Allegro vivace

3

 阿古湊人(あこ みなと)が次に目を覚ました時、そこはまだラブホテルの中だった。

「よう、やっと目が覚めたか?」
 そう人の声がして阿古はゆっくりと声がした方を見た。
 そこには昨日知り合ったばかりの嗣永裕輔(つぐなが ゆうすけ)が立っていた。
 そこで阿古はやっと昨日あったことを思い出す。
「あ……俺……」
「気絶してから熟睡してた。そろそろ起こそうと思ってたんだ。朝までここで食べるのは嫌だろ? 駅の中の喫茶でモーニングするように頼んだから、二十分で支度してくれ」
 嗣永がそう言いながら、阿古が着てきた服をバスルームに運んでいる。
「服……」
「今、風呂に入っておけよ。汗を掻いていたみたいだから、シャワーくらい浴びておけ」
 嗣永がそう言うので、ベッドから阿古は起き上がった。
 確かに躰がベタつく気がした。寝ている間に汗を掻いたのだろう。
「……ありがとう」
 風呂から出てくる嗣永にそう言うと、嗣永は阿古の頬にキスをした。
「わ……何?」
「キスしたいから、キスしただけ」
 嗣永はそう言うと上機嫌で風呂場から出て行く。阿古はそれを見送って、大人しく風呂に入った。シャワーを浴びている途中でふっと視線を感じてそっちを見ると。
「あ……うそ……嗣永っ! お前知ってて!」
 見た方向は、部屋の方。そこには透明なガラスがしてあるだけで、風呂場は丸見えである。ベッドに座っている嗣永は楽しそうにこっちを眺めていた。
 さすがに声は漏れていないのか、向こうで笑っている嗣永の声は聞こえない。阿古はさっさと躰についた泡をシャワーで流して、風呂の脱衣所に飛び込んだ。
「信じらんない。分かってて黙ってたのかよっ」
 急いで躰を拭いて服を着て部屋に入ると、嗣永は笑い終わっていて、荷物を持って歩いてきた。
「ほら、時間だ」
 そう言うと、嗣永は阿古に阿古の荷物を手渡した。バッグ一つであるが、阿古は慌ててそれを肩にかけた。
 嗣永はさっと出口の精算機でホテル代を払ってドアを開けている。正直、幾らか払いたかったが、急いで出て行く形になったので、また割り勘の話をはぐらかされた形になってしまった。
 そのまま二人でホテルを出て、駅に向かった。
 夜の世界を作り上げていた街は、朝の明るさの中ではシャッターの閉まった小さな街になっており、昨日の華やかさはない。駅前も人は少なく、駅内を通って飲み屋街の方へ出ると人がどっと増える。
 飲み屋街の日常は普通に食事処として使われているので、そこに向かう人と近場の会社に向かう人が沢山いるのだ。
 そんな人たちの波に入り、駅内の一角にある喫茶店に入った。
「いらっしゃいませー」
 店員が声をかけてきて、嗣永が言う。
「予約していた嗣永です」
「はい、ご用意できております」
 奥の席に案内をされ、座ると同時にモーニングが出てくる。
 大きめのトースト一枚が斜めに三角に切られ、そこにたっぷりのバター。ベーコンに目玉焼き、ポテトサラダに野菜盛り合わせ。そこに熱々のコーヒー。
「気に入ったらトーストのお替わりあり」
 そう嗣永が言うので、阿古の顔がやっと笑顔になる。
「美味しそう、いただきます」
「いただきます」
 さっそく手を合わせて食べ始める阿古に、嗣永は苦笑する。食べ物で釣れる人間であることは分かっていたが、機嫌も十分に取れるようだった。
 案の定、阿古はさくっと一枚のトーストを追加してペロリと平らげた後、その店のおすすめであるショートケーキまで食べていた。
「凄いな……」
「だって、料理が美味しいからケーキも美味しいに決まってるし……。あ、ここは俺のおごりだからね!」
 さっき誤魔化されたことを根に持っているようであるが、割り勘を申し出ても嗣永が受けるわけもないことも分かっているようで、このモーニングで手を打つつもりらしい。
 そうした些細なことが可愛い動作と共に、性格まで可愛く見えてくる嗣永は、どうやら自分は重傷だと思えた。
 阿古は頷いた嗣永に満足して、微笑むとコーヒーのお替わりをしていた。
 満足するまで食べた後、阿古は店の場所を暗記して。
「今度はこのハンバーグ定食を食べに来ようよ」
 とにこりと言うのだ。
 それは一人で来るわけではなく、嗣永を誘っていた。
「分かった。次はいつにする? 講義はいつ空いている?」
「んー、明後日の四、五が空いてるから、その時がいいな」
「そうだな、俺は五が空いているから、遅めの昼食なら付き合えるぞ」
「そうか、よかった。あ、連絡先……」
 お互い大学は同じであるが、文学部と経済学部では端と端に分かれているため、構内で出会うにも待ち合わせるための連絡先が必要だった。
「もう入れてある」
 嗣永はそう言うと、阿古の携帯を取り上げて、さっと操作すると自分の連絡先を登録したページを出した。
「あ、お前、いつの間に!」
「阿古が寝てる間に」
 そうにこりと当然のように言われて、阿古はハッとして携帯を操作した。
「あ、お前、メッセージアプリまで勝手に登録してんじゃねーよっ!」
「いいじゃん、どうせ登録することになったんだし」
「そっか、いやそういう問題じゃない」
 個人的なメッセージを送信できるアプリに、しっかりと嗣永と阿古二人専用のページが作られている。最初のメッセージが衝撃的だ。
「俺、お前と付き合うことになったの?」
 よく分からない内容だと阿古が嗣永を見ながら言った。
「阿古は付き合ってくれるって言った」
「いつ?」
「やってるとき」
 そう嗣永が言うので、阿古は思い出そうとするも、恥ずかしい場面しか思い出せない。どう考えても自分は正気ではないほど、嗣永との行為に溺れていたし、あまりのことで思い出せない部分が多い。
「……それって無理矢理言質を取ったって言わない?」
「無理矢理じゃないし、阿古は嫌がってなかったけど?」
 嗣永は真剣にそう返してくるのだが、阿古には記憶がない。
 そこで阿古は恐る恐る、申し訳ないがと断ってから嗣永に尋ねた。
「嗣永、お前、俺と付き合いたいの?」
「うん」
 ものすごく即答だった。
 語尾に被せてくる勢いで「うん」と返答した。
「だって、まだ知り合ったばかりで、何も知らない同士なのに?」
 阿古の言う通りである。お互い、どんな人間なのか知らないし、存在だって昨日までお互いに認識してすらいなかった。それなのにいきなり恋人同士になるなんて、それこそセックスから始まった関係としてはおかしな流れである。
「これから知り合っていく関係もありだと思う。合コンってそういうものだし、その流れで付き合っていく人だっている」
「あー……」
 嗣永の言葉で阿古は思い出す。そういえば出会いは合コンになる。
 合コンで出会って、そのままセックスする人間もいる。そしてそのまま別れる人もいれば、盛り上がってそのまま付き合う人もいる。
 まさに阿古達は後者のグループである。
「やー、間違ってないんだけど、何か違う気がする……」
 男女の出会いに行って、男の恋人をゲットしたなんて、友達に言えるわけもない。
 すっかり忘れていたが、嗣永と付き合うということは、阿古はカミングアウトするのと同じことなのだ。
 今までにできた友人を失う。
 昨日まで笑っていた友人達が一斉に背を向けるイメージを頭の中で容易に想像した。
 次第に顔色を失っていく阿古に気付いた嗣永が言った。
「誰かに恋人だって言わなくていい。ただ阿古が、俺と付き合っていると思ってくれているだけで、それだけでいい。そして、大事な時に俺のことを恋人だって認めてくれれば、それでいい」
 嗣永が真剣にそう言うと、阿古はハッとして嗣永を見た。
 嗣永は阿古が友人達にゲイであることを知られることを恐れていると知っている。それなのに、阿古の環境を優先してくれると言うのだ。ただ、大事な時に選んでくれればそれでいいと。
「それ、……俺に都合よくない?」
 阿古がそう聞くと、嗣永は苦笑した。それは百も承知であるという態度だ。
「あの。一ヶ月お試しに付き合って見て、それでそれでも良かったら、継続していく形じゃ駄目かな。さすがに親に今のままで恋人ができましたとは言えなくて……」
 阿古がそう言い出して、今度は嗣永が驚いた顔をした。
「親に言うの?」
 ものすごく不審そうに尋ねられて、阿古はあっけらかんと答えた。
「あ、うん。親にはカミングアウトしてるんだ、俺。もちろん応援してもらってるし、やっぱり違ったと思っても、思春期のアレだから大丈夫ってお墨付きをもらってる」
 その阿古の様子に、嗣永が深く溜息を吐いた。
「マジで親にカミングアウトしてんの? 普通、親には言えないんじゃないの? 俺もさすがに親にはまだ言ってないんだけど……マジか……それじゃ俺もお試し、お願いするしかないなあ。親に言えない相手なんて、思われたくないから、今度親にカミングアウトしてくる」
 嗣永は阿古に触発されて、自分の甘さに気付いた。
 恋人になるということは、場合によっては将来のパートナーになる相手だ。その相手が親には言える相手として嗣永と付き合っていこうと考えてくれているのに、自分は友達には言えるけど、親には言えず隠し通し、大事な場面で恋人をないがしろにする羽目になるところだったと焦ったのだ。
「あ、いや、そこまでしなくても……」
 さすがに親に隠していることまでカミングアウトしなくてもと、阿古が言うのだが、嗣永は決心したようにはっきりと言った。
「いや、親にはちゃんと言う。多分、察してくれているとは思うけど、俺も親に誠実でいたいから、ちゃんと話してこようと思う。阿古とちゃんとしたいから」
 嗣永がそう言い出して、阿古は困ってしまう。
 そう言われたら、阿古が友人にゲイだと知られて嫌われるのを恐れているのも同じことになってしまう。そういうことも話せない友人関係なのかと。
 そもそも友人を信用していないと、阿古が思い込んでいるのも失礼に当たるのかもしれない。友人だって隠されていていきなり知ってしまったら、きっと凄く困ると思う。
 カミングアウトをしないのもありだと思うが、阿古は友人を信用していた。だから、隠すのはフェアではない。
 怖がって隠していても、きっと生きにくい世界しか作れないだろう。
「お、俺も……友人にはカミングアウトする……。嗣永とそういう関係になっていることなんて、きっと何処からか知られると思う。嗣永は大学ではカミングアウトしているんだろ? なら、きっと一緒にいれば瞬く間に知られると思う」
「阿古……」
「お互い、すっきりする時期なのかなって気がしてきた。隠し事して生きていくの、結構辛いよね。信用して欲しい相手に隠し事して、信用したって言うのも、後ろめたいというか……でも駄目だった時はそう納得して離れようと思うし……俺、昨日のことで、決心が付いた。ちゃんと前を向いて生きていこうって」
 阿古がそう言ってポジティブに考えて笑うと、嗣永は優しく微笑んだ。
 阿古はちゃんと向き合って付き合いを考えてくれている。隠し事なしで、ちゃんとした関係。恋人同士として失敗しても、今後の生活のためにはお互いに必要なことをしようと言うのだ。
「嗣永は親に、俺は友達にカミングアウトする。そこから始めよう」
 阿古がそうニコリとして言うと、嗣永も微笑んだ。
 二人は電車の中で別れた。
 阿古が先に降りる駅になって降り、嗣永はもう二駅先だった。
「じゃ、終わったらメッセージするね」
 阿古はそう言って嗣永と別れた。
 阿古は友人のところへ。嗣永は実家に帰ってカミングアウトである。


 阿古は友人をメッセージで呼び出した。
 友人の名前は今川颯人(いまかわ はやと)。高校時代からの友人。
 もう一人は青柳暮人(あおやぎ くれと)。大学に入ってからの友人だった。
 阿古がゲイだと知られるのを怖がった二人であるが、この二人だけは失いたくない友人だった。
 阿古はまず自分がゲイであることをカミングアウトをした。
「俺自身も高校時代に気付いたんだけど……女性を好きになれなくて、それで男性の方に興味があるって気付いたんだ。ずっとその感じは変わってなくて……今川や青柳にはこんなこと言って、困惑すると思うけど、信用してるから隠し事はしたくなくて、今更だけど、こんな俺と今後も友達でいてくれると嬉しい」
 阿古がそう打ち明けたのは、自宅近くの喫茶店である。
 日曜のこの時間は人がいなく、空いていることを知っていた場所だ。
 二人の顔を見ることができなくて、阿古は下を向いたままだったが、そうはっきりと言った。
 二人はその話を聞いて、暫く黙っていたが、青柳が先に口を開いた。
「何だ……もっと怖い話かと思った……」
「……俺も」
 それに続いて今川も呟くように言った。
「え?」
 その言葉に阿古は驚いて顔を上げたところ、友人二人はニヤニヤと笑っているのだ。
「……え?」
 何で笑っているのだろうか。そう阿古が疑問に思っていると、二人はお互いに溜息を吐いて言い出した。
「余命三ヶ月とか、そういう話かと思ってた。なんだよ、そんなことかよ」
 そう言うのは青柳。
「たくっ、大学を辞めなきゃいけないとか、親父さんが死んだとか、そういうことかと最悪を想定してきたから、拍子抜けだ」
 今川もそう言った。
「あの……そんなことって」
 心臓が止まりそうなほどの覚悟だったカミングアウトが、「そんなこと」扱いされてしまった。
「薄々気付いてたし、それもありかと思ってた。そうしたら割と納得できたし」
 青柳は想定内の出来事だと言ってのけて見せた。
「お前、女性に興味なさすぎなんだよ。さすがに察しは付いたけどな」
 今川はドキリとしたことを言う。察したのはきっと高校時代のことだろう。
「急に進路変えて、交流を断つなんて相当なことだと思っていた。でも離れ離れになった初恋なんて、きっと終わるものだから、お前の初恋、やっと終わったんだろ?」
 今川ははっきりとそう言った。それに阿古はどこまでバレていたのだと驚く。
「え、何それ。阿古の初恋の相手、お前らの友達なの? 何それ聞きたい」
 青柳がしっかりと食いついた。阿古の初恋の相手なんて話、ついぞしなかったことが急に可能になったことの方が、青柳には嬉しいのだろう。
 阿古がカミングアウトするということは、友人として相当信用している証拠で、青柳はそれが素直に嬉しいと思っているようだった。
「……なんだ、そこまで分かってたのか……」
「一番近くにいたからな。お前は友情を壊すのが嫌で黙ってるつもりなんだろうし、バレたくもないんだろうなと。告白せずに進路を変えて逃げる気満々なら、仕方ないんだろうなって。あいつ、こういうこと、本当に嫌いだって口に出して言っていたからな」
 今川はそう言う。
「何、そいつ、こういうの駄目だって口に出して言うほどだったんだ? ははあ、案外、興味があるっていう証拠だな、それ」
 青柳がそう言い出して、今川もそれに頷いている。
「だよな。興味なきゃ、過剰反応しないもんだし」
「あのね……もういいんだってば」
 阿古は今更、初恋を持ち出されても困ると言った。
「二年経ったら、気持ちも変わってきた。完全に切れると、思い出しはするけど、思い出になっちゃうんだなって、何かすっきりしたんだ」
 阿古がそう恥ずかしそうに言うと、今川はふっと笑った。
「あいつがお前の重荷にならないで、思い出になったのはよかった。最後が上手くいかなかったけど、縁を切ってきたのはあいつだから仕方ない」
 そう今川が言う。
「え、今川も連絡は取ってないの?」
 さすがに小学校時代からの付き合いである今川とは連絡を取り合っている間柄だと思っていたが、そうではないようだった。
「お前が受験したことを知ってて黙っていたと、勘違いしたままな。俺が見かけたから報告したのに、何で黙ってたことになんだかって思ったら、あいつのああいう、状況を鑑みないで怒りに任せるところに腹が立って、俺も連絡を取るのやめてたら、卒業してそれっきりだ。まあ、こういうことは良くあることだし、あいつ、今年にあった同窓会にも出てないから、案外、大学生活謳歌してんじゃね? それこそ昔を思い出すこともなくな」
 実家から通える範囲にある大学に通っている友人が、地元で開かれた同窓会に出ないのは、日程が合わないということはないだろう。調整できる日程にしているはずだから、地元の人間が一切顔出しができないことはないだろう。
 それすらしないということは、高校時代に未練がないということなのかもしれない。
「そうか……それは悪いことをしたな……まさかそうなっていたなんて」
 阿古がそう言うと、今川は苦笑する。
「俺があいつと縁が切れたとはいえ、会おうと思えば会える環境にあるのに、会おうとしないのは、俺の今の生活にあいつが必要じゃなかったってことじゃないか? それは阿古のせいじゃないし、誰のせいでもない。俺の都合だ。俺があいつと会わなくていいくらいに充実した生活を送ってるってことだからな。もしこのことで阿古に腹が立ってたら、阿古と今友達してないから」
 今川がそう言ってくれたお陰で阿古は少しだけ胸が軽くなる。気を遣ってくれているのは分かっているが、今川と友人の間の問題に阿古が関係ないことだけは確かだ。きっかけが阿古のことであっても、その後のことは二人の問題であると言われたのだ。
「そんで、そんな意地悪いのを思い出にして、今度は誰に恋したんだ?」
 今川がそう突っ込んできた。
「え! 何で……!」
 誰かに恋したなんて発想が突然に出てきて、阿古は焦る。
「分からないわけないだろ? 突然カミングアウトしてきて、そのことを知って欲しいってことは、これからそういうことを俺らが耳に入れる可能性が出てきたってことだろ? 今までひた隠しにしてきたから、俺らが他から耳に入れて、不快になるのを避けたかったってところなんだろうけど」
 青柳がそう言い切って、今川も頷いている。
「恋ってことじゃないんだけど……」
「ないけど?」
「……恋に発展するかもしれないからかな」
 そう阿古が言うと、今川がハッとしたようにして言った。
「まさか、昨日の合コンか!」
 今川が勧めた合コンは、阿古に擦り付けたものだ。自分が行きたくないので、阿古ならと冗談で勧めたのだが、まさか本当に参加していたとは思わなかったのだ。
「そこでどうやって、彼氏を捕まえたんだ?」
 そう問われて、阿古は昨日の顛末を話してしまった。
 流れるように関係を持ったことまでも話したため、二人は唸り、さらには相手が嗣永裕輔(つぐなが ゆうすけ)であると告げると、ああっと声を上げて嘆いた。
「……まさか合コンに男捜しにくるとは……」
「つーか、嗣永の好きなタイプじゃね。阿古って……まさに出会いは合コンって」
 二人は嗣永を知っていたようだった。
「お前には近づけないでおこうと思っていた一番ヤバイの引いてきたか……」
 今川がそう言うので、阿古は首を傾げた。
「嗣永ってそんなにマズイ相手なの?」
 その阿古の言葉に青柳が言いにくそうにしながらも言った。
「可愛い男なら、何でも手を出してたタイプだからな……やり捨てられるだろうなっていう警戒なんだけど……何で付き合うことになったんだ?」
「なんか、言質取られて、そのまま付き合おうってなった。とりあえずお互い知らないことだらけだから、お試しからでってことで……駄目?」
 阿古は本当にマズイ相手なら辞めようと思っていたが、そこまで嗣永に対して悪い印象はなかったので、そう聞いていた。
「いや、なんつーか。俺らの想像していた嗣永と違うんじゃないかっていう不安があってな……あいつそんなに情熱的だったっけ?」
 青柳がそう聞くと、今川は首を振る。そういう噂は聞いたことがないのだ。
「な、今度、構内でいいから、嗣永に会わせてくれる? 真意を聞きたいから」
 すっかり小姑気分で二人が言う。
「え、え、ええ……」
 そう言われて阿古は困った顔をしたが、最初に懸念していたゲイであることへの関心が二人とも大したことがなく、話が進んだことで阿古にはすっかり笑顔が戻っていた。
 最終的に嗣永に会わせるということで、話がまとまって二人とは別れた。
 その後、メッセージで二人個別に連絡が入っていた。
「正直にこういうカミングアウトをちゃんとして言ってくれたことが、素直に信用されていると感じて嬉しかった。これからだって変わらずにやっていこうぜ」
 と、嬉しい言葉を投げかけてくれた。
 その嬉しい言葉と共に、阿古の元には嗣永からのメッセージが届いていた。
「カミングアウトしてきた。全然、驚いてなかったし今更って言われた。だから阿古とちゃんと付き合うことを話してきた。今度、阿古に会いたいって両親が乗り気なんだけど、どうなってんだろうな」
 と、苦笑しているであろう嗣永がくすぐったそうにしているのが分かる内容だった。
 

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