spiralling-22

 煌和会。
 創立はいつになるのか誰も知らない。いつの間にか人が増え、組織として形成されていくにつれ、組織はどんどん大きくなった。いつの間にか、龍頭(ルンタウ)などというものが出来、いつくもの組織を束ねる存在が必要不可欠になった。
 2000年に龍頭(ルンタウ)になった男、戴諦慶(ダイ ディチン)はそれは優秀な男だった。煌和会は対立する鵺(イエ)を凌駕する勢いで大きくなり、鵺と対等になるほどの威力を身につけた。組織は肥大化し、上層部との統制はもはや取れない。戴諦慶(ダイ ディチン)は四つの組織に振り分けたモノ立ちに下位組織を統制させ、完璧なる支配力を見せた。
 四つの組織を束ねるものとしても戴諦慶(ダイ ディチン)は優秀で、不満は何処にもなかった。
 しかし戴諦慶も年には勝てず、健康だったのにも関わらず、死んだ時80歳だったというのに老衰と診断された。体が頭についていかなかったために老いて死んだ。
 もちろん頭が無事な戴諦慶(ダイ ディチン)は後継者を選んでなかった。選ばない理由を誰もが理解していた。体が老いてはいても誰かに龍頭(ルンタウ)を譲るほどの気概は戴諦慶にはなかった。支配を部下に譲るなどあり得なかった。
 優秀な戴諦慶(ダイ ディチン)の唯一のミスはそこだった。
 そのため肥大化した組織は統制がとれず、四つに割れた組織は煌和会とはいえ、煌和会○○というような別組織に変貌を遂げようとしていた。
 さすがに四つの香主(シャンチュ)たちは、このままでは煌和会が分解すると危惧し、龍頭(ルンタウ)を選ぶことにした。その場で問題が起きた。
 四つの香主(シャンチュ)から選ぶのは当然となるが、そこで選ばれたのは猩猩緋(シンシンフェイ)の操武藍(ツァオ ウーラン)だったからだ。
 操武藍(ツァオ ウーラン)は、35歳の青年だ。妻はいないが子供はすでに三人ほどいた。身長は180センチと少し高めで、モデルように身体を鍛えた細さ。それゆえに美しい容姿は、見るモノを圧倒した。香港生まれでイギリス人の母を持っているからなのか、容姿は西洋のものだが、思考や育ちは香港人そのものだ。香港の返還時にマレーシアに移住し、煌和会に入った。小さな組織を任されそれを戴諦慶(ダイ ディチン)が気に入るほどの容姿と頭脳を使ってのし上がり、現在の地位を手に入れた。
 三つの香主(シャンチュ)は操武藍(ツァオ ウーラン)を選び、四つ目の香主(シャンチュ)は自分を選んだ。和青同(ワオチントン)の香主(シャンチュ)教裕林(ジャオ ユーリン)は自分が選ばれるモノと思いこんでいてその場混乱した。ひたすら反対を続け、自分が龍頭(ルンタウ)になると意気込む教裕林(ジャオ ユーリン)に三つの香主(シャンチュ)は対立し、やがて教裕林(ジャオ ユーリン)は和青同(ワオチントン)を煌和会として動かし始めた。煌和会は二分化されたようになり、やがてむしり取られるように三分の一の煌和会が、和青同(ワオチントン)に同調し、煌和会から分離した。
 煌和会としては弱体化であるが、猩猩緋(シンシンフェイ)の香主(シャンチュ)から煌和会の龍頭(ルンタウ)となった操武藍(ツァオ ウーラン)は混乱の元となる存在が消えたと喜んだ。
 自分を龍頭(ルンタウ)と認めない組織や人間は必要ないという判断の元、今後和青同(ワオチントン)を煌和会と認めない上に粛正を行った。
 煌和会和青同と名乗って様々な組織にちょっかいを出していた教裕林(ジャオ ユーリン)は窮地に陥った。
 和青同は煌和会ではない。煌和会の名を使ったならず者の組織と認識されていき、やがて和青同は世界中のマフィアなどから煌和会の一部から分離した組織として認識され、煌和会という名前から完全に切り離された。
 もちろん煌和会はそのまま存在し、温厚である操武藍(ツァオ ウーラン)との交流を好む組織の方が多くなり、和青同(ワオチントン)はさらに苦しめられる結果になった。
 それがつい先月まで起こっていた煌和会の内部抗争である。
 完全に内部抗争から組織対立として変化したことで煌和会は落ち着いた雰囲気になった。操武藍(ツァオ ウーラン)の統制はきちんととれていき、末端組織まで行き渡った。その成果は彼に賛同してくれた黒猩猩(ヘイシンシン)の香主(シャンチュ)や和黒同(ワオヘイトン)の香主(シャンチュ)の協力のおかげだ。そこを立ててやるだけで煌和会はますます強固になった。
 やっと落ち着いたところでフランスに渡って和青同がめちゃめちゃにした取引を正常に戻してきた操武藍(ツァオ ウーラン)は、ボディガードと共に空港を歩いていた。
 前から来た日本人集団が通り過ぎようとしたとき、武藍(ウーラン)は見知った顔を見かけた。
 反応しようとしてしたわけではなかったが、持っていたカードを手から落としてしまった。
 シャッと音を立てて滑っていくカードはその日本人の見知った顔の人間の足に当たって止まった。
「カード?」
 その人物はカードを拾い上げて周りを見回す。武藍(ウーラン)と視線が合ってニコリとその人物が微笑んだ。
「あなたが落としたものですね」
 こちらが何を言ったわけでもなかったが、じっと見ていたからなのか。その人物はしっかり落とした武藍(ウーラン)を特定してカードを差し出した。
「Thank you」
 日本語は出来るが、ここはとっさに英語がいいと判断した。なぜかといわれれば、それがその人物の周りがただの一般人でなくヤクザだからだ。中国人が日本語を喋るのはあることではあるが、この殺気立ったヤクザを刺激したくない。つまらない衝突を避けたのだ。
 カードを受け取ると彼らは行ってしまったが、武藍(ウーラン)は彼らが空港から警戒心丸出しだったことが気になり、飛行機の搭乗まで時間があることをいいことに空港待合いが見渡せるレストランに入った。
「武藍(ウーラン)様、一体こんなところで」
 武藍の部下で武藍の身の回りの世話までしてくれる昶月英(チャン ユエイン)が不満そうにそういう。
 武藍(ウーラン)ほどの身分なら個室ラウンジが用意されている。なのに一般人と同じレストランの窓側などという危険きわまりない場所を選んだことも不満だった。
 だがボディガードたちは気付いていた。この得体の知れない何かが空港にいることを。そしてそれは自分たちではなくあの日本人ヤクザに向けられていることをだ。
「あの日本人、この空港で何かするつもりだ」
 武藍(ウーラン)の言葉に月英(ユエイン)は眉をしかめる。
「それがなんです?」
「さっきカードを拾ってくれた日本人。あれはヤクザだ。カードをくれた青年はそれではないようではあったが……周りがそうだった」
「日本のヤクザが取引できたのでは?」
「それにしては統制を取っていたのは、そのヤクザではないかもしれない青年だった」
 この不釣り合いな関係がどうしても気になるのだ。
 武藍(ウーラン)は人を見れば相手がどういう人間なのか、なんとなくは分かる。一般人がヤクザを見てヤバイと思う気持ちより強力なものだと思えばいい。
 相手がマフィアだとか暗殺者だとか、とにかくそうしたものが分かる。だから生き残ってこれたし、戴諦慶(ダイ ディチン)に気に入られていた理由の一つだ。
 そんな武藍(ウーラン)が判断をしかねたのがさっきの日本人の青年だ。ヤクザだと言われればそうかもしれないが、そうではなさそうなオーラが出ていた。けれど、それ以上にもっと得体の知れない匂いがした。
 そう自分と同じ、トップに立つために存在する高貴な存在感。カリスマ性だ。この言葉がぴったりなのだが、彼が表立って動いている感じはしなかった。
 控えめで一歩下がって誰かを立てている。けれどその立てている人物に劣っているところなどないという。理想的な相棒の存在感。
 武藍(ウーラン)が欲しくてまだ見つからないものだ。
 きっと戴諦慶(ダイ ディチン)は自分をそういう風に見てくれていたはずだと思っていたのと似た存在が欲しかった。
 それが目の前をすーっと通っていった。
 だから気になったのだ。
「へー武藍(ウーラン)様のお眼鏡かかったのは日本人ですか?」
「いや性格には半分日本人だろうが、なんだかいろいろまざっていそうだ。我々中華の血も」
 武藍(ウーラン)はそう言って下を見回してその青年を見つけた。
 大きな空港の窓に飛行機の離発着がみえる。その窓側に青年たちが立つ。そして立ち止まり周りを見回して、一点を見つめた
「日本のヤクザにも我々中華の血が混ざったモノは多くいますが……何もそこから選ばなくても……」
 重鎮になる人物に日本人でしかも半分ほど中華が混ざっている程度の人間がなれるとは思えない。
「だが私の側にいる情人ならば、文句はあるまい」
 相手が誰であるかなんて問題はそれほどあるわけじゃない情人という言葉を使うと、月英(ユエイン)は驚くことなく頷く。
「まあそれならいいですかね。あの日本人、美男子ではあるし、さっきみた感じでは申し分はないですけど」
 男性であることは割とどうでもいいというように言う月英(ユエイン)はその青年の容姿を見て納得はする。
 さっき出会った時に美男子であるというだけで一応身動きする彼を見ていたから妙に納得できた。仕草がひどく綺麗だったのだ。動く姿を綺麗だと思ったのは初めてだ。普通、仕草を見て丁寧だの上品だのと思うものだが、動いているだけで綺麗だと思えるのはモデルやそういうものだけだと思っていた。
「ほう、見覚えがあると思っていたのは間違いではなかったか」
 急に武藍(ウーラン)の声のトーンが下がる。
 気に入った青年を見つけたと思ったら、それはもう誰かのものだったなんて、一番気に入らないパターンだ。それもその他人のモノを奪おうとしている輩が見知った人間だったから尚更だ。
「真栄城俐皇(まえしろ りおう)……まさかお前に先を越されるとは思いもしなかったぞ」
 欲しいと願ったものは何でも手に入れてきた。地位や名誉など努力次第の功績以外はすべて金で解決した。だが欲しいと手を着ける前に横取りされる羽目になるとは想像すらしてなかった。
 ショーウィンドウで見ていた服を目の前で買われてしまった。そういうものほど欲しいという気持ちだけが先走りを始める。どうやって手に入れてやろう。それがたとえ人間でもだ。いや人間も金次第で手に入る。臓器すら簡単なものだ。
 だがあれが交渉で手に入るものではないことは、俐皇の顔を見ていれば分かる。あの欲しいモノをやっと手に入れたように微笑むあの顔。あれは目の前の車いすの男と交換してでも手に入れたかったものなのだ。
 きっとアレを持ったまま雲隠れするにきまっている。
「アレを欲しいと言ったら、月英(ユエイン)はどうする」
「俐皇相手にですか?」
「そうだ」
 欲しいモノを要求するとき、どんな困難があるのか、それを聞く。
「そうですね、なかなか厳しいですけど」
 うんうん唸り出している月英(ユエイン)の様子から単独でアレを誘拐してくるのは難しいようだ。
「彼のこと、どうして知ってたんですか」
 それよりという風にあれが何者なのか分かっている武藍(ウーラン)に月英(ユエイン)が聞く。
「アレと取り引きされた人間、あれが宝生組の若頭宝生耀だ」
「え……」
 耀であるという確証が得られたわけではない。顔は見えないし、車いすに座っていて意識がないようだった。それにすぐさま車いすとたむろしていた人間は去ってしまって、俐皇も彼を連れていってしまった後だ。
 そこには何事もなかったように取引が終わり、平静を取り戻した空港待合いがあるだけ。警戒していたボディガードも、妙な気配を発していた人間がいなくなったことを悟って安堵していた。
「宝生組の若頭を確保していて……え、え、それって取り引きされたのは織部寧野ってことですか?」
 混乱したように月英(ユエイン)が言う。やっと武藍(ウーラン)がほしがっている人間が誰なのか知ったわけだ。
 まさかマフィアの間で騒動の元となっていると言われている存在なだけの織部寧野には金糸雀(ジンスーチュエ)であるかもしれないという噂がある。
「彼は金糸雀(ジンスーチュエ)なんですか?」
 数兆円にも上る金を一晩で稼ぐといわれる人間。カジノの出せる限界までの金額を正当な賭で手に入れられる人間を金糸雀(ジンスーチュエ)という。数字に強く、昔はカジノでしか活躍できなかったであろう人間だが、今の世の中なら違った使い道もある稀少人種。だがそれが出来る人間が生まれるのは金糸雀(ジンスーチュエ)の一族でも一世代に一人か二人。その中で最強の金糸雀だった愛子(エジャ)の孫に当たるのが織部寧野だ。その父親だった愛子(エジャ)の子供である織部寧樹は金糸雀だった為にミスで殺された。二世代続いた上に金糸雀一族に金糸雀が現在存在していないことから、織部寧野がそうであるという可能性が高い。
 だが彼がそうした力を使った記録はなく、その彼を管理しているはずの宝生組にも不自然な金の流れはない。
 よって彼は違うのではないかというのが一般的な考えだ。
 だが、宝生組は織部寧野が金糸雀(ジンスーチュエ)であることを知っていても使っていないだけという可能性がある。その可能性を捨てきれない人間も存在した。
 それが和青同(ワオチントン)の教裕林(ジャオ ユーリン)だった。
「まさか俐皇と裕林(ユーリン)が繋がっているってことはないだろうな」
 俐皇が教(ジャオ)との取引で俐皇が寧野を誘拐した可能性もあるが、それだと少しおかしい。
「それなら俐皇がわざわざ出てくる意味がないですよ」
 俐皇が直接取引に出てくる必要はない。不必要な宝生組に恨みを買う必要もないわけだ。あの若頭が動けない状態にされてはいたが、拷問をしたのは俐皇ではないだろう。だから捕まえたのが俐皇でも取引をするのは俐皇の部下がやるだろう。
 だが俐皇は姿を晒してまで織部寧野を若頭と交換した。まるで若頭にお前の代わりに情人をもらっていくよと宣言するかのようだった。
「じゃあ織部寧野を俐皇が欲しがった。それも金糸雀(ジンスーチュエ)関係ではなくってことになりますかね」
 月英(ユエイン)もだんだん分かってきたようだった。俐皇は織部寧野とどこかで顔見知りで、武藍(ウーラン)と同じようにただ織部寧野が欲しかっただけだとすれば、辻褄は合ってくる。
「金糸雀(ジンスーチュエ)としてではなく、人としての価値があるということなのだろうか。あの俐皇が側に誰かを誘拐してでも起きたがる理由なんて一つしかないが、情人以上の何かが織部寧野にあるということなのだろう」
 ますます興味がわいてくる。一目ぼれのように欲しかった人間を右から左へと奪い合う人間が、裏の顔である俐皇や宝生の若頭という同世代となる奴らばかりだ。あげく和青同(ワオチントン)の教(ジャオ)は金糸雀として欲しがっている。
 織部寧野を欲しいという人間がすでに3人いる。それだけの価値があると見る人間がトップの人間ばかり。うち二人はトップではないが、次期トップである人間だ。
 若頭はそこまで台頭しているわけではないが、それでもあの組長代理の育てた人間だけあってミスはなかった。つい先日のミスは和青同が潰したのだが、通常であればやらない手だったのと、それをしても回収した手腕は彼が紛い物ではないという証拠だ。
 それこそ組長代理に隠れてみえないだけで、同等の存在になってきている。
 だが今回の若頭誘拐に関しての宝生組の行動がおかしいのはさっきの取引を見ていて分かった。
「どうやら、組長代理は若頭誘拐の取引には応じなかったのだろう」
「なぜです?」
「あの場を仕切っていたのは織部寧野だった。彼が人質交換に応じたのは若頭を取り返す為であって、それに宝生組は関与していない。宝生組が織部寧野を惜しむ理由はないから、もし取引に応じていたなら、宝生組が取引現場に来ていたはずだ。だが来ていたのはどうみても本家の方だ」
 宝生組は組として成り立っているが、昔は宝生本家という存在が深く関わっていた。それ故に組長が身動き取れずお家騒動にまで発展したことで、やっと本家を組を切り離しに成功した。
 その後本家は宝生耀の教育を持って、組関係から足を洗うことになっているが、宝生耀はその本家の当主で、組関係ではないにしろ宝生耀には関係している。
 その本家筋が動いているようなのに、組は動いてないとなると組長代理は若頭が誘拐された時点で若頭を切ったことになる。宝生組の若頭を切ったとなれば、宝生組に動きがでるはずだ。そうなると煌和会と繋がりがある嵯峨根会にも異変が出る。
「やはり組長代理は代理でいることに不満だったってことですかね」
 月英(ユエイン)がそう言うが、それには武藍(ウーラン)は頷かなかった。
 昨今、警察による取り締まりが厳しくなったというヤクザの世界で生きていくのは難しい。こんなものに捕らわれずとも闇で生きていける世界に若頭を解き放とうとしているのだとしたら、組長代理は恐ろしいことをしている。
 自分で育てた生粋のヤクザをマフィアなど目にも留めない存在として仕上げようとしているのだ。それはあの九十九朱明のような人間を作り上げたようなものだ。
 まだ誰もその危険性に気付いてない。
 宝生組の人間ですらだ。
「まずいな、若頭が戻ってくる前にアレを手に入れる手筈を」
 けがをしていただろうあの若頭は、骨折くらい幾箇所もしているはずだ。だったら完治して動き出すまでに半年いや、三ヶ月は余裕でかかるだろう。それまでに若頭が俐皇に再拘束され殺されてでもいれば、違ってくるが、織部寧野が何の手を打たずに俐皇側に渡るわけがないと思えた。
 カードを渡すときにあれほどの余裕を見せた理由がそこだったとすれば、宝生耀は俐皇の包囲網から逃れる。ならば、俐皇はその怒りから織部寧野を絶対に側に置いて逃がさない。
 そうなると……。
 武藍(ウーラン)の思考がどんどん深くなっていき、言葉がいっさいでなくなると月英(ユエイン)は目をきらめかせて武藍(ウーラン)の思考が戻ってくるのを待った。
 彼がここまで深く考え込むということは織部寧野を俐皇から奪い返す方法を探していることになる。それがどれだけ困難なのか月英(ユエイン)には分かるが、武藍(ウーラン)は月英(ユエイン)以上の頭脳で煌和会の龍頭(ルンタウ)になった男だ。予想だにしない方法で織部寧野を手に入れる方法を思いつくはずだ。
 それが待ち通しくて仕方がなかった。
 だが武藍(ウーラン)が人間を欲しがって画策したことは未だかつて無いことだ。それも織部寧野という人間だ。問題が大ありで寧野を手に入れたことで、やっと沈静化しかけている和青同(ワオチントン)との抗争が再熱するかもしれない。
 そう考えてそれはそれでありかと思えた。
 武藍(ウーラン)は考えを巡らせた。
 和青同(ワオチントン)からの攻撃であれば煌和会は今度こそ潰すことが出来る。攻撃してくる理由が織部寧野という情人を渡せであれば、和青同(ワオチントン)不名誉な抗争理由が認められるわけがない。
 ならば、俐皇から何とかして織部寧野を手に入れられればそれなりの効果ある。
 俐皇には組織がない。その後ろ盾をしている人間が織部寧野を囲っていることを由としないだろう。必ず煌和会に差し出すようにさせてやる。
「そうか何も私が直接俐皇と接触しなくても構わないわけか」
 その言葉に月英(ユエイン)は首を傾げた。
「どういうことですか?」
「何ものすごく簡単な方法だ。私たちは待っていればいいだけ」
 武藍(ウーラン)が考えを巡らせてたどり着いた方法はものすごく簡単な方法だ。それは誰にでも思いつく方法であるが、優先権があるのは先に言ったもの。だが先に言ったところで金額がモノを言う。いくら積めるかというごくごく普通のことだ。
 それにおいて武藍(ウーラン)はとても優位な地位にいる。
 金銭的にせっぱ詰まってる和青同(ワオチントン)など目ではないほどだ。
 武藍(ウーラン)のような龍頭(ルンタウ)が情人に金をかけるのは当然のことでむしろ嫁はおらず子供だけがいる武藍(ウーラン)は女性などに金を使ったことは子供を引き取る時だけだった。その時ですら龍頭(ルンタウ)になる前だが余裕だった。
 人一人の値段で取引では史上最高になるだろうが、それでもそこまでして手に入れることに価値がある人間だ。ただでさえ金糸雀(ジンスーチュエ)という一族の稀少人種。珍しさからでも十分で、さらに美青年。男性経験がすでにあり、情人として経験もある。なら問題はない。
 しかもただの情人ではない。日本で一番のヤクザ組織に囲われていた情人だ。鵺(イエ)ですら手出し出来なかったような。
 そう考えると少しだけ疑問がわいた。
 どうして鵺(イエ)は貉(ハオ)を解体した時、織部寧野を宝生組に渡したのか。宝生組との取引でそうなったとはいえ、鵺(イエ)なら確実に金糸雀(ジンスーチュエ)として利用しただろう。
 しなかった理由は寧野が金糸雀ではなかったということなのだろうというのが一般的だが、それでも彼の血筋には少なくとも2人は金糸雀だった。なら金糸雀が生まれる土壌が彼にはあることになる。それを育てて一族のためと考えるのが鵺(イエ)としても普通だろう。
 しかしそうではなかった。ならば鵺(イエ)がそう出来ない理由が存在したことになる。それも鵺の龍頭(ルンタウ)がそう判断し、跡継ぎの龍頭ですらそうした理由もだ。
 鵺の龍頭二人がそうしなければならない理由が存在する織部寧野という希有な存在。
 そう考えて武藍(ウーラン)はまさかとあり得ない考えではないところに行き着いた。誰もが考えたがきっと失笑してやめただろう考え。
 織部寧野が鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の血を引いている可能性だ。
 あり得ないと思っても彼の祖母の愛子(エジャ)の父親は貉(ハオ)の龍頭と言われている。だがそうだとすればどうして愛子(エジャ)が殺されなかったのかが説明されない。生かされるなら貉(ハオ)の中での飼い殺しが普通だ。だが外に出したということは、貉(ハオ)の中では育てられないが、殺すことも出来ない人間の子供だったということだ。
 貉(ハオ)の中で処理したとしてバレた時に方が問題だった。
 愛子(エジャ)を生かしたまま外へ出し、愛子(エジャ)の子供のことは知らないふりをした。その愛子(エジャ)が日本で拾われて助けられたのが貉(ハオ)のものではなく、鵺(イエ)のものだった。
 そこまで考えたとたん、武藍(ウーラン)の中にあった寧野のあらゆる情報が出てくる。しかし肝心な情報は調べられていなかった。 彼の母親が死んでいることは分かっているがその死に方が怨恨によるひき殺された交通事故だ。これが鵺(イエ)の関係で殺されかけたのが寧野だった場合、鵺(イエ)の現在の龍頭(ルンタウ)の継承がらみだったとすれば、寧樹の子供を殺してしまおうとした輩が存在したのかもしれない。
 そこまでして鵺(イエ)の関係で殺されるほどの恨みなら、龍頭(ルンタウ)が関係していると言っても過言ではない。
 貉(ハオ)が殺せず、鵺(イエ)が庇う。龍頭(ルンタウ)がらみなら、織部寧樹は龍頭の実子となる。
 鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)は血筋の継承だ。だから寧樹が龍頭(ルンタウ)になるべきであり、その子供である寧野にも権利がある。現在の龍頭が死ねば龍頭継承は織部寧野になってしまう。
「ははっ……!」
 この考えが正しければ織部寧野を手に入れるだけで、鵺(イエ)の龍頭まで転がり込んでくることになる。
 このことに気付いている人間はいるだろうが、鵺の龍頭を殺すことまで考えている人間はいないはずだ。
 今弱体化しかけていている鵺(イエ)を潰してしまうことが出来る。なんと言っても血筋でガチガチになっている鵺が現在の龍頭に不満を持っている下部組織と内部抗争中だ。
 だが血筋優勢の組織が勝つと言われていて粛正が行われている。だがそれが鵺(イエ)の終わりとなるとは思ってすらいないだろう。
 宝生組にくれてやったはずなのに、こんなことで蒸し返されるとは思いもしないだろう。
「ですが、織部寧野っていうのはどういう人間なんですかね。若頭救出のためとはいえ、死ぬ覚悟で俐皇の元へいったわけですよね」
 月英(ユエイン)が織部寧野に興味を持ってそう呟いた。
 そこにきてすっと武藍(ウーラン)の計画の一部が消えかけた。
 織部寧野の潔さ、それが性格故だった場合、織部寧野が鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)を欲しがるとは思えない。生きていく上で邪魔にしかならないだろうから、きっと龍頭(ルンタウ)にされそうになったらそれを回避する方法を実行しそうだ。
 そこでさらに興味がわいた。
「陵辱覚悟で敵地に赴く……なんという」
 一人の人間のためにそこまで出来るのは、織部寧野が若頭宝生耀を愛しているからだ。
「……そこまでの覚悟で人質になったとしたなら、ただで済むわけがないと期待するのは酷だろうか」
「期待ではなく、傍観という方法もあります。龍頭(ルンタウ)の計画実行が先になるのか、あの織部寧野が考えありで乗り込んだとして何をするのか、どちらが早いのか」
「ははっ面白い。私が織部寧野を手に入れるのが早いのか、織部寧野が俐皇を看破して脱出するのが早いのかどちらでも私は楽しみだぞ」
 武藍(ウーラン)は織部寧野を手に入れられても入れられなくても楽しいことが分かって月英(ユエイン)の頭を撫でた。
 面白い見物が出来るわけだ。高見の見物。
 取り逃してもまだ時間はいくらでもある。
 煌和会の若き龍頭(ルンタウ)は得られた情報が確実になのかを確かめるための情報を探した。
 そしてそれを嵯峨根会理事長、秋篠啓悟(あきしの けいご)が提供することになる。そうした繋がりがあることをまだ宝生耀や織部寧野が知ることとなるのはずっと先の話だった。