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真野は薄らと目を覚ました。
体が揺れているとふと意識が戻ると、パチュパチュと音がまず聞こえた。
そして自分の中に何かがいることに気付いた。
まず目に入ったのは、自分に覆い被さる男だ。息を弾ませながら腰を振っている。
そこで、真野は「ああ、レイプされているのか」と気付いた。だが体が思い通りには動かなくて抵抗らしい抵抗はできなかった。
男が呻いて達したのが分かる。だが幸いコンドームを付けているらしく、中に熱さは感じなかった。それに真野はホッとする。
信用できない相手に生で挿入はさすがに心臓が冷える。成原のように必ず検査を受けてくれる相手ではないと、到底無理なことだ。誘拐犯にその知識があることが今は救いだ。
抵抗できる相手ではないことは、誘拐された時点で把握していた。だから殺されないようにするには、まず大人しく犯されるしか道がなかった。
それから真野は思い出す。
やっぱりあの成原と一緒にいた男の仕業なのだろうなと。
明らかにこちらが何者か分かっていたように話しかけてきて、わざわざ接点を作ろうとしていた。話の内容からすれば成原の一族の関係者で、真野の存在を快く思わない誰か。そして成原の気を逸らすつもりで真野をレイプしているのだろう。他の人間のお手つきになった存在を成原が嫌がるだろうということなのだろうが、真野はそれに対しては鼻で笑ってしまう。
そんなことで成原のトラウマが再発するわけがない。
あのトラウマは、愛し合っていると思っているから、相手から好意を感じるからこそ、感じる不安なのだ。
大丈夫、愛してるなんて言わない自分はそのトラウマの対象ではない。
真野がそう笑っているのを見て、男達は気味が悪いものをみるように、真野を犯していた手が止まってしまう。
「なんだ……おい」
「気味悪い……なんで笑ってんだ?」
「おかしくなったとか言わないよな……」
「だってよ、無理矢理だぜ、今の状況」
男達が真野の笑いに対して、だんだんと自分たちが罪を犯している立場だという認識が強くなっている。さすがに真野がおかしくなって、それを罪として成立するような行為だとすれば、男達がただで済むわけもない。
「というか、そもそも成原のトップにたてついているわけだし……」
そう男達が言った瞬間だった。部屋のドアが開く音がして、男達が一斉に真野の側から離れた。そして廊下を入ってくると誰が来たのか男達にも見えた。
「……知晃さん!」
男達がギョッとしたように声を出した。
その声に、真野はぼんやりしながら思った。
随分早くに勘付いたものだと真野は少しだけ感心する。もしかしなくても真野は、自分にさっきの男が何かする気がしたので部屋に先にいかせたのかと思った。それなら早々に成原が口を割らせたか、相手が調子に乗って余計なことを喋ったのかは分からないが、成原には簡単に情報が入ったわけだ。
「お前達の顔は覚えたぞ」
成原の地を這うような恐ろしい低音の声が響いて、男達が慌てて服を抱えて部屋から出て行く音がした。
真野はゆっくりと首を回して成原の方を向いた。
成原は男達が去ったのを確認した後、すぐに真野のところに戻ってきた。
「大丈夫か?」
「……どういう意味で?」
真野がそう問い返すと、成原は言った。
「精神的な意味と肉体的な意味だ」
真面目な顔をして動揺すらしていない様子から、成原には何があったのかは予想できていたようだ。
「まあ、気持ちが悪いな……全身が」
「中は大丈夫か?」
「中出しはされてないし……一応知識はあったみたいだから傷は付いてない」
「そうか」
成原はそれを聞きながら真野の体を確認している。折れているのではないか、痛がってないかを確認しているのだろう。
「痛いところはあったか?」
「いや……ない」
「そうか」
成原はやはりそう言って、隣のベッドからシーツを?ぎ取ると、真野をそれで包んだ。そして服や鞄などを真野の体に乗せると、そのまま真野を抱き抱え、部屋を出た。
そして元々泊まる予定だった部屋へ向かったのだが、その部屋はこの階で部屋はほぼ二つ離れているだけだった。どうやら近場で誘拐をして、近場で監禁すれば意外に気付かないだろうという盲点を突いているらしい。
それに真野は、道理で素早く犯されていたわけだと納得した。
部屋に入ると成原は真野を一旦入り口で下ろし、荷物をすべてその場に置くと、また真野を抱え、今度はバスルームに入った。
広いバスルームに入ると、真野を支えるようにして立たせると、上からすべて洗い流すようにお湯をかけた。
そして成原は手にボディーソープを取ると真野の全身を洗い始める。
手のひらで何度も擦りあげて隅々まで洗い始め、真野はそこまでやってもらうのも変だなと思いながらも、成原のやりたいようにさせるしかない雰囲気が漂ってきていて、何も言えなかった。
全身を洗い終えると、成原はお湯を溜めていたバスタブに真野を入れる。それが真野は気持ちよくてほっと息を吐くと、成原は言った。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫。それより、レストランで会ったアイツ、あれがやったのか?」
真野がそう聞くと、成原は頷いた。
「一族のやつってことか?」
「いや、アレは弟だ」
成原がそう言ったので、真野は目を見開いた。
弟がいると聞いたのは初耳だった。まあ、そもそも成原の家の家族構成なんてものは知ってはいないのだが。
「そうか。兄さんが男に走ったから、止めに来たわけか」
「そうでもない。私が気に入って抱きかかえているから欲しくなっただけだ」
そう成原が言うので、真野はん?と眉を顰める。
「アレは昔から私が大事にしてるものを奪うことで、優越感を得るような性格に育っていてな。お兄ちゃんなんだから弟のために我慢しなさいってやつだ。あれを実践してきたからな」
「隣の芝生が青いってか」
「それだ。無い物ねだりをするからな。何でも与えてやってるのに、わざわざ人の物を欲しがる」
そう言われて真野は否定を入れた。
「僕はお前のものじゃないんだが?」
それに間髪を入れずに成原が言った。
「そう言っても信じてもらえない状況だ」
はっきりと言われて真野もそれもそうかと思い直す。真野が成原のモノではないことは、二人だけが納得していることで、世間一般から見た二人の関係をただのセフレと言うには少々無理があるというわけだ。
毎回食事をしてホテルでセックスをする間柄を半年以上も続ける関係を人は恋人同士だと言うからだ。
「それでも、私の手の付いたモノを欲しがるにも限度がある。一番のお気に入りをくれてやる理由はないしな」
さらっと成原が言った。
その言葉に、真野はドキリとする。成原が真野を口説こうとして言っている言葉ではないのだが、それでも心臓が高鳴るのは、真野もそれなりに成原に執着をしているからだろう。
「こうなってしまっては、お前とのことも考え直さないといけなくなる」
成原がそう言い出した。
「……え?」
真野が驚いたように反応したのだが、成原はそう言って考え込んでしまった。
どういう意味なのか。
真野は更に胸が冷えるようにドキリとした。
「……どういうことだ?」
「ん? 何がだ?」
「僕とのことを考え直すってこと……もうやめるっていうのか?」
真野がそう尋ねると、成原は真野を見てからハッとする。真野は蒼白な顔をして、そう尋ねてくる。
「佳?」
真野の変貌に驚いた成原は、真野に触れようとしたが、真野はそれを払いのける。
「触るな!」
「落ち着け、佳。やめるとは言っていない」
「じゃあ何なんだよ!」
真野は混乱したようにそう叫ぶ。
その言葉に、成原は言った。
「お前こそどうしたいんだ? 佳。お前の憤っている理由だと、私と離れるのは嫌だと言っているようにしか聞こえない」
その成原の言葉に真野はハッとする。
確かにその通りだった。真野が癇癪を起こしているのは、成原が関係を考え直さないといけないと発言したのがきっかけだ。関係を考え直すのは、何も別れることではないのだが、真野は真っ先にそうなるのが嫌で問いかけたのだ。
「……僕は……」
真野は戸惑った。自分の気持ちが分からない。
つかず離れずのセックスフレンドに、離れないでくれだなんて、やってることが前のセックスフレンドと同じだ。
「な、なんてこと……だ」
真野は震えながら自分の頭を抱えた。
「佳」
「やめろ! なんで、なんで僕の中に踏み込んでくるんだ!」
余計に錯乱を始めた真野を成原が強引に抱きしめた。真野は必死になって暴れたが、力の差は大きかった。どんなに暴れても抱きしめてくる成原に、真野は何度も聞いた。
「なんで、なんで……」
「佳に意識してもらえるように行動しているからな。お前が人の思いが苦手なのは知っている。前にそのせいで刺されたことも知っている」
成原がそう言いだして、真野は暴れるのをやめた。大人しくなった真野を成原は背中を撫でて落ち着かせる。
「……意識?」
自分の事情が知られていることくらい、最初から予想済みだ。だから驚きはしない。けれど、その前に言った、意識してもらえるようにという言葉が引っかかった。
「佳が私と離れるのが嫌だと言う気持ちは、この半年かけて作られた、佳の心だ。だから否定するな。これでも私が嬉しいんだ。少しでも佳に気持ちが伝わっている気がしてな」
そう言われて、真野は眉を顰めた。
恋愛なんて重いものだと思っている。心を開いたってきっと裏切られる。だって自分は男で成原も男だ。そして成原は大事な成原一族のトップだ。男の相手なんてセックスフレンドなら許すだろうが、それ以上の存在は許されるわけないのだ。
「私の立場を考えているのだろうが、この私が一族の願い通りにまた生きるとでも思っているのか?」
そう言われて、真野はキョトンとした。
それからハッとする。
成原はその一族に裏切られ、婚約者を寝取られた挙げ句、更に利用されそうになっていたはずだ。その話は成原とどうこうなる前から噂になっていたから、真野が知っていることは成原も分かったのだろう。
「……だったら、余計に……」
真野の考えは、恋をしたくないというものだ。だから成原を最終的には裏切っていることになるはずだ。
「多分、私は佳に裏切られたと思ったら、二度と手錠の鍵を外さないだろうな……とそう思う」
成原はそう言ってから一旦バスルームを出て、今度は黒のビニール袋を持って入ってきた。
「これ、どう思う?」
「……は?」
成原はキョトンとする真野に対して、袋の中から商品を取り出して見せた。
「直接買いに行って、いろいろ説明を受けて買ったから大丈夫だと思うが」
そう言って見せられたのは、新たな拘束具である皮の手錠ののようなものだ。今までのが警察が使うような手錠だったのだが、それで傷が増えてしまったので、SMの本格的な拘束するモノを買ってきたのだというのだ。
「防水加工もしてあって、洗うのが楽だと聞いたんだが」
そう言うと、その手枷を真野の腕に黙々と填めていく。真野も手を出したまま、成原にされるがままになってしまう。
さっきから話があちこちに飛んでいるが、別に成原は話を混乱させようとしてそうしているわけではないようだ。
もしかしなくても、仕事以外の会話は道筋を立て辛くて、こうなってしまうのかもしれない。
確かに拘束は、中に柔らかい木綿のような布が敷き詰められ、手首への負担は手錠のそれとは違った。幅も大きく、一カ所を固定するだけではないので痛みはない。だが一人で取り外せるものではなく、真野が成原にしてもらって初めて拘束が可能になるものである。
前よりももっと協力が必要な構造なのだ。
「…………悪くない」
「そうか、これからはこれで試してみるか」
成原はそう言って初めて真野を見て笑った。
その笑顔が、プレゼントをあげたら喜んでもらったといって、喜んでいる人そのものであった。
これからはこれで試してみるという言葉に、真野は成原がまだ関係を続けるつもりでいることに気付いた。どうやら二人の関係について考え直すのは、セックスフレンドをやめることではなく、会っている方法や場所の話だったらしい。
「お前は……本当に……」
「どうした?」
成原がキョトンとしているが、真野は体全体の力が抜けた。
真野がどんな目に遭っていても、成原は守ってくれるのだろう。きっとそれまでと変わらず、真野の望むような関係を続けていく。
それが真野の心を壊さずに済む方法であり、成原が納得した結果である。
だがそれによって真野の心は確実に動いた。
どうあっても成原と離れたくない。関係を崩したくないけれど、それでも成原に執着があったし、だんだんと独占欲が沸いている。
それがいいことなのか悪いことなのか分からないが、真野はその心の変化を嫌だとは感じないで素直に受け止めることにした。
成原は、あの男とは違うし、真野もあの頃とは違うのだから。
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