switch外伝5-3 鬼柳恭一の休日 満月の夜に

 夜中に起きた鬼柳は隣に透耶がいないことに気付いた。
 トイレにでも行っているのか?と考えたがそのまま寝てしまえず透耶が戻ってくるまで起きていようかと布団から起き出した。
 傍にあるテーブルからタバコを取り出して一服しようとし、火を付けて煙を吐き出した時に鬼柳はふっと気付いた。
 ベランダのドアが開いている。
 カーテンが風に吹かれてふっと開いた時に開いていることに気付いたのだ。
 最初は泥棒を気にしたが、ここは強化された防犯システムがあるのでそれはないと考え直し、まさかと気付いて鬼柳はゆっくりと外を覗く為にカーテンを開けた。
 すると今夜は満月だったらしく、大きな月がまず目に入った。
 その満月の下に透耶が立っていた。
「あ、れ?」
 カタンとドアが開いてくる音に反応して透耶がこっちを向いた。
 満月の光に照らされた透耶の髪は綺麗に金色に光って見えた。
「……起きちゃった?」
 可愛らしく困ったような声が聞こえてくる。どうやら透耶はドアを完全に閉め忘れたことで鬼柳が起き出したのではないかと思ったようだった。
「目が覚めたんだ。今日は満月だったか……」
 鬼柳は煙草の煙を吐き出しながらそう空に向かって呟く。
「うん、そうみたいだね。さっき気付いた」
 透耶はそう言って笑って鬼柳の傍にやってくる。ちょこんと隣に立って空を見上げる。
「寒くないか?」
 季節は秋になりかけの現在では、夜になると気温が落ちてきてだんだん寒くなってきている。鬼柳はそれを気にして問うが透耶は大丈夫だと笑う。
「眠れなかったのか?」
 鬼柳が問うと透耶は。
「なんか目が覚めたんだ。恭は寝てたから起こさないようにしてたのにな。疲れてたでしょ?」
 なんとなくではあるが今回の仕事は大変だったようで、そのしんどさが態度に出ていた。
 疲れていると透耶を求める回数が極端に増えることを透耶は最近気付いたらしい。
 そんな風に言われて鬼柳はそういうもんかなと考える。
「そんなにしつこいか?」
「うん、びっくりするくらいしつこいよ」
 透耶は笑って言うくらいだから許容範囲だったらしい。確かにたまに帰ってきては透耶を一日中構っていたりする時がたまにある。ただ愛しいから抱きたいだけなのだろうと思っていたが、どうやら体調や自分の余裕のなさから態度に出ていたりもするようだ。
「そういう時、来客あっても問答無用だもん。わかりやすいからいいけど」
 透耶は過去を思い出してクスクス笑う。あの時は後で冷やかされて大変だったと思っているに違いない。こういう話で鬼柳をからかうことは出来ないから自然と透耶に話が向いてしまうこともあるらしい。
「恥ずかしいから言えなかったけど……みんな結構下世話というかなんというか」
 透耶は真っ赤な顔をしてそう告げ口する。露骨すぎて真っ赤になるしかないことしか言われないのだ。
「そうか、問答無用っていうか一応透耶の意見は聞いてるつもりだが」
「あーうん。ちゃんと聞いてくれるんだけど、こう断ったら後が怖いなあーって感じになっちゃうから」
 透耶はそう言って困った顔をする。確かにそうだった。透耶が一度か二度くらい来客で断ったことがあったが、その後自分は確かにしつこかったと思う。どれだけ求めれば気が済むのかというほど透耶を求めたことだってたぶんその時くらいかもしれない。
「あー……まあ、なんだ。仕方ないというかだな」
 鬼柳もさすがに悪いと分かっているが、止められない自分がいることもしっている。
「うん、仕方ないからね。そういう時は恭、疲れて帰ってきてる気がしてさ」
「さすがに慰めてくれるか」
「うん、こうすることで恭が安心するならって。前にね」
 透耶はそう言ってちょっと言葉を切った。
「うん、何?」
 鬼柳は話を進める為に言葉を繋げる。
「前に、斗織のことで参ってる時に、恭はさ、こうやって慰めてくれたなって思い出したんだ。精神的に疲れてる時にただの慰めってのはあんま意味なくて、ただ抱き合っているだけでいいんだけど、それなら求めたっていいし、そういう流れになって、深く眠るのもありなんだって分かって」
 透耶はそう言ってにこにこして鬼柳を見上げる。
「ほわほわする気分で眠ると気持ちいいよね」
 そう言うのである。
 確かに透耶を求めて散々した後で眠ると気持ちいい眠りになったりはする。
 透耶は自分もそうだから鬼柳の行動をとがめたりはしないというのである。
「まあな」
 鬼柳はそう言って透耶に笑いかけた。その顔を見た透耶はさらに笑顔になる。
 月の下で見る鬼柳の優しい顔は、それは綺麗で、透耶はまた惚れ直してしまったところだった。
「透耶、また惚れ直ししたな」
「……う、なんでー」
 透耶はハッとして顔を赤くした。
 なんでと言われてもわかりやすい顔しているから分かるわけで。
「透耶見てると分かるよ、俺透耶マニアだしなー」
 鬼柳はそう言って誤魔化す。ただ単に分かりやすいだけなのだが、こう言った方がありがたみが増しそうだ。
「ううう……俺だって恭マニアだもん」
 張り合う為に妙なマニアを作ったものだ。
 二人が二人して一番のマニアだと言い張るのだが、それがただ単に惚れているだけということなのに、妙なこだわりを見せるのは似たもの同士だからなのだろうか?
「へぇ、俺のマニアだったんだ」
 鬼柳はにやりとして透耶を見ながら言う。
「じゃ、俺がこれからどうしようと思ってるか分かるか?」
 マニアだったら分かるだろうとわざとらしい挑発をしてくる鬼柳。それに真っ向と向かう透耶。
 月夜の下で何をしてるのか。
 透耶は下に見える庭を眺めてうーんと唸って考えている。
 まあ、鬼柳のすることといえば大抵の人はエロイことと考えるだろうが、透耶はそれだけではなかったように答えた。
「これからベッドに戻って、抱き合って寝たい?」
 透耶はそう首を傾げて問うてくる。
 その回答を聞いた鬼柳は破顔して笑う。
「その通り。さあ部屋戻ろう」
 そう言って透耶の手を引いて部屋に戻ろうとする。
「とか言っちゃって、ほんとはちょっと寒くなってきたから俺のこと心配になっちゃったんでしょ」
 透耶がそう言い返すと鬼柳は驚いた顔になって透耶を見た後、そのまま透耶を抱え上げてお姫様だっこをすると部屋の中に入り、ベッドへゆっくりと透耶を下ろした。
「さすがマニアだな。ちょっと肩が冷えてきたな」
 鬼柳はそう言って透耶に布団に入るように言う。鬼柳は煙草を消して、反対側から布団に潜り込む。
 そして二人で顔を見合わせてにこりと笑う。
 透耶の冷えた手を鬼柳の手で温めたりして、クスクスとする。
 鬼柳は透耶を抱き寄せて、腕枕をすると寝るように勧める。ここ二日ほど透耶の睡眠時間が狂ってるから、明日には元に戻したいのでそうしているのだ。
 透耶は少しだけ起きていて、最近起こった出来事を話したりしていたが、そのうち眠くなったらしくすやすやと眠りだした。
 カーテンは閉めたままだが、外はまだ満月の月が照らしているだろうが、もう眠る二人には関心すらなくなってしまうものであった。