everyhome-19

 カシャという音に那央(なお)が振り返ると、実が携帯を片手に何かを撮っている。

「……実さん!」
 まさかその写真を使ってまだ脅しをと那央が思っていると、侑(ゆう)がなんでもないさという顔をして那央にまたキスをする。

「ちょっと……ゆ、侑さん、そんなことしてる場合じゃ……」
「私の場合は、そんな場合なんだ」
 屁理屈を言う侑に那央はもう黙っているしかないかとあきらめにもなっていた。そもそも写真ごときでこの人が動じるとは思えない。
 過去にどれだけこういう写真が出回っていたことかと思うと、余計な心配なのかもしれない。
 ゴシップもまたこの人の日常だ。それを分かっていてこの人は隠そうとしないのだ。

 その写真を撮った実は自暴自棄になったのか叫びながら言う。

「こうなったら、お前らも道連れにしてやる!! こんな写真が出回ったらさぞかし、イメージが堅い仕事の氷室も終わりだろうよ!!」
 そう実が叫びながら副社長室を出て行く。
 結局金は取れないと分かったらしく、こういうところを撮られても侑が平気なのは謎らしいが、スキャンダラスな事件ならどこかが取り上げるだろうと思ったのだろう。

「い、いいんですか?」
「何が?」
 何がいいのか本当に分らないような顔をして侑は聞き返す。

「写真です、あんな写真……」
「別にいいんじゃないかな。きっと美しい恋愛小説並のことを書いてくれるだろうね」
 そう言って侑は笑う。

「え????」
 那央にはその意味がなんだか分からなかったのでキョトンとしてしまったが、侑から実がこれからたどるであろう運命を教えてもらった。
 
   
        
                     
「へえ、氷室侑(ひむろ ゆう)が未成年と淫行ねえ。まあ記事にはなるとは思うけどさ。嘘は駄目だよ。こっちが訴えられたらたまらないからな」
 そう言われて、実は撮った写真をいくつか見せた。
 しかしそれはただキスしている写真だけであって、特別に見るとしたら、氷室が幸せそうだなあという程度のものだった。

「君ねえ。こんなキスの写真とかはさ、淫行とは言わないんだよ。もっとこう、撮るならさ、裸で抱きあってるとか、いかにもってのじゃないと。しかもこの子大学生くらいに見えるけど、年いくつなの? 本当に未成年?」
 編集者はそういいながら確認する。

「まだ19のはずです」
「19ね、もう自己責任でどうにか出来る年じゃないか、まったく」
 そうちょっと呆れた声を出してしまった。まだ18歳未満なら話題にはなったかもしれないのだが、19ねえとなる。一応であるが未成年に手を出したまではなんとか記事になるかもしれないが、あの完璧主義の氷室侑がそんなことすら認せずに手を出すとは思えないのである。

「一応、この子の誕生日とか分かる?」
「えーと、あ、今日だ……」
 実は嬉々として答えようとして、今日が那央の誕生日だと気づいたらしい。
 これには編集はなるほどねぇと納得するところとなった。やはりである。未成年のうちに確かにモーションはかけていただろうが、手を出したとはいえ、たぶんキス止まりだろう。

「あのねえ、君、この子の誕生日が今日だったってことは、この子、もう成人してることになるんだよ。そうなったら淫行なんてもの使えないどころか、これじゃ誕生日に幸せそうにしているカップル写真じゃないか。ねぇデスク」
 近くを通ったデスクにそう報告すると、彼は呆れた顔になって言うのだった。

「これじゃ、氷室グループの副社長に本命の恋人? 幸せそうなキスをする二人、ってなくらいしか載せられないから、携帯の写真だけじゃ、千円にもなりゃしないよ」

「それにこれがヤバイ写真、つまり未成年を抱いている写真だったとしたら、俺らがマズイもんな。出版業界、氷室総帥に握られているしなあ」
 編集者はそう言って口を濁す。

「は?」
 実はぽかんする。男同士なのは見れば分かるというのにこの二人はまったく気にしないらしい。
 何故だと思って問うと。

「いやだなあ、だから素人は困るんだ。経済誌読んだことないでしょ? 氷室侑の女嫌いはめちゃくちゃ有名だぞ。結婚なんて死んでもしないと公言してるくらいの筋金入りだからな。しかも好みっていえば、今はこ青年のことじゃないかな。なんか前にインタビューした時の記事かなんかでこんな感じの子って言ってなかったっけ?」
 デスクに向かって言うと、その記事を見つけてきた。ちょうど半年前のやつだった。

「あまりに具体的だったから覚えてた。まあ、君、これは使えないと思うよ。せいぜいおめでとうくらいしか載せられないからね。各界の有名人の中の一人の仲が良い写真で一枚程度だな」     
 デスクがそう言って写真を見たが、なんとも幸せそうな感じでいいじゃないかという写真だった。これがアイドルとかならまだゴシップとしていけるが、日本人がほとんど興味ない業界トップの恋愛事情、しかも素人相手などでは載せても記事にはならないだろう。
 経済誌くらいにしか登場しない人物であるからまさにそうだ。

 実はこの編集では無理かと思って次に持って行ったが、今度は芸能人でもない経済人のゴシップなどいらないと言われ門前払いされてしまった。他も似たようなもので、使い物にならないとまで言われた。

 つまり、侑は最初からゴシップ記事というのが、芸能人くらいにしか向かないことを知っていたということだ。
 だから撮られたところで問題ではないし、そうやって実が見せびらかして歩いたものだから、ある意味、写真の相手に手を出したら、氷室が黙っていないという宣伝になってしまっている。
 こんな写真では氷室を脅せないし、逆に載せてしまったが為に出版社が危なくなるというデメリットの方が大きいのだ。

 それよりも最後に訪れたところでは、むしろ実の方がゴシップになると踏んだらしく、そういう脅迫めいたことをしている素行や、今の高須賀グループ解体のこと、そして高須賀実の過去の遍歴の方が問題になると分かって、逆に自分が記事にされてしまうくらいだ。

 そうして実はどんどん評判を悪くし、影にいた元秘書はいつの間にか消えていて、とうとう実家に頭を下げにいく羽目になり、父親からは那央を脅し、侑まで脅したことをこっぴどく怒られ、最後には勘当まで言い渡される羽目になった。

 ただでさえ、これ以上那央に迷惑をかけてはいけないと思い、那央を高須賀から出て行くようにしたというのに、これでは意味がないではないかというのが父親の言葉だ。

 那央が高須賀から独立したのは、母親が死んだ時だ。
 祖父母も同時期になくなっているが、もともと養父として面倒を見るためにだけ預かっていた子供だから、那央が高須賀を離れたいと思っていたなら好都合だった。

 那央は、高須賀から独立して一人でやっていくことを選び、大学費用などは全部大学卒業までは面倒を見るという高須賀に甘えた形になっている。それ以外の出費は高須賀グループ解体などで資金が減る高須賀には無理だった。
 それに最後の綱だった高須賀不動産も隠し子というある意味他人に手渡してしまっている。
 残るは本当に今持っている個人財産だけなのだ。
 そういう話がなされていたのは侑も知っていたらしい。


「那央が高須賀と聞いても嫌な顔一つしないからには、円満で解決している問題だと思っていたからね。息子のことは五年ぶりだったから油断してたけれど、探偵が上手くやってくれたらしい」

 氷室からはすでに報道規制がされていて、氷室の副社長のプライベートに関して、情報を提供する輩がいるなら、訴えていく方向で話が進んでいると情報が流れていた。
 侑を脅し、那央を殴りと、悲惨なことをしてきた犯人だから、侑はある程度高須賀の情報を流してやって、実の実態の方が問題なのだと言った。

 高須賀グループが解体を宣言した二日前の記事を読んだ実の昔の女性にはこれは渡りに船だったらしい。
 高須賀グループという存在に怯えて実がしてきたことを訴えることが出来なかった女性が次々と実を訴える裁判を起こしていることがわかったのだ。
 そっちの方に記事は進んでしまっている。実業家のゴシップでも、こういう酷いゴシップの方が奥様方には人気なのだそうだ。
 中には酷い扱いを受けた人もいて、刑事裁判になるものもある。それがいくつか重なっているので、もしかしたら実は実刑を受けることになるかもしれないというのだ。

 その当の本人は、裁判所から訴えられているという書状すら見ていないらしい。
 書状がいくつもきていることに気付いた時には、実は父にすら見捨てられている状態だろう。
 
「なんだ、そうだったんですか……もう、心配したんだから」
 那央が泣きそうになりながらそう言うと、侑は「ごめん」と言って那央の頬を撫でる。殴られたところは少し赤くなっている程度だったが、侑にはあの処置でも足りないと思うくらいに怒っていたことを那央は知らない。


「那央の誕生日なのに、大変だったな」
 そう言われて那央はハッとする。

「もしかして、今日誕生日だから、二十歳になったらから未成年じゃないって分かっててああいうことしました?」

「そりゃそうだよ。何? 那央も自分の誕生日がきて二十歳になったこと忘れていたのか?」
 呆れたように侑に言われて、那央はしゅんとなる。すっかり忘れていたからだ。
 それが分かっていて、あの余裕だったのだ。未成年であっても18歳ではないし、更に今は二十歳である。成人しているもの同士がキスしたところで、両方が合意しているのだったらなんら問題はないのだ。
 精々騒がれるのは、あの氷室侑に若い恋人が出来たくらいのことでしかない。それは些細な問題で、こっちが堂々と認めれば誰も追求してこない状況を侑は今までに作ってきている。
 だから心配することは何もないのだ。   

「そういうところも、那央は可愛いよ」
 そう言って侑が手を伸ばす。その手を掴むと、伊達がどこからともなく部屋に入ってきた。

「仕事片付いたようですね。ではお気を付けて」
 机にある書類を一目しただけで伊達はそう言って副社長を部屋から追い出した

「ああ、後は頼む」
 侑はそう言うと、那央を連れて副社長室を出ていったのだった。