ROLLIN'1-11

 響を誘拐した男は耀に宝生楸と話がしたいと言った。
 響はそれを聞きながらどうしようと思った。

 それを耀に言って解って貰えるのかが謎だった。

「おい、携帯に入っていると言っているが、直通の番号がこれに入っているのか?」
 男はそれを響に確認した。
 たぶん耀がそう答えたのだろう。

「入ってる」
 響は低い声で答えた。
 楸に内緒で逃げ出すことは不可能になった。

 拳銃さえなければ、殴って逃げる事も出来たのだが、それも今や不可能になっている。

 俺ってドジかも……。
 そんな事を思っていた。

「なんで最初にそう言わないんだ」
 携帯を切った男はそう言ってきた。

「言う暇があったか?」
 響はそう返した。

 今までの間にそんな言葉を話す機会などなかったと男も思い出したらしい。

「そうだな。悪い」
 男はそう答えて、携帯から楸の番号を探している。

 銃は手から離れていないので、男はすぐに銃を撃てる体勢であるのには変わらなかった。
 それどころか、運転するのも久しぶりな響は運転に集中するしかなかった。

「あ、本当だ。あんたホントに何者なんだ?」
 男は響を見つめて聞いてしまう。

 借金のかたに働いているにしては、優遇されている気がしてきたのだろう。
 確かに響は優遇されている。
 他に借金した人がどうなっているかなど響は知らない。
 ただ自分はそういう扱いをされているだけだと思っていた。

「だから家政夫だって言っただろ」
 響は本当の事を話した。
 何度いっても変な感じではあるが、名目上響は家政夫なのである。

「変な家政夫だな。働きならが更に働かされてる」
「だから借金返済の為には仕方ないんだ」
 響はそう答えた。
 本当にそうだからだ。

 姉が倒れてから、借金返済をしている響である。
 姉は納得してなかったが、それでも響で役にたって、しかも借金返済が出来るいい条件なのは明らかだった。

 だから耀の面倒もみているし、家政夫もやっている。

 でも最近では、借金返済の為というより、自分がそうしたいからしている気がしてきていた。
 働くのは借金返済の為ではあるのだが、家政夫はただそうして上げたいと思ったからやっているような感覚だ。

「まあいいや」
 男はそう言うと、携帯電話を畳みポケットにしまった。

「楸……組長に連絡しないのか?」
 不思議になって響は聞いていた。

「あんたをどうにかしてからにする事にした」
 そう言った男の息が上がっていたのを響は見逃さなかった。

 自分はこれからどうなってしまうのだろう?

 響はそう思いながら、車を運転し続けた。


 男が響のカーナビになってある場所へ案内をした。
 そこは埠頭の倉庫街だった。
 車を止めると降りるように言われた。
 大人しく従って車を降りると、先を歩くように言われた。

「そこ右だ」
 言われて曲がる。

 すると倉庫の入り口に辿り着いた。
 男は響に扉をあけるように言ってきた。

「そこの小さい扉を開けろ」
 言われて人が通るだけの為に作られたらしい扉を開いた。 

 扉には鍵がかかっていおらず、簡単に開いたのである。
 中には箱が沢山つまれている。

 響はそれを見上げながら男が言う場所へと歩いていく。
 倉庫の奥まで行くと、守衛室なのかそうした部屋があった。
 そこへ入るように指示されて響は中へ入った。

「……ここでどうするんだ?」
 響がそういうと、男は響に奥の椅子に座るように言った。

「ま、そこへ座れよ」
「じゃ、座らせてもらう」
 響は落ち着いた様子で座ったのを見た男は部屋を出て行った。
 きっと電話をかけにいったのだろう。

 響ははあっと溜息を吐いた。
 また訳の解らない事に巻き込まれてしまった。

 あの男は楸を殺すと言ったが、本当にそれが目的なのか解らなくなる。
 組長暗殺なんてそんな大層な事をしそうにない男。

 そして恨まれているだろう楸。
 どっちが正しいのだろうかと思ってしまう。

 どう考えても楸が殺される程恨まれているとは思えなかった。

 それは普段の柔らかい楸を知っているからであって、ヤクザである楸をあまりにもしらな過ぎるからなのかもしれない。

 そんな事を考えていて、男が戻ってきていた事にも響は気が付いてなかった。

「あんたホントに大事にされてるんだな」
 男がそんな事を言い出したので、響はハッと我に返った。

「何が?」

「さっきの子供、携帯に電話入れ続けてたらしい。俺が怒鳴られた。殺してやるって」
 男は苦笑して側にあった椅子を引き寄せて座った。
 まだ拳銃は向けられたままであった。

「耀はイイ子だよ」
 響はそう答えた。

 あれだけ聞き分けのいい子はいないだろうと親馬鹿な事を思ってしまう。
 時々、びっくりするような発言をするようになったが、それでも可愛いいい子だと響は思っていた。

 その耀が怒っているのはちょっと想像出来なかった。

「あんた、ホントは何がしたいんだ?」
 響はそう聞いていた。

 何が目的なのだろうか?

 それくらい自分にも聞く権利はあると思う。そうした顔で男を見た。
 部屋には明かりが付けられていて、男の顔ははっきりと解った。
 男は顔を隠そうとしている訳ではない。

 それじゃ死ぬ気か?と思ってしまう。
 男は暫く考えてたから話し始めた。

「ホントは、白羽組の組長だけで良かったんだけどな……」
 男はそう呟いた。

「まさか」
 響はハッとした。

 あの白羽組組長を狙った発砲事件。それはこの男が起こした事だったんじゃないかと思ったのだ。
 いや、そうとしか考えられない。
 現に拳銃を持っているのが何よりもの証拠だ。

「まさかだよ。俺が起こした事件だ。ちゃんと狙ったのに、意外に当たらないもんだな」
 男はそう苦笑した。

「一体何があったらそんな事をするようになってしまうんだ?」
 そんな最終的な方法を取らないといけない程、何かあったのだろうかと響は考えたが浮かんで来なかった。

「白羽組には、妹を殺されたようなもんだしな」
「殺された?」

「売春クラブとか裏で操ってたらしいけど、そこで妹は無理矢理働かされてた。借金あったし仕方ないかもしれないけど。自業自得と言えばそうかもしれない。でも、何も殺す事はないだろう?」

「そうだね……」
 ヤクザに借金するということは、自分の身を売る事。
 女の人ではそんな対象にされてしまう事もあるのだろう。

 響はそれを聞いて、自分はどうなのだろうと考えた。
 家政夫をやらされているが、そんなキツイことはない。仕事も好きにやらせてもらっている。

 俺って……恵まれてるのかもしれない。
 そんな風に思って、視線を男から逸らした。

 自分じゃ慰めの言葉もかけられない。
 かけるべき言葉が浮かばない。

「白羽組の組長は、宝生組からやるように言われたと、それで標的を変えただけなんだ」
 男はそう答えた。
 その言葉に響はハッとなって顔を上げた。

「ひ、楸はそんな事言わない!」
 確証はないけど、楸はそんな命令を出したりしないと響は思ったのである。

 例え、楸が冷淡だとしても組の頂点に立っている楸がそんな細かな事まで指示しているとは思えない。指示していたとしたらこんなお粗末なことにはならないはずだ。

 上納金があるにしても、警察に見つからないようなやり方をしているはずだ。
 それを人を殺すまでやるとは思えなかったのだ。
 だからそんな事言わないと言い切れた。

「楸か……あんたホント大事にされてるんだな」

 え?
 響は驚いた顔になる。

「宝生組長からの言葉だ。響に何かしたら殺してやる、だと。あんた相当気に入られてるんだな」

「そんな……こと……」
 楸の言葉を聞かされて響は驚いていた。

 あんな冷静な楸からそんな言葉が出てくるとは思わなかったからだ。

 楸……。
 本当にここへ来るのだろうか?

 自分の事は見捨てておけば、関係ない事だと突っ張ればよかったんじゃないか?

 そう思ってしまっていた響には、楸の言葉に驚いていた。

「そんなに驚くことなのか?」
 男は響がそんな反応を見せるとは思わなかったらしく、不思議な顔をしていた。

「自分が大事にされている感覚すらなかったって顔だな」
 確信をつかれて響は目を見開いた。

「だって……俺は借金のかたで働いてるだけだし……」
 響はそう答えていた。

「そうか?」
 男は面白そうに響を見て言った。
 男は時計を見ると、スッと立ち上がった。

「あんたには悪いけど人質になって貰うからな」
 男はそう言って、響の腕を取ろうとしてバランスを崩して倒れた。

「え?」
 響は驚いて男を思わず支えてしまった。

「くっ」
 支えた腕に何か濡れた感覚があった。
 ぬるっとした感覚。これは。

「あんた、怪我してるんじゃないか!?」
 響は叫んで男を隣に寝かせた。

「……もうちょっと持ってくれるとありがたかったんだけどな」
 男は荒い息を吐きながら腹を押さえていた。
 どうやら白羽組組長を襲った時に怪我でもしたらしい。
 そうなると弾傷ということになる。

「ちょっと見せて!」

「いい……」
「良くない!」
 響は叫んで男の腹を見た。

 道理で顔色が悪いはずだ。そう響は思った。

 男は腹に傷を負っている。浅いが相当血が流れたはずである。貧血のようになっている顔色を見ていると、そうとしか思えない。

「傷の手当て……」
 響は周りを見回して、守衛用のベッドを発見した。
 そこのシーツを取ってきて引き裂いて包帯変わりを作る。それを男を壁を背もたれに起こしてグルグル巻にしていく。

 上手い処置法は知らない。
 とにかく血を一時でも早く止めないと出血多量で死んでしまうと思ったのである。
 男は苦痛に顔をゆがめていたが、処置が済むと、そのまままた床に倒れてしまった。

「なあ、あんたには無理だ。病院が先だよ」
 響はそう言っていた。
 男は苦痛に顔を歪めながらも起き上がってくる。

「いや、最後までやる。だから付き合ってくれ」

「言いたい事があるなら、俺が楸に伝えるから!」
 響はそう叫んでいた。
 自分が無事なら楸はそれほど酷い事はしないと思ったのである。

 だがすぐ後ろで声がした。

「その必要はない。直接聞いてやる」
 その声に二人はハッとした。

 男はすぐに身体を起こして、銃を身構えた。
 響は信じられないモノをみるような目で振り返った。

「近付くな!」
 男は響の頭に拳銃を押し当てた。
 カチッと音がした。

 響は振り返った先にいる楸に目を奪われていた。
 楸は真っ黒なスーツに身を包み、仁王立ちしていた。

 部下の槙の姿は見当たらない。
 本当に1人で来たらしい。

「楸……」

「これ以上近付かない。何か言いたい事があるらしいが、何だ?」
 楸は話を急かした。
 すごく静かな声だった。
 男は白羽組の組長に言われた事を楸に話した。

「売春婦は必要無くなったら殺せばいいと言ったらしいな」
 男のこの言葉に楸はまったく動じなかった。

 どうなんだ?
 響は大人しく返事を待った。

「だったらどうする?」
 楸は低い声でそう聞き返した。

「だったら撃ち殺すまで。それもあんたの大切なものを」
 楸の大切なもの、それは響だ。
 男は響を殺す事で復讐をしようとしているのである。

「残念だが。俺は売春婦関係は得意じゃなくてな。そんな命令出した覚えはない。それに白羽組は今日限り、うちの組の傘下ではなくなったんだが」
 楸はそう男に言った。

「やばくなったら切り捨てか?」

「そうだ。ただし売春婦の事じゃない。やつらが拳銃を使った事でこっちに火の粉が飛びそうだったのでな。それで切り捨てが決定しただけの事だ。もともと気に入らん連中だったので幹部全員一致で切り捨てとなったまで」
 楸は淡々と答えていた。

 どうやらそれは本当のことらしい。
 ここ暫く忙しかったのは、この白羽組をどうするかで揉めていたからなのだ。

 その方針が決まった矢先にあんな事件が起きた。
 そういうことらしい。
 男はその話を聞くと、完全に復讐心がなくなってしまったのか、響の腕を離した。

「やっぱり咄嗟についた嘘だったんだな……ちくしょー」
 男はそう言って床に寝転がってしまった。
 本当は嘘だと分っていた。

 だけど、警察に守られている組長を殺す事が出来ない、その怒りを何処へ持っていっていいのか解らなかったから、あんな組長がついた嘘に飛びついてしまったのだ。

「お前、大丈夫か? 救急車呼ぼうか?」
 響は男の顔を覗き込んで尋ねた。

「響、こっちへ来い」

「だけど!」
「いいから。後は槙が上手くやる」

「任せて下さい。潜りの医者に見せますから」
 いつの間に入ってきたのか、槙が楸の側に立っていた。

 すぐに男の様子を見てくれ、何か手配してくれている。
 響はそれで安堵して、楸を見上げた。

「来い」
 そう言われて、響は楸に抱きついた。

「楸」
 楸は抱きついてきた響を抱き締め返した。

「……響、無事で良かった」
 やっと安心したのか、楸から安堵の言葉が漏れた。

「うん、ごめん」

「焦ったぞ……耀も心配している。帰ろう」

「うん」
 響は男を槙に任せてその場を去る事にした。
 男がどうなるのか気になったが、楸が悪いようにするとは思えなかったので、それ以上口を挟むのは辞めた。
 自分には関係ない出来事だから。



 車に乗ると、楸は響にキスをしてきた。

「んっ……!」
 いきなりだったが、安堵していた響はそれを素直に受け入れてしまう。
 久しぶりのキスは、響の頭を真っ白にさせてしまう。

「久しぶりだな」
 響の顔中にキスをしながら、楸がそう言った。

「ホント、久しぶり」
 響はくすぐったそうに逃げながらそう言った。

「寝顔ばっかりで飽きた所だ」
「俺はお前の姿すら見てないぞ」

「寂しかったか?」
「ちょっとな」
 どうしよう、久しぶりに見た楸はカッコ良過ぎ……。
 それに久しぶりに本物の楸に会えた嬉しさで、響は感動していた。

 たまに離れてみるのもいいのかもしれない。

 楸の有り難さを実感する響だが、その夜、楸が響を離さなかったのはいうまでもない。