Together-6
緒都(おと)は永哩(えいり)の膝から降りて、ソファに座り直すと、リュックから教科書を取り出した。
「見てくれます?」
全然進んでなかった勉強は、昨日永哩が見てくれると言ってたから持ってきたものだ。
「真面目だなあ」
そう永哩は苦笑しながらも勉強は見てくれた。
難しいものは優しく教えてくれるし、苛立って怒ったりもしない。かなりいい教師みたいなものだった。
永哩は真剣な顔で勉強をしている緒都を見て、苦笑していた。
昨日受けた報告では、緒都の状況はかなり深刻なものだった。その本人は状況をよく理解していて、悟ってさえいる。
ただ、親友の暴言の謎だけは解けてないらしく、酷く戸惑っている。
今日は七崎茅人(ななざき かやと)は見かけなかったと言っていたが、近所の人の話によると、二週間前に緒都と茅人が揉めているのを玄関先で見かけている。
内容はわからなかったが、茅人の方がかなり怒っているようだった。
こんな素直な子に対して、何を怒っているのか。
よく解らないが、ただのもめ事にしては、昨日緒都が話していた強姦未遂の話しが無関係とは思えない。
何か関わりがあるはずだが、緒都はもちろん知らないだろう。
その辺はやはり別で、緒都から聞くことではない。動いている蘭が調べてくるだろうが、茅人の心のうちまでは解らない。
それが解決するまでいてやりたいが。
そこまで考えて永哩は苦笑した。こんなに他人のことを考えたのは久々だった。
それも昨日会ったばかりの少年だ。
「永哩さん?」
喋らなくなった永哩を心配した声がした。
とてもいい声だと思う。
自分の名を呼ばれて、こんなに安心できたのも久しぶりだ。
「緒都の声はいいよな」
「え?」
いきなりそんなことを言われたら、なんのことかと思うだろう。当然緒都はぽかんとしている。
「うん、声がいい。名前呼ばれていると安心する」
にっこりとして緒都に言うと、緒都は自分の口を指さして聞き返してくる。
「俺の声が?」
「言われない?」
「全然」
緒都は首を思いっきり振って言い返す。
「そんなこと言ったの、永哩さんが初めて……」
「歌は?」
「カラオケは好きじゃないし……興味がないから」
「そうか、結構いい声で歌いそうなのにな」
永哩はそう言って緒都の頬に触れた。
ぴったりとくっつけると、緒都はその手に自分の手を重ねてじっとしている。
危機感はないらしく、安らいだ顔をしている。
「永哩さんの手、気持ちいいね。なんだかすごく落ち着く。触られるの平気じゃないと思ってたんだけれど、違ったみたい」
どうしてそれを今いうのだと永哩は文句を言いたくなった。触りたくなったのは下心からだと言うのにだ。
この子はまったくと思っていると、ぱっと緒都が手を離した。
「なんか、変な気分になって……ごめんなさい」
緒都はそう言うとさっと永哩の横を抜けて、下に降りて行ってしまった。
「……もしかしてチャンスだったとか?」
そう思うと、永哩はさっと立ち上がって緒都の後を追う。
階段を降りたところで永哩が緒都を捕まえる。
「捕まえた」
ぎゅっと抱きしめると、緒都がいやーんと言って逃げようとする。
「逃げるなよ、追いかけたくなるだろ」
永哩が笑いながらそう言うので、最後には緒都も笑っていた。
「やー、永哩さん、離してー」
それも笑いながらだから、永哩はそのまま抱えて階段を上がって二階に戻る。
下にいたらどこから誰が入ってくるか分からないからだ。
そのまま二階のソファに飛び込んで押さえつけて、二人で吹き出して笑った。鬼ごっこをやるのは本当に久々だったから面白かったのだ。
そうして笑って、いろんなことをして一日が過ぎていく。
勉強したり、遊んだり、昔のゲームを持ち込んだり。
とにかくインドアの生活をしていたと思う。
それでも緒都は楽しかったし、暇をもてあましていたらしい永哩も楽しかった。
一日が過ぎる時には約束をして、明日はないかもしれないと思いながらも約束することだけはやめなかった。
約束は明日守られなくても、次に会った時に守られるかもしれない。
そんな気がして、約束をするのを辞めることは出来なかった。
そうして何日も過ぎていくうちに、約束は終わらないものだと思っていた。
こうした日常が二人の間に、二週間流れた。