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16

 那央(なお)は家に送ってもらってから一人、ぼーっとしていた。
 ちゃんと玄関まで送ってくれた侑(ゆう)は、また唇にキスをしてくれた。

 その意味はもちろん、「好き」だと言うことなのだと言うが、愛することが母親が子を思うこととは違うのは分かっている。

 でも、誰かを好きになったことはあるけれど、愛したことはないと思う。母親を思うのとは違うのだから、違う愛することなのだ。

 愛とは、ああいう風にすることなのか?

 キスは確かにすごかった。聞いたり読んだりしたものは違うし、誰でもしていることだと思うと、みんなあんな風になってしまうのかと不思議になる。

「……なんかすごかった……」
そうして唇に手を当てると、その温もりを思い出して顔が赤くなる。

「わっわっ!」
 駄目だと思い出したら妙な気分になってくるので那央は感触を消そうとするのだけれど、抱きしめられた時の移り香服からしてたまらなくなる。

「……もうなんで」
 こんなに胸がドキドキする。 

 こんなに人が気になって、ドキドキしたり、うろたえたり、一人でこんな状態になるのは初めてだった。   
 これが恋なのだろうか。そうなのだろうか。ただドキドキしているだけなのだろうか。

 初めてのことで那央はどうしていいのか分からないまま朝を迎えてしまった。





「那央、眠いの?」
「え?」
 那央はびっくりして目を開ける。隣に摩鈴(まりん)がいつの間にか座っていた。それにさえ気がつかずにいたらしく、ずっとぼーっとしていたらしい。

「あ、うん、寝てなくて……」           
「ええ? 寝てないってどうしたの?」
 摩鈴は心配してそう聞き返す。

「ちょっと寝付けなくて、それで朝になっちゃってて」
「あら、珍しいわね。眠れないとか」
 那央は一旦眠ってしまったらなかなか起きない方だと聞いていたし寝付きは悪いほうではないと知っているからだ。

「うん、ちょっとね」
 那央はなんとかごまかさないとと思いながら言うのだが、摩鈴は納得しない。

「侑さんが何かした?」
 いきなりの確信に那央はうろたえる。

「え、え、な、なんで?」
「あー、図星か……」
 摩鈴がそう呟く。

「摩鈴、勝手に納得しないで……」
「那央、顔が真っ赤よ……」
 那央が違うと言おうとするが、摩鈴にそう指摘されて、顔をばっと両手で押さえた。
 はっきり言って丸わかりである。

「那央はこっちの方面では、顔に表情でやすいんだ。なんか、侑さんがハマるの分かる気がする」

 こういう普段は無表情であまり表情を動かすことがない人間が、ここまで表情を動かしてうろたえているのは楽しくなってくるものだ。
 そういうところは摩鈴も侑と同じく氷室の血を引くものである。同じような感想を持ったに違いない。

「那央、いいの?」
「え?」

「侑さんでいいのかってこと」
摩鈴はきちんと聞き返す。

「あ……うん……いいよ」
 那央はそう言って笑う。少し照れている様子を見ると、何も言えなくなる。
 那央の幸せそうな顔は本当にいつも見ていたいと思うのだ。

「なんだ。那央のだらしない顔」
 そんな那央を見て、大雅がそう突っ込む。
 ちょうど教室にやってきたところだったので話が見えてなかったらしい。

「酷いな、大雅」
 那央はむっとして顔を伏せる。そんな変な顔をしていたとは恥ずかしのだ。

「なんか進展でもあったんだな。どうせキスくらいだろうけどよ」
 大雅は見事何があったのか当ててみせた。

「な、なんで……」
 那央は何故ばれたのかと驚愕した。

「そりゃ、お前、ファーストキスすらしたことないやつのうろたえ方にそっくりだからな。反応はお子様なんだよ」
 大雅は笑って前の席に座ると、後ろを向いて那央の顔をのぞき込んでそう言う。

「う、うろたえ……てる……よね」
 思いっきり狼狽えた感じに言う那央。

「思いっきり。分かりやすすぎるぞ」

「そ、そうだよね……うん、しゃんとする」
 那央は顔を少し力を込めて叩いて、ふやけた顔を戻すことにする。

「こりゃ最後までやるのは一苦労しそう……」
 大雅は那央の反応でそう思った。

「さ、最後まで……あ」
 最後と言えば、男とも女も同じである。

「そうそう、そこまで」
「ええええ!?」
 那央はまさかと思いながらも、セックスまで込みなのだと分って大きな声を出して驚く。

「ほらな、これだもんな」
 那央のすごい驚きに大雅は苦笑する。

 摩鈴はもう呆れている。ここまで手間がかかるのが楽しいのだろうかと。

 那央はまた顔を真っ赤にしている。男同士がどうセックスするのかなど、そんなのは耳年増でもある那央は知識としては知っていたが、実際を想像すると心臓が飛び出していきそうだ。

「や、やっぱり……するのかな……」
 那央は顔が熱くなるのをパタパタと扇ぎながら言う。

「は?」
 その言葉に摩鈴と大雅が聞き返す。

「……その、好きだったら、するのかなって……」
 段々声が小さくなっていく那央。それを聞き逃さないように二人は聞いてから頷く。

「そりゃもう向こうは手を出したくて出したくて仕方ないと思っていると思うぞ。好きなら普通したいもんだしよ」
 と大雅が自信を持って言い。

「那央、そんな可愛い顔をして、「するのかな」なんて言ってご覧なさい、速攻で襲われると思うよ。残念だけど、私だったら今襲う」
 と、摩鈴も自信を持って言う。

「…………そう、なのか……」
 更に小さくなって那央はそう言う。昨日の今日でいきなりということはないだろうが、どうしてもそっちの方も考えないといけない付き合いになりそうな感じだ。

 一応は心にとめておくことにした。

 侑は聖人君子ではないのだ。性欲だってあるだろうし、そのつもりで手を出しているのだろう。ああいう人は、リスクあることはしない。デメリットも考えての行動をしているのだろうと思う。だからこそ、こちらも覚悟はしておくべきだと思うのだ。

「まあ、那央、可愛くなっちゃって……」

「……だなあ、俺にも可愛いと思えるような顔するとは思わなかったな」
 大雅はそう摩鈴と言い合っている。

「今まで可愛いと思ったことなかったわけ?」
 摩鈴がそこに食いつく。

「ないなあ。確かにこいつ顔はいいけど、表情無かったしさ。綺麗だけどなんか人間味があんまなかったから俺にはただ綺麗なだけだったし」

 大雅は何でもないとばかりにそういう。確かに那央と出会った時に大雅は「なんだ綺麗なだけじゃん」と言ったものだった。それが新鮮だった那央も変ではあるが。

「綺麗と可愛いは違うのか、大雅の中では」
 摩鈴が意外そうな声で言う。

「違うなあ。綺麗だけだと友達にはなれても、やろうとは思えないし。可愛いが混ざると人間味出てる感じがして親しみやすくなるかな~って程度」
 大雅がそういうので那央は何となく納得した。

 大雅がずっと那央と一緒に居られたのは、ただ那央のことを男だとかそんなのは関係なしに、やろうと思えない人間だったからなのだ。そこから二人の過去の経緯などがあってずっと一緒に行動するような仲になった。

 このままずっとそういう関係で居ようと約束したばかりなのだ。

「へえ、大雅はそう思ってたのか」
 摩鈴は感心したように言う。

「なんだおまえ、俺を変態だと思ってたのかよ」
 大雅がかっくりしてそう聞き返した。

「いや、なんで那央と友達なんだろうとは思った。なるほどねえ、そうだったから那央と友達になれるんだ」
 摩鈴はそう言って納得している。

「ま、それより、那央がいつになくやる気なんだよな」
「そうだよね。いつもはそつなくって感じだけど、あたふたしながらもやる気なのは珍しいよね」

「初めて好きな人というか、気になる人が出来て、興奮してるのもあるだろうけどさ」
「へえー、大雅は気になる人ではあったけれど、そっち方面なかったもんね」

「まあ、俺、女の方が好きだしな」
「那央が女だったら?」

「まあ、近づかないな。美人なだけは怖いしよ」
 大雅は言いたい放題だ。
 しかし、那央はずっと侑のことが気になっていたのは確かだ。

 大雅の時の興味とは違い、明らかに特別な人となっている。
 その特別な人が、自分の好きな人なのだと認識するのにはそんなにかからなかったのだが、そこに問題の人間が現れたのだった。




「藍沢(あいざわ)、なんかお前の親戚とかいうのが来てるぞ」
 那央たちが教室を出たところで、那央を呼び止めた同級生がそう言った。

「親戚?」
 那央は自分にはもう親戚はいないのだがと首を傾げた。

「あ、違うのか? なんか高須賀(たかすが)って言えば分かるとか言ってたけど」
 その人がその名前を出した時、那央は一瞬固まった。
 高須賀、たぶん訪ねてきたのは息子の実の方だ。

「あ、ありがとう」
「大丈夫ならいいんだ。なんかあったら声出せよ。周りに誰かいるだろうし」
 その人はそう言って教室に入っていった。

「那央、大丈夫なのか?」
 大雅がそう言って確認する。
 大雅自体、実にはあったことなく、話だけは聞いていたというところでよくないヤツだという認識しかないのだ。

「分からない。だって、もう5年も会ってないんだよ。なんで今更……」
 那央はそう言って戸惑う。那央が高校途中からは実は就職していなくなったから家にも帰ってこなかったので会ってもなかったのだ。それがいきなり会いに来たというから驚くほかない。

「大学まで来てなんだって感じだな」

「うん。一応会ってくる。叔父さんに何かあったのかもしれないから」
 那央はそう言うと一緒に行くという大雅を押しとどめて一人で高須賀実に会いにいくことにした。

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