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 成原からの告白の後。
 真野は成原を部屋から追い出した。
 頭が着いていかず、成原の香水の話は、サンプルを暫く使ってもらう形にしておいた。あとはデータを取り、調整し、随時生産できるようにさらに調整することになったと、成原が帰ったことを副社長に報告して納得してもらった。
「成原はもう試していただろ? あの香り、いいね。成原に合っている。さすが真野だ」
 副社長は成原も香りが気に入ったという話をしていたと言っていたが、その話も半分も真野の頭に入っていなかった。
 とにかく成原が上手く言ってくれたお陰で、この件はどうにかなりそうだったが、そのサンプルを嗅いだ瞬間、真野の頭の中で、成原が言った愛しているという言葉が浮かんで、何度も頭を振った。
「……あり得ない。一番ないと思ってたのに……」
 愛される資格もない、愛を知らないはずの男に、告白する御曹司なんて、周りから見れば笑い事だ。
 会社を終えて帰宅するも、帰り着いた真野は部屋の中央で座り込んで頭を抱えた。
 あの成原が誰かを愛する日はくると思っていた。だがその相手が自分だとは真野も想像しなかった。それこそ一ミリもだ。
 世間体や立場を考えれば、そろそろ結婚だろうが、それでも成原は、自分のしたいようにするつもりらしい。だがそれはきっと一族が許さないだろう。
 いくら成原の言う通りに動く一族でも、繁栄を望んでいるはずだ。だから愛し愛されなんてことはない夫婦を作ろうとしているだろう。
 そんなことに巻き込まないでくれ。
 そんなものと戦ってまで成原を得たいとは思ってはいないんだ。
 そう真野は思った。
 泣きそうになっているときに電話が鳴った。
 相手は須佐だ。
 仕方なく電話に出ると、須佐が言った。
『その後、どうだ?』
「…………何が?」
 何に対してそれを言っているのかは理解できている。今日、成原が研究所を訪れたことなんて、同僚の須佐にはすぐに耳に入ることだ。だから何があったのか聞きたいのだろう。
「香水の調合に来ただけだ」
 そう答えると、須佐は真野の変化に気付いた。
『いや、お前……ちょっと待て、近くまで来ているから出てこい』
 そう須佐が言い、真野は抵抗をしたが、結局出かけることになった。駅前の居酒屋通りに出て、待ち合わせの店に入ると、須佐は個室を取ってくれていた。
「これなら話しやすいだろ?」
 どうやら須佐の行きつけらしく、角の個室で他の客も出入りしない場所を確保してくれていた。
「……話すとは言ってないんだけど」
 真野がそう言ってビールを注文して食事もここでしようと定食も頼んだ。
「どうせ、成原の方が折れたんだろ?」
 須佐の言葉に真野はぐっと息を飲み込む。
 店員が先にビールを運んできたので、真野はそれを飲んで誤魔化そうとしたところ、その飲む手を止められた。
「で、お前はなんて答えたんだ」
 須佐の言葉に真野は、ため息を吐いてから答えた。
「……答えも何も、僕は愛なんて信じないし、僕に要求するなって、いつも通りに答えただけだ」
 真野の言葉に須佐は盛大にため息を吐いてみせる。
「やっぱり成原でも、お前のことにはハマるんだな。まぁ、最初からそういう兆候があったしな」
 須佐が紹介した時から成原が真野のことをずっと見ていたことを持ち出す。興味がない相手なら「これがいい」なんて指名はしないというのだ。
 確かにその通りで、最初から成原は好みの真野には関心があったということになる。そうすれば、それが恋か愛かなんて見極めるのに半年間なら十分に時間があったということになる。
「で、向こうはなんて答えたんだ? 別れたのか?」
「別れって……そういう関係じゃないし。でも、成原はそれでいいって言った。向こうも向こうで勝手にするから、こっちはこっちで勝手にしていいってことじゃないか? 僕は今まで通りで、成原は成原の思う通りでってことで」
「え? お前、まだあいつと寝るつもりなのか?」
 さすがに別れるというか、セックスフレンドも解消したかと思った須佐だったが、そこは解消はしていないと真野が言う。
「成原とはそっちの相性はいいんだ。だからセックスしたくないわけじゃないと言ったら、分かったって」
 真野がそう言うと、須佐はテーブルに突っ伏した。
「なに、その関係」
「今まで通りのセックスフレンドで、向こうは勝手に愛だの恋だの考えてもいいけど、僕に要求することはないってことで、一応話は付いたんだが」
 真野の言葉にまた須佐が打撃を受ける。そこにマグロのお刺身定食が到着し、真野は須佐を無視して受け取り、それを食べ始める。
 さっきまで悲痛に落ち込んでいたが、須佐に話しているうちにだんだんと真野自身も気持ちの整理がついてきた。
 そして食事をし始めると、止まっていた頭の回転がだんだんとよくなっていくような気がしてきた。
(腹減ってて、頭が回らなかったのか)
 などと一人で納得してしまう。
 須佐はまたため息を吐いて、真野に話しかける。
「でもそれって、成原は真野に惚れているけど、真野はそうじゃないってことだろ?」
「その通り、だから今まで通りだってこと」
「いやいや、それっておかしいし」
「おかしくはない。成原が勝手にどういう風に僕を思おうが、体の関係だけで嫌になるなら、そのうち成原からの連絡は来なくなるだろう?」
 真野は至極真っ当な回答を出す。
 確かにその通りで、成原がまさにそのタイプだった。
 愛を要求され、それが疎ましくなり関係を解消する、成原はそうやってセックスフレンドを見つけてきたのだ。だからそういう関係を真野が望んでいるのを知っているのに、愛を押しつけるのは成原とてそれはおかしいと感じたのだろう。
「須佐、お前が何を言ってもなるようにしかならないんだ」
 真野がそう言い、黙々と食事を始めると、さすがの須佐も真野が成原に少しでも執着している事実に気付いた。
 普段の真野なら、この時点で関係を絶っているからだ。今まではずっとそうで、それで何度も揉めた。愛なんていらないと叫びながら、押しつけるなと叫んで相手も否定した。
 ペロリと定食を平らげると、酒のつまみになるものを次々に真野が注文を開始する。
「お前、まさかお腹空いてる?」
「うん」
 次々に運ばれてくるつまみに、おにぎりまで追加して真野がどんどん食べているのを須佐は眺めて呆れ顔になる。
「お前食ってる時が一番幸せそうだな」
「幸せだけど、セックスしてる時の方が楽しい」
 真野のこの言葉に須佐はまた呆れる。
 真野のセックスに関する貞操の低さはこの辺にある。気に入った相手なら寝てみたいと思うらしく、いいと思えば誰とでも寝た。バーにくる人間の、攻める人間ならほぼ寝ている計算になるが、さすがに刺されてからは面倒な相手に目を付けられることが増えた。面白半分に手を出してみようとする輩が多く、その辺から成原の存在はまさに待ち望んだ存在だったのだ。
 だが、成原の心の変わりようが理解できず、真野は悩んでしまったが、それも解決する必要も理解する必要もなかった。
「まあ、あれこれ言いたい俺の気持ちも察して欲しいよ。そろそろ一人に決めた方が、生きて生きやすいよ。年取れば、受け側はどうしたって厳しいし」
 現実問題として、攻める側なら何歳でもいいのだろうが、受ける側としては年を取るにつれて需要がなくなる。誰でもいいと言っても、今より選ぶことができなくなり、危険な人間を相手にしなければならなくなることもある。
 真野はその界隈では、傷物として有名であり、トラブルを引き越しやすいと思われて敬遠もされ始めていた。刺されたことが決定打で、成原がいなかったら、堕ちるところまで堕とされかねない。
 幸い、須佐がいるお陰でその辺りの輩を避けられていたようだったが、その須佐の忠告も無視し始めている真野は、そろそろ己を鑑みなければならない年になったのだと気付いた。
 二十七を過ぎて、こんな様では、さすがに未来が不安だ。
「いいよ。成原が駄目だったら、もう誰とも寝ないから」
 なんとなく口にして、真野はふと首を傾げる。
 なんでそう思ったのか分からないが、そうした方がいいと思えたのだ。
「え?」
 急に真野が決心したように言った言葉に、須佐が驚いた顔をした。
「何?」
「だって、え? 楽しいって言ってたのに、やめる?」
「そういう話だっただろ? もしくは攻めに転向しろってことじゃないだろ?」
 真野が不思議そうに須佐を見て言う。
 須佐は眉を顰めていて、どうしてそうなったと納得しかねるという顔をしている。
「成原ほどいい相手に巡り会えるとは、冷静に考えてあり得ないんだよね。僕の性格も主張も問題だから。でも成原がとりあえず折り合い付けてくれるなら、そのままでもいいし……」
 結婚後も関係が続くならそれでもいいとさえ思っていた。
 相手を愛さないということは、相手が結婚しようがどうしようが、相手の事情に合わせるということだ。真野からの都合は、愛を押しつけないことである。だから成原の事情も受け入れる気ではいた。それが結婚後も関係を続けることであるなら、真野は付き合う覚悟はあった。
「そんなに成原はいいのか? だって手錠とか」
「あれは仕方ないと思えたし、そこまで不自由でもないから。まあ、多少傷が酷くなってきたからどうしようかと思ってたけど、成原も気になるから、次はちゃんとしたヤツにするって言ったからな。それ以外では問題はないし、相性は今まで寝た誰よりもいいから、もったいないんだ」
 愛だの恋だのと執着されることが嫌いなはずの真野が、セックスの相性がいいからとなかなか成原と別れることができないという。ただの執着よりも相手の体に溺れているという明確な意思表示で、須佐は納得できずに首を横に振った。
「まあ、お前にはわかんないと思う。僕もさっきまで訳が分からなくて悩んでいたけど、話しているうちにだんだんと自分がどうしたいのか見えてきたくらいだしね」
「つまり、基本的に最初の頃と変わってないってことか?」
「目的は変わってない。成原もそれで納得した」
 そう真野が言うので、これ以上須佐が何を言っても変わらないという態度にはさすがに口出しできることではなかった。
 なんだかんだで半年続いている関係である。それを成原が我が儘を言って壊れるような形に持って行くとは思えない。
 それよりもとりあえずは寝てくれるのだ。そこから口説いていく方が現実的である。
 だから真野が口説き落とされるか、成原が我慢しきれずに別れを切り出すかが今後の問題である。

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