switch101-91 サイレン
「あ、サイレン」
夢うつつなまま、ベッドで寝ていた透耶は、その音が近くでしていたので、ハッとなって目を覚ました。
セックスの余韻に浸っていたのに、けたたましいサイレンの音はこの近所に向かっているようだった。
さすがの鬼柳も気になったのか、のそりと起き上がった。
「この近くだな」
「どうしたんだろう?」
透耶も身体を起こして、ベッドから這い出ると、バスローブを着て起き上がった。
サイレンは警察のモノと、救急車の音である。
これは何かあったに違いないと、鬼柳は起きだして、部屋を出た。
透耶も慌ててその後を追った。
螺旋階段を降りて下に辿り着くと、玄関から宝田執事が入って来た。
「お二方ともまだお眠りではなかったのですか?」
少し驚いた顔をしていた。
「何があった?」
サイレンはすぐに止まっていた。救急車のサイレンも。
でもそれはこの家の前で止まっていたのである。
それが気にならない訳はない。
「それが…」
宝田は少し言いにくそうに透耶に一回視線を送って、それから鬼柳を見上げた。
「実は、我が家に不届きものが侵入しようとしまして、それで警備のものと一悶着起こしてしまったのです」
宝田はそう答えた。
「何者だ?」
「それが新聞記者らしいのです」
新聞記者?と透耶はキョトンとしてしまう。
何故そんな人物が夜中に侵入なんかしようとしたのだろうか?それが不思議だったのである。
だが、鬼柳の方はすぐに気が付いた。
目的は透耶だろうということに。
透耶の誘拐から一ヶ月ほど経っている。とはいえ、新聞記者は、どうやら透耶にその話を聞こうとして無理矢理押し掛けてきたらしい。
「ただ、記者も酔っているようで…」
宝田は少し困った顔をしていた。
透耶への取材は今は出来ない事になっている。
透耶の従姉の氷室斗織がどうやったのか解らないが、透耶の名前を発表するような会社に何かしたらしいのだ。
氷室から出た箝口令により、透耶は完全に安全となっている。それを悔しいと思う人物も多いだろう。
大型新人作家である榎木津透耶のネームバリューは大き過ぎたのだ。
抜け駆けをして記事を書いてしまえばいいと躍起になっているフリージャーナリストもいるのだから。
でも氷室が怖くて手が出せないでいる。
記者は酔っぱらっているのだから、泥水して門を潜ろうとした所をうちの警備員に発見されて、暴れる記者に警備員が殴られてしまって転んだ拍子に、記者は頭を打って血を流したのである。
「面倒な話だ」
鬼柳が舌打ちをした。
透耶は不安げに宝田を見ている。
でも宝田はニコリと笑っていったのである。
「処置の方は私でしておきますので、恭一様、透耶様はお眠りになって結構ですよ」
そう言って、また玄関から出て行った。
警察に事情を説明する警備員はうちで雇っているから、その処理もしなければならないのである。
まあ、このセキュリティから侵入するのは難しいから、入って来たところで、すぐに警備員に取り押さえられていたはずである。
「透耶、後は宝田に任せよう。俺達にすることは何もないからな」
鬼柳は階段の途中で止まっている透耶の側まで駆け寄って、透耶を抱きかかえて二階へと戻った。
「宝田さん一人で大丈夫なの?」
ベッドに下ろされた透耶は不安げに鬼柳の顔を覗き込んだ。
鬼柳はベッドの中央まで透耶を運んで自分も布団に潜り込んだ。
「大丈夫だ。宝田がそう言っているんだからな」
「そうか…」
それで透耶はホッとしたのか、鬼柳にしがみついてきた。鬼柳も透耶を抱き締めて自分の胸の中に収めた。
それから暫くして救急車もパトカーもサイレンを鳴らさずに去って行ったようだった。
透耶は緊張が抜けたかのように、もう夢の中だった。
鬼柳は透耶を再度抱き締めて額にキスを一つした。
自分は透耶を守ると決めた。宝田もそれは同じだった。今回の事は透耶に心配をかけない為に宝田が配慮したのである。
しかし、忍び込んでくるか…。
警備員やSPまで準備していてもまだ安心出来ない鬼柳だった。