使おうと思って、撮っていたものだった。もちろん、雪月はそれを知らない。
それは全部、清瀧がちゃんと持ち出したと思っていたが、そうではなかった。
そしてそれがネット上に溢れたのだ。
さすがに顔にはモザイクが入っていたが、見る人が見れば誰か分かる。
雪月を犯してから一ヶ月は、清瀧はホテルに雪月を呼び出しては犯した。
有信は、清瀧を何度も止めてくれたが、それでも清瀧が望めば部屋は用意してくれた。
それでもまだまだ続くことに有信が不信感を抱いたようにもう貸せないと言ったので、清瀧は雪月をホテルではなく、清流とセックスをしたであろう場所に呼び出しては遠出をしてまで、雪月を犯した。
それから一ヶ月以上経って、清瀧も動画の存在すら忘れてしまっていた。それを使う必要もなく雪月を脅せていたからだ。
その動画は一連のファイルとしてネット上にあげられていた。ただそれは個人でしか見られないように非公開ファイルに入っていたのだが、操作ミスで全世界に配信されたようだった。幸いなのは全ての動画にモザイクが入っていた動画だったことだろうか。
さすがにネットにあげるのに、オリジナルファイルをあげるほど、馬鹿でもなかったようである。
その動画が一部に広まったあと、雪月が大学で堂々と清瀧に話しかけてきた。
このとき、清瀧はまだその事実を知らなかった。
「どういうつもりか聞きに来た。脅しだけでは飽き足らず、動画を全世界に全編配信か? どういう了見だ?」
雪月はさすがに怒っていた。
その顔はそれまでの清瀧の行動すらどうでもいいかのように、ただひたすらその動画をどういうつもりで全世界にバラ捲いたのか聞きたいだけのようだった。
「……なんだこれ……」
もちろんそれは清瀧がしたことではなかった。
それどころか、どうしてこれが動画として配信されているのかさえ、清瀧には理解ができなかったのだ。
その清瀧の驚きに、雪月は睨んでた顔が心配する顔に変わった。
「お前が捲いたんじゃないのか? この間からお前の腰巾着が動画持って脅しに来るから、その関係かと思っていた」
「……は? なんだそれ?」
雪月が言ってきた動画を見て、初めて清瀧は自分が外口に騙されていた事実を知った。
「お前の友人とか言う、外口だっけ? あいつが動画見せてきて、俺もやらせてくれとか言いやがるから、寝言は寝て言えって追い返したんだけど。その報復か?」
アダルトサイトには清瀧と雪月のセックスの動画が百以上アップされている。まだ見ている人が少ないようで、一万回再生くらいの物が多い。
「……マジか……これ……」
そう言いながら座り込んでしまった清瀧を雪月は道の端にある椅子に座らせた。
周りは平和そうに学生が歩いている道の端で、清瀧はどん底に落とされた気分だった。しかし雪月の行動は早かった。
「何がそっちであったのかは知らないけど、この動画、消していい?」
そう雪月が言い出して、清瀧は雪月を見た。
「消すって、これ、消すには何ヶ月もかかるんじゃ……そもそもネットに上げられたら、もうここを消しても……」
消せば無数に増えるというのが動画である。
消したと同時に別の誰かが既に動画をダウンロードしているだろう。そしてその人が同じ動画をアップしてしまうのだが、その動画をダウンロードした人が多ければ多いだけ同時アップされる動画が増える。そしてそれはネズミ講のように広がっていく。
しかしそれを雪月は消せると言う。
「ううん、ちょっとお願いすればアカウントごと消せるし、再アップされるごとにアカウントごと消す。五十回くらい続けば、世界中から消えると思う。知らない? こういう無修正アダルトサイトって意外に少ないんだよ」
そう雪月は言うと、何処かに電話を掛けている。
「こんにちは、お久しぶりです。はい、元気です。実はお願いがありまして……あ、はい、それです。お願いします。……はい、分かりました、後でまた連絡します」
それだけで雪月は電話を切った。
そしてさっきまで雪月が見せていたサイトの動画が一斉削除されていた。
「どういう……ことだ?」
「こういうサイトを運営している人たちって割とサイト名が違うけれど、同一人物がやってることが多いんだよ。だからお願いすれば大体似た動画は消せる。最近は映像が一致する動画を簡単に削除できるサイトが多いんだ。規則も厳しいし、海外だと訴訟されたら身ぐるみ剝がされるくらいに賠償請求もくるし、訴訟するぞって言えばさっさと消してくれるよ。あとは再度アップされる動画を徹底して消していけば、大体ダウンロードした人も察してくれるよ。これはヤバイ動画なんだって」
雪月は簡単にそう言った。
「これはあの外口ってやつのアカウント?」
雪月はそう言って確認する。誰がアップしたのかも雪月にとっては重要なことだ。
「……たぶん……これだけの動画を持ってそうなのはあいつらくらいで……でも俺、動画は誰にも渡してない、本当だ」
「そう、じゃあ、特定したも同然だ。あとはこっちで好きにしていい?」
雪月がそう言うので清瀧は頷いた。
「オッケーっと」
雪月はそう言って何処かにまたメッセージアプリで連絡を取ると、後は何もしなかった。
「本当に消せるのか?」
「うーん、八十%は消えるかな。後は海外のサイトを漂ってまた戻ってくるのを消していくしかない。それにアダルト動画は年々過激な無修正が出回っていて、動画サイトも古いものは消したくて仕方ないんだ。ほらサーバーも限りがあるから。だから問答無用で消したりする。そういうバイトをしたことあるから」
雪月がそう言うので、清瀧はそれを信じるしかなかった。
「まあ、顔にモザイクが入っていたし、よほど詳しい人しか分からない感じだから、全部消せなくても、いつかは消えてなくなるよ」
雪月はモザイクが顔に入っているのは助かったし、音声もほぼ喘ぎ声以外は消されていることから、特定される可能性は低いと思っているようだった。
だが、清瀧のショックは大きかった。
二年以上前から事情を知っていた友人が清瀧をあっさり裏切ったのか、清瀧には外口が何を考えて自分に近づいていたのかが分からなくなった。
その間にも雪月のスマホがぽんぽん音を出して着信を知らせている。
急速に事態は清瀧の知らないところで解決をしている。
「あー、清瀧、友達に裏切られたって思って悲しんでる? 悪いけど、外口って人の裏の顔を知っていたら、そんなこと思ってる方がどうかしてるよ?」
「……外口の裏って?」
「あの人のアカウント、まだあるみたいなんだ。そのアカウントの動画、全部レイプ動画なんだって」
「…………」
さすがに清瀧も言葉は出なかった。
雪月の知り合いたちはそれを見つけたようだった。
アカウント自体を消してしまえば、世界からは消える。けれどオリジナルを持っている外口がオリジナルを投稿してしまったら被害者も一生が終わるかもしれない。幸いなのは外口もそこまでの危ない橋は渡っていないことだった。
今なら被害者すら気付かないまま終わることができる。
「消しちゃおうね、全部」
雪月はそう言って楽しそうに動画を消すお願いをしている。
その様子から清瀧は、雪月が見た目通りの弱さがある人ではなく、再会した時に見た図太さを持った人であることを思い出した。
「さて、こっちの用事は済んだから、帰るね。あ、外口って人が持ってるオリジナルの方、ちゃんと消させてね。もしごねたらこっちはそっちの就職ごと巻き込んで裁判っていう大騒ぎしてやるからって言っておいて。和解なしで前科を付けてやるからね、性犯罪の前科が付いた人がこれからどうやって就職できるだろうね、よーく考えてって言っておいて」
そう言い、雪月が去って行ってしまった。
歩いてる先を見ていると、雪月の親友だと言う上坂がこっちを睨んでいる。
あの目はきっと雪月と清瀧の関係を知っているはずだ。
雪月はそんな上坂の顔を撫でてやって、頰を引っ張っている。それで上坂は怒気を削られたのか困った顔をして雪月を見ている。
一度だけ雪月はこっちを振り向いて、手を振って上坂を連れて離れていった。
周りは雪月と清瀧が何やらやっていた様子を見て驚いているが、こそっとこっちを見て話した後は足早に清瀧の前から去って行った。
清瀧は暫くその場の椅子に座って、気を静めた。
暫くして有信から連絡が入った。
「ああ、有信か……」
『なあ、外口のやつがさ、何か様子がおかしいんだけど』
「……様子って?」
知っているけれど知らない振りをする。
『何か、お前のこと裏切ってたとか、動画がどうとか……消されてるとか。自分は配信したんじゃないとか』
「……聞いておいてくれる? 俺がいない方が聞き出しやすそうだし」
『いいけど。これって雲峰が関係してる?』
「何で?」
『……いや、何かそんな気がした。動画とか言うから、思い当たるのはそれくらいで……』
「……あのさ、後で説明というか、疑わしいから言うんだけど。あの部屋、盗撮されてるみたいだって聞いた」
清瀧はそう言い、有信が驚く声が聞こえる。
『なんだって? あの部屋は……』
「客には貸してない、AV用の撮影室なんだよな? けど、前は外口には頻繁に貸してたよな?」
『……ああ、それでか。あの部屋、外口が使ってる時に泣いて出てくる子が多くて、それで外口に貸すのは辞めたんだ。親にバレるのも困るし。お前に貸してることは親に言ってたし、問題はないんだけど……まさか盗撮? マジかよ』
有信はまさかの展開に驚きながらも親に頼んで大々的に調べて貰ったところ、盗撮用のカメラが五つも見つかった。それらは全部電源を部屋のコンセントから取っており、その映像はホテルの屋上近くにある掃除道具を入れている部屋のロッカーに設置された録画装置に送信されていた。
頻繁に外口がきていたけれど、注意をした後は普通に客としてきていたから、まさかそれが映像の回収だとは思わなかったという。
有信はすぐに外口に話を聞きに行き、外口はあっさり犯行を認めた。
それもそのはずで、あの部屋はAV用の撮影の部屋であり、外口はその動画さえも盗撮で残していた。
AVの会社がそれを聞きつけて外口の家に直接弁護士を連れて突撃し、それが犯罪になることや、ヤクザ同然の会社を敵に回す気は外口に一切なかったようで、保存したDVDや録画したHDDなどは目の前で破棄するまで脅され、パソコンまで初期化され、HDDすら壊された。
その徹底ぶりに恐れをなしたのか、外口はその後一度も大学に来ることはなく、大学を退学して田舎に帰ってしまった。
清瀧とは一度も会わなかったけれど、有信には何度か泣きついたらしいが、有信もさすがに「ヤバすぎて庇えない」と断ったという。
雪月がどうという問題以前に、外口の問題が片付いたことを清瀧が雪月に報告すると、雪月は大した関心もなく。
「そうか」
とだけ言った。
済んだことにいつまでもこだわらずに、さっと流してしまえる雪月の強さに目を見張った。
清瀧は、そんな雪月を見るとここまで強い人が、どうして清瀧の拙い脅しにもならないことに屈しているのか理解がますますできなかった。
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