everyhome-番外編 枡形尋(ますがた ひろ)の事情2
兄は、非常に変わった人だ。
名前は氷室侑(ひむろ ゆう)。経済誌にはよく出る名前で、会長や社長よりも、その業界では兄の方が有名だ。
というのも、会長はほとんど会社経営はまとめるだけの存在で、グループ全体のことを把握しているくらいで今の経営状態は非常に満足しているからあまり口出しをするような人ではないらしい。
そして、その社長は、経済人というより多方面の芸能面で有名であって、社長という雰囲気の人ではないし、実際それほど仕事をしてるわけでもないらしい。
なので実質、氷室グループを動かしているのは、俺の兄である氷室侑の方であることは経済界では有名な話。
そんな忙しい兄が、大学生になった俺と遊んでくれるわけもない。
これだけならまだエリートな人間という真面目な面を持っているだけだと思われそうだったが、その後俺が母は貯めに貯めていた経済誌の山を見つけたことから、兄という人物の奇妙な部分を知ることが出来た。
確かにエリートの道をばく進中であるし、あのいやに整った顔とバックにある総資産に、それはそれは女性にモテるだろうと思っていたが、ある記事を見つけた時、俺の頭は真っ白になったものだ。
兄は、女性が大の苦手だ。別にそれで邪険にするわけはなくて、エスコートは完璧にこなす人であるのは、誰もが誉めていたけど、実はその兄がゲイであることを赤裸々に告白していたことに俺の頭は真っ白になったわけだ。
まさか、将来有望な兄が、ホモ……?
ある企業家女性が、兄との仲を報じられたことで少しだけそのことを突っ込まれていたが、その女性は笑って、それはあり得ないと言い切っていた。あの人は確かに紳士ではあるが、女性に興味がないのがありありと分かる態度であって、それが兄に向けられる結婚やそうした願望であるほど、兄のあの鉄仮面がさらに鉄仮面になっていくのだそうだ。
紳士である分、モテはするが本人は一切女性という存在をシャットアウトしてしまっているから、話にもならないレベルなんだそうだ。
兄は俺の予想を遙かに上回る突き抜けた考えの持ち主らしい。
そう実感したのは、東京駅で初めて兄の秘書という名の人にあった時だった。
兄が急に当日動けなくなったと言い出したのは、新幹線に乗り込んで意気揚々と東京へ向っている時だった。
駅に着いて兄の姿を探していた俺に、大学生くらいの青年が話しかけてきたからだ。
「あの、枡形尋(ますがた ひろ)くん?」
そう凄く綺麗な声で呼ばれて俺は振り返った。そこに立っていたのは俺と同じくらいの大学生らしい青年。でも容姿は小綺麗なもので、顔は思わず見とれてしまうほど綺麗な形をしている人だった。
「えっと……誰?」
俺はその人を見つめて聞いていた。
「あれ? もしかして留守電聞いてない?」
その人は少しだけ顔を傾けて、本当に知らないの?と言ってくる。
俺は慌てて携帯の電源を入れて、携帯の留守電を確認する。
『ああ、私だ。悪いな、抜けられない緊急の会議の用事が入ってしまった。迎えには那央(なお)をやるから、聞きたいことがあれば那央に聞け。まあ、どっちかというとお前が行きたい場所の方は那央に聞いた方が早そうだしな。じゃあ夜には那央と一緒にうちに寄るように』
俺はこれを聞いて唖然としたものだ。
あれだけ一日空けておけと言っておいたのに、この始末。
確かに忙しい人ではあったが、日曜までこの調子では、約束したことは全部直前でも簡単に破棄されやすいだろう。
「えっと、あんたが那央って人?」
そう俺が尋ねると那央という人は頭を下げて自己紹介をしてきた。
「藍沢那央(あいざわ なお)です、今日一日お世話をするように言いつかっています。よろしくです」
なんだか礼儀正しいというより、ちょっと固い人らしい。
しかし立ち姿を見ていると、背筋はしゃんとしているし、そこらにいる大学生のように軽くもない。どっちかというと良いところの坊ちゃんという感じだ。
「えっとさ、兄とはどういう知り合い?」
「会社の方のバイトで、秘書室の雑務のようなことをさせて頂いています」
なるほど、秘書室だったら兄に一番近い部署だ。そこにバイトに入っているくらいだから当然兄とは顔合わせはしているだろうし、大学生らしいし、兄は一応堅苦しい秘書を寄越すよりはこっちの人の方が自分に近いだろうと気を遣ったようだ。
「では、どこから行かれますか? 一応は侑さんから行きたい場所は聞いていますが」
そう那央さんが言った時、俺はあれ?っと首を傾げた。副社長ではなく、侑さん。これはどういうことだろうかと。
「どうかしましたか? 気分でも?」
俺が固まっていたから、那央さんは俺の顔を覗き込んでて心配しているらしい声。
とはいえ、あんまり表情は動いていないけどな。
この人は兄のような鉄仮面ではなく、なんというか無表情という感じだ。ちょこちょこは表情に出るけれど基本無表情。なんだか人形みたいに綺麗な顔をしているけど、綺麗なだけでなんか怖い。
ほら、綺麗な人形が家にあると、何かあったわけじゃないけど、怖いって思うことがあるだろう? そんな感じだ。
「いや、いいけど。俺が行きたいところ、ゲーセンだけど任せていい?」
俺はそう言って話を進めた。
「はい。幾つか流行の場所をピックアップしておきました。このまま地下鉄で渋谷に行きますね」
那央さんは一応は笑顔を浮かべたけれど、なんだか慣れてない感じだ。
どうも地元の大学の友達とはまったく違う雰囲気に、完全に秘書風な対応。兄貴にこうしろとでも言われたのだろうか?とふと考えたが、あの兄はそういうことを言いそうにはない。
もしかして弟だからそれなりの相手をしておこうと思っているのか?
那央さんの様子からは、好かれようとする気が見えないのがどうも気になる。
普通、兄の弟だと分かってたら、もっと対応が違うような気がするんだがと考えている間に、那央さんはすたすたと歩いていってしまう。それに置いて行かれないように俺は走った。
電車に乗っても弾む会話もなし。
那央さんは携帯をいじっていて、俺の話し相手になろうという気はないようだ。
今時の人みたいに電車では携帯で遊ぶのだろうか?
そう思ってその携帯を覗いてみた。
その画面は、地図だった。
「え? なんで地図見てんだ?」
俺がそう話しかけると、那央さんは真剣な声で答える。
「地図見ないと、どこに何があるのか知らなくて……」
「え? 渋谷行ったことない?」
「はい。なので友達に簡単に説明して貰ったんですが、やっぱり心配になって」
「え? 大学生だよね? 遊びにも行ったことがないの?」
俺は意外だなと思ってそう聞くと那央さんははいと頷いた。
一体全体、どんな大学生活送ってるんだ?
てっきり東京の大学生は始終遊びほうける場所があっていいなと思っていたのだが、目の前に例外がいる。
なんだかんだで渋谷に到着し、予想通りの人込みの中を歩きながら、俺が行きたいと言っていたゲーセンに到着した。
ここのゲーセンに来たかったのは、ここ限定のゲーム景品があると聞いていたのでそれを取ってみようと思ったのだ。
俺がそのクレーンゲームを見つけてさっそくやり始めると、那央さんはその近くでじーっとそれを見ている。
たぶん、やったことなんだ……。
あまりに真剣だったからなんか可笑しかった。
俺は2000円分使ってもまだ商品が取れなかったのでまだやり続けていたが、那央さんは俺の隣の家族連れに何か話しかけている。
休憩する傍らそれを見ていると、那央さんは小さな子に何か話を聞いて、母親にも何か聞き、そしてゲーム商品を眺めている。
「あー、うん。たぶん取れるかも」
那央さんはそう言って子供の傍に戻ってきた。
「ほんとー?」
「やってみよう。俺が止めてって言ったら止めてね」
「うん」
そうして那央さんは子供の後ろに立って、操作は子供にやらせている。
子供がボタンを押し、右にクレーンが動く。
「止めて」
「はい」
「じゃ、今度は奥へ行くボタンね」
「はーい」
那央さんは今度は横に回って商品を眺めている。
クレーンが動いて、そして那央さんが止めてと言って止まる。
「うん、いい感じ」
「あがるかなー」
クレーンが下がっていくのを三人は真剣に眺めている。狙っているのは猫のぬいぐるみらしい。あれなら取ろうと思えば取れる配置だ。実に子供が欲しがりそうなぬいぐるみだった。
クレーンはその上に出ていた猫のぬいぐるみを掴んで持ち上がる。
「さーちゃん、台に触っちゃ駄目よ。揺らしても落ちるんだから」
母親もまさかぬいぐるみが持ち上がるとは思ってなかったようで、それが左の商品受け口に入るのを見ている。それがポトンと入った瞬間、子供と母親は喜んで、ぬいぐるみを取った。
「ありがとうございます」
「いえ、取ったのはさーちゃんの力ですよ」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「よかったね」
那央さんはにこりと笑ってその親子と別れた。
へー……、あんな顔して笑うんだ。
俺はその笑顔に見とれていた。だって男の人なんだけど、すっごく綺麗な優しい顔で、さっきまでの無表情とは違った表情をするんだもんな。
俺はちょっと眩しくて目を背けた。
そのゲーセンで最新ゲームをしていたが、那央さんはずっと俺のやることなすこと不思議そうに見ていた。たぶん、兄のような人たちはこういうところにはこないんだろうなとそう思えた。
だがそれに興奮することもなく、ただ無表情で眺めているだけなので、どう思っているのかは分からない。
お昼は近場で那央さんが友達に教えてもらったらしい品のいい喫茶店で食べることになった。
俺はお腹も空いていたし、パスタにご飯ものにデザートまで頼むと、那央さんはびっくりしていた。
「そんなに入るの?」
「入るよ、それより那央さんはそんなので足りるの?」
那央さんが頼んだのは普通にハンバーグだったけれど、ご飯やパンはつけなかったのだ。
「ここのハンバーグは大きいから」
那央さんがそう言ってオーダーを頼んでくれた。
ふーん、てきぱきしてるなー。
雰囲気的にはおどおどしていそうだなと思えたが、育ちが違うのか堂々とするところはしていて、それでいて出過ぎない。一歩下がることを知っている人だ。
大学生で二つ年上だと聞いたが、どうして二つくらいでここまで出来が違うんだろうと、俺は二つ年上のいつも遊びに誘ってくる先輩たちを思い出していた。
基本的に出来が違うんだなあー。
那央さんは外を眺めていて俺とは視線が合わないからいいことに、俺はその横顔をじっと見ていた。
頬に手を当てて肘をついていて、顔は半分隠れているが、半分閉じたちょっと危ない目をしたのが見えて、ドキドキした。慣れてないからこういう人見たことないからだから珍しいんだ。
だけど、その瞳がゆっくりと俺の方を見た時、俺は慌てて視線をそらした。
そこにちょうど料理が運ばれてきたから、見ていたことには突っ込まれなかった。
お腹も空いていたし、俺はさっさと料理を片付けてデザートまで一気に辿り着くと、那央さんは食べるのが遅いのか、まだハンバーグを半分しか食べてなかった。
遅!
うあー、見た目通りの小食だー。予想を裏切らない人だー。
デザートを食べている間、それをずっと見ていたが、那央さんはやっとのことでハンバーグを食べ終えていた。これがやっとじゃ、ご飯とかパンついていたら泣きが入ったかもなあと俺は思った。
デザートを食べ終えて店を出て、またゲーセン巡りをした。
那央さんはやっぱり新しいゲームを見るたびに俺がやっているのを眺めている。
やる?と尋ねると首を振って見てるだけでいいと言うので、結局見て貰っている。
そのゲームの途中で、那央さんに電話がかかってきた。
「ごめんなさい、ちょっと電話かけてきます」
那央さんはそう言って店を出て路上で電話をかけ直している。
ゲームが終わったのでそっちを見ていると、那央さんは電話をしながら笑っている。近づいていくと、声が聞こえてきた。
「うん、大丈夫だってば。心配性だなあ大雅は。うんうん、なんかね見てると面白いよ。尋くん上手いからどんどん場面進むし。……え? や、夜は分からない。侑さんところに顔出すように言われてるから。……ちょ、ちょっと大雅ー、もう切るよ」
大雅って誰だろう? なんかすっげー親しい感じ。
那央さんが電話を終えると、それを見ていたらしい傍にいた男達が那央さんに近づいた。
「なぁ、あんた見かけない顔だな」
そう言われた那央さんの表情は変わらない。相手をじっと見て誰だろうという風にしている。
「ここ、初めてきたから」
「なんだ、案内してやろうか?」
「いえ、連れがいるので失礼します」
那央さんはきっぱりとそう言うと俺の方に歩いてきた。声をかけた男達は俺の姿を見ながら様子を見ている。マズイなあ。この展開は。
「お待たせしました」
「やー別に。もうここいいや。次、行きたいところあるんだけど」
「はい、どこでしょう?」
那央さんが真剣に聞いてくる。一応回れるゲーセンは行ったはずだから、那央さんにも予想出来ないらしい。
それに俺は笑って言った。
「兄貴んとこ」
その時の那央さんの顔は、見事に困った顔をしていた。
俺はさっさと那央さんを連れてタクシーに乗った。
那央さんは慌てて兄に連絡を取ろうとしたけど、俺はその携帯を取り上げて、連絡はさせなかった。
つーか、あのアホ兄め。
なんでゲーセン付き合う相手に那央さん選んだんだよ。
思いっきり後付けられてるじゃねーかよ。
あのゲーセンで那央さんに声かけてきた男達が、俺と那央さんの乗ったタクシーの後を追ってきている。人混みをすり抜けてきたつもりだったけど、どうも撒けなかったようだ。さすが地元のやつ。
諦めきれずに、タクシーまで使ってくるからには家まで突き止めようってんだろうが、たくっしつこい。
タクシーはそのままビジネス街に入り、氷室本社の前に止まる。
慌てて那央さんがお金を出して精算していたが、あのお金はきっと兄から持たされたものだろうなあと思った。この後、兄の家に行くのにタクシー使う予定だったみたいだし。
タクシーが去っていく前に俺は那央さんの腕を引いてビル内に入った。
「どうやって兄貴んとこ行けばいいんだ?」
俺が那央さんに尋ねると、那央さんもここまで来たらあきらめがついたのか、すぐに受付に言ってくれた。
ビルの入り口を見ると、近くにタクシーが止まった。
ここまで着いてきたんだな。今頃唖然としてるだろう。
「副社長室に居るそうですよ」
「んじゃさっさと行こう」
俺はそう言って那央さんの手を引いてエレベーターに乗った。
副社長室に入ると、兄がすっっごい鋭い視線をこっちに向けた。
まあ、予定と違うしな。
「なんでここに来た」
そう言われて那央さんは困ったように俺を見る。
「まあ、下の受付の人に確認してもらってよ」
「なにをだ?」
「さっきのゲーセンから怪しい男が三人ほどつけてきた」
俺がそう言うと、兄はすぐに事情を把握したように電話をしている。受付に確認すると、あいつらはまだビルの前にたむろって居るらしい。けど、ここが氷室本社であることは知らないにしろ、ビジネスマンしか入れないような場所だから待ち伏せしているようだ。
しつこいなあ……。
「あ、はいこれ返すね」
俺は持っていた那央さんの携帯を返すと那央さんは頷きながら受け取って、それから心配そうに兄の様子をうかがっている。
まさかと思うけど、自分がつけられたなんて思ってないのか?
兄が電話を置いたので俺は様子を聞く。
「どう?」
「警備員に対処させたら、走って逃げたそうだ。あれは那央についてきたのか?」
兄は確認するように聞き返してきた。
「うん。那央さんに声かけたけど、俺が居たんでいったんは引き下がったんだけど。なんか様子おかしかったから途中で捲こうと思って人混み通ったんだけど、それでも無理で、タクシー乗ったんだけど、やっぱりついてくるし。このまま兄貴の家に行っても無駄っぽいから、会社の方が色々出来るんじゃないかなーと思ってこっちにした」
会社なら地下駐車場からでも逃げられるし、警備もいるし、誰を訪ねてきたのかは入り口に入っただけでは解らない。
「なるほど。上出来だ」
俺の回答に兄が満足した声を出したけど、俺は盛大に文句を言っていた。
「つか、なんで那央さんこさせたんだよ。あぶねーじゃん」
俺がそう言うと那央さんが申し訳なさそうに言ってきた。
「あの、俺、何かしました?」
何が起こっているのか分からないらしい。はあ、もうね、危機感とかないわけ? ああ、そういやああいうところ初めてって言ってたっけ……。
「いや、那央は何もしてないよ。私の判断が甘かったらしい。那央をああいう場所にいかせるべきじゃなかった」
那央さんはちっとも分かってないようでキョトンとしている。
「お役に立ちませんでした?」
「いやいやいや、十分役に立って貰ったし!」
那央さんの顔が凄く不安そうな顔になったから、俺は慌ててそう言っていた。
だってさっきまで無表情だった那央さんが、そんな顔したの初めてみたからびびるって。
きりっとしていた眉がハの字になってて、それはもう捨てられた犬のようで。
「あ、兄貴ー……」
どうやら那央さんは兄貴の家に俺を届けるまでが自分に与えられた役割だと思っていたようで、それを俺がぶち壊したから(つーか、あいつらに目を付けられた時点で終わってたけど)、自分の役割をちゃんと果たせなくて、更に兄貴があんなところに行かせるんじゃなかったと言ったから、自分がそれに初めから向いてなかったんだと思って落ち込んでいるんだ。
「那央はちゃんとしていたよ。大丈夫、途中で邪魔が入ったからこうなっただけだから、失敗したわけではないよ」
俺はこれを聞いた時に、口から砂が出そうだった。くそ甘い言い方であの毒舌兄が、那央さんを慰めている。
「本当ですか?」
「ああ、そうだよ。私が嘘を言ったことがあったか?」
「……いいえ、ないです」
砂がー砂がー。耳がー。嘘だー。
俺は目の前で繰り広げられる甘い光景に、妙に納得しながらも、兄の強烈な甘さと、那央さんの猛烈な甘ったるい顔を眺めて、頭を抱えたくなった。
もう謎が全て解けた!って言えばいいんだろうか。
那央さんは、兄の恋人だ。
それも兄がなんとかかんとかして、バイトだか言って手元に呼び寄せ(だってそうしないと那央さんとは接点がないから)散々可愛がっているのだ。
そんでもって、那央さんが今日一日無表情だったのは、俺に興味がないわけじゃなくて、たぶん、俺が弟だからだ。
そりゃ母親としか血が繋がってないとはいえ、一応家族だ。そんな俺に会って行動するのだから、粗相がないようにと気をつけて気をつけて、そして究極の緊張をしていたんだ。
あーあーあー、もう駄目だこりゃ。
那央さんは慰められているとはいえ、究極の緊張から解放されたのもあって、もうね、こてっと寝ちゃったんだ。
「あーあ、可哀想なことするなよ。俺と会うのだってすっごい緊張してただろうに」
俺がそう言うと、兄はこてっと寝た那央さんを嬉しそうに抱え上げてニヤニヤしている。
「まあ、他のヤツが今日に限って捕まらなかったからな。那央しかいなかったんだ。那央が行ってくるって言うから大丈夫かと思ったんだが……そこまで緊張しているとは思わなかったな」
兄はそう言って那央さんをソファに寝かせる。
俺はそれに近づいて那央さんの顔を覗き込んだ。
「へえー寝顔も綺麗だな。ちょっと幼い感じになるのも面白い」
俺がそう感想を漏らすと兄がじろりと睨んで言った。
「これは私のだからな」
「……まあ、そんなに睨んで牽制しなくてもいいよ。そうだと思ったし。それに那央さん、兄貴にベタ惚れじゃん」
見てたら分かるってんだ。那央さんの表情が変わるのを見た瞬間に、兄の傍ならそうやっていられるんだなと。それに俺は那央さんに嫌われているわけじゃないし、友達になったっていいじゃん。
俺が那央さんが兄にベタ惚れって言ったけれど、兄はにやっとしただけだった。
あーそうですか、そんなことは知ってるよーってことですかー。呆れた。
そして兄は車を用意させるように準備させたりして傍を離れて行ったが、俺はまだ那央さんの顔を見ていた。
んで呟いてしまった。
「なんで、寄りにも寄ってアレがいいの? 那央さん、男の趣味悪いと思う」
でも那央さんはきっと、「そんなことないですよ」って笑うんだろうな。