The Garden of Eden-01

 昔、大きな屋敷がありました。
 人は両親と息子が一人住んでいました。
 父親は、仕事人間であったけれど、子供には優しかった。
 母親も仕事人間であったけれど、子供には優しかった。
 息子はそんな両親に少しの不満はあったけれど、平和で望むモノは何でも手には入った。
 そんな三人の元に、ある家族がやってきます。
 大きな屋敷の近くにある一般的な家に、両親と息子が引っ越してきました。
 元々、その家に住んでいた家族で、十年ぶりに戻ってきたのでした。
 両家族は仲良く交流を始めました。
 そして、悲劇は起こりました。
 引っ越してきた家族の父親が亡くなったのです。
 仲良くしていた家族たちは、悲しみに暮れました。
 そして新たな悲劇が訪れました。


 那智清瀧(なち きよたき)は、まだ中学生だった。
 毎日、部活で忙しく友人たちと寄り道をして食事前に小腹を満たして帰宅する、そんな生活が当たり前に過ぎていた。
 自宅の門を潜り、玄関のドアを開けると玄関に靴が出ている。
 家族が帰ってきたら、お手伝いが靴をしまってしまうのだが、出ている靴は家族の物ではない。
「……またいる」
 靴の持ち主を清瀧は知っている。
「あ、おかえり……清瀧」
 靴を見ていると一階の離れからの廊下を渡って、雲峰雪月(くもみね ゆづき)が歩いてきた。
 細く小さな身体で、百六十をやっと超えたくらいの身長で、一向に男になっていかない少年のままの姿で、雪月は清瀧を見ると嬉しそうに笑う。
 その笑みは本当に嬉しそうに微笑んでくるので、清瀧は少しだけ気まずくなる。
「……来てたのか」
「うん、おじさんが高い本を買ったから、見においでって言ってくれて」
 そんな言葉に清瀧は舌打ちをする。
「また、あの馬鹿でかい図鑑とか、分厚い骨董品みたいな本か」
「骨董品だけど、それでも貴重なものなんだよ。おじさん、すぐに寄付とか寄贈しちゃうから、こうやって読んでもらわないと二度と近くで触れられないんだからね」
 清瀧の父親は資産家で、税金対策に寄付をたくさんしている。その寄付金のお礼として、図書館や寄付先の購入した高い本や骨董品を一時期預かることがある。
 最初のうちは清瀧にも見せてくれていたが、清瀧が興味をスポーツに向けてしまうと、それは父親と雪月の二人の楽しみになってしまった。
 それは父親を亡くしたばかりの雪月を気遣って、父親が父親代わりをしてやっているのだと思っていたが、どうやら本気で父親は雪月がお気に入りになっている。そう実の息子の清瀧よりもだ。
 それがだんだんと父親との溝になっていき、それは親しかった雪月とも溝になってしまった。スポーツにのめり込んでいく清瀧とそれに関係ない雪月は、親友という立場からただの家が近いもの同士となっていっていた。
 それでも清瀧が話しかけなくても、雪月はいつも通りに清瀧に笑いかけてくるのだが、それが清瀧には辛くなっていた。
 清瀧は思春期に突入してから、ずっと雪月のことが好きだった。
 笑いかけてくるのは嬉しいけれど、そういう恋愛絡みで雪月とどうこうなれるとは清瀧も期待はしていない。
 よって、離れるしか道はなかったのだが、清瀧の思いとは別に父親との距離が近いせいでこうやって家で出くわす機会が増えてしまった。
 基本的に清瀧が部活を終えて帰ってくる午後九時くらいに雪月は家に帰っていく。学校が終わった後に来ているようで、四時間ほど滞在をしている。
 ほぼ父親の部屋で趣味の鑑賞をしているだけなのだが、雪月が言うように貴重な本などはこれくらい掛かっても一日では読み切れない。貸し借りはできないから、雪月は尋ねてくるしかない。
 ほぼ月に一回、一週間ほど父親の仕事の都合で休みの間に雪月は那智家に出入りをしている。
「また寄り道してラーメンでも食べてきた? よく入るね。この後夕食も食べるんでしょ?」
 雪月が笑ってそう言うので、清瀧はムスッとして言った。
「……何で食ってきたって分かる」
「○○亭のラーメンの匂いがしてる。汗で濡れた髪にしみこんでるんじゃない?」
 そう言って雪月はすっと清瀧の髪に鼻を近付けて嗅いでくる。
「うん、やっぱり髪に匂いが移ってるね」
「……ちっ。早く帰れよ。用事、終わったんだろ?」
 靴を脱いで清瀧が先に玄関に上がると、そのまま階段に向かった。
「うん、じゃあ、おやすみ清瀧」
 雪月はそう言うと靴を履いて玄関から出て行く。
 返事は期待をしていないのか、清瀧が振り返っても雪月はそのまま手を振ってドアを閉めた。
 会話はこんなものだ。
 一声掛けて、それで終わり。
 親友だった物同士の会話ではないのかもしれない。
そこに物音がして父親が離れからやってくる。
 清瀧の気配に気付いたのか、すっと見上げてきて言った。
「雪月は帰ったのか?」
「……ああ、帰ったよ」
 そう言うと清瀧は父親を睨んで見下ろしてから視線を反らして二階へ上がっていく。
「……たく、ご飯食べていけといったのにな」
 毎回、雪月は食事を用意して貰えるのに、絶対に清瀧たちとは食べようとはしない。
 母親がずっと用意してくれているから、そっちを食べないとと言うのだそうだ。
 それも清瀧の父親はずっと用意をさせては毎回失望しているようだった。
 しかし清瀧は知っている。
 食事を一緒に取らないのは、清瀧も食卓に呼ばれてしまい、三人で気まずい思いをしながらの食事になることを清瀧が嫌がっているのを雪月が気を遣ってくれているということだ。
 清瀧はそうした雪月の気遣いはいつも通りで、本当に良いやつだと思うが、それでも清瀧が、父親と雪月が会っていることを嫌っている事実は知っていても、それでも二人で会うことはやめてくれなかった。
 正直、最近の雪月の考えていることが分からない。
 中学に入ってすぐ、雪月の父親が死んだ後だ。
 雪月は一時期、酷く落ち込んでいた。仕方のないことだった。
 父親とは仲がよくて、そっくりな親子だったのだ。
 雪月の父親の事故は、本当に突然だった。
 散歩をしていた雪月と雪月の父親が、車に跳ねられたのだ。雪月の父親は必死に雪月を庇い、そのせいで雪月は足を骨折するだけで済んだが、雪月の父親は打ち所が悪くて亡くなった。 
 雪月は父親が庇ってくれたことを覚えており、自分が死んでいれば父親が助かっていたことも知っていた。だから、自分のせいで父親が亡くなったという事実に暫く絶えられなかったのだ。
 そのせいで母親とも折り合いが悪くなり、雪月の母親は雪月を恨んでいる。
 子供よりも夫よりだった母親は、雪月の顔を見ると夫を思い出すといい、雪月が学校から戻ってくる時間に合わせて夜勤の仕事に出るようになった。
 このことを清瀧の父親は不憫に思って、雪月の気に入る物を持っては自宅に呼んで可愛がっている。雪月もその気遣いが分かっているので断らない。
 ただ食事は、母親が用意しているのでそれを食べないと母親の機嫌が悪くなるのだという。清瀧の父親はそのことで雪月の母親と話合いをしたのだが、無碍に断られていた。
「あなたの世話だけにはなりたくはない」
 それが雪月の母親の言葉だった。
 どうやら過去に何か関係があるらしく、清瀧の父親である清流と雪月の父親である真則、そして雪月の母親である和加奈は交流はしていても一時期は音信不通だったという。
 聞いた話によれば、清流と真則は親友同士で、小さい時から隣同士で住んでいた。今の家がある場所がお互いに実家になっている。
 そして高校時代に和加奈が加わって、三人でいることが多くなったという。大学はそれぞれ別の大学に行ったけれど、交流は続いていた。
 大学の卒業を機に、真則と和加奈が付き合い始め、清流は親が用意した婚約者と結婚をした。
 それから八年、音信不通のまま暮らして、突如雪月たちは実家に戻ってきた。
 音信不通の時期があったとは思えないほど穏便に交流は再開された。
 けれどそれは見せかけの交流であり、母親同士は仲が良かったけれど、父親同士は疎遠のままきていた。
 親友同士であった二人が、どうして疎遠なったまま交流もしなくなったのかは、清瀧にも分からないけれど、こういうふうに清瀧と雪月も交流は減っている。
 お互いに関心も減っていって、やがて親友だったこともなかったことになるのかもしれないと思えた。
 その雪月の父親が死んでから、父親と雪月の関係はだんだんと密になっている。
 たまに窓から見える雪月と父親の様子を見たことがあるが、雪月は楽しそうに笑っているし、父親は清瀧といる時よりもずっと父親をしていた。
 清瀧の母親、陽菜は、隣との交流が疎遠になりかけると興味が仕事に向いてしまい、出張に次ぐ出張で、とうとう単身赴任までして仕事に没頭するようになった。
 雪月の父親、真則が死んだ後、皆どこかおかしくなってしまったような気が、清瀧にはした。
 それでも日常として、親は子供に関心を持たないこともあると清瀧は学んだし、自分の進路を妨げるでもなく、邪魔をしてくるわけではない親の存在は都合がいいとさえ思っていた。
 
 そう、あの事件までは。


 清瀧が部活に参加できなかったのは、指導教官が怪我で病院に運ばれた日だった。
 その日は早々に部活動は禁止になり、早めに帰るように指示が出た。
 さすがに遊んで帰るわけにもいかず、寄り道すら禁じられていた。
 渋々清瀧は自宅に戻り、そっと部屋に上がろうとした。
 裏口から入り、食事を作りに来る家政婦に見つからないようにしたのが徒になった。
 裏口から入ると、まず父親の書斎がある離れの近くを通ることになる。その離れは一本の通路で本館と繋がっている。清瀧は小さい時はよくあそこに通ったけれど、小学校高等部に入ってからは次第にいかなくなり、呼ばれない限りは近寄りもしない場所になった。
 そんな離れを見るのは実に三年ぶりくらいで、思わず近づいた。
 その日は父親が仕事でいない日で、もちろん雪月もきていないはずだった。
 けれど、裏口から見える窓から中を覗いた瞬間、あり得ない光景が見えた。
 テーブルの上に寝かされた雪月が裸でいる。その脚は大きく開かれていて、雪月の股間には父親が顔を埋めているではないか。
「……っ!」
 一瞬見間違いではないかと思い、清瀧は視線を逸らした。
 こんな馬鹿なことがあるわけはない、絶対にあるわけはない。
 そう思いながらも、清瀧は裏口からゆっくりと離れに入った。
 離れの裏口の鍵は基本的に締まりっぱなしであるが、昔離れに侵入して遊ぶために、合い鍵を作って植木鉢の下に置いてあった。
 もちろん、それは清瀧と雪月だけの秘密で、誰も知らない。
 鍵はその場にまだあり、錆びてもいなかった。
 音もなく鍵は開き、廊下に入る。
 入ってすぐにあるのが離れの書斎だ。
 障子がある廊下への明かり取りの窓があり、それには鍵がついていないのでそっと開いた。
「ふぁあ、あんん……っ」
 すぐに甘い嬌声が聞こえてきた。
 それが雪月の声であることが分かるのに、清瀧は一分以上もかかってしまった。
「いやっひ、やぁあ!ああ……っ」
「雪月……美味しいよ……どこもかしこも可愛い私の雪月」
「あっひ……いやっあ、ぁ、あぁあん……っ」
 父親清流と雪月の痴態を見る羽目になった清瀧はすぐにこれを止めなければならないと思った。けれど足がすくんで動かない。
 その間も雪月は清流に犯され続けている。
「ひううっあああっ!や……あ……いやっもっいやっあぁ!」
 清流がペニスを突き出して、それを雪月のアナルに突き立てている。
「いやっいやっぁああ!」
 雪月は首を振って抵抗しているが、腕をテーブルの脚に固定するように拘束具を付けられていて逃げられないでいる。
「いやあぁあっ!だ、だめ、え……っ」
 清流のペニスが雪月の中にゆっくりと挿入り込んでいく。
「あ、あ、あぁあ……っ!」
 まるで慣れているように行われる行為が、雪月が清流に犯されるのが今が初めてではないことが窺えた。
「ひぃ……っ!だめ、こんな……っ、いやっあぁああ!」
 清流は慣れて雪月を犯しているが、雪月は抵抗をしている。
 いやだと口では言うけれど、身体が行為を止められはしないようだった。それだけ清流に慣らされているというのは清瀧でも理解できた。
「ひぃいいいんっあ―――!!」
「雪月、ああ、気持ちがいいよ、雪月……」
「あ――っ!あ――っ!」
 挿入が繰り返され、雪月の身体が清流によって突き動かされる。ガタガタとテーブルが揺れ、挿入するたびに肌が触れあう音がパンパンと響いている。
「だめ……っも、いやっだ、めえ……っ!」
 清流は雪月を犯すのを楽しむかのように腰を動かし、雪月はそれに翻弄されている。
 なんてことだ、父親が雪月を無理矢理犯しているという現場だ。
 それを清瀧はやっと理解し始めた。
「だめ、っだめ、だめええぇっ……!」
 雪月は抵抗はしている。けれど、だったらどうして毎回清流に会いに来ていたのか。こうなることは分かっているのに、会いにきていたのか。
 実は嫌がっているのは演技で、本当は喜んでいるだとか?
 様々な考えが浮かんでくるが、雪月の痴態が目に焼き付いて、清瀧はなかなか踏み出せない。
「いくぞ、雪月っしっかり締めてろ!」
「ひいっ!ひぃいい――っ」
 清流がそう言いながら、雪月の中に精液を吐き出している。
「あ――あ……あ――……っ!」
 精液を吐き出されたことで、雪月も絶頂をしているようで身体を痙攣させている。
「まだまだ……収まらない……ああ雪月……私の雪月、たっぷりと犯してあげるからね」
「んっ……やら、あぁっ……はぁっ、だめぇ……っ!」
 清流の腰はまた動き出し、雪月を犯し始める。
「あぁっ……んひぃっふ、ぁんっ」
 雪月の嬌声は一段と甘くなった。
 それは清瀧の股間までも勃起させ、清瀧にオナニーをさせてしまうほどであった。
「ふぁぁっんぁっんぁんっぁっぃ、いいっんふぅっ……いやらっあぁあっ」
 雪月は最初こそ抵抗はするのだろうが、次第に快楽に支配されてどうしようもなく身体を持てあましているようだった。
 またその色香はここから来るもので、同級生からは一切感じなかった、淫猥な雰囲気は正にこれだった。
 清瀧がずっと感じていた気配は、清流によって作られた雪月の気配だった。
「あーっあっいいっそこぉっぁっそこ、あはんっ!」
「そうだ、雪月、お前は私に犯されたがっているのだ……お前は私の物だ」
「あっあっおま○こ突いてっ、あっぁっおかひくなるぅううぁっん!」
 雪月の声色が更に上がってとうとう甘えたように嬌声を上げ始めた。
「雪月、雪月……ああっいいぞっ」
「あっあっ壊れう……あっああぁん、おま○こっぐちゃぐちゃ、壊れるぅうう! ぁんっふぁあっああっ! あっ! あんっもっと、もっとぉぉお……!」
 その声に煽られて清瀧は自分のペニスを扱いた。
 それは今までおかずにしてきた何よりも快楽を齎し、清瀧の気分を煽ってきた。
「あんっせいえき、おま○このっなかに! あっあっぁあっなかっ精液そそいれぇぇえっぁぁああぁっ!! あはああんっきたっああっ!」
 それに釣られて清瀧も絶頂をし、精液を壁に吐き出した。
「そらったっぷりと注いでやったぞ」
「んふっあんっんふぅ……っぁふ、ぁん……っ」
 清流のペニスが雪月のアナルから出ていく。そして中で出された精液が吹き出して溢れている。
「はっんっ……あああんっ」
「まだだよ……雪月、可愛い雪月、愛しているよ……私の雪月」
 清流は狂ったように雪月にキスをするが、それを雪月は嫌がって顔を反らす。それを無理矢理頭を掴んで清流が雪月にキスをする。
 そんな二人を見ていると、清瀧はペニスをしまい、手に付いた精液をハンカチで拭き取ってからゆっくりと立ち上がった。
 こんなこと、絶対に止めなければならない。
 そう思ったのだ。
 ガラリとドアを開けて部屋に清瀧が入ると、清流が雪月をテーブルに押しつけて後ろから犯しているところだった。
「……っ」
「何、してやがる……親父」
 ドアの開く音で二人が気付いて清瀧を見た。
「や、いやっこれはっ……ちがうっ」
 まず清流が先に清瀧に言い訳を始めた。
「親父、いやおっさん、中学生を拘束して犯してんのお前だろ、何がちがうんだよ」
「いや、これは、私たちは愛し合って」
「ざけんなよ、世の中でそれが通用するとでも思ってんのかよ」
 清瀧がそう言って父親を追い詰めていると、離れの入り口が開いた。
 そこには清瀧の母親である陽菜が立っていて、清瀧を押しのけて中を覗いてきた。
 そしてそこで明らかに清流が雪月を犯していることに気付いて、清流を汚いものを見るかのようにして見てから近づいた。
 陽菜は清流を平手で頰を殴り、睨み付けてから言った。
「通報するからね、分かってるわね?」
 陽菜はその場で警察に通報した。
 清流はその場に座り込んでしまったので、陽菜が雪月の身体に持ってきた毛布をかけてから手に填められていた拘束具を外した。
「私、あなたも許さないから」
 それは雪月に向けられた言葉だった。
「…………はい、申し訳ありませんでした」
 雪月はそう言って謝った。
 とてもじゃないが、雪月は清瀧を見ようともしなかった。
 見られるわけもなく、身体を震わせて蹲っている。
 それはとても小さな子供だった。
 それが清瀧が見た、最後の雪月だった。


 それから警察が到着し、清流が現行犯で逮捕され、雪月は保護された。
 陽菜はすぐに清瀧を転校させ、単身赴任先の中学に転入させた。
 あっという間にそれが行われ、清瀧は雪月に会わないままでその地を離れた。
 清流は犯行を認め、雪月を愛していると繰り返しているらしいが、反省がないということで執行猶予無し懲役三年の刑が確定した。
 雪月は母親である和加奈の親である琴乃に引き取られたと聞いた。雪月の母親である和加奈はこの事件後、雪月を琴乃に預けて消えた。
 清瀧が陽菜に聞いたところ、陽菜は話してくれた。
「あの人と真則さんのこと好きだったみたね、でもそこに和加奈が入って、真則さんが和加奈と結婚したのよ。あの人は和加奈にも真則さんにも裏切られたと思って当てつけに私との結婚をしたんだけど、二人が戻ってきて、また以前のようになれると思ってたみたいね。でも二人は行くところがなくて戻ってくるしかなかったみたいなの。真則さんは、あの人との間に何かあったのか、付き合いは極力避けていたし、和加奈は清流に張り合って雪月くんを見せびらかすしで、私が間に入らなきゃ結構危なかったのよ」
 そう言われてしまい、清瀧はすぐに矛盾に気付いた。
「だったら、どうして雪月が危ないことくらい予想できただろ? 真則さんが死んだ後、どうして放置して単身赴任をして出て行ったんだ?」
 清瀧の言葉に陽菜は一瞬怯んでから、吐き捨てるように言った。
「私、雪月くんのこと嫌いなの。あの子がどうなろうと、どうでもよかった。あんたが間にいれば、そうそうこんなことにはならないと思ってたけど……甘かったみたいね」
 陽菜はそう言ってちょっとしたミスよと笑っている。
 雪月の顔形が真則に似ているだけで、簡単に清流の気を惹ける雪月のことを嫌っていたのだ。
「じゃあ、俺を置いていったのは、その防波堤のため?」
「違うわ。あなた、あの人にそっくりなんだもの。何もかもそっくり。見ていて腹が立つのよ、その顔」
 陽菜はそう言って笑っている。
 どうやら清流を愛しても愛情をどれだけ向けても、清流の親友だった真則に勝てない自分に苛立ってきたのだろう。子供を産んでも喜んで貰えず、挙げ句隣に越してきた親友の子供の方を可愛がる始末。憎んでも憎みきれないくらいに雪月を憎んでいた。
 清流が雪月を犯し始めたのには気付いていたようで、その現場を現行犯で押さえて逮捕させたかったらしい。
「だって離婚するにしても、私は絶対に悪くないって思われなきゃ、財産分与で揉めるでしょ? あなたのことも引き取ったんだから、全額貰えたし、これからも那智の実家から定期的に養育費は振り込んで貰えるし、金銭的に困ったりもしないわ」
 どうやら最初からそれが狙いだったようで、陽菜は清々したと言った。
「那智の実家もうるさかったのよね、だからあの人を犯罪者にして黙らせてやったわけ。ざまあないわ、あはは」
 陽菜は狂っていた。
 清流によって人生をねじ曲げられたと思っていて、逃げる前に利益を求め、相手が罪を犯すかも知れないことも見逃し、それすら利用して復讐までした。
「あんたがあの人に何も思われないのも、私が道具として使われたのも、全部、あの家族のせいよ。なのに助けてやる義理ある?」
 わざわざ清流の犯罪を公にしたのは、雪月へ陽菜からの復讐だ。
 これで雪月は地元で永久に性犯罪者に犯された子供として皆の記憶に残る。
 そうした人は二次被害に遭いやすいし、利用されることもある。
 それすら陽菜は狙って、犯罪を通報した。
 清瀧はそんな陽菜が恐ろしかった。
 ここまで狂うほどに、雪月を恨み、利用して捨てるほどになった女。
 それが陽菜への感想だった。
 清瀧はすぐに寮のある私立に転入させられ、陽菜からは離れた生活になった。
 陽菜の言う通りに、清瀧の顔はだんだんと清流に似てきている。年を取ればどんどん似てきて陽菜は耐えられないだろう。
 両親に愛されもしてなかった事実を知り、清瀧は苛立った生活を送るようになると、こんな事実知りたくはなかったと思うようになった。
 そしてそれはやがて、雪月さえいなければ、こんな惨めな思いはしなかったはずだとねじ曲がったように考えるようになっていった。