小汰(しょうた)は織田がデートと称する映画に出かけたのは翌週の土曜日だった。大学は休みだったし、暇でもあるからすぐに了承したのだが、織田はその日は夜も付き合ってくれと言われた。警戒心がなかった小汰はそれも了承していた。どうせ夕食も一緒に食べるのがいつものことだったからだ。
その日は織田が車を出してくれて駅まで迎えに来てくれた。スポーツカーであるのは分かったが車種はよく知らない小汰はただただかっこいいと眺めたくらい。織田はその小汰の顔に満足して、すぐに乗せてくれた。
映画を見るために駐車場に止め、そして映画館に行く。二時間半の映画はあっという間に終了する。
「はー、面白かった」
小汰がそう感想を漏らすと織田も頷く。
「なかなかだったね。小汰が気に入るだけのことはある」
なんでも基準が小汰である。この辺はスルーして小汰は次はどこへ行くのかと問うと、食事をして織田がちょっと買い物があると言うのでそれに付き合った。
食事は普通のカフェだったが織田がたまに来るというところは静かで予約制のところだった。和食だったけれどかなり美味しいものを出しているだけあって、小汰は満足して食べた。
「美味しい~」
「だろ。小汰には一度食べさせたかったんだ」
「こういうのは好き」
「堅苦しいのは苦手?」
「ちょっと、マナーとかあると苦手かな。テーブルマナーって分からないし」
「じゃ教えるついでに、夜はフレンチにしよう」
織田がそういうので小汰は慌ててそれを止める。
「やだって」
「大丈夫、ちゃんと個室のところだから他の客に見られることないし、ついでにマナーも覚えられるよ」
織田は優しくそう言ってくる。確かに個室なら誰にも見られることはないし、マナーだって仕込んでもらえば後で何かの役に立つかもしれない。うーんと小汰が考え込むと織田は笑って言う。
「難しく考えなくていい。ちょっとフレンチに触れてみようって感じでいいんだよ」
「あーそっか。何事も初めてはあるし。ちょっと興味沸いてきた」
小汰がそういうと織田は満足したように微笑む。それから織田が買い物をする店を何軒が回った。スーツを買い込むようで何着か試着して見せてくれたがどれも似合っていた。
「かっこいいな。俺が着たら七五三になっちゃうもん」
童顔系の顔をしているので未だに高校生に見えると言われる小汰は、織田の着こなしにちょっと惚れる。ああいう体型をしているとやはりいいスーツはいいものだと思える。
「小汰も何か試着してみる?」
「ん? スーツはいいや」
「そっか? これなんか似合いそうだ」
そう言って織田が引き出したのは薄いホワイト系のスーツだ。まるで結婚式の花婿が着そうな服だったので小汰はちょっと躊躇した。
「いや、白系は汚れたら怖いから」
「うーん、似合うと思うんだがな」
「それに着ていくところないし、普通の持ってるからいいや」
小汰は一応はスーツを持っている。大学の入学式の時に買ってもらったものだが、成長が止まってしまったのでまだまだ着られるものだ。
「スーツの小汰見てみたい」
織田はそう呟くと、今度は藍色のスーツを取り出した。それはちょっとおしゃれな感じのスーツで襟がちょっと特殊に加工されている。
「どう?」
「うん、いいと思う」
小汰がそのデザインに惚れると、織田はそれを小汰に押しつけ試着室に小汰ごと放り込んだ。
「ちょっと織田さん!」
「いいから着てみて、ね」
ね、じゃない。と織田を睨むもニコニコと腕を組んで見られるとなんとなく逆らえなくなってくる。自分でも甘いと思うが仕方ない、試着程度だと思い直して試着するためにカーテンを閉める。さっさと着替えて見せて終わりにしようと思ったのだが。
「はい、着てみたよ」
小汰がそう言ってカーテンを開けると織田が少し驚いた顔をした後ににっこりと微笑んだ。
「いいね、小汰いいよ」
「お似合いですね」
隣にはさっきから接客をしてくれている人がいて、その人が小汰の姿を見て褒めてくれる。
「ああ、小汰似合いすぎ」
そう言われて抱きしめられたから小汰はぎょっとする。またかこいつは!!と思ったが店の中で怒鳴るのはなんとかこらえた。
「織田さん、服がしわになっちゃうから」
「そうしたら責任取るし」
織田はそう言って小汰の耳にふっと息を吹きかけてキスをした。
「……やっ」
びくっとしてくすぐったくて小汰が反応すると、抱きしめていた手がするりと降りてきてお尻をなで回している。
「も、やめろって!!」
腕をがしっと掴んで引き離すと織田はにやにやとしている。不意打ちとはいえ反応してしまった小汰は顔を真っ赤にしながらも織田を睨む。なんてことしてくれたんだこいつはと。
「あ、ちょっと皺たくさん作っちゃったから、これもお願い」
織田がそう言って小汰の服を指さして店員に言う。店員はクスリと笑った後、ありがとうございますと微笑んで小汰に服を脱ぐように言ってきた。何が何だが分からないうちに服を脱いで店員に渡すと、そのままレジに運ばれてしまった。
「まかさ、買ったとか言わないよね……」
「その、まさか」
「なんで」
「皺、作っちゃったし、小汰に似合っているから欲しくなった」
「え? 俺貰えないよ?」
「いいよ、小汰の匂いついてるから自分で持ってる」
織田は何でもないとばかりに変態発言をした。これはもう怒りを通り越して呆れるだけだ。まさかここまで変態とは思わなかった。
「……アホだろ」
そう呟くと小汰はもう反論するのをやめた。呆れてモノが言えなくなってきた。
そのまま会計を済ませた織田は荷物は送ってもらうようにしたようで手ぶらで店から出てきた。
「買い物終わり?」
「うん、それからこれ」
そう言って織田が何かを差し出す。それは携帯のストラップだった。ちょっと変わったデザインでこの店でしか売ってない限定ものだそうだ。ドクロついているもので確かに珍しいものだった。
「たくさん買ったからってもらった。こういう感じの好きでしょ」
そういって手渡された。
「もらっていいの?」
「うん、俺がつけても似合わないし、こういうのは若者向けでしょ」
織田はそう言う。ちょっと嬉しくなった小汰は早速ストラップを携帯に付けた。
「ありがとう」
「いえいえどういたしまして」
織田は綺麗に笑ってそう言った。小汰はその顔を見て少し顔が熱くなった。この人は始終笑っているが本当に笑っている時は綺麗に笑うのだ。それも無垢な感じの笑い方をする。こういうのは好きだった。
思わずつられて笑ってしまったところに、ふっと目の前がちょっと薄暗くなった。ハッとした時には何かが唇に触れてそしてすぐ離れていった。目の前には織田がいて、それで――。
「え?」
何されたか一瞬理解出来なかったところに、織田が小汰の顎に手を当てて親指で唇を撫でてきた。その指がちょっといやらしい動きをしていて、小汰は戸惑う。
これはなに? 妙な感覚が生まれてきてそれをなんと表現していいか分からない。
「……次からはもっと警戒しておいて。今のはずるかったけどしたかったんだ」
織田にそう言われて、唇にキスをされたのだと分かると小汰はかあっと顔を真っ赤にした。
「……あ……」
「うん、照れてる、可愛い。キスは初めて?」
「……や……そうでも……」
思わず気が動転していたから正直に小汰は答えてしまった。
それを聞いた織田は急に真剣な顔になる。また顔が近づいてきて駄目だと思うのだが、どうしてもそれを止めることは出来なかった。
唇としっかりと合わせるキスをされて小汰は眩暈を起こしそうだった。
こんなキスは初めてだった。少し遠慮がちに吸い上げてきて、上下の唇をやわらかく噛むようなキスは小汰が知らない触れ方で深くなってからは、小汰は素直にそれを受け止めてしまっていた。舌が小汰のそれと触れた瞬間はちょっとびくっと肩が震えたが、宥めるようにそっと背中を撫でられてしまったのでなんだか力が抜けて落ち着いてしまった。
少し煙草の味がする。織田は煙草を吸っているからその味だ。
「ん……んん……はぁ」
やっと唇が離れた時に小汰はすっかり織田にしがみついていた。倒れそうになるし、ちょっと朦朧とするしで自分がキスをされて気持ちよくなっていることだけしか分からない。
「小汰……可愛いな……」
織田が感極まった声でそう言うものだから、小汰はハッと我に返る。
「あ……あの……」
かーっと顔が赤くなって、何を言ったらいいのか分からない。
織田は小汰の頬に手を伸ばして頬を撫でてくる。その優しさが伝わってくる。なんて織田の手か気持ちいいのだろうか。思わずうっとりしてしまって小汰は暫く撫でられたままになってしまった。
「もう大丈夫かな?」
織田はそう言って小汰の手を取り歩き出す。小汰はそれに引っ張られて歩き出した。織田はスキップでもしそうな足取りだったからちょっと可笑しかったもので、ぷっと小汰が吹き出すと織田が振り返って何?という顔をしていた。
「なんでもないです」
小汰はそう答えて笑った。キスをされたことを怒らないといけないのだが、織田が気分良さそうにしているのを見ると、何故かこっちまで気分がよくなってしまって何も言い返せなかった。
それにあのキスは自分も気持ちよくて、優しくしてもらったから悪くはなかった。
このキス以降、小汰の態度はちょっと織田に優しくなる。それは織田も分かっていただろうし、織田も今まで以上に小汰を大事に扱ってくれた。
小汰はそれが心地よくて、織田と付き合ってもいいかなと思い始めていた。
たぶん自分をここまで大事にしてくれる人はそうそういないのではないかと思ったからだ。
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