everyhome-13
眠った侑(ゆう)から那央(なお)を引き離すのには結構苦労したと伊達は呟く。
とにかく那央が帰る時間になったので伊達が迎えに出向くと、案の定、膝枕で捕まっていた。那央は時間になるまでいいですといいながら、なんと侑の頭を撫でていたのだが、これがもう本当に嬉しそうだったのだ。
普段那央はあまり表情が動くことがなく、動くときは一気に表情が変化する人間らしく、この時は何かあったんだなと思った。
事情を聞くことは出来なかったが、後で副社長は弟と対決する為にまた出かけてしまったので、何か那央が言ったのだろうと思われる。
その那央を帰す為に引き離そうとしたのだが、侑は那央を離そうとはせず、しがみついていて難しかった。
寝ぼけていて那央にキスをしようとしたりと、副社長の寝ぼけは酷いもので、那央がいなかったら一発で起きるのに、今回は見事な醜態を見せてくれた。
やっと侑が目を完全に覚ましたのは12時を回っていて、その本人は本当に疲れていたのだと白状した。
そして那央を家まで送り、なんと侑は那央の自宅を目視したとニヤリとしていたくらいだ。なんて暢気な。
伊達は、那央が侑に拘束されていた時間分バイト料を出すと言ったのだが、那央はこの場合は仕方ないですと言っていらないと言った。自分も結構楽しかったからと言うから、那央の神経もどうかしていると思う。
那央は一人暮らしをしているのだが、実家暮らしのようなものだった。大家が親代わりになっているのか、那央が帰ってくると出てきて心配そうに話しかけたりする。
侑が出て行って、名刺を出し、那央をバイトに雇っているのでこういうことも時々あるがちゃんと送ってくるというと安堵していた。なんという顔合わせだ。
伊達には侑が自分に優位に働くようにわざと行動しているようにしか見えない。
「副社長……いえ、侑さん」
副社長と呼ぶのは仕事の間だけと決まっているので、伊達は普段言い慣れている言い方で言い直す。
「なんだい?」
「これは何かの予行演習ですかね……」
伊達はまさかと思うがというふうに言った。
「いや、寝ぼけているとこういうこともあるという話さ」
まだ寝ぼけたことを言っているようだ。
「なかなかの寝ぼけっぷりでしたね」
「枕が良いと寝ぼけるらしい」
「……まったく、那央さんに迷惑かけるんじゃありませんよ」
思わず母親のようなことを言ってしまうのも、伊達だからであろう。
長い間この人と付き合ってきただけになんとなく心配になってしまうのだ。
「こういうのは相手の容量を量るんだ。那央は大分深いようだな。こんなの朝飯前ときてる」
押しても押してもまだまだ深いところに到達していない、そんな感じなのである。
「誰か手間がかかる相手がいたんじゃないんですか?」
伊達はわざとそう言って、侑に言ったのだが、侑は別に気にした様子もなかった。にやりと笑っているだけ。
伊達はその辺の調べもついてるのかと呆れたものだ。
那央にそういう相手はいず、居たとしても疑わしい人物は、寺崎大雅(てらざき たいが)一人。しかもその人の素行には問題はなく、しかも最初に恋人が居るかどうかも尋ねているから安心しているのだ。
それに那央はこういうことを意識したことはないらしく、ただ恥ずかしいの一点張りの反応しかしないのだ。
そういう人物に誰か相手がいたとはまったく思えないのだ。
「那央に誰かが手出ししようなんて思わないようにする方法もあるんだが……」
侑は楽しそうに物騒なことを言い出す。
「……やめてくださいよ。たかが大学生を威嚇するような真似は……」
大学に出迎えなんてしようとする行動を辞めさせようとする。
この人はそういうことを平気でしそうだが、那央の方が説明に困ってしまうだろう。
まさかバイト先の副社長が直々に迎えだなんておかしなはなしになってしまう。
「しやしないさ。その辺は海都(かいと)が上手くやってくれるさ」
侑はそう言って安心しているようだ。
「……ああ、海都さんね。まったく人に使われるのが上手い人だから」
「海都は馨と似たところがあるからな。その海都の尊敬する人は私なんだと」
そう言って侑は笑う。自分が尊敬される人物ではないとは思うのだが相手がそう思っているのを否定するだけ無駄だ。
「面白がられているだけだと思いますがね」
確かに今の侑はとても面白い人物になっていると思う。
「双方がそれでいいとしているのだから、いいではないか。端で何をしてようと私に筒抜けなら問題はないよ」
侑の機嫌は那央に出会ってから、周りが見ても分かるくらいにいい。今までのように表情ややり方が鬼のようであっても、人を労ることを覚えたらしく、評判はいい。良い方にはたらいている。
悪くはないのだ。だから伊達も止めはしない。
ただ那央の様子を見ていると、何も知らない子供に余計なことをしていると思えてきて、今まで侑が適当に扱ってきた相手とは違うことを思ってしまう。
あの子も幸せになって欲しいと。
そういう人間が寄り添っているならいいのではないかとも思える。
そういう風に自分が思える日が来たことが伊達には嬉しいことだった。
しかし、前途は多難だ。難攻不落の藍沢那央。どう落とすべきなのか、それを考えている侑は嬉しそうである。
ここが問題だ。相手が相手だけに。