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拘束をしたままの真野を風呂から上げた成原は、体を拭くのも何もかも真野にはさせず、成原がやった。体を拭いてしまうと、真野は裸のままでバスルームから連れ出され、ベッドルームに運ばれた。
そして成原は用意していた拘束のベルトをベッドに取り付けると、真野を拘束する。
手錠だけの簡素な拘束から、革ベルトの拘束に変わっている。ベルトの内側には柔らかな素材が使われ、手首を傷から守るようにクッションが入っている。
その拘束も前よりは安定している感じではあるが、だんだんと本格的になってきた装備に、真野には成原の心が見えた気がした。
真野とセックスフレンドであり続けるためには、この拘束をしないと真野が逃げてしまうと成原は思っている。
心はいらないと真野が言うから、どんなに心を尽くしたところでも真野が手に入らないことを知っている。だからセックスをしている間だけ、真野のすべてを手に入れるつもりなのだ。
それが分かってしまうほど、成原の行為は執拗さを増していた。
成原は真野の体をゆっくりと撫で、確かめるように撫でた。
いつもより丁寧で、真野は少し戸惑ったが、触られていること自体を心地いいと思った。
「んふ……」
真野が胸を突き上げるようにして、成原を煽ると、成原はそのまま乳首に吸い付いた。
「んはぁっ! あっ」
びくりと体が動くのも成原は受け止め、舌で乳首を転がしては何度も吸い上げた。
「んっあっんぁっ」
噛みつくように執拗に乳首を吸って、成原の手は真野の性器に触れる。そのまま扱き始め、真野は気持ちが良くて体をくねらせる。
「あっんぁっ……あっ……んぅっ」
口から漏れる嬌声を止めようとは思わず、そのまま成原に聞かせるように声を上げた。防音されているホテルの室内で、多少の声を出しても、ホテル側も想定して作ってあるため、隣の部屋には聞こえない。
なんとか成原に抱きつきたくなるのだが、拘束がそうさせてくれない。その距離感が、真野には自分が勘違いをしたくなる時の歯止めになっていることを思い出す。
真野が行為中に抱きつきたくなっているのなんて、成原だって気付いているだろう。それでもそれを許してはくれない。真野も成原も譲れない部分を譲らないことで、この関係が保たれていることを知っている。
すでに用意された孔に成原が入り込んでくる。大きなその圧迫感に、真野は毎回満たされている。切り裂くように力強く入ってきては、掻き回して出て行くその凶器を、真野は何よりも愛していた。
真野はセックスをすることは好きで、この行為自体も好きだ。何より気持ちがいいことが好きである。酷くされないのならば、行為を拒むことをしてこなかった。だから、成原ともそういう関係であり続けたいと思っている。
だがそれでも真野の心に成原を愛しいと思う気持ちはあっても、それが恋愛感情のものであるのかどうかは、正直、怪しいと言えた。
抱きしめることを愛おしいと言うならば、これまで真野がそう思ってきた事柄のすべてがそうなる。
今や憎んでいるほどの相手にすら、それを感じていただなんて、認めたくはない。感情などに振り回され、自滅していった母親が自殺をした時にそう思った。
男に振られたくらいで、まだ母親が必要な子供を残して首を吊ってしまうような人間になる。それが真野にとっては恐ろしいことだった。愛するということに一途だった母親が、泣きわめきながら死んでいく。
愛してくれないと離婚をして、愛して欲しいと勝手に自殺をする母親。あの浅ましさとおぞましさは、強烈に幼かった真野の中に残っている。そしてそんな母親を冷めた目で見て、愛しもしなかった父親のように、真野はなっていった。
そしてそれが自分の身にも降りかかった。
わめきながら愛していると言いながら、セックスフレンドに刺された。自分が、母親側ではなく、捨てた側だったことが真野には衝撃的だった。
だから愛しているなんて簡単に言う相手が信用できない。彼らは真野の心は絶対に救ってはくれない存在で、まるで別の星の人間に見えた。
「……真野……」
「あっ……ん……あっあぁ!」
動きが激しくなるにつれて、考え事ができなくなる。いつも翻弄されてしまい、勘違いをする。ないものを強請って、後で気付くのだ。
「真野……あ……」
成原がその台詞を言おうとするのを、真野は噛みつくように唇で言葉を塞いだ。
「……言わないで……」
離れる時にそう呟く。
成原はその言葉に、一瞬だけ躊躇し、悔しそうに腰使いを激しくした。
まるで、こんなにも思っているのにとでもいいだけで、真野はそれを受け止めることしかできない。
愛してるなんて……そんな言葉。
形にだってなりはしない、不安定な関係が前に進むとは一切思えないのだ。
不毛なことをしているという自覚があるだけに、男同士で先があるなんて信じない。
ましてや成原の立場がそれを許さないことを知っている。
どんなに成原が望んでも、真野がそれで安堵する環境はきっと作れやしない。希望を持って接して、絶望をするのだ。
あの母親と同じように、すべてを捨てて死を選ぶだけ。
そして真野が断り続ければ、きっと成原もあの男達と変わらない人間に成り果てるだろう。それが分かっているけれど、関係を切れない自分の未練も真野はおぞましいとさえ思っている。
相手の都合なんて考えない人間に成り果てているのは、真野自身だ。
成原が断らない真野に未来を見るなら、真野から終わりを告げなければならない。
成原は、一回のセックスでは飽き足らず、その日は日を跨いでまで、真野を抱き尽くした。まるで真野が観念して、堕ちてくるまで駆使してやろうと思ったのだろうが、その辺は真野の方が貪欲であった。
元々性欲が強い方で、誰でも付き合えるなら構わないと思っていたほどの真野である。成原が絶倫であったとしても真野はそれに付き合えるどころか、その状況でも煽ってくるほどだ。
つまり、セックスでどうにかしてやれるほど甘い相手ではない。
成原はそれに気付いていたが、それでも真野を求めようとした。
だがその行為は、一つの電話で終わる。
ピロピロと成原の携帯が鳴っている。ライトが点滅して、薄暗い部屋が明るくなる。
成原はその携帯を見やるのだが、一瞬だけ舌打ちをしてその携帯に出るために真野から離れた。
はっはっと息が上がってしまい、その息を整えながら成原を見ると、成原はぼそぼそと電話で話している。
「……今日は予定をいれるなと……分かってないな」
どうやら予定外の予定を入れられ、深夜だと言うのに呼び出されたらしい。そんな会話が聞こえ始めて、真野はふっと部屋の時計を見た。
十二時を回っている時間に呼び出し。きっと相手は分かっていて呼び出しているのだ。
ほら、真野との関係を歓迎している人間なんていやしないと、妙に冷静に頭の中でもう一人の自分が言っている。
大人になって分かったことは、自分たちだけが幸せというのは通用しないのだ。周囲の人間、仕事関係、家の関係。そうしたしがらみがたくさんできて、最終的に人は環境を取る。
成原のような人間。つまり家の権力で今の自由があるような人間は、家を捨てればただの人になる。真野はそれでも構わないが、成原はそのギャップにきっと耐えられないのだ。
男達は真野を愛しているといいながら、真野の環境には合わせてはくれない。自分の環境に真野を連れ込むだけなのだ。それをどんなに真野が嫌っているのかさえ理解しない。
「……分かった……今から行く」
成原がそう言って携帯を切る。
成原は何かを思い詰めたような顔をして真野を見た。
これまでに見たこともないような、切羽詰まった顔だった。
だが真野にはそれは関係ない。電話で何を言われたのか知らないが、真野は真顔で言っていた。
「これ、外して」
ガシャンと音を立てる鎖の音がしたが、成原はそれを聞こえなかったかのようにした。
「成原!」
成原はそのままバスルームに入ってしまい、真野は放置された。
こんなことをされたのは初めてだった。
今まで成原が手錠を外さずに真野を放置するような真似はしたことはない。セックスする前に繋ぎ、風呂に行く前に解いてくれる。
拘束されることで怖いのは、このまま放置されるということだ。真野はそれだけは成原には許していない。それに放置プレイまがいなことは、最初からしないやらないという約束だったはずだ。
シャワーを浴びた成原が出てくる。
「成原! これを外せ!」
そう真野が怒鳴りつけると、成原は真野に近づいてきた。
しかし手錠には触れはしなかった。
「ふざけるな、成原! 約束が違う!」
真野がそう言うのだが、成原はそんな真野を見ると、真野の肩を掴んでベッドに真野の体を沈める。
「……くっ……」
成原はそんな真野の胸に顔を乗せると、全身を預けるように縋った。
確実にいつもと違う様子の成原に、真野は戸惑った。
さっきの電話の後におかしくなったことは分かる。だが理由が分からないから、それは成原に聞くしかない。
「……どうした?」
プライベートのことを聞きたいわけではないが、この状況を作っている原因を知りたいと思うのは普通のことだ。
「成原?」
真野の声が優しくなったのを感じたのか、成原がポツリと呟いた。
「……この期に及んで、俺に女を宛がうだと……」
その言葉に真野はハッとする。
やはり成原の周りは、成原のことをそのままにはしておかなかったようだ。成原に秘密で婚約者捜しをし、それを勝手に決めたということなのだろう。
だが成原はそれで前の婚約者と揉めに揉め、成原一族を乗っ取り返して、婚約者と間男を破滅に追いやったことがある。
本人が望まない婚約をした上に、挙げ句身内にも裏切られ屈辱を受けたことを成原は忘れてはいない。そんな舌の根も乾かないうちにこんなことをされれば、成原といえども怒りでおかしくなりそうなのだろう。
だが、そうは言っても真野にはいつか来る未来が今来ただけのことだった。
「いずれはお前にそういう人が必要だって分かってただろう。今まで甘く見てくれたんだろう、お前の周りは」
真野がそう言うと、成原は恨めしそうに真野を睨み上げた。
真野の言うことはもっともとなことで、正論と言ってもいい。
「お前はどうしたいんだ? 黙って行動したって誰も察してはくれないぞ」
真野はそう付け加えた。
確かに正論だったが、それを持ってしても成原の中にある女性への不信感はきっと一生消えない。そしてそれは一族の者に対する気持ちも同じだ。
成原にとって一族は、従うものだという意識があった。だが今の成原は、従える者になっている。上に立つからしなくてはいけないこともあるが、それがイコール結婚ということはないと真野は思っている。
むしろ、成原のような考えを持っているのであれば、結婚は遅くても大丈夫だろう。何せ成原一族のグループ会社の会長だ。引く手数多どころか、愛人を何人も抱えても問題がない立場だ。
将来的に結婚を考えているなら、その旨を伝えれば済むことだ。
「何も伝えないお前も悪いし、向こうも悪い。どっちもどっちだ。だからちゃんと話してくればいい。今更お前の心を邪険にできる人間は一族にはいないんだろう?」
真野がそう言うと、成原はやっとその考えに至ったようで、ムクリと起き上がると、真野の手錠を素早く外していく。
そして言葉にするより速く、真野にキスをした。
セックスをする時のキスではなく、啄むような軽く触れるだけのキスだった。
「ちょっと行ってくる」
成原はそう言うと、急いで着替えて部屋を出て行った。
手錠の荷物はそのままだったので真野はそれを成原が持ってきていたバッグの中に仕舞い込んだ。
そして手首の傷を確かめた。
赤く擦れているが、鉄の輪っかだった手錠とは違い、傷ができるほどの大きな傷は一切できていなかった。もう手錠で人に見せられない傷はできないということだ。
「このまま、消えるのか」
真野はそう呟くと、成原が戻ってこないうちにと思い、シャワーで汚れを落としてしまうと、さっさと着替えて部屋を後にした。
いつものホテルであるが、夜に出て行くのは初めてだった。
フロントを素通りした。カードは成原が持って行ったはずだ。
外へ出ると、寒さが身にしみてきた。
さっきまで温かかった体が一瞬で冷え、カタカタと音を立てるほどの寒さに真野は肩をすくめた。
終わるときはいきなり終わる。自分はずっとそうしてきた。他人に対して。
だから自分から終わることは慣れているはずなのに、成原と終わることをあまり考えていなかったことに気付いた。
甘やかされてほだされかけた。というのは暴論であるが、それに近いものがある。気に入った人に気に入ってもらっていたことが心地よかった。
でも、それでも心は上げられない。
捨てられる怖さを知っているから、最初から持たないことにした。
だから、今持っているわずかな感情も置いていく。
成原が切り出すまでは終われないけれど、心があげられない以上、終わりはきっとくる。
成原はきっと言うのだ。
きっと別れてくれと。