switch外伝9 play havoc20

 透耶が落ち着いて事件詳細を聞いたのは、その次の日からだった。いずれどこかで耳にしたり、しつこい記者に暴言のように言われたりすることもあるだろうと、鬼柳が気を遣いながら説明をしてくれた。
「真下柾梓(ました まさし)は、透耶が逃げた後、騒ぎが大きくなっていることに気付いて、衝動的に飛び降り自殺をした。けど、木や植木がクッションになって骨折程度で無事だ」
 透耶はそれを聞いて、はっと音を出して息を吐いた。
 安堵はしたが、それでも真下柾梓のしたことは許せない気持ちが複雑な思いであるのだろう。
 けれど真下柾梓が死んでいたとしたら、今後の不安はなくなるかもしれないが、後味は最悪になっていただろう。
 だからどっちに転んでも透耶には良くはない。
「退院後は素直に犯行を認めている。ほぼストーカーの域を出てない行動しかしてないが、殺人犯の島田を匿(かくま)っていたのもあって実刑は確実だそうだ。とはいえ、ストーカー、犯人隠匿、誘拐監禁だから、執行猶予は出なく実刑六年くらいで出てくることになるかもしれない。ただ島田との共犯関係が完全に認められれば、最大の刑期になるそうだ」
 鬼柳がそう弁護士に聞いたと言う。
「殺人犯の島田洋司も犯行は認めている。素直に協力をしていて、起訴も早かった。こっちは殺人七件だから死刑は確定だろうと思う」
 そう言われて透耶は。
「殺人七件って……記者は五人で、その監禁場所の住人で六人じゃないの?」
 透耶がそう言うと鬼柳が記事を出してくる。
「この真下柾梓の父親、真下保(たもつ)の自殺が、殺人だったんだ」
「え?」
 透耶は驚いて、話を進めてもらった。
 真下柾梓の父親、真下保氏の自殺も殺人と書かれた新聞記事だ。進路のことで口論になり、真下柾梓が帰宅したその後、島田洋司が保の自宅を訪ね、そこで柾梓に余計なことを吹き込むなと忠告され、口論になり、誤ってベランダから転落したという。過失致死ということだが、明確な殺意があって突き落としたと島田が言うので、殺人となったらしい。
「柾梓の話では、そこから島田と行動をよくするようになって、透耶の誘拐まで計画したらしい」
 元々柾梓は体調を崩した辺りから、兄の柾登の過去のことを調べだし、透耶のことを知った。更に透耶を調べ、興味を持ち、ストーカーたちを使っての記念品を集め出した。
 島田はそんな柾梓の部屋に出入りしていたため、実情を知っていた。けしかけるようなことをいい、それに柾梓が感化され、事態は悪化していくだけだった。
 唯一柾梓を止めることができたのが父親保の存在であったが、それがなくなり歯止めが利かなくなったのだという。監禁中の透耶に拒否された辺りから、自分がとんでもないことをしているのではないかと不安になり、透耶に逃げられた時にすべてが終わったと自殺しようとしたそうだ。
 だが保が島田に殺されたことは柾梓はこの事件が終わるまで知らなかったという。
 島田はそれを言う必要がないと言っていた。実際に保はその日に自殺をするつもりだったことが分かったからだ。 
「どういうこと?」
「遺書があったんだよ。だから自殺という判断が早かったんだ」
 保の自殺があっさり受け入れられたのは、島田が偽装したのもあるが、その前に自殺に必要な遺書が鞄に入っていたのだ。会社経営が上手くいかず、資金繰りも失敗した。挙げ句ガン宣告を受けており、会社を建て直すことができないと悟っていた。
 ガンで苦しんで死ぬのはいやだと書いてあり、自殺しようとしていたわけだ。
 結局保(たもつ)の自殺が殺人と分かって、保険金などが柾梓に入ったらしい。そのお陰なのか、柾梓にはいい弁護士が付いていた。
 けれど、母親はとうとう最後まで柾梓を無視した。義理の父親はそれどころではない。自身が榎木津透耶の誘拐を企てたことで、略取誘拐罪で起訴されている。最高の弁護士を付けたのだが、裁判では自分の非を認めないでわめき散らしているらしい。よって実刑は確実だが、最高裁までいけば3年もかからず出てこられる計算になる。
「あの母親が透耶を諦めてくれれば、その後の心配はないんだがな。一応接近禁止とかはつけといた」
 鬼柳が不安そうな顔で言う。それこそ無理な相談なのかもしれない。
 あの母親はあのままだろうし、過度な期待はしないでいようと思った。
 結局、榎木津透耶に関わることで真下家は崩壊した。そう噂されても否定できない出来事だ。
「母親の方は妄想だけで済んでいるから大丈夫だと思うけど……」
 透耶はそう言った。
義父の永野貴史は出てきた時に問題であるが、それはそれで対処するしかない。だが、義理とはいえ引き取った形になる永野には、被害者家族が詰めかけ、母親に息子の始末を付けるような抗議が入り、民事裁判を起こされるらしい。
「これも問題で、被害者家族が透耶に先頭に立って被害者支援をしてほしいと言われてな。それは本人が精神的に無理だと突っぱねたから恨まれたかもしれない」
 とにかく透耶が精神的に不安定になり、そういう活動ができる状態ではないことは、被害者家族なら一番分かっていそうなのだが、強行な人がいて透耶を引き摺り出そうとして自宅に上がり込み、警察を呼ぶ羽目になったという。
 警察から厳重注意をされ、それに捨て台詞を吐いたせいでまた厳重注意をされたという事件が東京の自宅で起こっていたそうだ。
「宝田さん、大丈夫だった?」
「大丈夫だ。その代わり、被害者家族の会が分裂したらしいが、それで余計に恨まれたって」
 透耶はそれには本末転倒ではないかなと首を振る。
 確かに被害者の家族がそういう行動に出るのは仕方ない。けれど、実際被害にあっている本人に強制やまして力尽くでやっていいことではないはずだ。
 だからそれを強行し、まして同じ被害者の体調すら気遣えない人とは、どのみち途中で揉(も)めていただろうと鬼柳が言った。一部の家族も同じ考えのようで、会は強行派と穏便派とに別れての裁判になるらしい。
 今回の被害者は、透耶の誘拐監禁に巻き込まれた形ではあるが、記者という透耶をネタにし、誹謗中傷して飯を食べていた人たちだ。それを今更、協力し合うべきだというのは、虫が良すぎる話だ。
 唯一の無関係であろう巻き込まれた、被害者の丸山太一の親だけは納得できない事件であろうが、それもどうやら違うらしい。元々丸山は家族とは生き別れ、親戚の家で育ったのだが、虐待から家出をしてその親戚家族とは絶縁していたらしく、十年以上どこで何をしているのか知らせなかった。事件で名前が出て初めて親戚が名乗り出たのだが、それも加害者家族が裕福だと知っての金の無心のようなのだ。
 そもそもアプローチが違う被害者同士で団結できるはずもない。穏便派はそれが分かっていたため、強行派にはついていけずに別れたわけだ。ついでに会の弁護士も強行派の主張や行動を諫(いさ)めるも、指示に従いもしない人の弁護は受けられないと穏便派とだけの取り引きになったという。強行派の考えはどこの弁護士事務所にも門前払いを食らっている。つくとしたら、普通の弁護士では無理だろう。
「穏便派とは宝田と弁護士が話をしてみたが、うちは民事で賠償金なんか欲しいわけじゃないし、刑事だけで十分と考えている。それに現在進行形の問題でもあって民事も複雑なのでと伝えたら納得してもらえた。というか、真下柾梓とかあの母親や義理の父親から賠償金をもらうのも気持ち悪いしな、それでいいよな?」
「うん。そういうのは俺はいい。亡くなった人がその分支払ってもらえばいいと思うし、これ以上あの家と関わり持つのは……変な縁ができそうで怖い」
 刑事事件の刑期が終わって賠償金を払い追えたとたん、罪は償ったし金もやっただろ、じゃあこちらの言うことを聞いてもらおうかと平気で言いそうなのが永野貴史なのだ。
「何でこう、問題が次から次へという感じだったが、透耶がぼけている間に熱が冷めるみたいに周りが落ち着いてきたから、まあ、何とかなるだろう」
 鬼柳が大変だったのは、透耶の介護をしながらそうした事後処理までやっていたことだ。透耶はその間使い物にならないでいたことを謝って礼を言った。
「ごめんね、ありがとう。すごく大変だったんだね本当に……」
「確かに大変だが、透耶が正気だったらもっと大変だったから気にするな。こうは言いたくないが、呆(ぼ)けていてくれたお陰で、矢面に立たせずに済んでほっとしているんだ俺は」
 透耶が大変だったということは、唯一矢面に立っていたのは、透耶の弟の榎木津光琉(えのきづ みつる)だ。芸能人である彼は、真っ先に感想を聞かれる人間だ。
「光琉は! 綾乃ちゃんとか……」
「大丈夫だ、綾乃は透耶が誘拐された時から子供と京都に避難してるし、光琉は普通にインタビューで声明を出してたし、突撃にも答えてた。透耶が誘拐された時点で、光琉には流れが読めてたみたいでな、悔しいが透耶がすぐに戻ってくることも、その時の透耶が呆(ぼ)けてしまってることも分かってたみたいなんだ」
 鬼柳は光琉がきちんと対処していたことは褒めたが、鬼柳があたふたしているときに光琉はもう何が起こっているのか分かって行動していた。そう双子の繋がりみたいな絆があることに鬼柳は嫉妬しているのだ。
「仕方ないよ、こればかりは光琉は感知して察するの得意なんだもん」
 昔からそうなのだ。光琉は察するのが得意なのだが、双子の絆で何かを感知するのはいつも光琉だけなのだ。光琉が言うには、自分がピンチになったことがないだけで、透耶はいつでもピンチだからだろうという話だ。
「俺も透耶センサー欲しい」
 鬼柳がすねたようにそう言いだした。
「無茶言わないで、そうなったら恭とは兄弟になっちゃって、今みたいになってないよ?」
 透耶が兄弟だったら近親相姦は有り得ないと言い切ったところ、それはさすがに嫌だったらしく鬼柳が言う。
「それは嫌だから我慢する」
 それでも納得できないように言うのだが、透耶が鬼柳の腕に寄りかかって言った。
「ちゃんと間に合ったよ。俺、殺されそうだったところ、恭が助けてくれたよ。俺の腕も折られずに済んだ」
 透耶がそう言うと、鬼柳は透耶の肩をぎゅっと抱いて言った。
「うん、間に合ってよかった。腕が折れてたら透耶がピアノが弾けなくなるかもしれなかったもんな……本当によかった」
「うん」
 鬼柳が透耶の右腕を何度も撫でた。
 あの時、あの状況を見た時、とっさに島田洋司を蹴り飛ばしていた。驚くほど機敏に動けて透耶の危機にやっと間に合った。
 透耶がたった一日だったが辛い目にあったのは確かだ。許さないと口にするほど、その行為は認めることができない。鬼柳はそれを聞いた時、自分はもっと怒りに満ちてどす黒い感情がわき上がるのだろうと思っていた。実際、透耶の様子からそうした行為があったことは窺(うかが)えたから、覚悟はしていた。
 けれど、透耶が吐き捨てるように言った言い方が、自分を冷静にさせた。
 怒る場面ではない、透耶が怒りに満ちて自分を嫌悪している場面だ。その透耶を受け入れて、ただ正直に自分の気持ちを話してやるのが正しいと思えた。
 だから生きていてくれて嬉しかったと言葉になった。
 死んでも一緒にいられる呪いを受けたのに、それが何処かで無効になられては、鬼柳の未来はそこから先がない。死ぬときは一緒だからだ。
 鬼柳と透耶はそのまま二人でいちゃつきながら、別荘での残りの時間を過ごした。