switch番外編3 光 真貴司綾乃と光琉のお話

 数ヶ月前。
「やっぱり好きなの」
 綾乃はそう言って光琉に告白をした。
 しかし、それを聞いた光琉は少し悲しげな顔をして言った。
「俺は駄目なんだ」
 そう駄目なのだ。何度もそう言ったと思う。
 綾乃は呪いの話を聞いて、なんとなくではあるが、光琉が拒絶する理由が分かったとそう答えた。
 その後、光琉は自分の身体の異変に気づいたのだが、寝ていれば治るものだったのでそうした。のだけれど。


「なんかさ。綾乃の味方って多くねえ」
 光琉が携帯をいじりながらそう呟く。
 彼は今その綾乃の味方の多さにびっくりしているところだった。
「綾乃ちゃんは人気者だもの。仕方ないんじゃない」
 そう納得している透耶の言葉に、光琉ははあっと溜息を吐く。
「つか、なんでこうなってんのか俺にもよく分からない。フッたとして、それは俺と綾乃の問題じゃないのか?」
「綾乃ちゃんが納得していたとして、それはそうなんだけれど、周りはね、光琉と綾乃ちゃんがくっつくと信じていたわけよ。裏切られたというか、期待していただけにという感じじゃないの。暫くしたら落ち着くと思うし」
「けど、その当人がどこいったのか分からないんじゃ、俺もいつ解放されるかどうかってところかな」
「……ま、無理じゃない。エドワードさんにジョージさん、今回は光琉の味方のはずの当麻たちまで、敵なんだもの」
「透耶はどっちなのさ?」
「俺? 俺は綾乃ちゃんの味方だし、光琉の味方でもあると思うんだけど。今は綾乃ちゃんがしたいようにさせてあげるしかないだろうし。かと言って部外者が光琉を責めるのを黙ってみてるわけにもいかないんだよね」
 透耶はそう答えてうーんと言う。
「鬼柳さんはどうなんだ?」
「ん? 我関せず。綾乃ちゃんが間違ったことするわけないと思ってるし、光琉がどうしてそうなってるのかも知ってるから、責めるわけにもいかないしで、部外者のような傍観者のような感じだったなあ」
「そっか」
 あの人までが向こうの味方だったらさぞかし怖いだろうなと光琉は思っていたらしい。それに透耶はクスリと笑って言う。
「一応、向こうに行ったからさ、休みに綾乃ちゃんの行方は捜しておくって言ってたけど、見つかるようなところに綾乃ちゃんはいないと思うんだよね」
透耶はそう言ってちょっと笑う。
「ああ、そうだったらとっくに見つかってるよな」
 そもそも行方不明になってかなり時間が経っている。見つかっているならとっくに見つかっているはずなのだ。
「そうなんだよ。綾乃ちゃんのことだから、まさに俺たちのびっくりするようなところにいると思う」
 二人がそう話しているのは透耶の書斎であるが、光琉はソファではなく、透耶の机の下に入り携帯をいじりながらなので、変すぎるのであるが、今は光琉を問い詰める集団から追われているので隠れている状態だ。
 というのも、仕方ないかもしれない。
 現在、真貴司綾乃の行方が分からなくなっているからだ。
 行方が分からなくなったのは、一時帰国をして留学先へコンクールのために帰り、そのコンクールで賞をもらった後。約2ヶ月で綾乃は姿を消していた。
 留学してからコンクールを受け続け、たくさんの賞を取ってきた綾乃が、留学先から消えたと同じく留学している仲間から連絡が入った。綾乃と一番親しくしているという人は同じ学校の人で、その後綾乃が大学を休学していることを知ったそうだ。
 綾乃は音楽科のある氷室秀徳館の大学へ行っていたが、綾乃が失踪する前に休学届けじゃなく、退学届けを出して行ったことを調べてくれた。
 それは沖縄にいる両親も知らないことで、一体何がと思いながら退学届けを受理する前に大学から休学にしておくと報告を受けたそうだのだ。
 失踪する前の綾乃はすごく元気だったという。
 最初光琉に告白をしてフラれたと泣いていたらしいが、その後すぐに元気を取り戻し、コンクールに出たのだそうだ。その甲斐あって綾乃は大きな賞をもらっている。
 それは報道されたくらいだから大きなものだったと透耶は思ったが、まさかその後に綾乃失踪のニュースを耳にするとは思わなかった。
 それでも綾乃は辞める決心をしていたかのようで、身の回りは綺麗にしているし、留学先も綺麗に辞めていて問題はない。大学にも自分で退学届けを出しているし、衝動的ではない計画性を匂わせている。
 元気で上機嫌で、でも具合がちょっと悪いみたいなこともあったが、それも安定していたみたいだと。
 綾乃の調子がずっと変わりなかったが、最後に会ったときはすごく綺麗な顔をして嬉しそうに、嬉しいことがあったと言っていたらしい。
 誰か新しい人にでも恋をしたのか? そんな風に思っていたら日本では綾乃が行方不明で捜索していると知って驚いていたそうだ。
「光琉がなんで綾乃ちゃんをフッたのか分かるだけに、どっちも責められないかなあ」
 透耶は自分もそこは分かりすぎる。
「まあ、俺もちょっと綾乃はいいとは思うけどさ。死ぬ時のあれがな。綾乃だけは駄目だって思ってさ。でも……」
 光琉はあの呪いのことで、綾乃をフッている。それは透耶にも分かることだ。そこはなかなか一線を越えられない。越えようとしようとしない。
「でも?」
「呪いの話をした時、綾乃はさ「なーんだ、先生もそれで悩んでたのか」って感想しか出なかったんだよな。その後俺は気分があれな感じになってさ……透耶怒らないでくれよ」
「ん? なんか盛られた?」
 透耶は暢気にそう言った。
「な、なんで分かるんだよ!」
 光琉は焦ってそう小さい声で叫ぶ。
「やー……綾乃ちゃんってさ、外見は可愛い可愛い子なんだけど、中身は恭とかエドワードさん並に策略家なんだよねーって思って」
 意外に無邪気なだけの少女ではなくなっているということだ。
 肝心の相談相手が恭だったろうから、盛られるのもありではないだろうか。せめて初めてくらいは好きな人とと思う女の子はいるだろうし、それを綾乃が実行した可能性が十分あるわけだ。
 案の定、光琉は盛られて綾乃に襲われたことになっている。
「周りがアレじゃ、そういう性格にも育つってか……俺の前ではそうでもなかったけどなあ」
「そりゃ、好きな人の前では可愛くいたいのが女の子なわけで」
 当然の台詞を透耶は返す。
 ああいう性格でも綾乃はみんなの心にちゃんとしたモノを残し、大切だ大事だという心を植え付けていっているからこそ、今綾乃を探す人がたくさんいて、その綾乃をフッた光琉を責める人もいるわけだ。
 エドワードなどは透耶に出来たことがどうして光琉に出来ないのかが納得出来ないらしい。呪いのことをしっているから言える台詞で、けれど知っているヘンリーは別の意見を持っていたりする。精神面で弱いのは光琉の方だと分かっているからのようだ。
 笑って彼は言った「透耶の方が強いからね」そう。
 大事なものをに触れずに人生を終えるか、見守って過ごすか。そのどれかを選べと言われたら透耶は手を取って進む道を選らんでいる。光琉は他の従兄弟と同じような、見守って過ごすを選んでいたというのにだ。
 綾乃は一人で何か画策しているらしい。


2


「人を好きになることは、怖いことでもあるけど、嬉しいことの方が多いんだって、恭を好きになって初めて知ったよ」
 透耶はそう光琉に言ったことがある。
 光琉の兄透耶は、様々なことを考えてそれを乗り越えてきた。自分の思いもそうだが、相手の思いを考えて考えて考え抜いてそしてその先も一緒にいることを選んだ。
 その背中を押してくれたのは、綾乃だ。
 率直に「好きなら好きでいいじゃない」と彼女はそう言った。その言葉は何より強く、何より優しかった。
 透耶はそう語る。
 一番分かりやすくて一番良い言葉だったと。
 綾乃が光琉を好きなのだと分った時は、光琉の方も綾乃のことを気にしだしている時だった。
 だが光琉は絶対に綾乃のことを好きだとは認めないであろうとも予想はついた。
 当時の自分を思い出すと透耶はそうとしか言えない。
 だから光琉には何度も、好きになるのは怖いことではないのだと言ってきた。
 けれどもなかなか光琉の心は傾いてはこない。
 やはり数ヶ月もかかって暗示を解いてもらった透耶だったから、これから数ヶ月かけて解いていければいいなとそう思っていたのにだ。
 西からとんでもない爆弾がやってこようとは。



『ま、そろそろいいだろうからバラすけどよ。光琉の嫁さん預かってるわ』 
 そうまさに綾乃失踪から二ヶ月経ったとこで、京都の玲泉門院葵からそういう電話が光琉にかかってきた。
 それは本当に突然のことで周りは何故という気分で聞きたいことがたくさんあった。
「な、なんだと? 葵さんのところにいるっていうのかよ!」
 その言葉には透耶はびっくりしているし、戻ってきたばかりの鬼柳もびっくりして振り返った。
『おお、失踪したというニュース入った時には預かってた。沖縄の方にはちゃんと連絡させていたから大丈夫なだけは知らせておいたが、そっちは秘密だったのか。やるなあのお母さんは』 
「ちょっと待てよ。知ってるって……」
 光琉は慌ててそれを確認する。
『ああ、知ってるぜ。一応来てもらって環境をみせたら、いいところだと言ってさ、一ヶ月くらい泊まってってもらってるぜ。今もいるし』
 綾乃の母親は心配するフリをしながら、ちゃっかり居所に行き着いていたというのだ。
「はあああああああああああああああああああああああああああ!?」
 光琉は困惑する。
 なんでそんなことになっているのか。
「そ、それで綾乃は……大丈夫なんだな?」
 光琉はそれだけは確認せねばと真剣に尋ねる。まさか死ぬ気だったとかそういうことはないのかと。
 だがとんでもない爆弾は待ちかまえていた。
『全然元気だぞ。まあ、朱琉さんの時もそうだったが、妊婦は元気なもんだなあ』  
 それは超弩級の爆弾だった。
「ああああああああああああああああああああああ?????」
 光琉はとうとう、受話器を落とした。
 それをこっそりと透耶が拾う。
 光琉は放心したまま動かない。
 本当に驚いて固まってしまっている。

「今なにげにさらーっとすごい告白したでしょ。予想してるんだけどさ」
『ああ、妊婦っつったら仰天したって感じか、あいつアホだと思ってたけどよ。本当にアホなだ。盛られたとか』 
 京都の叔父は爆笑している。
 確かに盛られた結果のその後さえ予想出来ないでいたのだから、余程綾乃がやったことを許していたけれど、それはないと思っていたようだ。
 盛られた上にやることやってるから始末に負えない。
 まさにそんな衝撃を受けている。
「たぶん、うちの恭が綾乃ちゃんに余計なことを吹き込んで、ヘンリーさんがなんかやったとかそんなところじゃないかなーと思うんだけど」
 透耶は光琉が盛られたとはいえ、失敗するはずはないと思っているからこう言えるのである。元凶は別にいるはずだと。
『……お前、こええよ。当たりそれだ』  
 向こうで葵が驚愕していたようだ。
「そうなんだよね。おかしいと思ってたんだよね。ヘンリーさんはどうでも恭が自分の一番大事な友達に無関心で探そうともしないとかさ」
 透耶がそう言いながら鬼柳を見ると、鬼柳はやっぱり透耶にはバレたかという顔をしているだけだった。マズイことをしたとは思ってないからしいから、光琉が綾乃をフッた理由も知っていて、それを思い改めるために何か作戦でも実行したところだろう。
 味方が強姦魔だけに、綾乃がそれを見習ったのはかなり悲しい透耶だ。
「それで、身体大丈夫なんだね?」
 やってしまったことはもう仕方ないと透耶は気持ちを切替えた。まさに自分も女の子だったらこうなっていたのだろうから。
 それに綾乃の覚悟もあるのも認める。
『ああ、お母さんも一緒だからな。うちにはベテラン医者の迦葉もいるしな。万全でやってる』  
「ああ、よかった」
『綾乃、出そうか?』  
「うん、お願い」
 透耶がそう答えて向こうで透耶だぞと呼んでいる声がしたのだが、それを聞いていたところ透耶は受話器をぶんどられた、
「み、光琉」
 光琉が復活して受話器を取り戻したのだ。
 状況は把握しているらしく、難しい顔をしていた。
「覚悟してろ」
 光琉は綾乃が出たところでそう言い切って電話を切ってしまった。
「光琉?」
 透耶が顔をのぞき込むと、光琉はぶつぶつと言いながら居間から出て行こうとしている。
「……大丈夫かな」
 不安ながらも見送ることにした透耶。
 光琉はずっとぶつぶつ言っていて、着替えをきちんとすると、「出かけてくる」と言って出かけてしまった。
 光琉がどこへむかったかは誰にも分からない。
 けれど透耶にはなんとなく分かった気がするのだ。
 その後の光琉は忙しく動き回り、翌日になって透耶の元へやってくると言った。
「京都へ行ってくる。日帰りどころかトンボ帰りなもんだけど言うことがある」
 光琉はそう言うのだ。
 透耶は「うん行ってらっしゃい」と見送った。
 まだ綾乃を探している人たちには悪いが、このことは黙っていようと思った。
 大事な大事な場面に他の人の邪魔は要らないからだ。
 

3


 京都に到着した光琉はそのままタクシーで玲泉門院の家に向かった。
 玄関に入ると、すぐに迦葉が出てきた。
「ようこそ、お入りください。お待ちですよ」
「ああ」
 光琉はさっさと靴を脱ぐと、部屋へと入っていく。
 綾乃は寛いでいたらしく、いきなりの光琉の登場にかなり驚いていたが、すぐにふっと息を吐いて言うのだ。
「ごめんなさい。こんな騒ぎになるなんて思わなかった」
 綾乃はそう言って謝るのだが、光琉ははあっと息を吐いて座り込んだ。
「あーーーもうーーー、俺の計画どうしてくれるんだ」
 そう嘆くでのある。
「光琉くん」
 あまりに壮大な嘆きにさすがの綾乃も驚いた。
「あのな、俺は呪いとかそういうのあるから、綾乃だけは駄目だって思って、自制してたっつーのに、何襲ってくれてんのよ」
 光琉はそう叫ぶ。
 透耶にだって本音は言っていない。
「綾乃のことは、好きだよ、けど、俺はそれを支えていく自信が、透耶みたいにあるわけじゃないから。だから、見守って行こうと思ったんだ。なのに、こいつはもう」
「それが嫌だった」
 光琉が叫ぶのに、冷静な綾乃がそう言い返した。
「光琉くんがそう思っていそうだから嫌だった。そうだと分かってて、振り向いてくれているのに、手を出してくれないとか嫌だった」
 綾乃は自分が思っていることを光琉に伝えようとした。ここではっきり言わないと今後言えることではないかもしれない。
 光琉にふられることはもう分っていたけれど、それでも自分はこうしたかったのだとはっきり言う必要があった。
「綾乃……」
「あたしは、先生みたいに愛されたいし愛したい。鬼柳さんみたいにたくさんって言って欲しい。黙って指咥えて見られているくらいなら襲ってやるって決めてた」
「……あのな、俺、あのときあんま記憶ないんだぜ」
 やったことは記憶にあるが、盛られてどうこうというのはほとんど記憶が曖昧ではっきりとしていない。
「うん、大丈夫。あたしはいっぱい愛してもらったもの。これからだって大丈夫だし。一人でやって行こうって決めてやったことだし。ここにお世話になってるのは、お墓参りにちょっとだけ報告に行ったらばったりで……」
 綾乃はもし運良く子供を授かることが出来たら一人で生きていこうと決めていたのだという。そういうことも計算にいれての告白だったのだ。これでは光琉が断ろうがどうしようが関係ない問題だったようだ。
「……綾乃一人で勝手に決めるな。こっちの話も聞けよ」
「だって、好きなのになんにもされないのは我慢出来ないんだもん!!」
「だから聞けっつってんだろ!!」
 光琉はそう叫ぶと座り直して、ポケットから封筒を出す。
 その封筒はいつも綾乃に手紙を出すときに使っている、透耶が綾乃が好きだと言っていたピンクの封筒だ。
「中見てくれ。話はそれを見てからにしてくれ」
 そう言って差し出された封筒を綾乃はきょとんとして受け取る。
 そして開いていった時にハッとする。
 紙が一枚入っていたが、それは手紙ではないことはよくドラマを見ていたから知っている。でも実物は初めてのモノだ。
「光琉くん、いいの?」
 綾乃の目に涙がたまる。
 それは婚姻届だった。
「だから、もう我慢したって仕方ないじゃないか。幸いだけど、綾乃は安定期だろうし、これからちょっとした知り合い集めて、身内でちょっとした式して、それからすごい家庭作ろう。それを言いに来た。俺のサインはしてある。綾乃がしたかったらしていい。今日はそれだけ言いに来た。文句は後でもいいかって」
 光琉はそう言って笑っている。
 もう迷いはない。
 綾乃がここまで決心してしてることに、自分だけ逃げているわけにはいかないのだ。
 綾乃はそのために全部を捨てようとしていた。それなのに自分は何もしてやれない。
 この悔しさはなんだろうと思っていた。
 そう、自分だって綾乃のことは好きなのに、何故ここまで来ても指をくわえてみてないといけないのか。
 まさに綾乃が言った通りのことだ。
「綾乃、順番むちゃくちゃにしてくれて、サンキュな。俺からはきっと踏み出せなかったと思うから。でも綾乃全部捨てることはない。全部手に入れよう」
 自分は弱い、とても弱い。
 好きな人が死んでいく姿を何度も見た。
 そんな風に好きな人が死ぬのを見るくらいなら、自分は叔父や従兄弟のように見守るだけでいようと思った。
 透耶を身代わりにして、綾乃から目を背けていた。
 でも南国の少女はとても魅力的で綺麗で可愛かった。
 思惑は全部外れていくし、綾乃はやっぱり透耶の仲間達と同じで突拍子もないことをやってくれる楽しい女の子だった。
「退屈しない人生だと思うよ。幸せになろうよ。いっっぱいね」
 綾乃はそう言って手を伸ばしてきた。
 その手を光琉は取って、その手の甲にキスをした。
「女王様の仰せの通りに」
 光琉が綾乃からプロポーズを受ける形になってしまっていて笑ってしまう。
 こういうのもありかもしれない。悪くはない。    

 
4

 そうして、光琉と綾乃は、春の桜が降る中、結婚式を小さく身内だけであげることになった。
 光琉の結婚報道はそれはすごかった。
 最初はアイドルの全盛期に、おめでた婚と報じられたが、光琉の仲間の情報で攪乱。
 光琉と綾乃は元々恋人同士であり、結婚の約束をしていた。けれど、それが早まったのは、光琉の両親などが早死にしている家系であり、それを気にしていたのを綾乃が早めてくれたのだという半分本当を混ぜた報道に変わったのはその二日後。
 綾乃の知名度はそれほどあったわけではなかったが、海外での評価は光琉なんかより大きく、報道は綾乃の方に集中し、更にそこから榎木津光琉があの榎木津由梨の息子であることに及ぶと、更に海外での結婚報道の方が大丈夫かというくらいに大きくなっていった。
 とにかく、榎木津の息子と日本のピアニストのホープの結婚は昔の光琉たちの両親を彷彿させるニュースだっただけにすごく大きく取り上げられたのだ。
 それには日本のファンも納得するしかなく、綾乃の可愛さも手伝って、光琉幸運すぎるなどという男性ファンなどもいたくらいである。
 ちょっとした話題をさらって、段々と報道が別のものに切り替わると、光琉は休みを多く取るようにスケジュールを組み、より一層仕事に励んで、前よりいい演技をするようになったという評価を得るようになった。
 綾乃はそのまま京都の地で出産するようにして、子供が安定期に入ったら東京の光琉のマンションに移ることになっていた。


 そんな京都で、臨月間近に開かれた結婚式は、本当に身内だけで、芸能関係者は皆無な状態だった。
 極秘にするのは、綾乃の身体のためということはすでに光琉の会見で言わていたことで、透耶はそれをテレビで見て呟いたものだ。
「光琉、結構行動的だけど、早いよなあ」
「確かに、衝撃から立ち直りが早いのは榎木津の血かな?」
 一緒にテレビを見ていた鬼柳がそう言って笑っていた。


「綾乃ちゃん準備出来たから、そろそろね」
 当麻がやってきて準備をして待っていたものたちを喜ばせた。
 今日は親しいものだけなので、気を遣うことはない。
 沖縄からは、綾乃の親族も来ているが、将来ここが光琉のものになって、綾乃と住むことになるかもしれないと話すとかなり驚いていたらしい。
 ここに関する財産放棄をすでにしている透耶は、それを知らなかった光琉をやっとやり返し出来たとほくそ笑んだくらいだ。
「きゃー綾乃ー」
 出てきた綾乃に同級生達が大騒ぎをしている。
 写真を外部に出さなければOKとしているだけあって、綾乃の艶姿がどんどん取られていく。
 今日は控えに回っているこの家の持ち主は、満足げな顔をしていた。
 やはり光琉を幸せにしてくれる女性は大歓迎らしい。そうして自分が持つことのなかった子供達を間近で見ることになる。
 綾乃のお腹は大きくて、どうやら双子らしいとのことで、大変らしい。
「綾乃ちゃん、綺麗だなあ」
 透耶が遠くから眺めて、感想を漏らす。
「だな、幸せそうでよかった」
「ま、仕掛けただけじゃ、ああはならないからね」
 透耶は秘密にされていたものだから、ちょっとだけ鬼柳を睨み付ける。
 鬼柳は苦笑する。彼は結果がよければすべてよしとする性格だからだ。
「さあ、お父さん、迎えにいってやってね」
 そう言って透耶は鬼柳を送り出す。
 今日の綾乃の父親役は、本当の結婚式なら本当の父親がやるのだが、綾乃たっての頼みなのと沖縄でまたやるからということで、鬼柳がやることになってしまった。
 嫌がるかと思ったが鬼柳は「そういう約束していた」と仕方なしという風にちゃんとした黒い背広を用意していたくらいだ。ある意味賭のようなものだったらしい。
 本当に結婚出来たらしてやるさという軽い口約束はしないほうがいい。
 この父親役は透耶も一緒に入っている。
 透耶と鬼柳二人が綾乃の手を取って送り出すことになってしまっていたのだった。
「綾乃」
「あ、鬼柳さん、どう?」
 綾乃はくるっと回ってみる。
 白いウエディングドレスは妊婦用にしては細く、動きやすいように裾は少し短めだ。
「あっちで透耶が感極まってるぞ」
 指を指した先で透耶が泣いている。
「先生が泣くことくらい分かるし。鬼柳さんの感想だけど。もういい興味ないんでしょ」
 ぽんっと綾乃が手を出すと、鬼柳はゆっくりと手を引いて腕に絡める。
「ま、今までで一番綺麗なんじゃないの?」
 鬼柳はにやっとしてそう言う。ちょっと照れくさかったらしい。
「上出来。お父さん」
 そう言ってにっと笑って歩き出す。
 そこに透耶が涙を拭いてやってくる。
「綾乃ちゃん、ほんと綺麗」
 透耶はにっこりとして言う。
「当然、気合いが違いますからね」
 綾乃はそう言って最高の笑顔を見せ、透耶の手を取る。


 全員が席について、それを送り出す。
 父親役が二人という異例のことではあるが、それは周りはみんな事情を知っているので、笑って送り出す。
 桜吹雪が舞う中、三人が仲良く腕を組んでやってくる。まるで仲良く遊んでいるかのように。
 その先には光琉が待っている。
 ゆっくり歩いて、光琉の前に来ると光琉が手を出す。
 それを透耶と鬼柳が送り出す。その光琉の手を綾乃が取って隣に立つ。
 この手を取ったことを一生後悔しない。
 この手を持つ人を幸せにしよう。そうしよう。

「――あなたは榎木津光琉を夫として愛し続ける事を誓いますか?」
「誓います」
「――あなたは真貴司綾乃を妻として愛し続ける事を誓いますか?」
「誓います」
「誓いのキスを」

 そうして初めてまともにしたキスは、大歓声で迎えられた。
「ずっと一緒にいよう」
 光琉がキスが終わった時にそう言う。
 綾乃は涙を目にためたままで頷く。
「うん、一緒にいよう」
 涙が頬を伝った。
 死が二人を分かつことはないから。