Blueシリーズ innocent indigo blue

1

 雨宮壮(あまみや そう)がホストクラブに勤めている頃、ナンバーワンの座を欲しいままに引退を考え始めた。
 極めてしまって数年、誰も抜き去ろうともしないことに刺激を失い、だんだんとやる気も尽きてくる。どうにかして次のコトを考えなければならないと思い始めた時に、その時にセックスフレンド関係にあった男、門井秀一から別れ話を切り出された。
「若いのがいい」
 というのが門井の言葉で、雨宮はその時自分がもう三十手前であることを突きつけられた。
「あ、そうか、分かった」
 妙に納得して別れに応じると、門井が言った。
「お前、ホストも飽きたろ? そろそろ裏方に回れ」
 そういうアドバイスを貰ってしまい、引き時が今であることを悟った。
 何もかもが同時期に訪れて、雨宮は引退をあっさりと決めた。
「それで緒方(おがた)が新しく作るクラブをお前に任せたいと言っている。あと、お前が売ってるBPだっけ? あれの売上げ三十%を献上しろ」
 その言葉に雨宮はしっぽを掴まれたことに気付いた。
 雨宮は、BPと通称で呼ばれる、Bug punkと呼ばれる合成した合法な催淫剤を売っている。もちろん偶然できたバイアグラの強化版のようなもので、合法なレイプ麻薬として出回っていた。
 初めは医学生の小遣い稼ぎとして合法ドラッグとして売り始め、そしてそれが軌道に乗ってしまい、今や合法ドラッグ界の一角として幅を利かせている。
 通常のドラッグとは違い、気分がよくなるために使ってもセックスがしたくなるだけというものなので、セックス時に使うと効果が上がり、さらには後には残らず後遺症も出ない。液体から錠剤、塗り薬にまでバリエーションが広がり、雨宮はその元締めとして莫大な財産を得ていた。
「バレてたんですね。いいでしょう、三十%で。それで見返りは?」
 当然のようにその見返りを求めると、門井は笑う。
「お前の隠れ蓑を用意してやるよ。五十%に上がれば工場も追加してやる」
 潰したり横取りはしないという門井の言葉を信用してはいなかったが、工場が魅力だった。
 個人ではそこまで大きな工場は管理できない。人も増やせないし、機械化もしたい部分がある。だから今ある工場は別の開発に回し、今あるBPの生産を効率化してしまった方が横取りをされたとしても下地ができる。
 常に供給過多レベルで合法ドラッグは生まれている。だから時代に合わせた効果を作り上げていかなければならない。
 さらには販売ルートも用意してくれるというのだから、半分の利益を渡すだけでいいのは格安とさえ言えた。
「組がクスリに手を出すんですか?」
「最近は、そういう頭の固いやつはいないんだよ。シノギも減って、維持費もなくなっていく。警察の締め付けもキツくなったし、世界的にマフィアは減少傾向だ。だから南米の馬鹿な麻薬が入ってくる。資金が外界に流れるのはこっちとしても痛いんだ。リスクを取って利益も取る。インテリヤクザはそんなもんさ」
 東京において最大の組織であり、日本屈指のヤクザの組織もきれい事は言っていられない。武器も人身売買も、何でもやっていかなければならない。
「独断偏見じゃないっていうなら、いいですよ。こちらとしても工場は欲しかったところですから、六十%で」
「どういう了見だ?」
「新薬開発の材料集めをお願いしたいんですよ。こちらも素人では数に限りが出てしまって、開発もろくにできずにいるもので」
 雨宮の言葉に、門井はくくっと笑い、了承した。
 特に血判状などは用意していなかったけれど、証拠を残したくないのはお互い様で、二人で話を付けたので口約束でしかない。
 
 その後、雨宮がホストを引退してしまうと、門井は約束通りに雨宮を緒方(おがた)という男に合わせ、緒方は雨宮にクラブ経営者としての仕事を与えた。それから門井によって工場は用意され、雨宮の仲間は生産をそっちに回してから新作の開発に入った。
 全てが順調だったと思う。
 雨宮が思い出しても、何処かで失敗をしたわけでもなかった。
 ただ、一つだけ、雨宮の前に緊急事態が起きただけのことだった。


 雨宮のクラブはBPのクスリを手に入れることができるクラブとして有名で、合法ドラッグであることから、レイプ麻薬として流通している。
 誰にでもセックス時に使用すると、思考低下が見られ、本性を暴き出す。
 小さめの三ミリ錠剤一つで一時間、液体はスプレーと呼ばれ、一吹きかけで同じ効果が得られる。ただし値段は高く一般人は手が出ない。
 一粒千円から販売されていて、同時に使えるのは五錠まで、それ以上は効果が持続せずに切れていくので、一時間の効果が切れる前に継続して飲むコトが理想とされた。
 絶倫の時間も長く持ち、快楽も得やすいので、人気も高かった。
 なのでレイプ麻薬として当局は摘発はしたいのだが、後遺症が一切なく、痕跡も消えてしまい、風邪クスリ程度のものしか検出されないものに、規制はなかなか下りなかったのもあり、それから長く使われていくドラッグとなった。
 そんな薬をクラブでも使用する輩が多く、盛る人間が個室を使うことが多い。もちろん、その辺のVIPはわきまえて使ってくれているが、一人、問題行動の多い輩がVIPとして入り込んでしまった。
「門井さんの知り合いとはいえ、度が過ぎる」
 それが雨宮の感想で、どうにか彼を追い出したかった。
 名前は満岡龍太と言った。
 ヤクザの組長の息子でありながら、組を継がずに半グレとなり、何やら仕事はしているようだが、素人モノのAVという際物を闇販売していると聞いた。
 かなりのシノギを収めているようで、門井も邪険にはできない存在だったようだ。
 文句を言おうにも天狗になった満岡は、組の名前を使ってやりたい放題で、元ホストの支配人である雨宮のことも見下しているような輩だ。
 当然、従業員のいうことはきかない。客に手を出すというぎりぎりのラインで出禁を食らうのを免れていた。
 けれどその日は違った。
 VIPルームに入ってからは大体は大人しいのだが、その日は従業員が雨宮を呼びに来た。
「あの、見てもらいたいんですけど……」
 そう言われて監視カメラを見せられると、案の定、クスリを使って誰かをレイプしていた。それだけならば、雨宮も驚きはしなかっただろう。
「……こいつ、幾つだ? 入るのを確認したか?」
 満岡に犯されている男の子がどう見ても、成人しているとは思えないくらいに幼かった。もちろん、入る時には年齢は確認させていたし、その基準を守らないものはたとえ満岡であろうが出入りは禁止にしてきた。
 それなのにだ。
 明らかに中学生くらいの子を、どうやって入り口から入れられたのか。
 これは店が潰れる原因になると思い、雨宮は部屋に向かった。
 その時だった。
「おい、雨宮。満岡がきているだろう?」
 そう言いながら門井が顔を見せてきた。
「来てますが、大問題が」
「分かってる。ガキ連れてきてるんだろう? さすがに上にそれが筒抜けで、組長に頼まれて始末しにきた。雨宮、付き合え」
 門井は何が起こっているのか全て把握していたのか、部下を数人連れてVIP室への入り口の鍵を雨宮に開けさせた。鍵を持っているのか雨宮だけで、そのドアを開ける権限をもっているのも雨宮だけだった。
「くそっ誰だ!」
 興奮した満岡が叫んだ。
 ドアが開いて、異様な空間が晒される。
 VIP室には大きなソファがあるのだが、その背もたれを倒すとベッドのように使える。もちろん、カップルや気分が盛り上がった人がセックスに使うのだが、合法ではないのであくまでオプションでしかない。
 そんなソファベッドの上で満岡が、小さな子を押さえつけて犯しているのだ。
「あー、あーあーっ」
「あぁんっ! あっあっあっ、ぃ、あっ、あふっふぁっ! ああっ! ぁ、あひっ、ひ、ぃいんっ!」
満岡のペニスがしっかりと男の子のアナルに入り込んで、ジャブジャブと出入りしている。その激しさから満岡も男の子もクスリを飲んでいるのは明らかだった。
「あぁあっ……! ぁ、あぁあん……っあふっ、ぁ、ひ、ひっひゃあっ! あぁっ、あ、あ……ああんっ、ああ……っ」
 何度も絶頂に導かれた男の子は、ほぼされるがままで細い身体を押さえつけられていた。抵抗もしたのだろう、顔は殴られていて、血が付いている。下手すれば骨折までしているかもしれない。
 そんな状態にはさすがの門井も眉を顰めたほどだ。
 そして雨宮もまた、舌打ちをしたくなるほどの惨劇に眉を顰めた。
「取り押さえろ」
 門井の言葉で我に返った部下が満岡を取り押さえるのに苦労しているが、満岡は狂ったように叫ぶ。
「俺を誰だと思ってやがる! 離せ!」
 そう叫ぶ満岡の髪を掴んで、門井が満岡を壁に叩き付けた。
「何様はお前の方だ、満岡!」
「ひぃ!」
 満岡は門井がいることに驚きながらも、それでも門井に抵抗をした。
「親父に言うぞ!」
「その親父からだ。見限るだそうだ、今日限りお前の会社も弟たちが継いでくれるんだそうだ」
「な、何だとっ!」
「警察沙汰にされると困るのはお前の方だろうが、これをもみ消すのに一体幾ら掛かると思ってる。なめてんじゃねぇぞボンクラが」
 門井はそう言うと部下に満岡を連れて行くように言った。
 そして門井は犯されていた男の子の身体を確かめる。
「折れちゃいねえが、散々だな……雨宮、こいつの様子をしばらく見ていろ」
「は?」
「面倒ごとになるかならないか、こっちでもやらなきゃならないことがあるんだよ。こいつの面倒を他に頼むと少し厄介だ。店は満岡がいなきゃお前がいなくても回るだろう? 部屋もどうせ近くだから、頼まれてくれ」
 門井が面倒ごとを押しつけようしているのは分かっているが、ここは借りを作った方が得策なのは雨宮も理解した。
「まあ、面倒を見るくらいなら構いませんが、費用はそっち持ちでお願いしますね。後で請求します」
 ニコリとして言うと門井は溜め息を吐いた。
「……ちゃっかりしてるな、お前は本当に」
 そういうとお互いの用事は終わった。
 門井は部下を追ってすぐに帰ってしまった。
 雨宮は従業員に片付けを頼み、自分は男の子を毛布に包んでから裏口の方から階段を登った。
 さすがに客に見つかるのは不味かったので、裏口から屋上にある自分の部屋に入っていく。
 店はビルの地下にあるのだが、上は事務所になっている。ふだんは飲み屋なども入っていて、五月蠅いほどであるが昼間は人の出入りがなくなり、一気に静かになる場所でもある。
 都合がいいという理由で事務所になる予定だった部屋を、自分用に貸しきって改造までした。
 雨宮はまず男の子を風呂に入れた。
 とにかく液体塗れなのでシャワーでお湯をかけてやると、男の子はびくりとして起き上がった。
「ひっ、あっ……だ、だれ……?」
 頭からお湯を被った状態で男の子は言った。
 その洗い流された身体を見た雨宮は驚いていた。
「……誰って、お前が犯されてたクラブの経営者だよ。雨宮という。人に頼まれてお前の汚れを取りあえず落としている」
 そう雨宮が冷静に返してきたことで、男の子の混乱は少しだけ収まる。
「……あ、あー、あれ? あの人は?」
「……満岡のことか?」
「えーっと、はい」
「上司がきて連れて行った」
「……あーそう、ですか……あ、しまったお金、貰ってない……どうしよう」
なんだか少し頭のネジがズレている気がしたが、雨宮は本当のことを言った。
「金は諦めた方がよさそうだぞ」
「ええー……そっかぁ」
 男との子はとても残念そうだった。
「お前、幾つだ」
「二十歳です」
「……分かる嘘を吐くな。毛も生えそろってないやつが……中学くらいだろう?」
 雨宮は男の子の顔にお湯をぶっかけてから、また身体にシャワーのお湯を流しかける。そしてタオルを持たせてそれにボディーソープを垂らした。
「……えっと、十八です……」
「嘘は好きじゃない、正直に言え。どうせバレる」
 雨宮は更に嘘を吐く男の子を促す。
 どう見ても身長は百六十はなかったし、体重も四十キロほどだ。
 いくら成長をしていない子とはいえ、十八でこの体格はない。
「あの、……えっと」
「警察沙汰にはしない。こっちも困るからな」
 取りあえず、言うことを躊躇うほどの年齢なのだろうと思っていると、男の子は正直に答えた。
「えっと、十四です」
 案の定、中学生である。それに溜め息を漏らしてから雨宮は続けた。
「親はどうした」
「……入院してます……母が病気で」
「シングルか?」
「はい、なので……お金がないんです」
 そう男の子が答えたので、雨宮は呆れてしまう。
「お前は親に言われたからやっているのか?」
「ううん、お金がないって言ったら、隣のおじさんがあの人を連れてきて、それで……時々お金、くれたから」
「セックスで金を稼ぐ前に、役所に行け」
「そうしたら、僕はまた養子縁組されるの。そしたらまた同じ目に遭う」
 男の子がそう言いながら、それだけは嫌だと言い切った。
 それで雨宮には察しが付いた。
 養子縁組した先で、これよりも酷い目に遭ってきたのだ。だから頭のネジがおかしくなっている。
「名前は」
「……玻璃(はり)」
「ガラスか……随分白いガラスだな」
 そう雨宮が言うと、玻璃(はり)と名乗った男の子の全身の汚れが取れた。
 散々汚れていた頭や身体の汚れが落ちてしまうと、異様に白い姿が浮かび上がる。
 真っ白のようなプラチナの髪、睫毛や身体の産毛まで真っ白で、肌も日本人にはない白さを持っている。
 それは異質と言っていいほどで、まっすぐに見つめてくる瞳は右が茶色で左が金色だった。
「アルビノか? いや、アルビノは瞳がオッドアイってことはないよな」
「えっと、僕は白人じゃないけれど、それに近い感じ、遺伝子的に突然変異で白変種っていう、……目は先天性の虹彩(こうさい)異色症で……左だけ視力は弱いけど、身体には異常はないよ」
どうやら玻璃は自分の状態をしっかりと把握しているらしい。
 それもそうだろう、ここまで他人と違った姿をしていれば、目立って周りから浮く。そしてそれは虐めに発展して、周りから更に浮く。当然、好奇な目にさらされ、後は堕ちていくばかりだ。
 見た目云々ではないが、同じように堕ちていく様は周りでたくさん見た。
 雨宮もまた闇に堕ちた一人であるが、どうしてもこのときは、この真っ白な天使のような子を、助けたくて仕方なかった。
 どうしてそう思ったのか、理由は後から何とでも付いてきたけれど、今は、このまま置いておいてもきっと碌なコトにならないのは分かっていた。
「それで、お前は帰りたいか。今のところに?」
 雨宮の言葉に身体を洗っていた玻璃は戸惑う。
「親が死ねば、それこそ今のように地べたを這いずって生きていくことになる。今日はまだ生きていたからいい、けれど、次は生きているかどうかは分からない。死にたくないなら、そろそろ引き時だ。まあ、止めはしないが、どうする?」
 雨宮がそういうので、さすがの玻璃も考えたようだった。
 その間に雨宮が玻璃の頭を洗い、しっかりとリンスまで付けて流していく。
 それを受けながら、玻璃は言うのだった。
「お兄さん、優しいね。僕、お兄さんと暮らしたいな」
「酷い男だぞ?」
「……お兄さんになら、酷くされてもいいかな。なーんて。……うん、帰るところないんだ……帰ったらきっとまた隣のおじさんに、同じ事させられる。お金も貰ってないから、きっとまた殴られる……児童相談所も、同じだよ、嫌な子ばかりいるんだ……養子縁組ももういい、もう、いやなんだ……大人なんか大嫌い……」
 玻璃はそう言って、雨宮に泣きついた。
 わーわーっと大きな声で泣いて、今まで泣きたかった気持ちを全部ぶつけているようだった。
 きっと誰にも助けは求められなかったのだろうと容易に想像が付く。
 隣のおじさんとやらは何かあれば母親が苦しむ方法で脅してくるのだろう。
 玻璃は性の道具にされ、隣のおじさんとやらにずっと窃取されていくだけなのだ。こういうのは一度相手が痛い目に遭わないと、相手が死ぬまで一生続くのだ。
 けれど、玻璃はまだ嘘を吐いている。それだけは分かった。
 ただ偶然知り合っただけの雨宮の心に芽生えたのは何だったのか、雨宮も今は分からないけれど、この白い生き物をただ助けたかった気持ちだけは隠さずにいようと思った。
 それは自分が面白半分、また退屈半分で作ってきたクスリの被害者という当たり前の状態を目に焼き付けられたからでもある。
 それに罪悪感を初めて覚えたことも、雨宮が玻璃に手を差し伸べた理由の一つだ。
「……お前が抱きついたせいで、俺までずぶ濡れだ……」
 玻璃が泣きやんだのと同時に、雨宮がそう呟く。
 玻璃は涙を洗い流してから笑って言う。
「お兄さんもお風呂に入っちゃえばいいよ。どうせ濡れるなら」
 ここまで動じない人は初めてで、玻璃は何だか楽しかった。
「……お兄さんじゃない、雨宮だ」
「うーん、雨宮なにって言うの。名前」
 玻璃がニコリと名前を聞いてくるから、雨宮は名乗った。
「雨宮、壮(そう)だ」
「壮さん、よろしく」
 玻璃はそう言うと身体を綺麗に洗ってシャワーを掴むと、雨宮の髪の毛までお湯をかけてシャンプーを付けて洗い出した。
 ここまで濡れたら、もうどうでもいいと雨宮は諦めて玻璃の好きにしてやった。
 そして芽生える何か、その光を胸の中に感じていた。

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