Complicated
6
喧嘩も一段落して杞紗(きさ)と貴緒(きお)はいつも通りになった。
ただ変わった事は、休み時間になる度に、貴緒が杞紗の教室にやってくる事だった。
前は朝来て見送って、放課後になると迎えにくる程度だったのだが、最近は密着度が増えていた。
それも貴緒が杞紗を好きで自分のモノにしたいと明確に思うようになってからである。
杞紗は、貴緒と堤が仲良くなったからそうなったのだろうと思っていたが、実はそうでもない。
確かに堤とは穏やかに話をするようにはなったが、杞紗に悪い虫がつかないようにしているだけなのだ。
こうしておけば、貴緒の噂を知っている人は誰も近寄って来ないという計算からだった。
堤は堤で、さっさと告白してしまえと思っていたが、杞紗の前では言えない事だった。
家に帰ってからは、食事当番以外では貴緒が始終杞紗を独占している状態である。
告白するタイミングはいくらでもある。
なのに、まだ時期ではないと思っているのか、貴緒は行動には出なかった。
まるで片思い期間を楽しんでいるかのようだった。
そんな日々でも、最近柔らかくなったという噂や証言から、貴緒にラブレターが頻繁にくるようになった。
元々いい男である貴緒がそうしたモノを貰うのは当然と言えば当然だった。
わざわざ三年の教室まで来て、貴緒にラブレターを渡そうとしている女生徒も増えた。
そんな貴緒は杞紗の前だから、女生徒を邪険に扱うことはなかった。貰ったラブレターはきちんと読んでいるようだったが、それと同時に付き合いは断っていた。
「なんで、貴緒ってあんなにモテるのに誰とも付き合わないんだろう」
そんな事を口にした杞紗に堤が言った。
「そんな事言っていいのか。お兄ちゃん子の貴緒君には他の女の子と付き合う気はないんじゃないのかな?」
悪戯心を出してそんな事を言ってみる。
「でも、確か、好きな子がいるって言ったな。じゃあ、その子にアッタクすればいいのにな。絶対上手くいくのに」
呑気にそんな事を言う杞紗。
事実を知らないとは恐ろしいものである。
でも本気でそう思っているからそんな言葉が出て来たのだ。
「でもよ。その好きな子が、実は杞紗だ!とか言ったらどうするんだ」
堤が単刀直入に言い切った。
すると、杞紗は首を傾げた。
何故か顔が赤い。
「そ、そ、そんな事あるわけないよ……」
兄弟で?
まさかそんな事あるわけない。
一緒にいてくれるのは気を使ってくれているからであって……。
そんな事を考えていると頭が火照ってくる。
「まんざらでもないって事か」
「そ、そりゃ嫌われているよりはいいよ……」
「でも本当に言われたらどうするんだ?」
堤はそんな事を言い出した。
今は貴緒はいない。
だから貴緒の分も込めて言っているのである。
献身的にしている貴緒は、昔程変な噂は流れなくなった。
ただブラコンでという事だけで、その他の遊びはやめてしまったらしい。
まあ、あの一件以来、かなり反省しているようだった。
それも全部杞紗の為だ。
杞紗は噂通りの貴緒を知らないから、貴緒は元々優しいのだと思い込んでいるのだから仕方ないのかもしれない。
そんな所へ杞紗を呼び出す者が現れた。
「君が都住(いずみ)杞紗君だね」
「あ、はい」
ちょうど移動教室の時に廊下で呼び止められたのである。
みれば同じ三年で、クラスは別のようだった。
身長の低い杞紗はその人を見上げた。
見た事はない人。運動部なのかガタイがよい男子生徒である。
「俺、佐伯(さえき)っていうんだ。以後宜しく!」
佐伯という人は明るく自己紹介すると、杞紗の手を取って握手してきた。
「あ、あの」
何がなんだかさっぱり訳が解らない杞紗。
この人何がいいたいんだろう?
すると、佐伯は意外な事を言い出したのである。
「実は君と付き合いたいんだ!」
「はあ??」
その言葉に、杞紗は?マークが頭いっぱい浮かんでいた。
ますますさっぱり訳が解らない杞紗。
佐伯は、ニコリと微笑んで杞紗の返事を待っている。
「あの、そういうの困ります……」
杞紗は目眩を覚えながらなんとか答えた。
男が男に告白して付き合いたいなど、はっきり言っておかしい。
佐伯さん、頭大丈夫?
そんな事を思う杞紗であった。
でもそこでも佐伯はめげない。
「ゆっくり考えてくれよ。休み時間また会いにくるからね」
佐伯はポジティブな考えなのか、断ったというのに、まだ諦めてくれないらしい。
スキップしながら佐伯は去ってしまった。
それと同時にクラスメイト達が騒ぎ始めた。
「おい、今のって変わり者の佐伯じゃないか?」
「そうだ。あいつめげないってしつこいからな」
「都住ーどうするだー?」
好奇心旺盛なクラスメイトからそんな事を言われて、杞紗は目眩を覚えた。
共学の学校で、こんな珍事。
もちろん、物凄い勢いで広まったのはいうまでもない。
次の時間には、しっかりと貴緒の耳にも入っていた。
「杞紗!なんだこの噂は!」
物凄い形相で次の時間の休み時間に現れた貴緒は、杞紗に詰め寄った。
「俺だって訳解らないってば。断ったのに、また来るって、さっきも来てた……」
佐伯は、貴緒が来る前にさっと教室に現れて、また熱烈に交際を申し込んで来たところだった。
さすがにこれには杞紗も参っていた。
断ったのに何でぇ~というところである。
「佐伯、シメる」
「やめときなってば。俺、受ける気ないんだから」
「だがまた来るんだろ」
「そう言ってたけど」
それが悩みである。佐伯は断っても断ってもめげてないからである。
すると堤が言い出した。ずっと側で熱烈なラブコールを聞いていた1人である。
「貴緒君の事避けるように来てるなあれは」
それを聞いた貴緒はニヤリとして言った。
「ほほう~次の休み時間は早く来てやる」
「授業はちゃんと受けてよね」
早く来ると言って、授業を抜け出すんじゃないかと焦ってしまう杞紗がそう言うと、貴緒は頷いた。
「解ってる。だがイイ根性してるじゃないか」
「ホント、何考えてるんだろう。もう謎」
本当に参っている杞紗には、佐伯のポジティブさは受け入れられない範囲なのである。
その次の休み時間、幸いなのか、佐伯のクラスは体育で現れないと思っていたのだが、そうでもなかった。
体操着に着替えた佐伯はきちんと現れたのである。
もちろん、貴緒と対面してしまったのだ。
「てめー」
貴緒が佐伯を睨み付けているが、佐伯は噂の弟貴緒を見つけてにこやかに微笑んだのである。
「やあ!君が弟君だね、俺佐伯って言うんだ、よろしく!」
元気良く挨拶されて、貴緒も呆気に取られている。
だが、なんとか体勢を整えて言い返す。
「杞紗はお前と付き合う気はない。さっさと失せろ!」
杞紗の代わりにきつい言葉で追い払おうとしたのだが、そこは佐伯には通 じなかったのである。
「そんな事はないぞ。押せば落ちると俺は思ってる」
佐伯はそう言い放ったのである。
ぎょっとしたのは貴緒だった。
「何!?」
あの貴緒に喧嘩を売るとはいい度胸である。
杞紗は佐伯の顔を見るなに、頭を抱えてしまっている。
こういう人間には特別な耳がついているらしい。何を言っても断っても次には忘れている。
右から左に流れているのだろう。
「佐伯さん、だから俺は困るって言ってるんだけど」
やっとの思いでそれを伝える杞紗。
すると話し掛けてきた杞紗に真剣に佐伯が言ったのである。
「じゃあ、誰かと付き合ってるとか?」
そう返ってくる。
そんな訳はない。なので杞紗は素直に答えた。
「いや、誰とも付き合ってないですけど、今は貴緒だけでいいから」
今は貴緒と上手くいっているから、それだけでいいと杞紗は思っていたのでそう言ったのだが、それには佐伯は納得しなかったのである。
「何、貴緒君だけでいい? それじゃダメだ。彼のお陰で君には友達すら出来ないじゃないか」
それじゃダメだと佐伯は言い出したのである。
「俺、一応お友達なんですけどねー」
一応、助け舟を出す堤。
でもそれも逆効果だった。
「堤君しか友達がいないじゃないか。そんなのは全部貴緒君のせいだろ。彼の噂はあまりによくない。いかんいかん」
と返ってくるのである。
さすがの貴緒も呆気に取られている。
でも杞紗を渡すものかと張り合って口喧嘩になっている。
それを聞いているクラスメイトは耳が皆ダンボになっている。
こんな面白い話聞き逃してなるものかという所だろう。
なんでこんな事になったんだ……。
杞紗はただただ頭を抱えるだけになってしまうのであった。
放課後。
杞紗が帰ろうと準備をしていると、また佐伯が現れた。
「一緒に帰ろうではないか。まずは友達から始めよう!」
譲歩したらしいが、頭痛いセリフを言われて、杞紗は顔を手で覆ってしまった。 だが、そこに貴緒が現れる。
「あんたとは帰り道は逆だ!」
何処でどう調べたのか、貴緒は休み時間ごとに佐伯の情報を集めて来たらしい。
そしてまた貴緒と佐伯の口喧嘩が始まっている。
杞紗は深く溜息を吐いて言った。
「すみませんが、佐伯さん」
「何かね?」
「一緒に帰る事は出来ませんのですみません」
どうにか杞紗は佐伯の行動を止めようとして、そう言った。
佐伯は確かに家は逆方向だった。
門を出るまで貴緒と喧嘩しながらだったのだが、門を出ると。
「また明日!」
と元気良く帰って行ったのである。
呆気に取られる二人だった。
「もー何なのあれはー」
すっかりぐったりしてしまっている杞紗。
「明日はない!」
と怒鳴り返す貴緒。しっかりと杞紗を抱き締めてそう怒鳴っていた。
頭が痛い……。
明日が怖い。
佐伯は明日も現れるのだろう。そう考えるとゾッとする。
帰り道、杞紗は溜息ばかり洩していた。
「あの佐伯、どうするんだ?」
帰り道で貴緒がそう言ってきた。
どうするって……どうにも出来ないじゃん。
「無視する事にした。決めた」
杞紗はそう言った。
翌日からも佐伯の行動は止まらない。
朝から現れて、自分の言いたい事を言って去って行く。
杞紗は無視する事に決めたので佐伯を徹底的に無視していた。
だが片頭痛がしだして保健室に避難した。
実際に風邪を引き出していたのである。疲労と悩みといろいろ心労が重なった結果 だった。
「大丈夫か?」
心配そうに貴緒が付き添う。
「昨日から調子悪かったし……」
「湯冷めしたか……だからあんな格好で寝るなと言っただろ」
「うん、そうだね」
相変わらず保健医いずの保健室では、貴緒が濡れタオルを準備して杞紗の額に乗せてくれた。
さすがの佐伯も保健室までは現れなかった。
それにホッとして杞紗は目を瞑った。
するとチャイムが鳴った。
「ほら、授業だよ」
杞紗は貴緒の手を止めてそう言った。
だが貴緒はまったく授業に出る気はなかったようで。
「嫌だ」
と答えた。
「もう、ダメだってば」
「嫌なものは嫌なんだ」
嫌だと我侭を言う貴緒。
こうなると貴緒を説得するのは難しい。
杞紗は頭が痛いのもあったが、なんとか考えたのだが、思い付かなかったので溜息を吐いて聞いた。
「どうすれば授業に出てくれる?」
すると貴緒は暫く考えて、言い放ったのであった。
「キスして」
唇に手を当てて、貴緒がそんな事を言い出した。
「え?」
思わず起き上がってしまう杞紗。
まさかそんな事を言い出すとは思わなかったからである。
「キスしてくれたら授業に出る」
貴緒は真剣な顔をしてそう言った。
え? 俺が貴緒にキスするの?
思わずドキドキしてしまう杞紗。
きょ、兄弟だからじゃれあいでやってもいいかな?
別に貴緒とキスするのは不思議と嫌ではなかったのが不思議だった杞紗だった。
「解った……するからちゃんと出てよ」
「うん」
そうして、目を瞑った貴緒にそっと手を添えて、杞紗は貴緒の唇にキスをした。
離れようとした時、急に貴緒が言った。
「キスはこうするんだ」
そう言って、貴緒は杞紗に覆い被さるようにしてキスをしてきた。
普通の触れるだけのキスではない。
「んっ!」
抵抗しようとした杞紗だったが、開いた口の中に貴緒の舌が入って来た。
これがディープキスかと思う間もなく、深いキスをしてくる貴緒。慣れたように舌が口の中で蠢く。
「んんっ!」
こんなキスした事もない杞紗はただ翻弄されるだけ。慣れている貴緒は十分にキスを楽しんだ。
やっと唇が離れたと思ったら、今度は額にキスをされた。
「……なんでぇ」
朦朧としたままでベッドにぐったりした杞紗が抗議すると、貴緒の機嫌は良くなっていた。
「これが本当のキス。だって俺、杞紗の事好きなんだ。キスくらいでも本気でしたい」
貴緒は真剣にそういうと、約束を守る為に保健室を出て行った。
本気のキス?
俺の事を好き?
今の何?
どういう事?
1人ベッドに残された杞紗は寝ている間、ずっとその意味を考えていた。
実の弟から意外な告白をされてしまい混乱した。
あの佐伯の影響なのか、貴緒も行動に移すようになってしまっていたのだった。
頭痛は治まってしまった杞紗は貴緒とのキスの味にまだ酔っている感覚だけが残っていた。
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