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17
那央(なお)が大学の門まで行くと、高須賀実(たかすが みのる)は派手な色のシャツに派手な車で待っていた。
実は那央が一瞬分からなかったようだが、那央が近づくと段々と顔を思い出したらしく、にやっとしている。
「なんですか、実さん」
那央がそう開口一番に言うと、実の機嫌が少し悪くなった。
「そりゃないだろ。従兄弟が訪ねてきたっていうのによ」
従兄弟だなんてただの言い訳にすぎないことは那央にも分っていた。
「それがなんですか? 用事があるからいらっしゃったのでしょう?」
従兄が訪ねようがどうしようが、用事がなければこない人なのだ。だいたい葬式にすらこないような従兄に何の敬意を払えというのだろうか。
実が那央を訪ねる時は決まって何か頼み事をする時だ。
金を貸してくれなど、本当に酷いものだったりする。
「そういやさ、お前、相続したもの大きいんだろ? それ管理してるの親父か?」
案の定、金を催促しにきたようだ。
那央の実家に金が残っているとでも思っているのだろうか。
「……高須賀さんの知り合いに、家を売ってもらうようにしましたが、まだ売れてませんよ。そういう資産を売るのや相続税の問題は高須賀さんの知り合いにお願いしてますけれど」
那央は正直にそう答えた。今の自分ではそういうのは分らないからしらないと。
「なんだ、親父経由かよ。じゃお前の自由になる金はねえのか」
「そもそも相続税を払ったら、俺には何も残りませんよ」
那央はそういって、自分は金を持ってないと主張する。
実際相続税で持って行かれるのは、金はもちろん土地すらもそうだ。それを払うために祖父母の家や土地も売らないといけないくらいに相続するものがない。
残っているのは生命保険くらいだが、それを実に話したら持って行かれるので黙っていた。
それを聞いた実は、明らかにがっかりとしている。
「どこかから融通して貰えないのか?」
実はそれでも金の無心をする。
「ないですよ。俺、普通の大学生ですよ。実さんが欲しがるような大金用意なんて出来る知り合いなんていません」
本当に知らない。そんなの実の方が知っているだろうと暗に込めて言った。
「くそっ、お前、相変わらず可愛くねえな。髪整えて顔はよく見えるようになったが……いっそ、お前が風俗で働いてくれたら儲かりそうだな」
実がにやりとして言う。
冗談にしても冗談になっていない。
「お断りです。俺になんのメリットもないです。俺は大学生ですから」
那央はきっぱり断る。これは実がよく言っていたのだが、那央を風俗に放り込んだらもうけそうなどという話は始終していたものだ。
真に受けたら負けだ。しかしまっとうな意見を返すことで、実のその気を打ち砕かないといけないという難しいことをしなければ、またこの人は来るから困る。
「くそ真面目で良い子かよ。腹立つな」
「用事がそれだけでしたら、俺、帰ります」
那央はそう言って実の側を離れて歩き出した。その先に大雅が待っていた。
那央は少し歩調を早めて、大雅(たいが)の元へ行く。
「どうやら素直に帰ったみたいだな」
そう言われて振り返ると、実は派手なスポーツカーで去っていくところだった。
あまりしつこくされなかったのは、那央に財産と呼べるものがないと知って興味を失い、別の誰かに無心しに行くのだろう。
よほど金に困っているらしい。
侑(ゆう)が言っていた高須賀が危ないという話は本当のかもしれない。本当なら父親のところにまっすぐ向かっているはずだからだ。今危ないとしたら、父親はお金を出すことを拒んだのかもしれない。
大体、那央のところにくること自体が間違っているのだと実は思いもしないのだろう。
「結局なんだったんだ?」
「俺に財産がたくさん入ったと思ってお金くれって言いに来ただけみたい」
「アホか」
呆れた声を出す大雅。
「あの人は昔からそういうところあったからね」
那央はそう言って息を吐く。
「昔から那央のことを自分のもの扱いして、今でもどうにでもなると思っている節がありそうだな。気をつけろよ」
大雅はそこを心配する。まあ、あの人が強引になることはなく、影でこそこそとするのはいつものことなので那央はそれほど心配はしてなかった。
「うん、ありがと」
そうニコリと笑って言う。
周りではあの派手なスポーツカーの人物は那央にとって危ない人物であるという認識が出来ていたようだ。
周りには金の無心に来た人物だと会話からはっきりと分かったし、那央に向かって風俗でとの切り出しも尋常ではないと思われたようだ。
次からは誤魔化してくれる相手も出てくれたようで、実の素行の悪さだけは伝わった。
「那央、今日大変だったって?」
仕事が終わり、書類を提出したところで侑(ゆう)がそう言った。
「え? あ、摩鈴(まりん)が喋りました?」
どうせ心配した摩鈴が侑に報告したのだろうと思いそう言う。
「ああ、なにやら怪しい人が金の無心に来たとね。高須賀(たかすが)だろう?」
侑はぴったりと言い当てて見せたが、これは前に高須賀が危ない、実はあまり評判がよくないと言っていたので、そこからの推理だろう。
「はい、そうです。母や祖父母が亡くなって遺産が入ったからお金を持っているのは当然だとかで」
那央はそう答える。
あの人には相続税という言葉はないらしい。
「那央のところは、相続税払うと土地もほとんど持って行かれるんじゃないかな」
侑は一応調べたのだろう、そう言ってきたので那央は頷く。
「俺に残るものは家を売ったお金くらいです。土地はかなりいいらしいので買い手が付きそうだと不動産さんが言ってましたし、屋敷の方も土地込みでもう少しで契約までいけるとかそういうことは聞いてます」
那央はそう言って安堵していた。
少しでも今の自分にはお金は必要だ。今は高須賀から大学生活の保障はされているが、完全独立するにはやはり少しでもお金は必要だったからだ。
「なるほど、それで金が入ると見込んでさっそくというわけか。父親は出してくれなくなったんだろうな」
そういうので、たぶんそうなのだろうと那央は頷いた。
「那央は大丈夫か?」
「大丈夫です。実さんはいつもああですから」
「ならいいんだ」
そう言われて頬を撫でられた。
「でも大丈夫だと言われても心配だよ」
「……え?」
頬に唇をよせて侑は言う。
「もう知らない人も同然なんだから、車に乗るなんてしちゃ駄目だ。金ほしさに那央を風俗などと考えているような輩だからな」
どうやら大雅からまで情報を仕入れていたらしい。風俗関係の話は大雅にしかしてないからだ。
「……はい」
「よし良い子だ」
そう言うと侑はキスをしてくれる。軽く触れるキスなのだが、それは快感を誘うものであるから困る那央。
しかも今日はそういう会話をしたばかりだ。
ドキドキして目を瞑っていると、くすっと笑う侑がいた。
「……そんなに期待されるとしたくなるのが男だって那央、気づいている?」
「え!?」
那央はびっくりして目を開ける。
そしてじっと見てくる侑の目がなんだか熱を帯びているのを知った。
那央としたいと思っている男がここにいる。
優しく触ってくれて、優しいキスをくれる男。
先まで進んでいいのかどうか迷うことはあるけれど、それ以上に那央が侑の存在を求めているのだと気づく。
その目が那央を求めてくる。その要求に応えたくなる。
「それじゃ二十歳の誕生日の日、那央を独占していいかな?」
「え?」
侑がいきなりそう言ってきたので、那央は驚く。二十歳の誕生日なんてなんで知っているのかと思ったが、履歴書を提出しているのだから、当然誕生日は知っているわけだ。
「その日、夜に……那央を抱きたい」
そう耳元で言われると、那央の身体が反応する。ピクリとして、なんだか今でも抱かれている気分になるのだ。
侑はにっとして那央の唇にキスをすると、また聞き返す。
「その日、開けておいて、ね、那央?」
「……はい」
那央はやっとのことで心臓の早くなる鼓動を押さえながら答えた。
答えた以上、しなければならないだろうが、侑ならきっと優しく抱いてくれるに違いないと思える。
優しくしてくれるなら誰でもいいわけではない。侑だから抱かれたいと那央が思うのだ。そうしよう、そして……。
「じゃあ、今から私と那央は恋人同士ということだ、いいね」
恋人と言われて那央はドキとした。
「驚くことではないだろう。抱き合うのだから、恋人であってるんだよ」
「……俺なんかでいいんですか? こんな子供だし」
那央は自分は侑の隣にいることが相応しいかどうかぐらいわかる。
侑にはもっと相応しい相手がいるのではないかと。
しかし、侑は淡々と言ってくれた。
「那央は俺が女が駄目なのは知ってるね」
「あ、はい、聞きました」
「それに私の女嫌いはそれはそれは有名でね。この業界ではかなり有名なのだよ。だから那央が側にいるほうが相応しいのさ」
ちょっとした童顔系の可愛い子が侑の好みというわけではないが、今まで付き合いをすることはなかった侑が選んだのだから、相当なものだと侑が言っている。
つまり、惚れて惚れてどうしようもなく、独り占めしたのだ。
「じゃあ、いいね」
「はい……いいです、嬉しいです……」
那央か顔を真っ赤にしてそれを了承した。
その真っ赤な顔の那央を見て、侑は笑って頬を撫でてくれる。
それだけのことがただただ嬉しい二人だった。
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