ROLLIN'1-14
完全に酔いつぶれた響は、楸の手に寄ってベッドまで運ばれた。
家に帰ってから楸の相手をして酒を飲んでいた響が潰れたのは、それから数分と経っていなかったのである。
「楸ーキスー」
甘えた口調になって響は楸にキスを求めてくる。
「好きなだけしてやるさ」
楸はニヤリとして響に覆い被さるようにしてキスをしてやった。口の中を犯すようにして、舌を絡めて深いキスをしてあげるのである。
それに答えるように響も辿々しいながらもキスを返してくる。最近上達したのか、キスはマトモなものではない。
ちゃんとしたキスでなく、貪欲に求めるようなキス。
どちらのとも言えないだ液が混ざったものさえ、響は飲み干して更にとキスをせがんだ。
そのキスをしながら、楸は響の服を脱がせて行く。響も身体が熱くなっているのか嫌がる素振りすらみせない。
手伝うように身体を動かせて、服を脱がせている手を手伝っている。
酒に酔った響は、普段とは比べ物にならない程に大胆になる。
キスが一通り終わると、さすがに息は上がっている。
「はぁはぁはぁ……ん」
「キスは上手くなったな、響」
響の耳に囁くように楸が言った。
響の方から求められたキスに楸は満足していた。酔っていなければ響から求めてくることはない。酔っているからだからこそ行なえる行為なのである。
「本当?」
響はトロンとした目を開けて楸を見上げた。
「ああ、腰ズンときた」
「あはははは」
既に響を裸にし終わっていたので、その肌に手を触れた。
「ん……」
触れた先から暖かくなっていく響の身体を舌で追いながら高めて行く。
それを確かめながらじっくりと響の身体を味わった楸。酔っているのか、響の身体は官能を味わうようにくねって動く。
その動きを楽しむように楸は響の身体を堪能した。
翌日。
「う……」
妙な声を上げて響が頭を押さえているのを見て、耀が奇妙な顔をした。
「響?」
「え? 何? あたぁ……」
響は額を押さえてベッドに俯せになっていた。
頭が痛い、身体も痛い。
ついでに喉も痛い。
何がどうなって自分がこんな目にあっているのか響には解らなかった。
どうしたんだ、俺?
そう思いながら起き上がろうとすると、上から誰かの大きな手が響をベッドへと戻したのである。
「誰?」
そっちの方を振り返ると、既に背広に着替えている楸がそうしていた。
「寝てろ。昨日は無茶したからな」
楸はニヤリとして響にそう言った。
そういわれて、響は朧げながら昨日の事を思い出していた。
いやなことにそうした記憶は失わない響である。昨日どうなってこうなったのかを思い出したのだった。
「楸、てめー」
子供のいる前で何を言うんだ。
そうした怒気を込めて響は楸を睨んだ。でも顔は真っ赤である。
酔ってると見境がなくなるのか、自分の方から楸を求めていたのは確かである。そんな事、ちゃんとしていたら有り得ない出来事だと響は思っていた。
なのに酔うと楸を求めてしまっていた。
あの腕に抱かれて快感を、もっとと求めたのは自分である。
それでも楸は執拗にというより響が求めた通りに応じてくれただけなのだが、それでも手加減というものがあるだろう。
その憎しみを込めての睨みだった。
「仕方ないだろ、お前が離さなかったんだから」
楸は飄々として言い放った。
それに響は顔を真っ赤にして反論した。
「子供の前で何を言う!」
と大声を出しておきながら、自分の大声に頭を傷めてしまった。
でかい声は頭の芯から自分に苦痛を与える。
「パパが悪いんだよ。響を離さなかったんでしょ」
そう言ったのは耀だった。
それに動揺する響。
「あ、耀?」
耀の方を見ると、耀は平然としている。
まさか、解って言っているのかと、今度は響が青くなる番だった。
うそ……。
信じられない出来事に響は身動き一つ出来なかった。
この幼い耀が、自分のパパと家政夫が一緒に寝て、セックスをしている事を知っているのではないかという思いが、響の頭の中を錯綜していた。
「仕方ないだろ、響がもっとって言ったんだから」
楸は平然として耀に答えている。
こ、子供になんてこと言うんだ!とは声には出なかった。
どんどん嫌な考えが巡ってきて、声も出なくなってしまって固まってしまったのだ。
「だってパパがお酒飲ませたんでしょ」
その耀の言葉を聞いて、響はえ?っとなってしまう。
お酒?
そんな顔を赤くしたり青くしたりしている響の上で楸が苦笑しながら答えた。
「響が勝手に飲んだんだ」
そうした会話が頭の上で交わされて、響はやっと耀が何に対して怒っているのかが解ってきた。
上で交わされていた会話は、お酒の話であって、セックスの話では無いのである。
な、なんだ……。
妙に狼狽えていた自分が恥ずかしい。
いくら楸でも、耀の前で大ぴろげにセックスの話はしないだろう。それに気が付いて、響はホッと息を吐いてベッドに俯せに倒れた。
なんなんだよー。
と言いたいところである。
というより、最初から勘違いをしていたのは響である。
「響だって酒を飲みたい時だってあるんだからな」
楸がそう言ったのを耀は納得して無かった。
「起きれない程飲むのはどうかと思うよ」
そんな言葉の応酬が続いていたが、響はもう聞いて無かった。気が抜けてしまってもう何も言う事は無いという感じである。
起きれないのは何も二日酔いだけではない。
それだけは確かである。
腰が痛いのが一番かもしれない。
「シャワーでも浴びれば一発で酔いも覚めるだろ」
楸はそう言うと、いきなり響を抱き起こしたのである。
「ひ、楸!」
と怒鳴っておきながら、自分の大声で頭が痛くなる響。
幸いなのは、ベッドでは裸ではなく、ちゃんとバスローブを羽織っていたことであろう。楸が気を利かせてかけてくれていたらしい。
「あ、歩けるから、あの……」
響は控えめに楸にそう耳打ちをした。
だが、楸はニヤリとして言ったのである。
「腰が立たないんだろ」
耳元でそう囁かれて、響は顔を真っ赤にした。
実にその通り。
「身体を洗ってやりたいが、そこまではお断わりだろう」
「お断わりだ」
響は耳まで真っ赤になって楸の提案を拒否した。
冗談じゃない。なんで風呂に入れて貰わなければならないんだ。という響の顔を見て、楸は苦笑した。
「じゃ、一生懸命風呂入って改善してくるんだな」
楸はそう言って脱衣所で響のバスローブを剥がすように脱がすと、響を風呂の中へと押し込んだ。
その時、攫うようにキスをするのを忘れなかった。
大声で怒鳴ろうにも、また頭痛が出てしまうと思った響は、楸を睨み付けるだけに止めておいた。
シャワーを浴びると、さっきまでのお頭痛や腰の痛みが和らいでくるような気がした。
酒くさい身体を念入りに洗って、アルコールが抜けるようにした。
湯槽にはちゃんと湯が張られていて、響が入れるようにしてくれていたらしい。
そのまま湯槽に浸かって、痛む腰を解した。
そうしていると痛みがなくなっていく感じがした。
そのまま暖まるようにしていると、考えなくてもいい事を考えてしまう。
確かに自分は酒を飲みたいと言った。
そこまでいい。
だが、飲み過ぎるのはよくない。それくらいなら記憶が飛んでしまう方がどれだけ楽か。
逐一自分がした事を覚えているのもどうかと思う。
あの時はタガが外れていたのだろうか。
自分から楸を求めた。
どういうつもりで自分が楸を求めたのだろうかと考えてしまう。そこまでして自分は飢えてたのだろうか。普段あれだけ楸に抱かれているのに、してなんて言って、しかも喜んで楸を受け入れていた。
俺は自分が思っているより、楸の事が好きなんだろうか……。
酔っていたとはいえ、楸を受け入れたのは自分なのだ。
抱かれなれているからとか、そうした問題ではない。
心の奥底では、楸の事が好きなのかもしれない。
そりゃ嫌いじゃないけど……。
それが即好きだということに繋がるというのが、どうも納得がいかない。
楸は真剣に自分を好きだと言った。
それに対して答えなければならないとは思う。
もやは逃げられない状況になっている事に響は気が付いてなかった。楸が逃さないと言った以上、何処へ逃げても楸は響を探し出して連れ戻す。
そこには響の意志がなくてもだ。
なんでこんなことになったんだろう……。
暫く考えていて、響はその考えを打ち切った。
このままでは逆上せてしまう。
さっと湯槽から立ち上がると、腰の痛さは大分和らいだ。
でもまだ痛いのは確かである。
こんなになるまですることないじゃないか!
そんな怒りが沸いてきてしまった。
風呂から出ると、着替えが用意されていた。楸が気を利かせてセッティングしてくれたのだろう。
それに着替えてからリビングに戻る。
ちょうどキッチンには三束が立っていた。
「響さん、おはようございます」
「あ、おはよう……あれ? なんで三束(みつか)さんが?」
エプロンをして昼食を用意している所だった。そんな三束は
「料理が得意なんですよ。響さんには適いませんけど」と笑いながら親子丼を作っていた。
「響さんは雑炊にしてありますから、どうぞ」
そう言われて響は大人しくダイニングテーブルに座った。
耀や楸は既に食べ終わっていたらしく、三束は後片付けに追われていた。
響は三束に勧められた雑炊を一口食べた。
「おいしい……」
殆ど昨日の夜から食べて無い状態だったので、それは空腹のお腹には染み渡るように広がった。本当に美味しかった。
「本当ですか?やりぃ!」
響に美味しいと言われて、三束は上機嫌だった。
本当に美味しいから響は素直に気持ちを伝えた。
これなら、自分がいなくても三束に任せてしまえば、自分が家政夫する必要もなさそうだと思ったのだが、三束が言うには料理ぐらいしか出来ないのだという。
響がやっている耀の世話や掃除、洗濯は向いて無いんだそうだ。
「昔、ちょっと板前やってただけなんで、少しだけなら出来る程度ですよ。響さんみたいに本格的な家庭料理は出来ません」
三束はそう言い切ったのである。
そんなことはないと響は思った。本格的にやればちゃんとそうした料理もできるようになると思ったのである。
「あれ? 楸、今日は休み?」
楸が珍しくリビングで寛いでいたので、響は首を傾げた。
楸は読んでいた経済雑誌から顔を上げて響を見た。それから手招きをして響を呼ぶ。なんだろうと響は思いながら近付くと、腕を引っ張られて、ソファに座らされた。
「頭、また濡れたままだ」
シャンプーもしたのでまだ髪は雫が沢山ついていた。
首に掛けていたタオルを取られて、すぐに頭を拭かれた。楸がこういう事をするのが好きなのと、されるのが好きな響の暗黙の了解というところだろうか。響はうっとりして大人しく座っていた。
「後でマッサージもしてやろう」
楸はそう言う。それも楽しみの一つだった。
いくら響が望んだ事とはいえ、受けの方が相当辛いのは楸にも解っている。昨日は手加減なしにセックスをしたので、響の身体はガタガタになっている。
「楸のマッサージ、気持ちイイもんな」
響はうっとり顔でそう言った。
前にして貰った時も気持ち良くて寝てしまった程である。
「マッサージって気持ちいいの?」
部屋から出てきた耀が不思議そうに響の顔を覗き込んでいた。
「ああ、気持ちイイんだ。耀には必要無いけどね」
「ふうん」
耀はますます不思議顔になっている。
「お仕事大変なんだね」
にこやかに耀に言われて、響は目を見開いて驚いてしまった。
あれが仕事のはずない。
有り得ない!
そう心の中で叫びながらも響は曖昧な表情で頷いた。
楸は苦笑しているだけである。
髪を拭いて貰った後、ちゃんとマッサージも受けた。
内心、道理で楸が昨日あれほど執拗に自分を攻めたのかが解ってきた響である。
響に合わせて休暇を取った楸は、遠慮なく響を抱いたのである。少しは遠慮してくれればと思いながらも、昨日は自分もさんざん流されてしまったから文句は言えない。
このまま流されたままなのか?
そう考えると何か違う気がする。
もし本当に嫌なら逃げればいいだけの事。
少しでも楸を思っているからこそ、文句こそ言え、許してしまっているのだから。
半ば自業自得である。
それにまだ少ししか気が付いてない響であった。