switch101-15 ニューロン
初め、榎木津透耶を見た時、綺麗な少年だと思った。
そりゃ、好みではあるのだが、これに手を出す程、俺もイカレてはない。
本能的に、「これは駄目だ」と解った。
何が駄目なのか、何と言ったらいいのだろう?
うん、これだ。
「綺麗な花には毒がある」だろう。
まあ、あの彼氏(毒)じゃ、さすがに三角関係はやろうとは思わないな。
はっきり言って死にたくはないので。
沖縄に来て一日目で、さっそくエドワードに捕まった。
あいつはいつでも俺をいいようにこき使うので、ムカつくのだが、逆らえないのもあって、仕方なく指定されたホテルに向かった。
たくっ、何で都合よく俺は沖縄にいるんだ。
まったく、今度からエドワードが何処にいるか調べてから旅行を考えよう。
エドワードの電話での第一声目が。
「病人がいるので見てくれ」
だからな。
俺の専門でなければと断りたかったのだが、わざわざ呼び立てるということは、医者沙汰にはしたくないという現れだから仕方がない。
ホテルの部屋に通されて、相変わらず人使いの荒いエドワードを再会した。
「悪いな。緊急だったので、お前が沖縄に来ているのを調べさせて貰った」
まったく悪びれずに言い放つ。
「ま、いいけど。他に見せたらいけないのか?」
「ちょっと、身内みたいな者でね。警察沙汰になりそうだから、お前に任せたい」
「了解。その患者は?」
そう言った所へ、その患者らしい少年がひょっこりと隣の部屋から顔を現した。
俺とエドワードを見て固まっている。
エドワードが苦笑して声を掛けると、やっと我に返ったらしく口を開いた。
「エドワードさん、挨拶は英語でいいんでしょうか?」
はっきり言って、この状況でそれが出てくるとは思わなかったので、俺は思わず少年を凝視してしまった。エドワードは吹き出して笑っている。
珍しい、エドワードがこれ程笑うとは。
鉄仮面みたいに表情を動かさないと噂があるエドワードだ。
身内、まあこの場合はエドワードが認めた人間という意味だろうが、それ以外でこいつがこういう表情をするのは珍しいのだ。
取り合えず、自己紹介をして、透耶がエドワードに用事だと思ったので言ってやると、ホッとした顔をした。
妙に扱いやすそうな少年ではあるが、あれが病人なのだろうな。
首に包帯、手首にもちらりと見えた。
エドワードが戻ってきて、俺は事情を聞いた。
「あれは何だ」
「ああ、包帯か? やったのは私じゃない。見てもらいたいのは専門の方だ。ついでに傷も見てくれると有り難い。傷はそれ程酷くはないから、私の手の者が手当てはしたんだが念のため」
どこまで本当か解らないが、エドワードが男色に走ったという噂は聞いてない。
詳しく聞くなら、エドワードに聞くより喋りそうな少年の方がいいだろう。
「解った。何をしてもいいんだな?」
「眠らせるくらいなら構わないだろう。ただし手出しはするな。死にたくなかったらな」
珍しくエドワードが俺の趣味について脅してきた。
またまた珍しすぎる発言だ。
一体、あの少年に何があるというのだ?
少し興味が湧いた。
隣の部屋へ入ると、鏡の前で寝転がっている透耶を発見した。
何かブツブツ呟いている。
側まで近付くが、気配を察してくれない。余程思考でいっぱいなのだろう。
「やっぱ、甘いのかなあ」
と言ったので聞いてみた。
「何が?」
「うん、俺が」
透耶はそこまで言って、声がした事に驚いたのか視線をこちらに向けた。
俺を見て驚いていたが、どうやらエドワードと勘違いしたらしい。
寝転がっているから、気分が悪いのかと思って抱き起こしたら、暴れられた。だが、身体が痛むのか、お腹を押さえて苦しそうに涙を浮かべている。
悪いと言ってソファに下ろすと、強烈だったと身体を摩っている。
もしかして、強姦でもされたのか?
そう言いたくなる反応だ。
それでエドワードがやったのかと聞いたが一蹴された。
本当にエドワードがやったのではないのだ。
別の人と喧嘩をしたというから、彼氏は別にいるのだろう。それがエドワードの関係者という事なのだろうか?
だが、中々手強いようで、傷すら見せてくれないから、エドワードが言った眠剤でも使ってみる事にした。
案の定、よく効いたのか、30分も経たない内に眠りこけてしまった。
身体が痛いと言っていたので、用心して抱え上げた。
さっきも思ったが、これは平均体重を確実に割っている軽さだ。
170センチはあるだろうに、下手したら体重は、50キロ切っているかもしれない。
ベッドまで運んで、シャツローブを脱がせた。
驚いたのは、眠っているのに言う事を聞くという所だ。
服を脱がすのにまったく手間がかからない。
彼氏が仕込んでいるのだろうか?
そんな事を思いながら、体中の傷を調べた。
綺麗な色の身体中に、鬱血した痕が無数にある。
異常な程の数。
彼氏の執着ぶりが窺える。
「相当入れあげてるな。凄い…こんなのは初めてだ」
思わず呟きが洩れてしまった。
所有者の証。
首筋に、肩、股にと至る所に綺麗な歯形が残っている。
こんなのは玄人が見ても手を出すのを躊躇う程だ。
見事と誉めたくなる。
それを横目にして、最初に専門の治療をした。
エドワードの話では、出血が酷かったようだが、思ったよりは傷が付いてなかった。
たぶん、彼氏が大分慣らしていたらしい。それで無理矢理でも少しは耐えられたという所か。
全治一週間が妥当か。
それ以外では手首くらいで、目立った傷はなかった。
首には指の痕がくっきり残っている。
ははあ、これを隠したかったんだな。
俺はそれで納得した。
痴話喧嘩がエスカレートしての事だろうが、これでは完全な殺人未遂だ。
普通の医者に見せたら、間違いなく通報される。
指の大きさから、190くらいの大きな男だろうとは予想はついた。
それで、エドワードが忠告したわけだ。
これだけの執着で、しかも大男となれば、当然俺に太刀打ち出来る訳はない。
しかし、透耶の身体は、極上品であるのは間違いない。
女でもこれだけの肌触りなのはいないだろう。
痩せているとは思ったが、骨格が元々細いらしく、みっともない程痩せてない。肉付きはまあまあいい方だ。
そこまで思って、俺は思考を止めた。
ヤバイ…、マジになりそうだ。
お手付きは何度か食った事はあるが、これは触れるものではない。
溺れたら最後って所だな。
絶対手放したく無くなるだろう。
危険過ぎる。
俺は考えをやめて、透耶にシャツローブを着せて寝かせた。
一週間程、透耶を観察していたが、見た目通りに素直でいい子なのは解った。
意外な経歴と、呪いの事は気になったが、それ以外は普通の子と変わらない。
彼氏との付き合うきっかけも驚きはしたが、透耶がそれで納得しているのだから、俺が口出しする事ではないようだ。
まったく危険を察知する能力があって良かったと思うよ。
透耶の彼氏、鬼柳さんを見た瞬間、エドワードの忠告と、自分の勘の良さに感謝した。
だってね、鬼柳さん。
今さっき、2~3人、人を殺してきたような顔をしているんだ。
俺が専門の医者だって解ってなかったら、確実に殺られてる。
さすがに死にたくはないよ。
まあ、両方ともいい友達にはなれそうだけどな。