ROLLIN'2-22
響が目を覚ますと、天井はまた見たこともないところだった。
だが、すぐに自分がどこに来たのかは思い出せたので、二三度瞬きをした後、ふっと息を吐いた。また覚えてないというのはごめんだ。
「響さん、目が覚めました?」
傍に人がいることに気がつかなくて、その声に響は驚いて身を起こした。
だがその人物を見ると、見覚えがあった。
昔、一度だけしか会っていないが、ここにいる似た人などそう多くはないだろう。
「……あ、れ……あなた、確か前に」
「はい、前にお世話をさせていただきました。名は犹塚(いづか)と申します」
犹塚は響が驚いて下がったのにも大した反応はなく、自己紹介をしている。
布団から約1メートル離れた位置に座っているので、響の警護をしていたのだろう。周りを見回すとさっきまで一緒にいた楸が居ないので、やっと納得する。
「……楸は?」
一応聞いてみると、犹塚は正直に答えてくれた。
「今、本家の老院と会合です。響さんが眠られてから約一時間経過してますが、会合は白熱しているようですね」
それを聞いて響は昔の嫌な記憶を思い出す。
ここに来たのは4年も前だ。勝手に宝生の儀式だなんだと言われて、楸に一晩中抱かれた。ここには恥ずかしい記憶しかない。儀式はちゃんと行われているのか、人のセックスを何人かで見ていたというのだから冗談ではない。
「会合って……まだかかるかな?」
出来れば早く帰りたい。そう思って響が呟くと犹塚はそれを聞き逃しはしなかった。
「今度という今度は、組長も老院のなさりようは我慢の限界だったようです」
犹塚がそう言ったので響はあ!っと声を上げて犹塚に近寄った。
「裏切り者がいるって! 宝生の本家からの内通者!」
九十九が言っていた言葉を思い出して響が言うと、犹塚も知っていた。
「ええ、九十九にあなたの情報を本家の者が流していたことは調査済みで、誰が流したのかは判明しています。処分も済んでます」
犹塚がそう説明すると響は、なんだってという顔をして呟いていた。
「いや、そうじゃなくて、俺の情報を流していたのは居ただろうけど、それじゃなくて、本家の根本的な情報も流れている。九十九はそれを俺に匂わせた……それもその人が流してた?」
「どういうことです? その者はあなたの情報しか流していないと言ってます」
犹塚は響が何を言いたいのか分からず聞き返した。
「九十九は儀式で俺が宝生のパートナーとして認められたことは知ってた。でも、そんな情報ならわざわざ本家から聞き出す必要はないと思うんだ。楸に近い側近からでも漏れる可能性だってあったと思うから。俺の情報に混じらせて、九十九が本当に知りたかったのは、宝生本家の絶対に外部に漏らしてはいけない情報だったかもしれない。だから、俺の情報を漏らした人と本家の情報を漏らした人は別々。そう考えた方がしっくりくる。俺の情報くらいなら流してもいいかと簡単に決める人が、本家の重要な情報まで漏らすなんて考えられない。重要な情報を漏らす人は、何か勝算があって漏らした」
響がそう自分の考えを口にすると、犹塚もその可能性はあると思えた。
尋問して調べたのに、響以外の情報を漏らしたことはないとはっきりしている。拷問のような尋問をされて、口を割らないのはおかしいのだ。
「勝算ってなんだ? 何を狙って? 九十九と組むということは、攻撃は九十九がして、本人は知らん顔するつもりなのは間違いない」
響には老院が何を考えているのか分からないので悩んでいるが、犹塚にはだんだん分かってきた。
「老院が企むことといえば、地位向上か金。昔、老院が企んだ宝生組乗っ取りという事件もありました」
犹塚が老院の情報を出すと、響はまさかという顔になった。
「じゃあ、勝算って……宝生の乗っ取り!? じゃあじゃあ、九十九と組んでいるなら、その九十九が狙うのは、今重役が出揃って全員揃っている部屋を狙う! そこには楸まで揃ってるんだから老院の他の人も一緒に葬れる!」
響はそう叫ぶと、立ち上がって犹塚に命令を出した。
「犹塚さん! 今すぐ会合を中断させて、楸達の身の安全を確保! 避難場所も九十九に知られているだろうから、別の場所へ避難させて! 会合を始めて一時間経ったなら本当に情報を流してたものが席を下らない理由で中座する! それが合図のはず! 合図は外から見えるところからやるはずだから!」
響がそう叫ぶと、犹塚はすぐに廊下ではなく、部屋の襖を開けて部屋を移動した。
それに続いて響もついて行くと、廊下を歩くよりも速く楸達がいる部屋の近くまで移動出来た。
ちょうど建物の建っている関係で、ここは外部から人の出入りは確認できない。
犹塚は躊躇なく廊下へ出て、楸たちが会合をしている部屋のドアを開けた。
中ではちょうど中断して部屋を出て行こうとしていた一人の老院の者がいた。
「犹塚、一体何をしている。この部屋は立ち入り禁止にしてあるだろう!」
出て行こうとした者がそう叫ぶと、犹塚の後ろから響が部屋に入ってきた。
「犹塚さん、その人犯人! 確保!」
響がそう叫ぶと同時に老人が懐から何かを取り出そうとしていた。響はそれに気付いてその腕を蹴り上げた。
蹴られた老人は反動で吹っ飛んで転んだ。それを犹塚が拘束する。その老人の腕から飛んだモノがガンと音を立てて壁に当たり、それが転がって響の前に滑ってきた。
「やっぱり、モノは持ってると思った……楸、とりあえずそれしまって……」
響が銃を取りあげてから楸を見ると、楸は銃を抜いていた。
楸が本能的に狙われた時に獲物を出すことは知っていたので、響はどうしたってそれを撃たせるわけにはいかなかった。
今、ここで銃声でも立てられたら、どこからか狙っている九十九をまた取り逃がすことになる。銃に驚いて逃げようとする老院の人たちを響は一喝して動きを止めた。
「今出て行ったら、助かった命亡くしますよ!」
響がそう言うと、全員の動きが止まった。一体どういう意味なんだと顔に書いてあるが、今はそれを説明している暇はない。じじいと犹塚の父ともう一人はなるほどと納得している様子が見られた。動いたのは他三名のみ。
「楸、ここから別の部屋へ廊下を通らないで安全に移動し、避難出来るか? この老人が廊下でどんな合図するか分からないからここから外へ出したくないから」
響がいきなり言い出した言葉に全員が呆気にとられていたが、楸だけは響が警戒している理由を知っていた。
「やはり相手は九十九か?」
「ああ」
響が今敏感に警戒する人間は九十九しかいない。起きた時に犹塚と会話をしている間に本家で何か起ることが分かったのだろう。九十九は響には余計なことを喋っている可能性があるから、響がそこから何かを思い出すことだってあるのだ。
「なら、ここから移動できる」
楸はあっさりと言うと、部屋の壁を叩いて一回転させた。
「な!」
驚いたのは老院の一部の者達だ。そして犹塚が確保していた人物もだった。
「本家の老院といえど階級が存在する。この道を知っているのは、じじいと犹塚ともう一人だけ。俺は先代から貰った見取り図でこのことは知っていた。で、知らない老院の方で、外へ逃げだそうとし、合図を送ろうとしたか。香山老人は知らなかったから、お前が中座している間に俺らが逃げることはないと思っていた。こんな大事な会議をつまらん理由で中座するのはおかしいと思っていたから、響がこなければ俺はさっさとここから退散していたところだった」
楸は響が説明しなくても、状況はすぐに把握できていたようだ。その言葉に続いて響が言う。
「九十九に情報を流す目的は、宝生の乗っ取り。ここで邪魔な老院と組長を一気に葬ろうと考えた。狙ってくる相手は九十九、ちょうどいい敵の条件だったから乗ったわけだ。俺の情報売るくらいの軽口を言う人間でも、さすがに本家抹殺を企むような度胸はない。だからもう一人、九十九に内部情報を漏らしている人間がいるって気付いた」
響がそう言い切ると、老院たちはまさか自分たちの命が狙われているとは思ってもみなかったようで狼狽していた。
だが、じじいと犹塚ともう一人の元組長は、やっと納得が出来ていた。
香山老人が野心家であるのは知っていた。九十九に情報を漏らすなら、降格された人ではなく、香山老人じゃないことが不思議だったのだ。だから香山が動いたことで、三人は何かあると判断できていたのだ。
「道理で、耀殿や宝生ビル、本家が爆破の狙いから外れていたのか説明がつくのう。宝生を乗っ取ろうと思うなら、耀殿は傀儡に必要であるし、ビル内にある楸殿が集めた情報も必要であるし、本家の老院を集めるには組長が揃わないと意味がないというわけか。事件が大事であればあるだけ重要人物は揃う計算か。よう考えたのう、香山」
じじいがあっさりと香山老人が考えそうな計画を口にすると、香山老人はバレたことでかなり狼狽していた。
「だが、香山、お前この中座を誰も怪しんでないと思っていたのかい? 組長も言ってたようにお前が中座した後、わしもとっととそこの壁を抜けて別の場所へ逃げただろうよ。お前は抜け道があることを知らないし、ここで何か起ったとすれば、犯人はお前しかいないことになるしのう。まあ、尻尾を出させる前に、嬉しそうに尻尾を振りながら部屋を出ようとしていたお前はそれだけ怪しい行動をしていたということを自覚していなかったようだがのう」
またしてもじじいは何かあると分かっていて黙っていたらしい。
だが、楸も下らない理由の中座は怪しいと思っていたし、避難して様子は見ようと思っていた。そこへ響がやってきたから、香山と組んでいるのは九十九だと分かった。
響はその香山老人の顔をしっかりと覚えるように覗き込むとにっこりとして言った。
「俺から楸を奪おうなんて考えるやつの顔はしっかりと覚えておかないとな。名前は香山だったね。言っておくけど九十九と組むようなやつは絶対に許さないし、俺は楸を守る為なら何だって出来るんだ」
その響の手には銃が握られているので、響が言っていることは十分香山老人には効いたらしい。その場に香山老人はヘナヘナを座り込んでしまった。
楸は十分だと思い、響から銃を取り上げて全員を避難させた。
そこから九十九が狙いそうな山への捜索を本家で開始した。
あの会合部屋が狙えるのは、向がわの山しかない。
捜索が開始されて、2時間後、山の頂上に不審な車を発見した。
その車の中には、本家を狙うために必要だった、ロケットランチャーが入っていた。車を置いて逃げたからには歩いて逃げたのかと思ったが、その山の反対側にある獣道になっているところを別の車で逃げたようだった。その麓で聞き込みをすると、その二時間前に一台のジープが通ったという。あの山への道へ車が入ることは滅多にないので、急に音を立てて出てきたのに驚いて覚えていたという。
乗り捨てられた車の中を捜索した結果、一枚の手紙が出てきた。
それを捜査員が持ってきて楸に差し出したのは、日も開けた翌日の朝だ。
「響、お前がせっかく気付いてくれたというのに、また九十九に逃げられた。悪かったな、こちらの不手際で二度も」
楸は隣に座っていた響にそう言うが、響はこんなことで九十九が捕まる気はしてなかった。向こうの方が一枚どころか二枚も上。響に本家の内通者がいることを言った時点で、九十九はその裏を掻くような対策を講じていたんだろう。とにかく逃げることに関しては九十九は天才的だ。しかも逃げたその足でここへ来ている行動力も馬鹿には出来ない。
「これは響がそこに居たらバレると思っていたから、失敗は残念ではない。それにこんなことで組長を殺せたとしてもこちらとしては嬉しくない事態だ。響には本当に感謝している」
それが九十九のメッセージだった。
だが、どうもその続きがあるような感じだったので響はその手紙を覗き込んだ。
「……っ!」
楸が慌てて手紙を響の目から反らしたが、すでに遅し。
響は覗き込んだ体勢のままで、顔がどんどん怖くなっていった。
「……あのくそ変態、まだ冗談を書く手がついていたか……ああ、そうか怪我したのは左手だったな……右手を複雑骨折させておくんだった……」
響の低い声に槙や二連木も驚いている。
楸は天井を見上げて、ため息を吐いた。
その手紙には、「響、愛しているよ」と最後に書いてあったのだが、響はまだそれを冗談だと思いこんでいるらしい。どうやってもあの変態九十九の言葉は真面目に受け取らない思考回路になったらしい。
「響さん、あの島から帰ってから、なんだか過激になってますね」
槙がそう感想を漏らすと、楸もそれに同意した。
響は捜索して九十九を捕らえるのは無理だと早々に判断して、山に向けてロケットランチャーを撃てばいいと言い放っていた。
向こうだって撃つつもりでいるんだからおあいこだろうというのが響の論理だ。
だが、宝生側からそんなものを対岸の山に撃つわけにはいかないので、なんとか響を大人しくさせ、最終的に楸が響にいやらしいことを仕掛けたところで、響は我に返りやっと大人しくなった。
しかし九十九もこちらの様子は見ていただろうし、元々撃つ気はなかったらしい。撃つ気があったとしたら、何発か本家を狙ってもよかったし、響が居るからという理由で躊躇するとは思えない。響が見える位置に来たら、響を外して撃つ技量は九十九にもあるだろう。
本家の老院の一人、香山老人が九十九に何を喋ったか、という最重要な問題は、香山老人が自白した内容によると、最高幹部会議の会合の場所と、避難場所などと少しの老院の情報だけだった。
どうやら九十九は本格的に本家の情報を欲したわけではなく、本当に響についての情報が欲しかっただけのようだ。その流れで本家老院の抹殺と組長暗殺の計画が持ち上がって、面白かったので乗ったらしい。
宝生の爆破で狙われた場所は、楸が組長として大事な組員がいる場所だ。九十九が狙うには的外れなものだったのも、この計画が香山老人の妄想から成り立っていたかららしい。 九十九はこの計画が大阪の火威(ひおどし)会の抗争と重なって上がったことで、面白くなって宝生も同時期に爆破しようと考えた。火威会の関係で少しは宝生にも被害を与えるつもりでいたから好都合だったのだ。
元々の計画が火威会にあったように、宝生側にも香山老人の計画があった。
同時期に爆破が起れば、九十九は疑われずに済むし、流れ的にも面白くなっただろう。
しかし、その計画は全て月時響という存在が現れたことで、九十九の都合がいいように練り直された。
九十九にとっての誤算は、全部月時響という存在にあるようだ。
今回のことも響がいなければ、九十九が面白くないと思っていても成功していたかもしれない。ただ香山の行動が怪しすぎて内部でバレていたのが更に誤算だろう。
「響、そう怖い顔をするな。俺はお前に命を助けて貰った。本当に感謝している。お前の言葉は嬉しかったぞ」
楸がそう響の耳元で囁くと、響の怖い顔は急に真っ赤になってしまった。
「い、いや……あの時は……焦ってて、自分でも何言ってるのか分からなくて……」
響は言って更に真っ赤になった。
自分でも驚いていた。楸を守る為なら戦えると思っていたのは事実だが、それを楸の前で言ったことは一度もない。
本人に言うのは結構恥ずかしいし、そう思っていることを知られたら、後でどんなことにその言葉を利用されるのか考えると、言うべきことではなかった。
恥ずかしくて小さくなっている響に、楸は笑ってこめかみにキスをして許してやった。
響がそう思っていてくれたことが、本当に嬉しかったから。何よりも大事にしたいと思っているといってくれたから。響の本気が伝わってきたことが今回の報酬だろうか。
だが、響の行動は本家では、ちょっとした騒ぎになっている。
一般人の素人、それが本家の人間の認識だった。
しかし、蓋を開けてみれば、楸を守る為なら何でもやる、最前線で戦える人間だ。
九十九への反撃と、本家内部に巣くっていた害を響は今回のことで全てえぐり出したことになる。それは一般人に出来ることではない。
本家を仕切るはずの老院が、さわらぬ神に祟りなしと言い切り、響の存在を特別待遇で扱っていた。それは異例のことだ。耀に対してよりももっと畏怖を込めたものとでもいおうか、そういう扱いだ。
組長の隣に居て、組長と同じ視線で同じことを考えられる響を組員たちはみな認め始めていた。
最新の噂は、九十九が響を誘拐したのは、そういうことが分かっていて仲間にしようとしたのではないかというものだ。
「組長の人を選ぶ目は確かだった。それが組員の間で噂になっている」
犹塚(いづか)の父がそう言って部屋に入ってきた。
響は犹塚の息子に案内されて昼食を取りに行っている。
あの騒動以来、犹塚とは気が合うようで、楸に用事が出来ると響は犹塚の傍に行くようになった。ボディーガードの三束(みつか)もいるが、犹塚との会話は普通の会話らしい。
「噂は噂だな。俺は響にそういうものを求めたことはないからな。今回のことで、一層関わらせるのは危険だと判断したくらいだ」
楸は寛ぎながらそう言って犹塚に座るように言った。
本家は現在、耀の支配下にある。楸がここにいるので楸を使って耀が指示を出している状態だ。その耀がじじいと通信で喧嘩をしているので放置してきたところだ。じじいにいいように振り回されている耀を見ると、まだまだ子供だなと思えるから不思議だった。
あの二人は祖父と孫のような面白い関係になっているようだ。
「確かに、あの方には大人しくして貰っていた方がよろしいようですね。ですが、今回は助かりました。あの方がいらっしゃらなかったら、我々は生きていなかった」
いくら壁から抜けて避難したとしても向こうがロケットランチャーまで用意していたのでは、響が殴り込んでこなかったら、避難先もやられていただろうから、逃げても無駄だったのだ。
「そうだな。それは間違いない。助けたつもりが助けられた。つくづく九十九は響と相性が悪いようだ」
「それはなにより。しかし九十九は諦めますかね」
犹塚がそう呟くと、楸は客観的に答えを出した。
「そういう刺激が九十九には楽しいらしい。まだ何かしてくるだろう。このまま済むとは思えないからな。大体、あいつは響に計画がバレることすらも楽しんでる風だしな」
楸の言葉を受けて犹塚は言った。
「やはり次は神宮領(しんぐり)の情報ですか?」
「ああ。九十九はもはや自分が生きていることを隠そうとはしていない。生きていることを武器にして、何かしてくる。盛大な再デビューをしたわけだし、神宮領に昔ほどこだわってはいないだろうが、響が絡むなら神宮領のことをバラすだろうし、関西から一言言ってくるかもしれない」
「響さんの反応を見たいが為、と考えてよろしいですか?」
「そうだろう。まず九十九は自分が生きていることを周りに信じさせる為に響を使う。耀が流した情報で警察や公安も動いているから、信憑性もあがるからな。それに俺が警察や公安に巻き込まれてどうするのかも見たいんだろう」
楸が簡単にそう言うと、犹塚は妙な顔をしていた。
「それでは……九十九は組長と響さんを相手にして、遊んでいるだけなのですかね?」
「そのつもりだろう。九十九は新しいおもちゃを手に入れた。そのおもちゃで自分の利益を上げるのは得意中の得意のようだし、自分を蔑ろにした関西にも再度恐怖を植え付けたいのもあるだろう」
関西の火威(ひおどし)会は壊滅寸前までいったが、今は何とか持ち直して、他の組からの抗争にも耐えている。意外にしぶとい火威会に打撃を与える目的で、関西は神宮領の名が欲しくなっているだろう。そんなところに神宮領の子という情報は彼らには餌を与えられた飢えた獣になってやってくるだろう。
夢物語は夢物語として片付けられない老人の夢。
その下らない老人の夢に宝生も九十九に付け入られ、多大な被害を受けた。
「九十九は何かに寄生して生きる。人が薄暗い思いを抱いていれば、それにつけ込むようにしてすり寄り、いつの間にか主導権を握る。そんな人間だ。九十九自身が何かを思って行動したのは、神宮領事件と今回の響の誘拐くらいしかない。だが、その自分の意思で行動した結果、九十九はいつも失敗をし、多大な損害を受けている。いい加減二度目ともなれば気がつくだろう。表立って、俺と響には仕掛けてはこない。だから関西を巻き込む」
楸がそう予想を立てると、犹塚は暫く考え、そしてため息を吐いた。
九十九という人間を知っている自分より、楸の方がよく九十九の性質を理解しているようだ。
その九十九とまだまだ戦っていかないといけない楸はそれほど九十九を恐れているようではない。この世界にいれば、いつかは必ず遭遇する敵、そういう認識のようだ。
楸が感情を持ちだして九十九と対峙すれば、楸が負ける。今回は九十九が感情を持ち込んだので九十九の負けで終わった。
月時響という存在は、どこにいても誰かを狂わす。だからこそ楸は自分のテリトリーに響を入れようとはしない。響が宝生組のことを知らなければ知らないだけ、楸は安堵する。 大人しく守られているうちが、響にはちょうどいいのだ。
あれが暴れ出したら、楸や九十九でも適わない。
あれは生粋のヤクザの血を引く人間だから、一般人でいるくらいがちょうどいいのだ。
だが、今回、九十九が余計なことを吹き込んだせいで、響は多少暴走している。
このまま関西からの一報で、響がどう反応するのかが怖い。
楸はそう思っていた。