Together
3
泣いていたのはほんの30分ほどだったと思う。
というのも時計を見たわけではなかったから、緒都(おと)にもよく解らないが、辛抱強く永哩(えいり)が我慢してくれるものだと思う。
「あ、あの……もう、大丈夫です」
恥ずかしくて顔を上げられなかったけれど、そう言った声も小さかったけど、その声はちゃんと永哩の耳には届いているはずだ。
それなのに、永哩は抱きしめたままで緒都を放してくれない。
「あの、四十宮(よそみや)さん?」
がっしりとした腕に閉じこめられて動けないから、抵抗しても無駄だなと思ってなんとか名前を呼んでみたが、どうにもこうにもならない。
「四十宮さん?」
そうもう一度読んでみたら、今度は反応があった。
「名字じゃなくて、名前」
「……は?」
「名前」
はっきりと帰ってきた声は、どうやら名前を呼べと言っているらしい。
「永哩さん?」
戸惑いながら名前の方を呼ぶと、ふわりとした笑顔が目の前にあった。
すごく綺麗に笑う人だなとこのとき緒都は思った。
「もう一度」
「永哩さん……」
呟くように言うと、急に永哩の顔が近づいてきて、目元にキスをされてしまった。
ぎょっとして固まってしまったが、そのまま同じように反対側もキスされてしまった。
「……お前、かなり可愛いな」
「あんまり嬉しくないんですけど」
さっきのキスはなんだったのかは置いていくとして、この可愛いには賛同できない。
周りからかなり言われている方だったが、そんなのはイジメの対象にしかならないのだと茅人に言われ続けていたから、嬉しく感じる方がおかしいのだと思っていた。
「言われない?」
顔の覗き込まれて、さらに顎まで抑えられているのだけれど、聞き返された言葉の方が気になっていて首を振ってしまった。
「言われても、良くない意味だからって」
「なんだ、それは?」
イイ意味ではないのだと説明すると、永哩は呆れた顔をしていた。
「だから、それは人を馬鹿にしてるって……」
「こっちが素直な感想を述べているんだから、こういう時はちょっと困った風に笑って「どうも」くらい言い返せばいい。そうすれば、二度は言わないだろう」
「そう、なんですか?」
そんなこと言う人はいなかったので、新鮮な気持ちで緒都が問うと、永哩はそうだと頷いた。
「まあ、緒都の場合は、にっこり笑ってればいいんじゃないかな。実際可愛いんだから」
永哩はにっこりとしてそう言う。そういうのが楽しいとばかりにだ。
「ど、どうも……」
「どっちかっていうと、綺麗だけどな。さっき見た時びっくりしたしな」
そう言って永哩は緒都の頬を撫でる。それがいやらしいものではなく、大事なものを触る手つきだったので緒都も気にならなかった。
「天使が降りてきたって本気で思ったくらいだったから……」
それを言われたらなんて答えていいのか。模範解答がないから答えようが無い。
困った表情で固まっていると、また永哩が笑いだした。
「くくくくっ」
「あ!」
どうやらからかわれたらしい。そう気付いて緒都は永哩を突き飛ばして、そっぽを向いた。
まったくいい大人が子供をからかって遊んで何が楽しいのか。
自分の周りの大人といえば、父親か教師くらいしか思いつかないけれど、どの人もこんなことで人をからかったりしない人ばかりだ。
だから勝手が掴めない。不思議な大人だった。
「悪い悪い」
永哩がそう謝ってきても緒都は向こうを向いたままで反応しなかった。
「緒都」
そう呼ぶとやっと反応があったけど、じっと睨んでくる目は怒っているようだ。
「怒るなよ、な」
肩を撫でてやると、ふっと息を吐くようにした緒都に永哩が苦笑する。
出会ってからほんの数時間くらいで、ここまで自分を見せているのは永哩も驚きでもあった。ここに何かを期待してきたわけでもなかったし、何もないからこそ来たのだが、とんだ天使が落ちていたものだ。
面白いものを発見した。自分の中にまだ誰かを入れる余裕があるとは意外であったし、驚きでもあった。
でもと思う。こんな時間に制服をきっちりと着た少年が、何故空き家などに入り込んできたのかという素朴な疑問だ。
それについて最初に尋ねようと思ったのだが、泣き出した緒都を見て聞けない雰囲気だった。
幼くて、頼りなくて、それでも綺麗に立っている子が、何故こんなことをしているのか。何が彼にあってこんな行動をしているのかが気になって仕方がない自分に、永哩は驚きを素直に受け入れた。
こんな他人のことを心配できるくらいに自分には余裕があるらしい。それに気付かせてくれた天使には感謝したいくらいだ。
何も期待しなかったところで、思わぬものが発見できて永哩は本当に神に感謝したいくらいだった。
「あの……永哩さんは、こんな時間にこんなところで何やってるんですか?」
しどろもどろな口調で緒都が聞いてきた。
確かに緒都自体もここにいるにはおかしな存在であるが、永哩の方はどうみても勤め人であるから、仕事はどうしたということなのだろう。
「仕事が急になくなってね。暇を持て余して来たって感じかな」
その説明は90%間違ってなかった。
暇ではない。寧ろ忙しい方であるが、逃げてきた自分に何かするつもりはなくて、ほんの少し考え事をしたかったのだ。
「じゃあ、俺と同じですね」
緒都はそう言った。
「緒都はどうしたんだ?」
学校とかそういうことではなく、ただ普通に尋ねただけだった。誰もが思う疑問だろうから、緒都がこっちのことを聞いてきたところで自然に持ち出した。
「あの……学校へ行くのが怖くて」
そう言った緒都の顔は強ばっていた。
「イジメられているのか?」
「いえ……でも、そうなるかも」
よく解らない答えを出して緒都は口をつむんだ。
その辺はよく解らないことだ。
「聞いてはいけないことかな?」
「何が、ですよね」
慎重に聞いてくる相手が、今自分が言う理由を笑って済ませないことは何となく解った。イジメに繋がる理由が出来て、怖くていけないことは伝わっていたようだからだ。
そこでふうっと息を吐いた緒都は、一ヶ月前にあった出来事を話していた。
主観はあまり含まず、ただ事実を告げた。
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