一瞬の夏-4
「あ……」
優しく唇を吸うと、律里(りり)は甘い声を上げた。これで二度目の口付けになるのだが、律里の唇は柔らかかくて心地が良かった。追い上げるように深い口付けになると、律里もそれに合わせて舌を絡めせてきた。
酔っての行為だと解っているのに、貴史の手は止まらない。
ゆっくりとバスローブの紐を解いて、律里のバスローブもはだけさせる。ベッドサイドにある明かりだけではあるが、白い律里の体が浮き上がって見える。綺麗だと思う。
貴史は男を抱くのは初めてだ。かといって女を抱いたことがあるわけでもなかった。
ただ女と同じように抱くと、男でも感じることがあるという話しは聞いたことはある。何せ学校が学校である。そういう話は妙に頻繁に出ていた。
妙な知識だけは十分にある。それが幸いだったのだろうか。今役に立っているかもしれない。
唇を離して、首筋から鎖骨へとキスを降らせていく。
「ん……あ……」
キスマークを残すように強く吸い付いて舌で舐め、手は律里の乳首の周りを円を書くように撫で回す。
それだけでも十分感じるらしく、律里は体を捻っている。そして、指先で転がすようにして弄ると、律里が甘い吐息を漏らした。
そのまま、吸い付き舌で舐め転がし、突付いてしゃぶりついた。こんなことで喜んでくれるのは嬉しいと思う。ちゃんと出来ているのかを確認するのは、律里の声を聞いていれば解る。
貴史の手はわき腹を撫で、下の方へと張っていく。急いではいけないと思いながらも、律里の体に食らい尽きたい思いが頭の中を駆け巡って止める事が出来ない。
律里は抵抗することなく、全てを受け入れてくれる。
律里自身に触れると、既にそこは濡れていて、勃っていた。今までの愛撫で感じてくれたようだ。ゆっくりと握って摩って追い上げていくと律里の腰が浮き上がる。
「ああ……んっ……はっ……」
このまま手で追い上げてやって達かせてやる。
「あああ……っ」
律里自身は、貴史の手の中で果てる。それでも何か物足りなくて、貴史はそのまま果 てた律里自身を口に咥えた。
「え……やっ……」
一瞬、放心していた律里だが、貴史が口に咥えたことで、びっくりしたように体を起こそうとした。
「だ……だめっ……んん」
果てたままだったそれは、感じたのかすぐにまた復活していた。
「いいから、これ結構気持ちいいらしいし」
貴史がそういうと、律里はえ?っと少し驚いた顔をしていた。
「貴史は……ん……やってもらったこと……ないの?」
「ないな……」
女との経験がないこともうっかり口にしてしまった。情けないとは思うのだが、それは律里も同じだろうし、恥ずかしいことでもない。そのときはそう思ったのだ。
「じゃ……僕が……」
律里はゆっくりと起き上がると、貴史の体に跨って、貴史がしたように同じことをやってきた。
これはさすがに貴史も焦った。律里が貴史自身を口に咥えこんだ瞬間にぐんっと腰にきてしまったのだ。
「ん……ふ……ん……」
拙い動きではあるが、これはやはり自分で手でやるよりも遥かにいいことであるのは間違いないと貴史は思った。
そういえば、男同士がやるとなると……と貴史は考えて、跨った律里の腰を掴んで、穴に舌を這わせた。
ワセリンとかがない以上、慣れさせるには舐める他ないように思う。そうされると、律里の口が一瞬お留守になっていた。
たぶん、驚いたのだろう。
「は……ん……そんな……とこ……」
「男同士でやるってことは、ここ使うしかないし……他に方法がないんだ……」
妙な冷静な言葉が貴史の口から出た。他人の尻の穴など舐めれる訳ないとか思っていたのだが、意外や意外なんの抵抗もなかったのだ。
女に興味がなくて男に走った訳でもないのに、こうしていることが不思議でも何でもないのだ。
ただ、律里が痛い思いをするのはいけないと思うのだ。ここで受け入れるということは、かなりの苦痛のはずだし、慣らしてやらないと酷い結果 を招いてしまう。それだけは避けなければと思うと自然と出来てしまうのだ。
皺の周りを舐めて、解してから少し柔らかくなったところに指を一本忍び込ませた。
「ん……」
やはり最初は不快感があるはずだ。こういうのは慣れてないとやはり辛いものだ。指を入れて、ゆっくりと中を解して、抜き差しを繰り返した。
「あ……そこ……ああっ……」
次第に律里の声が上ずってくる。
「ちょっと……体勢変えるな」
そう言って、自分の上に乗っている律里を降ろし、律里をうつ伏せにし、腰を高く上げる体勢にした。
律里はこんな格好は恥ずかしいのか、顔を枕に埋めてしまった。それでも貴史の行為は止まらなかった。ここまで来たら、引き返せない。そんな思いがあったからだ。ここで律里が嫌がって逃げたがったらやめることが出来るだろうかと思ったが、それ以上に自分が止まらないだろうとも思えた。
だから律里のことは無視して、そのまま穴を広げて解すことに専念した。
指が一本から二本、三本と増えると、段々解ってきた。男には前立腺があるから、そこを刺激してやれば、ここでも感じることが出来るとは知識でもあったからだ。
ゆっくりと抜き差しを繰り返していると律里の腰が震えるように揺らいでいた。そしていいところを見つけた。そこを摩ってやると、律里の体がびくっと震えた。
「ああ……今の何……」
律里は本当にびっくりしたように枕から顔を上げた。
「男でも感じることが出来る。前立腺って知ってるよな?」
「聞いたこと、ある……今の?」
「そう、こうしたら……」
貴史はそこを指で掻き毟るようにしてやった。
「あああ……っ!」
「ここが、律里のいいところ」
そうして、他のいいところも探し当てて摩ってやる。その度に律里の体が電撃が走るようで、びくりと体を振るわせた。
そうして愛撫を執拗に続けていたが、律里は嫌がるどころか、感じているように悶えている。
初めてのはずなのに、抵抗がないのは、やはり酔っている勢いなのか、それとも本当に貴史が好きで、こうされても構わないと思っているのかは、どっちなのかは、貴史には解らない。
ただ、行為に溺れているのだとは、自分でも理解出来ている。出来れば、律里もそうであって欲しい。
そして、指を穴から抜くと、きゅっと締まった律里の場所が、自分を待ち受けているように思えた。妙に官能的に感じる。
「ちょっと、最初は痛いかもしれないから……」
貴史はそう断ってから、己自身を律里の穴に押し付けた。最初はなかなか入らなかったし、律里も苦痛に顔を歪めていた。それでも止めようとは言わなかった。
貴史自身がやっと律里の中に入れて、何度も律里の硬くなる体にキスをして、そして律里自身を扱いてやって、全部を入れることが出来たのは、数分経ってからだった。
挿入という作業にこれほど時間がかかるとは思わなかった。双方ともやっとのことで落ち着いた感じにほっと息を漏らした程だ。
「律里、大丈夫か?」
貴史は、汗ばんだ律里の額の汗を拭いてやって、頬にキスをして、そして唇にキスをした。
それでやっと律里はきつく閉じていた目を開いた。
その時、涙が流れた。
「ごめん、痛いよな……」
貴史が申し訳なさそうに言うと、律里はにこりと笑顔を浮かべて、首を振った。
「ん……我慢出来ない程じゃない……。貴史、優しいから大丈夫……」
「そうか……悪いな、俺も初めてで、余裕がなくて……」
「じゃ、僕、貴史の初めての人?」
妙に嬉しそうな顔になった律里の質問に、貴史は笑って頷いた。
「僕も、貴史が初めての相手……」
「それは良かった」
貴史はそれを律里から聞けて素直に嬉しかった。殆どの律里の初めての体験を自分が教えて上げられるような関係が、妙に嬉しかった。
「そろそろ、動いて大丈夫か?」
「うん……」
律里が頷くのを確認すると、貴史はゆっくりと腰を動かした。最初はやはり苦痛がある。律里は繭を顰めてその激痛に耐えていた。
痛みも全部受け入れていくと決めたのだから、これも貴史から与えられるものだと思うと、変だとは思うが嬉しいとも思うのだ。
次第にその痛みが痺れに変わり、妙な感覚が襲ってくるようになった。それを何と表現していいのか解らなかったが、ある場所を攻められた時にそれは声として出た。
「あ……んっ……ああ……は……」
明らかに感じている声だった。
貴史の腰の動きが段々と激しくなってくる。それを追うのは難しい。ただ自分は喘いでいるしかないし、揺すられる体は体中が性感帯のような感じで、貴史が手を触れるだけで、声が漏れてしまうのだ。
貴史の手でおかしくされているのが嬉しいと思う。
「はっ……あ……ああ……ん……あっ」
「凄い……律里……」
貴史の声も甘い声だった。感じてくれているのだ。こんな未熟な体だというのに、男だというのに、貴史は大事に抱いてくれる。涙が出そうな程嬉しかった。
激しくなってくる動きに、律里は貴史の首に手を回して抱きついた。二人で駆け上がっていく感じが堪らなくいい。
「あ……あ……だ……だめ……あん……」
「律里……律里……ん」
「い……いっちゃ……いっちゃう……」
「俺も……一緒にいこう……」
「あ、あ、……ああっ……あああ!」
「う……んっ」
願い通りに二人は一緒に達した。
貴史はその射精感に満足したのか、そのまま律里の体に倒れこんできた。まだ二人とも息は荒いし、律里に至ってた、まだ戻ってきてない感じである。
貴史はゆっくりと自身を律里の中から引き出して、異様な満足感を味わっていた。
「律里、大丈夫か?」
心配になって頬を摩って、髪を梳いてやると、遠かった視線がやっと貴史を捕まえた。
「あ……うん、大丈夫……」
その言葉に貴史はほっとして、ベッドに寝転がった。あっと思い出して起き上がると、バスルームに戻って濡れタオルを持ってきて、律里の体を綺麗に拭いて上げた。
「気持ち……よかった……」
律里は満足したような顔をして嬉しそうだった。
でも、ここで貴史はそう思ってしまったことを後悔することになる。それは、嬉しそうというよりは、何か決心してそしてそれに向かっていくことを決めた、律里の決意の顔だったのだからだ。
この時はそれに満足してた。
でも、これが最後だとは思いもしなかった。
いくら、後で考えても解らない。貴史には理解がまだ出来ない出来事でもあったのだった。
そうして、五日目は終わった。
次の日、貴史が目を覚ました時、そこには律里(りり)の姿はなかった。最初はバスルームかと思っていたが、暫く待ってみても、律里は戻ってこなかった。
心配になって、バスルームを覗いてみても使った形跡はあるが、律里はいなかった。そして、不安になって他の部屋も探してみたが、何処にも律里の姿はなかったのである。
「なんでだ?」
貴史にはまったく理解が出来なかった。暫く部屋で呆然としていたが、思い当たることは、昨日のセックスのことしか思いつかない。
律里はこうなったことを後悔して、先に帰ってしまったのかもしれないと。
そう考えると納得が出来る。
そうして着替えをしようと、服が置いてあったソファに行くと、その服の上に何かメモが乗っていた。
何だろうと思って読んでみる。
それはたぶん律里の字だったのだろう。こんな事が書かれていた。
『昨日はありがとう。感謝してる。昨日のことは生涯忘れない。貴史、ありがとう。本当にありがとう。律里』
これは、この部屋を出て行く律里が残したメモだった。
これはどういう意味なのだろうか……。昨日のことということは、やはりあのことなのだろうが、生涯忘れないというのはどういう意味なのか、まったく理解出来ない。
まるで、二度と律里が姿すら見せない気になっているような気がするのだ。
凄く不安になった。
貴史はすぐに服を着替えて部屋を出た。出て行く時に律里が料金を払っていたらしく、会計は既に済まされていた。
何もかも、綺麗にされていて、貴史の不安は更に増していく。
もう二度と律里に会えない気がしてならないのだ。この不安はなんだろう?
でも、律里は同じ学校の生徒である。学校では会えるのだから、そんなに焦ることもないだろうと思ったが、今すぐ律里に理由を聞きたい。
だが、この時になって、貴史は律里の連絡先から、自宅、知り合いなどをまったく知らなかった事実に驚愕した。
律里は、自分のことを何一つ話してなかったのだ。いつも貴史のことを聞きたがって、自分が何処の何者なのかも話してなかったのだ。
でも、それは学校で解ることだ。 貴史は、そのまま家に帰ることしか出来なかった。
どうせ、追試で学校へいった時にでも、律里のことを調べればいいし、もしかしたら、律里の方から声をかけてくる可能性もあるのだ。
何もこんなに不安になることもないだろうと、この時の貴史は楽観視していたのだった。
翌週、貴史の追試が行われた。やはり暑い日で、吹き抜ける風が気持ちいい日だ。
貴史は追試を見事乗り切って、なんとか単位を落とすこともなかった。それは良かったことだった。
だが、その日、玄関に行って見ると、いつも待っててくれたはずの律里の姿はなかった。
今日は来ないのだろうか。それとも自分が終わるのが早かったのだろうかと考えて、貴史はその場所で昼まで律里を待っていたのだが、結局、律里は現れなかった。
後日、用事もないのに学校へもいってみたが、律里はいなく、図書室にも通 ってみたが、律里の姿を見つけることは出来なかった。
やがて、終業式の日になり、貴史は学年中を駆け回って、律里を探し出すことにした。
しかし、そこで驚愕の事実が待っていた。
この学校の一年には、碧海律里(あおみ りり)という生徒がいないという事。
誰も律里を知らないといい、学級委員に聞いても同じ答えしか返ってこなかったのだ。
おかしい、と、貴史は思った。
律里がこの学校に存在しないのに、律里は制服を着て図書室通いをしていた。なのに……と思い、他の学年を探してみたが何処にも碧海律里は存在しなかったのである。
夢か、誰かに騙されているのか。
どう考えても解らない。
でも、律里は堂々と図書室に通っていたのだ。
そこで思いついて、図書室で律里の本の貸し出しを探して貰うことにした。一週間通 ったのだから、司書も覚えているだろうと思ったのだ。 しかし、司書に聞いて見ると。
「ああ、あの子ね。いつもコピーしてたね。でも借りたことはないから、残念だけど、名前くらいしか知らないのよ。でも、あれだけ出入りしてた子なのに、私、未だにどこのクラスなのか何年なのかもあたりがつかないのよ。もしかして外部の子なのかしら?」
という、何とも変な答えが返ってきた。
つまり、律里はここの生徒ではなく、外部の高校生で、ここへは蔵書を読みたいから通 っていたというだけなのだというのだ。
それでは、この学校で律里を探しても見つかるはずはない。
そうして、ただの高校生である貴史が、碧海律里(あおみ りり)を探し出すことは出来なかったのであった。
そうしているうちに夏は終わり、律里のことだけが鮮明に残っている不思議な体験をしたという事だった。
それから、五年。
今でも律里という存在を思い出す。律里は何者で、何が目的で自分と親しくなって、あんな関係になったのか……。
いくら考えても解らない。
時折、碧海律里(あおみ りり)という存在を思い出すのは、あの暑い日になると、嫌でも思い出すということだ。
今でも忘れられない。
忘れようとしても、普段忘れられていても、この暑い日が来ると、思い出してしまう。
「なあ、律里。今、どうしてるんだ? 俺は何だったんだ?」
久しぶりに思い出し、貴史は呟いてしまう。
一瞬の夏。まさにそれだ。
一瞬であって、自分には永遠にある夏。
このことは、誰にも話したことはなかったし、律里を探すこともしなかった。
律里には解っていたのかもしれない。これが一瞬の出来事で、最初からたった一瞬の為にしか存在出来なかったということを。
色々思い出してみると、律里が自分のことを話さなかったのも、最初から別れが解っていたからなのかもしれないと。
律里には期限があった。
貴史には永遠だと思えた。
最初から、偶然に出会って、そして別れたというだけの事だ。
でも、律里(りり)。
今でも忘れられない俺は、未練があるんだと思う。
だから、こうして一緒に過ごした暑い日が来ると、自然に律里のことを考えてしまうのだと思う。
でも結論は同じだ。
律里は探して欲しくはないんだろう? ってことだ。
俺に探して欲しくないから、何も教えなかったんだろう? と。
そして、多分来年の夏にも、貴史は律里のことを思い出すのだろう。
一瞬の夏の記憶を。
楽しかった出来事。
初めての経験。
淡い恋。
そして、貴史は律里を探したりはしない。律里も貴史を探したりしない。
もう終わったこと。
一瞬の夏の出来事に過ぎないのだから。
一瞬でありながら、永遠でもある夢を、貴史はこれからも思い出すのだろう。
律里(りり)が言った。
生涯忘れない。
その言葉がまだここに残っているから。
だから、貴史も生涯忘れない。