switch101-82 プラスチック爆弾
私は石山というSPです。
普段は、エドワード・ランカスター氏という方のSPをしていますが、今は、鬼柳恭一様と榎木津透耶様のSPをさせて頂いています。
お二人との出会いは、透耶様が何者かに勘違いで誘拐され、身代金要求される事件が起こった時でした。
それ以降、二人のSPとして沖縄まで同行した訳です。
仕事ですから、二人の身辺を気をつけるのは当たり前なのですが、何故かいつもと違う気分になってしまっていました。
まず、鬼柳様は、エドワード様の御友人というだけあり、カリスマ性のある方。
指示はとても早く、気遣いもとてもしっかりした方です。
その点、透耶様はとても愛くるしい方で、こちらの気分もよくなってしまうのです。
きつめの対応の鬼柳様に対して、透耶様は誰にでも優しい方です。
様付けする事にも恐縮してしまう程遠慮深い方。
それが可愛いと思ってしまうのは失礼でしょうか?
沖縄にきてから暫くは穏やかに過ごしていたのですが、ある日、ちょうど沖縄観光に出かけた日の事でした。
屋敷から透耶様の悲鳴が聴こえてきたのです。
「おい、今の!」
「透耶様だ!」
私と上司にあたる富永は、急いで屋敷の中へと走った。
これだけ厳重にしてある屋敷の中で一体何が起こったというのかという不思議もあったのです。
メイド達もその悲鳴を聞き付けて、二階へと駆け上がっていた。
悲鳴が聴こえたのは透耶様の部屋からだったのです。
「一体何が!」
「それが!」
部屋に一回入っていたメイドの説明を聞いて呆然としてしまいました。
透耶様と一緒にいるのは、なんと鬼柳様だと言うのです。
しかも今は部屋に鍵をかけられてしまい、誰も入る事が出来ないのです。
悲鳴はまだ聴こえていました。
それがピタリと止んだ時は心臓が止まる思いでした。
さっきまであんなに仲良かった二人がいきなり喧嘩?
どう考えても有り得ない展開だった。
あれだけ透耶様を大切にしている鬼柳様が、透耶様を殺しかねない勢いだったとは思いたくもない。
そこにエドワード様が現れて、この騒ぎを収めてくれました。
透耶様はエドワード様の手によって助け出されたのですが、鬼柳様は暴れ、私達が取り押さえないといけない程の乱心ぶりだったのです。
エドワード様の言葉で私達は息を呑みました。
鬼柳様が本気で透耶様を殺害しようとしていたというのですから。
あの二人がそんな!と思ってしまった。
透耶様はエドワード様に連れられ、屋敷を後にし、鬼柳様はエドワード様から頭を冷やすように言い付けられていました。
私は透耶様の事も心配でしたが、この荒れている鬼柳様も心配でした。
案の定、透耶様を取り上げられたと、鬼柳様は人が変わったように荒れ狂う生活を送るようになりました。
部屋の鏡という鏡を割ってしまい、自分が映ってしまうモノさえ壊してしまうのです。
そうやって懺悔でもしているかのようでした。
本気で透耶様を殺そうとした事を悔いていて、そして今まだ透耶様を諦めきれなくて、切ない程の辛さが伝わってきます。
場合によっては、透耶様はエドワード様の一存で、東京の自宅に帰ってしまう可能性もあったからです。
そうなれば、鬼柳様は追っていかれるでしょう。
それだけ、鬼柳様は透耶様だけを求めてらっしゃるのです。
鬼柳様にとって、透耶様は何者にも変えられない存在なのだと感じました。
では、何故殺そうとまで思ったのか?
その疑問が解けたのは、それから一週間経った日の事。
エドワード様に呼ばれ、ホテルへと呼ばれた時でした。
その日鬼柳様は正装してホテルに向かい、私はそれを追い掛けたのです。透耶様の事が心配だったので部屋を訪ねました。
ちょうど二人が話し合っているのをエドワード様達が立ち聞きしているところで、私も聞かせて貰ったのですが。
喧嘩の原因は、鬼柳様と透耶様の言葉の食い違いから起こった事だったのです。
本当に殺しまで至るとは思えない、呆れたと同時に納得してしまいましたよ。
鬼柳様にとって透耶様は一番大切な人で、失うくらいならと思ってしまったのでしょう。
その問題が解決して、更なる問題である、綾乃様を連れて屋敷へ戻ってきた時は、二人とも何か少し変わったようでした。
透耶様の中で何かがかわったようで、鬼柳様も優しくなった気がしました。
綾乃様がいらして、いろんな事がございました。
透耶様の心境の変化が一番でしょう。
二人は本当の恋人同士になられたのです。
透耶様からの告白があったのだと、鬼柳様は嬉しそうに語ってらっしゃいました。
その嬉しそうな顔は今でも忘れられません。
色んな事があったので、私も忘れられません。
沖縄を後にした後、もう会う事もないのだろうかと思っていましたら、またもや透耶様が誘拐されたと聞き、私は志願して捜査に乗り込もうとしたのですが、待機を申し渡されました。
その事件が解決した後、私と富永は、SPとして鬼柳様に雇われる事になったのです。
お二方との再会は嬉しい事でした。
透耶様は少し痩せられたようでしたが、私達との再会を喜んで下さっていたのが何より嬉しい事でした。
何故嬉しいと思ったのかというと、私自身が透耶様を守っていきたいと思ってから尚更です。
相変わらず鬼柳様には透耶様という存在は必要で、透耶様にも鬼柳様という存在が必要になってらっしゃいました。
短い期間一緒にいただけなのですが、私は家族に会えるくらいに一緒にいられる事が嬉しいと思えたのです。
それから私は透耶様のSPとして働いています。
穏やかな時間が流れていますが、また何か騒動が起こりそうな予感がしてくる夏です。