小汰(しょうた)の携帯に織田から毎日のようにメールが届くようになったのは、あの時メールを交換してからのことだ。織田はこういうことにはマメな方だったらしく、冗談にしろ挨拶がわりのように毎日好きだと書いてくる。ただ返信に困ってしまう内容ばかりではなくて、いつも小汰に何してる?と問うものだったり、今日は暇?と聞いてくるメールだったりする。
正直、ここまでストーカーっぷりを発揮するような人には見えなかっただけに小汰はちょっと困惑していた。この人から告白れたのだなと思うと、この執拗さはなんだかちょっと怖いものがある。
けれど夕食食べようと誘われると、駅前でちょっと会うだけでも楽しかったりするのは事実だ。
織田は話題が豊富というか、聞き上手でもある。話を振って小汰に話させるのも上手く会話は弾む。
今日も夕食を共に取ることになって小汰は出かける。
小汰は大学に入ってから一人暮らしをしている。実家は東京ではあったが辺境と呼べるところの地域だったから大学に通うのに無理が生じるので一人暮らしをしている。だから誰かと食事するのは楽しいことだったし織田は楽しい人なので最近はこのパターンが多くなってきていた。
織田はサラリーマンなのに7時くらいには仕事場を出られて、残業はほとんど無いという公務員だという。お役所仕事らしく、夜は自由時間が多いそうだ。
だから夕食時には小汰の時間にも合わせられるし、休日も合う。
「今度の土曜、デートしよう」
織田はサラリとそういうことを言う。映画を見て、カフェで食事して、ぶらぶらいろいろ見て回ろうというのだ。そういうのはバイトをしていた時にはあまりしてなかったので小汰は賛成した。
織田と知り合ってからは毎日がちょっと楽しくなってくる。次のバイトも探さないといけないのだけれど、最近忙しすぎたから少し休みを入れようと思ったのだ。
「映画、今何やってますかね?」
最近の映画には疎いのでそう小汰が尋ねると、すでに織田はチケットを用意していたらしい。
「これ、どう?」
見せられたのは超アクション大作と言われて宣伝も結構されている作品だった。小汰はそれには興味があったので嬉しくなる。
「あ、見たかったんですよ」
「だと思った」
織田は満足そうにそう言う。どうやら話をしている間に小汰の趣味は把握してしまったらしい。
そうやってデートの約束をすると、夕食が終わって家に帰る。織田とは住んでいるところが違うのでいつも駅で別れることになる。
「ご飯ごちそうさまでした」
改めて小汰が礼を言うと織田はにこりとしていやいやと手を振る。ここのところの食事はずっと織田に奢ってもらっている状態だ。小汰がお金を払おうとしても頑として織田は受け取ってくれない。それに自分が呼び出したりしているし、働いているものだから年下には奢るものなのだと当然のことのように言われ、奢ることの何が悪いのかと持論までかまされてしまってはもう織田の好きにさせるしかなかった。
「小汰くん……」
「はい?」
織田に名前を呼ばれて顔を見るといつもなのだが抱きしめられる。
「君と離れている時間が寂しい」
織田はそう言って小汰の頬にすりすりとしてくる。何か大きな犬でも飼っているかのような感覚になる。
「織田さん、人前ですよ」
こういうことを毎日されると耐性は出来てくるが、どうしたって夜の人通りが多い改札でこうなってしまうのか訳が分からない。ぎゅっと小汰に抱きつく姿を見て周りは少しだけ振り返り笑って通り過ぎる。
そりゃ160センチくらいの子に185センチくらいの大きな男の人が抱きついて離れないのだからちょっと面白い光景だっただろう。
「人前だっていい、俺は小汰が好きなんだ」
「あー……」
「好き過ぎてここで押し倒したい気分だ」
「それはやめてくださいね」
「うん。でも小汰可愛い。いい匂いがする」
「石けんの匂いですよ」
いつものことなので小汰は淡々と返事を返すのだが、織田はすねる。
「小汰が冷たい」
「もう……毎回なにいってるんですか」
はあっと小汰はため息を吐いてしまう。
この人が本当に自分のことを好きなのか疑問に思うのはこういう好きだとかいう言葉を挨拶代わりに使っているところだろうか。なんとなくではあるが本気ではないのかもしれないと。学生である自分で遊んでいるだけなのではないかと。そう思うことがある。
だが、ここまで時間を割いてまで遊ぶ理由も思いつかないのも現実だ。
あんなにメールをくれたりほとんど毎日夕食に誘って奢ったり。どんな暇人でもそこまでの意地悪はしないだろう。
これが掛け値なしの本物だとしても、疑う部分が残るのも事実。
「……ちょっとだけ」
織田はそう言うと小汰の頬にちゅっとキスをした。
「いただき」
「ちょっと……織田さん!」
いきなりキスをされた小汰はキスされた頬を押さえて、真っ赤になった。
油断していたら隙を突かれた。しかも公衆の面前でだ。恥ずかしいのと照れるのとが同時にやってくる。
真っ赤になって頬を押さえている小汰に織田ははははっと笑って手を振る。
「じゃ、また明日」
「もう……!」
華麗に踵を返して去っていく織田に文句を言おうと思ったらさっと逃げられてしまった。
まったく油断も隙もない。油断したらこうなってしまった。
周りがちょっと可笑しそうに見ているのに気付いて小汰は慌てて改札を抜ける。織田とは逆方向の家なのだ。
電車が来るのを待っていると、反対側に織田がいるのが見えた。なんだかさっきまでとは違う様子の立ち姿で携帯をいじっている。すると小汰の携帯が鳴る。織田からのメールだ。着信音を織田専用に変えてあるので一発で分かる。
「さっき別れたばっかじゃん……」
というか行動が早すぎる。
仕方なくメールを開いてみると、「さっきのはごちそうさま。やっぱり好きだ」と短く書いてあった。
それを見ると苦笑してしまう。織田らしいメールだ。そうして視線をあげたところでふと織田がこっちに気付いたように見えた。そうして……。
「小汰ー! 好きだー!」
信じられないことに織田はそこから小汰を見つけて、そう叫んできたのだ。
小汰が眩暈を覚えたのは当然だ。なんてことをしてくれたんだ、まったく非常識にもほどがある。
「小汰ってなに?」
「え? あの人男の人だよね? 名前呼んだのも男の人の名前じゃない?」
「えー!? なにそれゲイなの!?」
「こっち側に相手いるんでしょ?」
後ろに立っていた女性たちが一斉にそう言い出した。それはもう寒気がするだけではなく、羞恥でしかない。
織田を見るとこっちに手を振っている。ヤバイまた何か叫ばれるまえにはやく電車来てくれ!そういう小汰の願いが叶ったのか、小汰の方の車線に電車が入ってきた。
小汰はさっさと乗り込んで、絶対に向こう側の窓には近づかないようにした。だってあっちには織田がいる。絶対手を振っている。
「あーまだ手を振ってるよ」
「ほんとだ。なんか可愛いね」
女性たちはわざわざ窓側に行って織田の様子を説明してくれる。
しなくていいしなくて、いいからちょっと頭の可笑しい人だと思ってみんな見ないでやってくれ。小汰は心の中で何度も何度も呟いた。
そして電車がすぐに出発すると女性たちがぶっと吹き出していた。
「な、投げキッスしてた!」
「お、おかしい!」
小汰はその場にしゃがみ込みたくなった。眩暈がする。もの凄く頭痛もする。
「なんか必死だったから可愛かったね。かっこいいのにね」
「あんな人にあんな風にされてるちょっと人羨ましい」
女の人たちは感覚がずれているのか、あれを羨ましいと言える神経が羨ましい。
電車で二駅で降りた小汰は電車に乗っている間にまた織田からメールが届いているのに気付いた。まったくマメすぎる。さっきの今でなんなんだ?と開いてみると。
「なんでさっき小汰は手を振ってくれなかったの? 照れた? 可愛い好き」と入っていた。
思わず携帯を投げたくなって小汰は平常心平常心と心で唱えると、一言「馬鹿か」と書いて送って電源を切った。どうせ電源入れたら大量のメールが入っていることになるだろうと予想はつくが今は冷静に対応することができそうにない。
電源を切って家に戻りながらふっと空を見上げる。そこには大きな月が顔を出したばかりだった。
感想
選択式
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで