Together

2

 うわ……なんか。

 部屋を覗いた緒都(おと)が見たのは、一人の男だ。
 不法侵入したのは確かだろうに、何故か堂々としているのには驚きだ。

 という緒都も堂々して姿を見せたのだから、男が自分を見て驚いているのは解る。

 両方が一瞬固まってしまって声も出ずに見つめるだけだった。

 とても男らしい顔をした人で、その年齢くらいの人をかっこいいと思ったのは、テレビで観る芸能人くらいだろうに、その人物から感じるオーラというか存在感は緒都を圧倒していた。
 背が高くて、自分より二十センチは違う体格、手足が長くて、顔がいい。何処をとっても文句のつけようの無いところがないのに、嫌みがないのは何故だろうか。

 そんなことを考えていた緒都に、男が話しかけてきた。

「ここは、俺しか知らないと思ってたけど」
 そう言われて緒都ははっとした。

 どうやら、不法侵入仲間らしい。その言葉をとってみても、この男は前にもここに入ったことがあることが伺える。

 ホームレスが宿を求めて入ってきたわけではない。
 男の姿を見ても、普通のジーンズにワイシャツ。上着は脱いでソファらしきものにかけているし、靴もスニーカーのようなものだ。特に怪しいところはない。

 こっちだって、ブレザーの制服だから怪しくはないはずだ。
 いや、どっちも不法侵入の時点で怪しいのだが。
 緒都がそうして男を眺めているのを男は黙って見つめてきていた。

「あの……」
「ん?」

「泥棒じゃないですよね?」
 そう緒都が言うと、男の顔が歪んでぷっと吹き出した。
 ソファに沈んでしまった男を眺めていると、男の声が大きくなって笑っているのだと解った。

「くくくくっ」
 どうやら爆笑みたいだと思ったのは、笑いが収まらないからだ。

 なんだ、これ?

 泥棒じゃないかと聞いたら笑われた。つまりそうではないということなのか。
 そしてはっとする。もしこの家の持ち主が、家の様子を確かめに来て、そこで自分と出会ったのだとすると、泥棒は自分の方だろう。

「も、もしかして……俺の方が泥棒?」
 ひやっとして緒都がそう言うと、男が顔を上げた。
 でもまだ笑っている。

「いや、俺も泥棒みたいなもんだし。まあ、何か取るためにきたわけでもないから、これは不法侵入程度じゃないかな」
 男はそう言っておどけてみせた。
 そして男はぽんっとソファの隣を叩いた。

「そこにいつまで突っ立てるつもりかな? こっちにおいで」
 まさか不法侵入同士で寛ぐ羽目になるとは思わなかったので緒都は驚いてしまったのだけれど、久々に誰かと会話をするのが面白くなってきて、男の隣へ行ってしまった。

 男はゆったりとソファに座って、窓の外を眺めていたが、すっと視線が緒都に向いた。緒都も男をじっと見ていたので目が合ってしまった。

「いくつ?」
「あ、16です」

「名前は?」
「あ。えーと……」
 緒都は素直に答えようとして、ふっと黙った。

 どうも尋問じみている気がして、このまま素直に答えていいものかと思ったのだ。もしかしたら、この男は警察で、自分を捕まえようと思っている人なのかと。
 すると男はにっこりとして言ったのだ。

「ああ、ごめん。人に名を聞くときはこっちから名乗らないとね。俺は四十宮永哩(よそみや えいり)。25だ」
 案外あさっりと名乗った、四十宮永哩は警戒心を持たせない相手だった。

「俺は、五十栖緒都(いおすみ おと)です」
「……五十栖?」
 男は緒都の名前を聞くと、ふっと考え込むような顔をした。
 何か引っ掛かるところでもあったのかと不安顔になったが、永哩の考える顔はほんの少しで後は笑顔になった。

「ああ、この近くに五十栖って家があったなあ……」
 そう言われて緒都は頷いた。この付近にある五十栖という名字は自分の家しかない。それも先代からずっとそこに住んでいるから、もし永哩がこの家の関係者なら事情は知っていて当たり前だろう。

「四十宮(よそみや)さんは、この家の方ですか?」
 自然にそう尋ねたら、永哩は少し苦笑していた。

「昔ね」
 そう答えた声は、かなり遠いところから聞こえた気がした。
 瞬時に緒都はそれは聞いてはいけないのだと思って、話題を変えた。

「そういえば、どうやってここに入ったんですか? 他にも何処か鍵がかかってないところでもあったのかなあ」

 質問しながら段々独り言になってしまったのは、最近のくせのせいだ。一人でいることが多くなってしまって、独り言でも言ってないと言葉を忘れてしまいそうで、常に独り言を言っている状態だったからだ。
 永哩はそれを聞いて、また苦笑してしまった。

 どうやら自分が答えた内容が悪かったらしく、16歳の9歳も年下の子に気を使われてしまったらしい。

「裏口開いてたよ」
 まさかこの展開で鍵を持ってましたとは言えず、嘘をついたら、緒都は驚いた顔をして永哩を見た。

「裏口……。そっか、まさかそこが開いてるとは思わなかった……」
 さすがに正面や裏口は閉まっているだろうと思っていたから確認すらしなかったのだ。
 窓が開いていたことすら意外だったのだから、この家の持ち主は随分うっかり屋さんらしい。

「窓ってどこ?」
「あ、一階の出窓です」

「へえ、そんなところからか。今度から裏口から入っておいで」
 不法侵入するのにアドバイスされて緒都は笑いだしてしまった。
 こんなに笑ったのは久しぶりで、思わず涙まで出てしまった。

「こ、こんなに笑ったの、久しぶり……」
 そう言って、本当にポロリと涙が流れた。
 泣きたいわけじゃなかったけれど、流れてくる涙は止まってくれなかった。

 すると、永哩がすっと肩を引き寄せてくれて、緒都は永哩の胸の中で泣くことになってしまった。けれど、それでも誰かにこうやって欲しかったのか、緒都は安堵してそのまま胸に凭れて泣いた。

「ごめんなさい……」
 小さな緒都の謝った言葉を聞いた永哩は、何も言わずにただ緒都の背中をさすってくれただけだった。


 それがその日の二人の出会いであった。
 

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