君に触れたい 4

柔らかそうな唇

「そうか、うん、嬉しいぞ」
 元晴は志音の告白をもう一度聞いてちゃんと心に響いて聞こえた意味を理解した。

「え……?」
 志音は嬉しいと言われてきょとんとする。あまりにびっくりしたのか涙が止まった。
 その表情が可笑しかったので元晴はぷっと吹き出して笑う。

「だから、嬉しいって言った」
「それ、どういうこと?」

 志音は訳が分からなくて問い返す。なんだって元晴はそう嬉しそうにしているのだろうか。自分は不快なことを言ったはずなのに、どうして。そういう言葉が頭をずっと巡っている。
 目の前の元晴は嬉しそうだ。さっきまでの機嫌の悪さはどこへいったのかというように、本当に優しい笑顔を見せてくれる。それはどうして。

「……でも、やっぱ振られちゃった……」
 志音はそう呟いた。叶わない思いなのは分かっている。そんなことは重々承知。告白できて、それでも元晴が機嫌が悪くならないのなら良かったと思うべきだ。

 これ以上高望みはしてはいけない。嬉しかった。機嫌を損ねないでそれだけは受け入れてもらったことを感謝しなければならない。そう思った。
すると元晴はにこっと笑って言うのだ。

「俺、たぶんお前のこと、お前が思ってるよりずっと好きだったみたいだ」
 元晴はそう告白した。

「――え?」
 耳がおかしくなってしまったのだろうか。自分の妄想の言葉を聞いてしまったのだろうか。そんな嬉しい言葉が返ってくるはずはないと志音は目を見開いて元晴を見た。
 自分の聞いた言葉が信じられない。
 そんな顔をしている志音に元晴はもう一度言う。

「お前が好きなんだよ。お前が思ってくれてるように、いやそれ以上に」
 元晴の静かな声が耳にちゃんと響いて聞こえてきた。

「……どうして、さっきは驚いてたじゃない……」
 まだ信じられない志音は、いきなり元晴がそんなこと言うのが信じられない。そんな素振りはなかったし、今だっていきなりだった。

「俺も自覚してなかっただけ。お前が他に友達作るとか、そうやって俺から離れていくのが許せない。絶対に認めない」
「……元晴」

「だからさっきからずっと考えてた。この思いはなんだろうって。お前が俺を好きだって言うからさ。そうだよなって思った。俺だってお前が好きだから独占したいし、他には見せたくないんだよ」

 そう笑って言われたら本当に恥ずかしい。いきなりの優しさにびっくりしっぱなしでどうしていいのか分からない。思いは伝わったし相手からもちゃんと言葉をもらったのに、志音は思いを伝えたら全てが終わるとしか思ってなかったから、その先なんて考えてなかったのだ。
 だから動揺はすごくあって慌てていると、また元晴に吹き出すように笑われた。

「酷い……元晴」
 志音がそうむくれると元晴は違う違うと言ってから笑ったわけを言った。

「だめだ、めちゃ恥ずかしいな。今更こんなことに気付くなんてな、遅いよ俺」
 元晴は言うと顔を真っ赤にしていた。告白するのは初めてで、しかも相手はずっと自分の傍にいた志音だ。目の前に自分の好きな子がいるのに、なんて遠回りをしていたのだろうか。

 こんなに気が合う相手で、しかも自分のことをこんなに好きだと言ってくれる人だ。
 今までずっと自分を守ってくれた。守っているつもりだったけれど、よくよく考えたらずっと何か不幸なことや悲しいことがあると志音が慰めてくれた。風邪を引いた時だって、ずっと傍にいてくれた。
 そうして見守ってくれた相手。それが愛しい存在だと今更気付く鈍い自分が恨めしい。

 だが告白したとたん、自分でも納得できた。
 すんなりと志音の告白を受け入れられたのはずっと好きだったからだと。
 男が男を好きになるなんてないと誤魔化していた頃からずっと好きだったのだと。
 気弱い志音が泣きながらでも告白してくれたことが嬉しい。嬉しすぎてどうにかなりそうだった。

「なあ、志音、キスしていいか?」
  目の前にある志音の唇が少しだけ開いている。そこが柔らかそうでキスをしてみたくなった。
元晴は志音の頬を撫でてまだたまっていた涙を拭き取るとそう言っていた。

「へ!?」
 さすがにこの言葉には志音も変な声が出てしまった。
 告白してすぐにキスなんて言われるとは思ってもみなかったのだ。

「なあ、いいだろ?」
「や、あの、でも……」
 志音はいろいろ言い訳を考えた。
 どう考えてもいきなり積極的に迫られると今まで隠してきた思いが募った分、妙な感覚になってしまう。

「うん、でもキスしたい。俺とキス、したくない?」
 そう元晴は志音の耳元で言う。これは志音の腰に直撃した。思わずふらりと倒れそうになる。
 それを元晴はさっと支えて、志音を覗き込む。

「……ご、ごめん、び、びっくりして……」
「うん、まあ、志音にはっきりと言われると俺もしやすいだけなんだけどな」
 志音が嫌だと言わない確信はあるが、急に積極的になった元晴を志音が怖がるかもしれないと不安に思っているようだった。

「……うん、したいよ」
 元晴の言葉に志音は頷いた。
 キスなんて出来るわけないと思っていたさっきのことを考えると、もし後で キスやめたと言われるのが怖い。今なら元晴はしてくれるというのだから乗るしかない。

「じゃ、ちょっと目、瞑って」
「う、うん」
 見ていたらやはり緊張してどうにかなりそうだったので、志音は速攻目を閉じる。
 元晴は、志音の頬を撫でてゆっくりと顎を上向きにする。
 そしてちょっと美味しそうで柔らかそうな唇に自分の唇を合わせた。
 初めは啄むように、そして段々と深くなったのは自然なことだった。

「ん……は……ぁ」
 キスが終わると志音はうっとりとした顔をしてふわふわとした気持ちになっていた。ここがどこだったかとか、人前なのにとかそんなことは当に忘れている。キスが終わったら、元晴は志音の顔中にキスをした。

「志音、可愛いな」
 志音の反応がまるまる初心者だったからそれはそれは可愛いものだった。そう志音に言うと志音はやっと我に返ったのか顔を真っ赤にして俯いた。恥ずかしさでどうしていいのか分からないのだ。
 こういう志音は新鮮だ。

「どうだった?」
 追い打ちをかけるように元晴が聞くと、志音は恨めしそうに元晴を見る。上目遣いになってしまうのは身長の差だが、それがいい。

「……き、きかないで……はずかしい」
 消えていきそうな声で志音は言った。
 しかしそれでは元晴は納得しない。

「もっと恥ずかしいことしたいんだけどな……な、帰ったら」
 そう耳元で言ってやると、志音もどういう意味なのか悟ったらしくさらに顔を赤らめてしゃがみ込んでしまったのだった。
 

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