Hello.Hello-11
アリスが「ただいま」と言って目の前に現れたとき、伸哉は思わず泣きそうになってしまった。
「おかえり」と口に出たのは奇跡かもしれない。そう思うくらいには自分は驚いていた。
その帰ってきたアリスは、記憶などなくしておらず、前の記憶も記憶をなくしていたときの記憶も持っていた。
よくよく考えたら記憶を失っていた間の記憶がなくなるというのは、よくネタで使われているだけで、実際なくなるのかなんて誰も知らないだろう。
アリスはそれで怒っている。
目の前に伸哉が好きな銘柄のコーヒーを出してくれたのだが、さっき「ただいま」と言ったきり喋ってくれない。怒らせたことは分かっている。アリスが自分を忘れてしまうのを恐れ、それから逃げてしまったから、アリスは目を覚ました時に一人になってしまったのだ。
その感覚を伸哉は自分がいつも誰かに置いていかれていたことに当てはめて考えた時、かなりの後悔をしてしまった。せめてアリスの記憶が戻った時、自分のことを覚えているのか忘れているのかくらいの確認はすべきだっただろう。そうでなくてもアリスは不安だというのに、その説明すら他人に押しつけて逃げてきてしまったのだ。
「伸哉さん……」
「……なんだ?」
やっとアリスがこっちを向いてくれた。
「俺がどうして黙ってるのか、それで機嫌が悪いのかはもう分かってますよね?」
「ああ。俺が絶対的に悪いことも」
伸哉は即答した。
「……伸哉さん。俺はそれを怒っているんじゃないんです」
「え?」
アリスは伸哉に置いて行かれたことを怒っているのではないのだという。しかし、この流れだとそういうことになるだろう。何が違うのか。
「伸哉さんは今俺の記憶がなくなってないことを確認して、自分が俺の記憶が戻った時、伸哉さんの記憶が残っているのか残ってないのかくらい確認してくればよかったって思ってますよね?」
アリスはじっと伸哉を見つめていう。
「……ああ、そうだが」
まさにそう考えていたことだ。それはきっとバレているとは思っていたが、アリスはそれを怒ってないというし、なんなのだ?
「その考え、それが俺の怒っている理由です」
アリスはそういう。
「だって伸哉さんが、俺の記憶が戻ったときに怖くて仕方なかったことくらい、俺だって分かります! 俺だって伸哉さんの記憶から自分の記憶が抜け落ちていたりしたら、すごく怖いし、誰?とか言われたらきっと息が止まって死んでしまう!」
アリスはいつになく興奮してるように叫ぶ。
それはアリスが伸哉のことを思っているからこそ叫ぶことだ。
「そんなことが分かっていて、なんで伸哉さんは俺を置いて行ったんだろうとか、そんなの酷いとか、ここに来るまでずっとそんなことを思っていた自分に腹が立って……」
アリスはそう言って涙を浮かべている。
「それでも置いていって欲しくなかったなんてどうしてもその答えに行き着いて……そんな酷い矛盾をしてる自分に腹が立って」
伸哉は自分に腹が立って泣いているアリスをすぐに抱きしめた。抱きしめると同時にアリスはうーっと声を出した泣き出した。アリスは自分に腹が立って泣いたと言っているが、これは伸哉が泣かせたも同然だ。
「アリスは何も悪くない。そう思うのは当然なんだ。俺はいつも肝心なところでミスをしているみたいだしな。アリス、ごめんな。目が覚めた時、怖かっただろ。寂しかっただろ」
伸哉はアリスの顔中にキスをし、涙を拭き取り、一生懸命謝ったり慰めたりとしていたが、アリスの不安は大きかったらしく、しばらく泣きやむことはなかった。
置いて行かれる不安など、伸哉が一番よく知っているではないか。
それなのに、自分からそういう行いをしてしまうなど、本末転倒だなと苦笑してしまう。自分はそうやって今までも周りを置いてきてしまったのかもしれない。求めたからなくなるのではなく、なくなる前に捨ててきてしまっていた。自分だけが傷つきたくないからだ。
目の前には泣きながらも伸哉を求めるものがいるではないか。
それを手放してしまってはだめだ。
伸哉はアリスという存在が嬉しくて仕方なかった。
かわいいかわいいアリス。そう思える。
顔中にキスをして、唇にもキスをする。
アリスは少し驚いた貌をしたけれど、そんなのはちょっとだけで後はゆっくりと目をつむってくれた。全部を任せてもらえるなら、と伸哉は少しだけアリスに選択権を与える。
「アリス、ここでいいか? それとも二階のベッド?」
かなり意地悪な質問だったかもしれない。アリスが真っ赤な貌をして返答に困っている。
伸哉は苦笑して二階の方を選んだ。
後々寝るのにはベッドの方が楽であるからだ。
アリスを抱きかかえてゆっくりと二階へと上がる、ベッドにゆっくりと下ろすとまたキスをした。キスにアリスが夢中になっている間に伸哉はアリスの服を脱がし始めた。
ワイシャツのボタンを全部外して、ゆっくりと肌に触れた。
「あ……」
伸哉は触れながら昨日付けたキスマークにまたキスマークをつけた。ずっと消えないようなキスを印として。
「ん……」
何かピリピリした感覚が体中を駆け巡る。
アリスは不思議な感覚に見舞われていた。昨日とは違う何か満たされたもの。
本当に五十嵐伸哉という人が自分に触れている。それが嬉しい。
唇はどんどんキスマークをつけて、沢山の印を残しながら、ズボンを脱がす。
キスマークを付けた後は、唇にキスをする。アリスの口の中に舌が忍んでくる。濃厚なキス。アリスは翻弄されっぱなしになる。
それでも伸哉に強く求められているのだと感じる。
「……ん……はぁ……」
キスのせいで、緊張していた身体の力が抜けていく。
「ん……あ……」
キスが少しやんだと思うと、伸哉が服を脱いでいた。自分とは違う逞しい身体。
まるでストリップでも見てるかのようで、少し恥ずかしかった。
伸哉が服を脱ぎ終えると、またアリスの身体に覆い被さる。暖かい人の体温が伝わってきてアリスは安堵する。
胸の突起に指が触れ、こねられてしまうとアリスは身体が跳ね上がる。
下半身にズクッとした感覚が持ち上がり、反応した己が立っているのだ。
そこへ伸哉の手が触れた。優しくアリス自身を包んでゆっくりと扱きはじめる。
「あ……あん……あぁ……っ」
「アリス……」
「だめ……もう……いっちゃう……」
「いっていいよ」
伸哉はそう言って、扱く速度を上げていかせた。
「あ! あああ!!」
急激に与えられた快楽にアリスはそのまま達した。
アリスが意識を少し飛ばしかけた時に伸哉は先に進める。ローションでギュッとしまった孔に指を入れる。力を抜いていたからするりと入った。
そこに指を出し入れすると、アリスの意識が戻ってきた。
「やぁ!あん……っ!」
中に入った指は、アリスの快楽の場所を探し当てる。見つけたところで身体を反転させられて、伸哉に尻を突き出すようにされてしまう。
「は、恥ずかしい……」
「……傷つけたくないんだ」
伸哉は言って、中に入れた指を二本三本と増やしていく。アリスは枕に顔を押し付けたまま、ただ喘いでいた。
「ああ!んんっ!」
「見つけた、ここ気持ちいいんだ」
そこを見つけた伸哉は嬉しそうに言って何度もそこを刺激する。
「……あん……あぁ……っ」
後ろを触られていただけなのにアリスはもう一度達してしまう。
「はぁ……ん、はぁ……」
「アリス」
伸哉はアリスを仰向けにして、その顔を覗き込んだ。
「大丈夫か」
ぐったりしたアリスはなんとか答えた。
「う、うん……」
ここで大丈夫じゃないなんて言うと、伸哉は本当にやめてしまうだろう。この人はそういう人だ。でも今は辞めて欲しくないのだ。
「……大丈夫、もっとして……」
自分からせがむのは恥ずかしいけれど、今は本当に欲しいから、伸哉が欲しいから素直に言える。
「ありがとうな。しがみつけてな」
伸哉のほっとしたような優しい笑顔にアリスは顔を真っ赤にする。
「うん……」
アリスは腕を伸哉の肩に回して準備をしていた。
伸哉はゆっくりと、孔の中へ己を入り込ませる。
「あ! んんんっ!」
アリスの孔は伸哉自身を受け入れた。
「……入ったよ」
伸哉がそういって二三回腰を動かしたので、アリスの口から喘ぎ声が漏れた。
「はっ!あ……っ!」
さっきアリスの快感の場所を探り当てていた伸哉はそこを攻めていた。
「はぁ……ん……あっ!」
「アリス……ごめんな、ちょっと我慢が」
伸哉はそういうと同時に一気に腰を動かしたのである。
「あぁ!」
アリスは伸哉の肩に回した腕をギュッとして抱きついた。振り回されそうな感覚がしてそうしていないと耐えられないからだ。
「ん……はぁ……あぁ……」
伸哉はそんなアリスの声を聞きながら、夢中で腰を動かした。
自分の身体で満足してくれているアリスが愛おしくて仕方なかった。
「アリス……アリス……」
「ぁあっ……はっ……しんや……さん」
杞紗も感じてくれている、それが嬉しかった。
「あ、もう……だめ……っ!」
アリスがそう喘ぎを上げたところで、アリスは三度目に達した。
その締め付けで伸哉も一緒に達した。
「はぁはぁ……」
「ん」
二人はぐったりと覆い被さった状態で暫く荒い息を吐いていた。
でも先に復活したのは伸哉の方だった。
「アリス……愛してる」
伸哉はアリスの顔中にキスをした。
アリスは力なくベッドに横たわったままであるが、なんとか息を整えて言った。
「……伸哉さん、愛してます」
アリスはやっとそう言うと、すうっと息を吐いてそのまま意識を飛ばしてしまった。
「アリス?」
すっと眠ってしまったアリスを見て、伸哉は苦笑する。
この子は本当に大物だ。
目の前のオオカミが何をするか分からないのに、こんなに安心して眠ってしまうとは。
それでもそうしてくれると嬉しいのだ。自分の側は安全だとアリスが思ってくれている証拠であるからだ。
愛おしい存在、本当に手に入れられた。
それが泣くほど嬉しかった。
翌日、更織がやってきて祝福をしてくれた。
偶然昨日アリスが戻ってきたのを見ていたので、その日は邪魔はしないつもりであったし、けれど気になって仕方なかったらしい。
それでも夕方に来たのはアリスの体調を気遣ったのだろう。
「もう本当に伸哉のバカはね、臆病なのよ」
やっと夕方に起きたアリスのベッドの側で更織は愚痴をこぼす。
どうやらアリスには伸哉の過去を話していたらしく、アリスは勝手に聞いてすみませんと謝っていた。
それに伸哉は苦笑しただけで、アリスの頭を撫でただけだった。
アリスは伸哉がアリスを失うとどうにかなってしまうということを知っていたということだ。そうして戻ってきてくれたのだ。あんなに慌てて、あんなに急いで。
それをなんて可愛いのだろうと思う以外に何がある。
更織はさんざん文句を言うだけ言うと、デリバリーしたものをたくさん置いて帰って行った。ただ帰り際に今度は伸哉の兄にも紹介するようにと何度も言われた。
「いいのかアリス」
兄に紹介すると言う話に伸哉はそう聞き返した。
「俺は会ってみたいです」
アリスはにっこりして答えた。
「じゃあ、とりあえず、アリス、引っ越しな」
「あ……そっか……」
全部を思い出したアリスは、自分の住んでいる家が残っているのを思い出した。
鍵は大家に開けてもらえばいいとして、引っ越しの話は記憶を思い出す前に言われていたことだった。
「部屋はそこの物置を開けるから、そこでいいだろう」
伸哉はそこの部屋を開けて、中を覗く。
「伸哉さん、さっき更織さんに引っ越し屋さんのチラシもらったんですけど、友達に軽トラ出してもらった方が安上がりなんです。ただ好奇心で突っ込まれると困るというか」
アリスがそう言うと、伸哉はにっこりとして尋ねた。
「いくら安上がりなんだ?」
「友達に車だけ出してもらったら、引っ越し屋のバイトさん一人分だけでいけます」
日給ほんの一万程度。車は空いているのを借りるのでロハなのだと言う。
「まあ、バレても俺は困らないが、アリスは?」
「まったく困りません」
そうアリスは答えた。
もう身内は誰もいないから困りようがないのだという。友達はその辺に理解がある人種なので問題はない。
「じゃ、車借りて運ぼうか」
「はい」
アリスはにっこりして返事をした。
その翌日にアリスは家に戻り友達に説明して引っ越すことになる。
伸哉は部屋を開けて準備をしてアリスを迎える。
荷物をもってやってきたアリスに伸哉は。
「おかえり」
そう言い、アリスは。
「ただいま」
そう答えるのであった。