恋愛感染エゴイスト
2
何が何だかわからない
弥斗(やと)が次に目を覚ました場所は見覚えのない場所だった。
部屋にはベッドとちょっとしたテレビが見られるくらいのスペースがあって、他にドアは一つ。ゆっくりと弥斗は起き上がってみる。
「どこ、ここ?」
大きな窓があって外を確認しようと駆け寄ってみたが、なんとこの大きな窓ははめ殺しというやつでドアの外にはバルコニーがあるのに出られないというものだった。
「なんだこれ?」
変な作りにちょっと弥斗は首を傾げる。
そういえば自分は連れ去られたのだからこれは誘拐されて監禁されているのだとしたら納得は出来る。
「ということはドアの外に見張りがいるとか?」
と足を進めた時にふと気付いた。
「あれ? 服が……」
よく見ると、ズボンは履いてない。今日着ていた服は、Tシャツにジーパンであったのは記憶している。だがジーパンは履いてない。上着は自分の膝までかかるくらいの大きなワイシャツ。弥斗の身長はそれほど高くなく160センチあれば嬉しいなというくらいの低さであるが、このワイシャツの相手は180センチは軽くある人物らしいというくらいの予想は出来る。
「なんか腹立つ」
弥斗がそう言ってペラッとめくると下は下着しか身につけてない。
どうやら逃げ出されないようにしているようだ。
この用意周到に弥斗は苦笑する。どうせ遺産関係者の誰かが弥斗を邪魔者だと思ったに違いない。今祖父が入院してることを考えるとそうとしか思えないのだ。
「くそ、絶対抜け出してやる」
そういうことをされると反発したくなる弥斗は、ドアを開けて廊下に出る。外には見張りはいないようで、容易に移動が出来た。まず二階の部屋を探索するもどのドアも開く気配がない。打ち付けてあるかのようにドアはまったく開かない。
仕方ないので二階から用心して一階に下りる。ここは別荘のような作りになっていて、一階にも部屋はいくつかあったが、どれも不発に終わった。最後にと開いたドアは居間だったようで、そこにも人はいない。
「なんだっていうんだ?」
見張りはいないわ、人の気配はしないわで弥斗は少し警戒心が解ける。そのまま居間の外の窓に近づいてみる。開けようとしてみるがやはりはめ殺しの窓だったようで開く様子がない。次に反対側の窓に回ってみると、そこのドアは開いたのだが、外を見て愕然とする。そこは断崖絶壁だった。外には一面に海が広がっていて、どうやったって逃げ出すのは不可能だと悟る。
「マジなんなんだ?」
暫く海を眺めていたが、弥斗はさっと踵を返すと玄関を探す。これはもう玄関を探してこじ開けるしかないとすぐに分る状況だったからだ。
しかし、この家には玄関が存在しなかった。
普通なら下駄箱があって、そこに靴を脱ぐスペースがあるはずの場所がないのだ。
「どういうこと……?」
ますます訳が分らなくなる。こんな状態で監禁されたら食べ物だってない状況ではないか。台所は見たところなかったし、冷蔵庫は二階の部屋にあったが、まさかあの中に食べ物があるだけのはずはない。のたれ死ぬのを待つ作戦なのだろうか?と疑ってしまう状況だ。
暫く弥斗はあちこち探していたが、居間に戻ってくるとソファに座ってうずくまった。
「なんだよ、誘拐したならしたで犯行声明とか状況説明くらいしろよ……訳わかんないじゃん」
弥斗はひとりぼっちにされて泣きそうだった。こんな監禁なんて耐えられないに決まっている。いったいいつまでの監禁なのかも分らないし、相手の目的だって分らない。
一体何なんだ?と何度も考える。そうした時居間のドアが開いた。
「……っ!?」
びくっとしてソファから立ち上がった弥斗が見たのは、三沢慶樹(みさわ けいじゅ)という弥斗の祖父が最近雇ったばかりの弁護士だった。
「……ああ、起きてましたか」
三沢はそう言うと、何か荷物を持って入ってきた。
それをテーブルに置くと、ソファに座って中身を取り出している。それはタッパーに詰まったご飯のようだ。
「すみませんね。こういうものでしか準備出来ませんでした」
三沢がにっこりして言うものだから弥斗は精一杯怒鳴った。
「お前、マジでふざけるなよ!! なんだよこれ!?」
弥斗がそう怒鳴ると三沢はまったく気にせずに食事の準備をしていく。
「まあ、お腹が空くと怒りっぽくなりますから、まずは食べてください」
にっこりとして差し出されたのは、弥斗が好きなハンバーグだった。それに蕩けるチーズがかかっていて、今さっき出来たばかりという風な感じの出来映え。実に美味しそうだった。
「う……わ、分った。食べる間に、説明してくれ。なんなんだこれは?」
弥斗はお腹が空いているのを思い出して、まずは食事だと腹を決めた。そのままソファに座って食事をいただく。柔らかいハンバーガーをさくさくと割り箸で割って食べると蕩けるチーズがまた良い味を出していた。
三沢は弥斗がご飯を食べ始めると、やっと何か話してくれるようになったようだ。
「実は、貴方は誘拐されたんですよ」
「へえ……そんな気はしてた。で犯人はお前なんだな?」
弥斗はさほど驚くわけでもなく平然とそう言い返していた。
「いえ、正確には私はその誘拐犯からさらに貴方を誘拐した犯人です」
三沢は綺麗に笑って言ってのけた。
「…………は?」
意味が分らない。
「誘拐犯から誘拐?なんだそれ?」
「文字通り。誘拐犯たちから貴方を更に誘拐したんですよ。なかなかでしょ?」
三沢は自分の手際の良さを褒めて欲しいと言わんばかりの言い方をする。
つまり、誘拐犯はあの時弥斗誘拐に成功していた。あのクスリを嗅がされたのもあの一味となる。しかしその後でそれを知った三沢が誘拐し直したということだ。
「つか、なんで?」
純粋に意味がわからない。
「……貴方が欲しかったからですかね。一番の理由は」
いい男である三沢が優しげに言うのだが、この笑っている顔が油断ならないと思うのは何故だろうか。最初見た時から愛想は良かった。隣に住む逸郎くらいに愛想はいい。だが何故か弥斗はなつけずにいた。
その目だろうか。あの目の奥が笑っていない。そんな気がする。そしてその目が自分をじっと見つめ、本心まで見透かしてきているようで耐えられなかったのかもしれない。
そんなことをふと思って、弥斗はそれは置いておいてと頭の中で片付ける。それどころではない。
「いや……欲しいと言われてもはいそうですかと納得出来ないんだけど。なんなの?」
「正直に言うと。貴方にここに居てもらいたいのです」
「だからなんでよ?」
「誘拐犯は更に誘拐されたことに気づいてないまま脅迫してきているからですよ」
「……は?」
何を言われたのかさっぱり訳が分らない弥斗。
それに三沢はちょっと首を傾げて言う。
「なんといいますか。貴方に死んでもらいたいらしくてですね。それで監禁場所を探した時には貴方、本当に餓死させられるところだったようです。こう、山の誰も来ないようなところの古びた家の中の柱に縛られて放置されてたから」
三沢はそうやって後ろ手にして柱に縛り付けられている弥斗を見つけて保護した。いや横取り誘拐し直したというのである。
「あんた、じいちゃんの弁護士だろ?」
呆れてモノが言えないがやっとその言葉が出てきた。
確かにそのまま放置させられていたらこうして美味しいご飯は食べられなかっただろうし、その辺は感謝しないといけないだろうが、この環境では何とも言えない。
「確かにそうですよ。ですからそのじいさんからの命令で誘拐し直しているところですよ」
三沢はとんでもないこと言った。
「は? おじいちゃんが?」
「そうですよ。暫く危険なようだから身を隠すようにとのことです」
「な……なーんだ……」
思わず弥斗はホッとする。祖父の命令で三沢は動いているのだ。誘拐犯が要求をしてきても突っぱねることは出来るわけだ。殺すといわれてももうすでに身柄は保護されているし、向こうも誘拐損というわけだ。
「でも、身を隠すにしてはここ、本当に逃げられないんだけど」
弥斗はさっき探検して散々入り口を探したのだが、やはり見つからなかった。それはどういう意味なのか分らなかった。保護しているならしているような対応を求めたのだが、それを三沢は笑って返す。
「それが私は貴方のことがどうしても欲しいので、そうお願いしたところ、弥斗さん自身を本気に出来たらということでしたから、そのように対策しました」
さらっと凄いことを言われた。欲しいから監禁、しかも祖父はそれを知っているというのだ。
「ちょっとまてよ。俺の気持ち次第って、ちょっとなんだよそれ!?」
「ですから本気になっていただきたいわけです」
「本気って……どういうことだよ」
「私を本気で好きになってもらいたい。そのためには私は何でもやりますよ」
そう言うから弥斗はすぐに言う通りにしてもらおうとする。
「じゃ、今すぐ家に帰せ」
「お断りです」
「即答かよ!! ふざけるな!! 本気なんだよ」
弥斗が食べ終わったものだから立ち上がってなんとか三沢が入ってきたであろう入り口を探しに居間から飛び出していく。三沢はそれを見送ってさっさと片付けを始める。
その片付けが終わった頃に弥斗が戻ってくる。
「お前、どっから入ってきたんだよ!!」
本当に入り口が分らないのだ。どこのドアも似たようになっていて入り口らしいところはないし、特徴だってない。どのドアも鋼鉄のように堅くて動かないから椅子で殴ろうとどうしようと開きはしない。
「だから対策済みだといっただろ?」
とたんに三沢の言葉遣いが変わる。
「……っ」
「絶対に逃がさないようなところを用意したんだ。そうそう簡単に逃げられるなんて思うなよ?」
その言い方に弥斗はかっとなって叫ぶ。
「お前こそ、犯罪者じゃないか!! じいさんに酷いことされたって言ってやる!!」
そう言い切った弥斗をにこりとして見つめた三沢は言い切った。
「どうぞ、そのころにはもう貴方は私の虜になっているだろうから」
ぞっとするほど真剣な目をして言われて弥斗はその場から動けなくなった。自分が保護という監禁誘拐されている事実を今はっきりと感じた瞬間でもあった。
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