The Garden of Eden-07

 清瀧が外口に裏切られて動画を盗撮されていた事件がたった三日で解決してしまうと、雪月は一週間が過ぎても清瀧に呼び出されることがなくなった。
「あー切れたか」
 そう思わず雪月が呟いてしまう。
 外口の脅しには一切応じず、大した脅しではない清瀧の要求に応え続ける雪月の行動が怖くなったのだろう。
「……意味がないもんな」
 被害者であることを秘密にして欲しいならとか、黙ってて欲しいとか、恋人か誰かに過去をバラされたくなければみたいなことが雪月にはなかった。
 周りは皆、調べれば分かるような状態で、雪月のことを誰かに聞けば、性犯罪の被害者だっただの、ゲイだのと親切に教えてくれるくらいに、雪月はこの大学では有名人だった。
 むしろ、隠さなければならないのは清瀧の方であり、案の定、清瀧は雪月の噂の関係で芋づる式に加害者の息子ということがバレていた。
 それから、清瀧の周りは変わってしまい、五人の友人のみと付き合っていたと思う。
 そのうちの二人が結局清瀧を裏切っていることが分かった。
「なんかね、あいつの仲間の外口ってやつが退学したんだってさ」
 上坂がさっそく情報を仕入れてきてそう言ったが、既に雪月は知っていた。
「へえ」
 関心がないように言うと、上坂が言う。
「この間、外口に呼び出されてたよね? それでその後、あいつと会ってよね。堂々と」
「あいつって?」
「だから、登澤清瀧ってやつ」
「あー、その呼び出しで面倒くさかったから、直接文句を言っただけ」
 そう雪月が言うので、上坂はまだ疑って言ってくる。
「えー、今まで全然話したこともないのに、なんで?なんで? あっちだって面倒くさいと思ってるだろうに? なんで急に親しい感じに話をできるの?」
 上坂は一切納得はしていないようで、文句を繰り返している。
 それを雪月は面倒だなと思いながらはぐらかした。
「仕方ないじゃん、外口ってやつ、それから一回も大学に来てないんだから。こっちから探して文句を言うのも馬鹿みたいだしさ」
 そう雪月が言って、スマホを弄っているのを見ると、上坂が言う。
「雪月さ、あの清瀧ってやつと車に乗って、旅行に行ってたよね?」
 上坂が急にそう言い出して、雪月はドキリとする。
 車で旅行にはもう五回くらいは行っていた。だから何処かで誰かに見つかったようであるが、どの段階で見つかったのかがまだ分からないのではぐらかした。
「……車に乗せては貰ったけど……ちょっと出かけた先が一緒だったから」
 雪月の言葉に上坂が続ける。
「じゃ、花谷観光施設に何の用? あそこ、休憩所だよね? エッチするところ」
 そう具体的に言われて、雪月はしまったと視線をそらす。
 たしかにそこには行った。清流が連れ込んだことが二、三度あり、それをなぞるように同じく二、三度、旅行の途中で寄った。
 どうやら上坂の知り合いか、清瀧と雪月を見知っている人が同じ施設を利用していたようだった。
「何が言いたい? はっきり言ってくれる?」
 面倒になって雪月がそう言うと、上坂が言った。
「あいつと寝てるんだよね? なんで? あいつ、絶対雪月のこと恨んでるよね? 最初っから被害者面して、雪月のせいでこうなったぁー!って思い込んでいるみたいに、睨み付けてきて、雪月が楽しそうにしてると憎々しいって視線を寄越してた。そんなやつと、エッチするってどういうこと? 何があったら自分を犯した男の息子とエッチすることになるの?」
 上坂の言い分はもっともである。
 正直に言った方が話は通りやすかった。誤魔化すには上坂は色々知りすぎている。
 雪月は言い淀んでしまい、答えられずにいた。
「嘘は聞きたくないよ。この間、国崎さんちゃんと協力したよね? それと関係ある? まさかだけど、脅されて仕方なしってことはないよね? それで脅されてやってるだったら意味ないよ?」
 上坂はどんどん雪月の回答を狭めていく。
 嘘は言いたくはないけれど、嘘を言わないといけないのだ。
本心なんてきっと醜い。
 それが人に理解されることは絶対にないと、雪月は思っている。
 これを聞けば、上坂はきっと呆れて二度と雪月に絡んでこなくなるだろう。
 そう思えて仕方なかった。
 すると上坂が言うのだ。
「俺は、雪月の本音が聞きたいよ。どんなことでも。人を殺したとか犯罪は困るけど、でもそれだったら俺は雪月を自首させるし、うん、大丈夫、どんと来い」
 上坂がとんでもないことを言い出してしまい、雪月はちょっと噴き出して笑ってしまった。笑い出した雪月に上坂はホッとしたように言った。
「そこまで重要じゃない感じ?」
そう言われたら、もう隠しておいてもきっと上坂は知っている。
「そうだな……うん、まあ、多分上坂が思ってる通りだよ」
 雪月がそう言うと、上坂はああっと顔を覆った。
「……やっぱり……あいつのこと好きなんだよね……もうなんでそう茨な道を……ってか、もしかしなくても初恋なわけ?」
「まあ、そうかな」
「いつから、ずっと?」
「うーん、小学六年くらい。会えなくなってきて、だんだん離れていく気がした時に、友達が離れていくというよりは、胸が痛かった。それに知られてはいけないって思った。その後……好きなんだろうって言われて、ああそうなんだって思った」
 雪月がそう言うと、上坂がああっと落ち込んだ。
「……ごめん、なんか穿った。でも、それからずっと思ってたわけじゃないよね?」
「まあ、もう一生会うこともないと思ったし、恨まれていると思ってたし、恨まれているし…………でも会えたら嬉しかった。なるべく関わらないようにって思ってたけど、恨まれてそれで、こうなった。僕は、それでもよかったけど、たぶん終わったと思う」
 雪月はそう言うと、瞳からぼろっと涙が出た。
「え! ちょ! な、泣かせる気はなかったんだけど!」
 急に泣き出した雪月に上坂が更に動揺する。
 泣いていると言われた雪月は、涙が止まってくれず、そのままハンカチに顔を埋めて泣いた。
ああ、そうか。好きなんだ。だから終わってしまったことが悲しいのだ。
 もう本当に一生、清瀧に触れることさえできないのだ。


 結局、雪月は上坂に雪月と清瀧が会っていること、それは脅されてのこと、そして脅しには何の意味もないことまで話した。
「もう、終わったことだと思う。あれから一週間も経っているけど、それまで三日に一回は呼び出されていたのに、もう何の連絡もない」
 雪月はそう言って、清瀧の方に雪月とどうこうなる理由がないことを言った。
 上坂もそれは分かったようで、清瀧の復讐が頓挫し、雪月に当たり散らす意味ももう何のメリットすらないのだろうと思った。
「……辛いね。雪月からどうって連絡するような関係じゃないし、そんなことして向こうがなんて思うかって考えたら、ちょっと怖いね」
 上坂も同じ立場になったとして、相手がもう復讐をしないと行動をやめたのに、もうしないのと言い寄ることの無意味さは理解できた。
 相手は自分を好きでもない。ただ身体が繋がっただけで、それだけのことだ。
 憎しみでしか抱かれていなかったのに、その憎しみさえ消えてしまったら、きっと相手は抱いてくれない。それだけははっきりとしている。
「もうね。いいんだ。ずっと思ってた人と、どういう理由であれ、寝ることはできた。それは嬉しいんだ。ずっと一生叶わないと思ってたから」
「雪月~、泣けてくる」
 上坂は雪月を思って泣く。
「ちょっと、なんで上坂まで泣くんだよ」
「だって悲しいもん」
 そう言って二人はちょっとだけ泣いた。
 そうしたところに上坂の恋人で、雪月のバイト先の上司である国崎大樹がやってきた。
「うわ、なに、なんで二人で泣いてるの?」
 さすがに待ち合わせの場所に恋人とのこれからのデートを楽しみにしてきたのに、そこで恋人と友人が一緒にしくしくと泣いていたら、驚くのが普通である。
「雪月が失恋したって」
「は? え? 雪月って、あれ?」
 そう言うのは雪月と清瀧の動画を削除してくれたのが、国崎だからだ。だから彼はあの動画の雪月の様子を知っている。
 あれで失恋したと言われても、きっと納得はできなかったのだろう。
 どう見ても、あれは恋人関係のようなセックスだったからだ。
「うんだから、アレの相手です。駄目だったんで」
「あーそうか……動画が出ちゃったから?」
「そうだと思います。あれで怖くなったみたいで」
 本当のところは分からないが、清瀧があの事件で自分がしていることは犯罪であり、さらには雪月に復讐をする理由が彼にはないことを知ったのだろうと思っている。
 またこの動画のことで雪月に借りを作った形になったのも、清瀧が雪月の前に顔を見せられない理由でもあるはずだ。
「言い方は悪いけど、覚悟が足りないやつだったんだな。正直、失望したよ、その彼に」
 国崎はそう言うと椅子に座り、コーヒーを頼んだ。
 まだ上坂が泣いているので落ち着くまで待つつもりらしいので、雪月の方がお暇しようとするも、国崎が止めた。
「君も目が真っ赤だよ。それで歩いていると色々と危ないから、目を冷やしていこう。すみません、お手ふきをお願いしていいですか?」
 そう言ってオーダーを取りに来た店員に国崎が二人分のお手ふきを頼んでくれた。
「すみません」
「いいよ、こっちは純の相手してもらってるし、助かってるよ」
 そう国崎は言った。
 国崎が上坂と友達になってやってくれといい、何となく気が合ったのでそのまま友達をしているが、上坂の何でも知りたがる性格は、学生の間では浮いてしまって、上坂の友人はあまりいない。詮索好きであると思われて敬遠されているのもある。
 それでも上坂は国崎に注意されているので、雪月に突っ込んだことはあまり聞かないが、今日はその好奇心などが出てしまった結果である。
「人のことを詮索するのが好きで、そのくせ傷を抉っては後悔して泣く、本当どうしようもない子だよね」
「もー、トイレ、行ってくる」
 泣き止めないのでトイレに逃げた上坂を国崎は見送ってから、雪月と向き合った。
「あの動画、再アップはないみたい。過激ではなかったから、見ていた人もそれほどいなかったのも幸いした感じだね」
「そうですか。よかった、助かりました。早めの段階で見つけられてよかった。どうやらあっちもミスでアップしてしまったみたいで」
「へえー、非公開ファイルにしてたってことか。でもネットに上げちゃってるところを見ると、脅しにも使ってたかもね」
「たぶん、見せられた本人だけは、それがどういうものか分かってしまうから。僕も見てすぐ自分だって分かったので」
「幸いなのは、あっちのアカウントは非公開のまま消せたことかな」
「そうですね、よかったです」
 犯罪の証拠を消す形になったが、被害者は誰も訴えていない。たぶん誰にも言えずに墓まで持って行く秘密にして生きている人が多かっただろう。消してやるのが情けである。
「なんだか、たった一ヶ月くらい会ってないうちに、随分大人になった印象だね」
 国崎は最近は会社の出張で雪月のバイト時間とは合わなかったので、上坂からの話でしか雪月を知っていなかった。
「何か色々あって、色々考えて、それで失恋しちゃったからかも」
 雪月はそう言って笑った。
 それ以上詳しく聞いても雪月は上坂には話しているだろうと思った国崎は、今はその理由を尋ねることはしなかった。


 登澤清瀧は、ここ数日大学を休んでいた。
 外口がやらかしてしまったことを何とか有信とともに片付け、有信の父親にも謝罪に行った。幸い、有信の父親はそれを理由に改装ができるといい、AV会社からは今後もよろしくと言われたという。
「あれよ。AVって撮影場所、許可を取るのが難しいんだよ。だから親父はラブホテルの中に色んなパターンの部屋を用意して、撮影に使えるような部屋を増やすんだって」
 つまり、商魂たくましく、ついでなのでAV会社数社と話し合って、使えそうな部屋風の改装をすることで手打ちにしたらしい。
 有信の父親はラブホテルと関東に系列のチェーン店のようなものを十社持っている。なので一つを撮影用に作り替えてしまうのだそうだ。
「よかった、俺のせいで面倒ごとになってたのに、意外な好機に変わってて」
 清瀧がそう言うと、有信は首を振る。
「いや、むしろ俺のせい。外口に聞いたら、借りている間に被害者に分からないように撮影するために機材を持ち込んで、須和に設置を頼んだって」
「……そういう奴らって気付いていたら……」
「分かるわけないよ。あいつら大学に入ってから犯罪してたわけだし、高校時代はちょっと悪いやつって程度だったから気付けるわけもない」
「まあ、そうなんだが……」
 清瀧は今更それを悔やんでもどうにもならないと思い、話を打ち切った。
「それで、清瀧は雪月ちゃんとどうなん?」
「……もう会ってないよ。借りも作ってしまったし、今回に関して全部あっちの世話になったから、もう俺に何かする権利すらもないよ」
 恨みで行動していて、借りを作ってしまった。それは大きな借りで、外口の犯行までももみ消して貰った。
 あれが明るみに出れば、いくら清瀧が関係なかったとはいえ、犯罪者の息子が関わっていないわけはないと警察は疑ってきただろう。
 清瀧は有信と会うために街に久しぶりに出たのだが、その街は夏が終わり秋に突入している。
 暑かった季節は終わり、冷たくなっていく。それは清瀧の燃えたぎる復讐を冷やすような気さえした。
「もういいんだな?」
 有信が言った。
「もう、雪月ちゃんに八つ当たりしなくていいんだよ」
 有信がそう言う。
 それに清瀧は頷いた。
「そうだよな、八つ当たりでしかなかったよな。それなのに、それが分かっていて、雪月は付き合ってくれた」
「そんな気はしたよ」
 有信はその辺はそうではないかと思っていたようだった。
 そうして二人は自分たちが犯した過ちに対して、どう対処すればいいのか分からなかった。
「もう、雪月ちゃんに関わるのをやめるだけだよ。俺らがいなければ雪月ちゃんは普通に暮らせる。暮らせてたんだから」
 雪月は多少の不便はあったけれど、それなりに平和に暮らせている。
 あの強さを持って、世間をしっかりと渡っている。
 その足を引き摺って、現実を見ないのは清瀧の方だった。
けれど、清瀧は雪月に会わない方がいいとは思っているが、どうしても雪月を思い出してしまい、心から雪月に会いたくて仕方がなかった。
 すると、近くの喫茶店に雪月がいるのを見つけた。窓側の席で同じ席には年上のサラリーマンが座っている。そのサラリーマンとは楽しそうに話し、笑っている。
「……あ、恋人いたんだ」
 有信も同じように雪月を見つけ、雪月には普通に恋人がいることを知る。
 清瀧はその事実に足下が崩れそうになっていく感覚に襲われる。
 あれは自分の物だという気持ちがわき上がってきて、さっきまで雪月とは二度と会わないと思っていた自分の心は嘘だったように、清瀧は足早に喫茶店に入って行ってしまった。
「お、おい……清瀧……っ」
 有信が止める前に清瀧は窓側の席まで足早に向かった。
 清瀧もどうして自分がこんな行動に出ているのか、分かっていなかった。
ただ、雪月に対しての執着だけが清瀧をこんな行動に向かわせているのだ。