switch101-61 飛行機雲

 綾乃が来てから、透耶は微妙にピリピリしている。
 やっぱり、教えるからには、きちんとやりたいのだろうが、セックスまで拒まれるのはちょっと納得がいかない。

「綾乃がいるから、嫌なのか?」

 こう聞いた俺に透耶は違うと言った。
 何が駄目なのか解らない。

 もしかして、俺から離れる決意でもしたのかと思ってしまう。

 だが、そうなのかとは聞けない。

 でも、触らせてはくれるし、キスをしてもちゃんと答えてくれる。
 じゃあ、何で駄目なのか、それが解らない。




「透耶は?」

 居間にいるはずの透耶がいなかったので、知念に尋ねると庭にいると言われた。
 窓から覗くと、透耶が庭に座っている。

 また自分の世界に入っているから、呼ばないといつまでもそこに座っている事になる。
 俺が顔を覗かせると、富永が時計を指差し、指を二本上げた。
 つまり、二時間も今の状態でいるという意味だ。

 俺が近付いて行くと、透耶はまだ気付かずにいて、声をかけると少し驚いた顔で振り返った。

「鬼柳さん」

 すぐに笑顔になったのだが、さっきまで深刻に何かを考えていたようだ。
 それが小説の事ではないのは、見れば解る。

 それを悟られたくないのか、空を見上げて、飛行機雲を指差した。

「あれさ。自分が通った跡を綺麗に残すでしょ。でもすぐに消えてしまう。俺もそうやって消えてしまうのかなあ」

 透耶が自分の存在を消したいかのような口調で言ったので、俺は怖くなった。

 俺から離れるのでなく、存在自体を消したい、そういう言い方だった。
 前は否定してくれたのに、今は自分からそういう事を言い出す。

「消えたいのか?」
 低い声で、たぶん怒っているような口調だったかもしれない。
 いつもなら、透耶はすぐに否定するが、今日は違う。

「かもね。色々考えていると、もう消えた方がいいんじゃないかって思う。死ぬ のは怖くないけど、それじゃ後に色々と残っちゃうし」

「残ってくれた方がいい。骨でも灰でも、身体の一部でも…俺に残してくれ」

 俺がそう言ったら、透耶は苦笑している。

「本当に、そんなモノが欲しいの」

「うん。欲しい。透耶のモノなら何でも欲しい」

 本当にそう思っていた。
 別に喜ばそうとか、大袈裟に言っている訳じゃない。
 本当に透耶のモノであったモノなら、何でも欲しかった。

 自分が奈落に落ちようとも、手に入るなら欲しかった。

 そう言った俺の言葉に透耶は泣きそうな顔をする。

 これは、駄目だ。
 余程何かを思い詰めている。
 俺は透耶の思考を止めさせる為に寝転がっている透耶を抱き起こした。

「あんまり難しい事を考えていると、ここで犯すぞ」

 俺が冗談で…まあ半分は本気なのだが…そう言うと、透耶はクスクスと笑っている。

「やらないくせに」

 そう言われたので、俺は溜息を吐いてしまった。

 なんか妙に信用があるらしい。
 取り合えず、透耶が本当に拒んでいるのは解っているから、今更無茶はしないけどな。

 たぶん、セックスを拒む理由は、今考えている事なのだろうが、それを聞き出す事は出来ないだろう。
 透耶にとって、俺と付き合っていく中で、この問題が一番重要な事らしいから、今はまだ聞かない。

 何があろうと、透耶がそれを話した時、俺は受け入れる事が出来ると思う。

 でも、離れるとか言い出したら、今度こそ本当に世界の果てにでも連れていって、俺から離れられないように閉じ込めてしまおう、とか思ってるのも事実。



 こうした独占欲とか、欲望とか、どう処理していいのか、未だに解らない。