Howling-13

 織部寧野(おりべ しずの)は自分の周りに貉が迫っているとはっきりと認識したのは、バイトが休みの日に、榧の孫の御小柴兄弟(みこしば)と公園で体術の練習をしていた時のことだった。

 その日は、どうしても櫂谷(かいたに)や香椎(かしい)が都合が付かず、御小柴兄弟と休日を過ごすことが決定していた。暇なので久しぶりに手合わせをしようと近くにある公園の敷地内で、体術の練習をすることになった。

 こっちに来てから道場に通う暇はなく、たまに休みになると櫂谷や香椎などを相手に練習はしていた。
 御小柴兄弟も大学はこっちにした上に、住んでいるところは数ブロックという近い位置にマンションを借りている。この二人は常に二人で行動するのが好きなので、住んでいるマンションも同じなら、通う大学も同じ、さらには入った学部も同じという鏡でも見ているのではないかという密着ぶりで過ごしている。
 その二人は寧野のことが大好きだった。

「しーちゃん、絶対一人で練習してんだろ!! なんだよこのくそ重い力!!!」
 顔を狙って拳を出した瞬間を避けられ、その上で腹筋に思いっきり拳を食らった周(あまね)が倒れはしなかったが、その場に蹲って動けなくなっていた。

「お前、絶対練習サボってるだろ? すっごい弱くなってる」
 寧野は前だったらこの拳は決まらなかっただろうと思っていたので、決まった瞬間、サボっていると疑った。

 すると側で審判をやりながら見ているんだか見ていないんだか解らない様子の語(かたる)がぼそりと言う。

「周はサボってないよ。しーちゃんがまた強くなってるだけ」
 援護するように言うと、それに反応して周が起き上がる。

「だよな! しーちゃんが強くなってんだよな!? 俺が弱くなったわけじゃないよな!」
 真剣に食い下がると語は一回だけ頷く。始終周の側に居る語が客観的にみてそう見えるといっているのだから寧野の腕が上がったということなのだろう。

 そういえば、最近みっちり練習してたっけ? と最近の自分を思い出す。
 櫂谷や香椎とも練習と言ってするが、寧野はそれ以外の別の人間とも練習をしている。周や語ではなく、同じ大学の同じ学部でよく顔を合わせ、さらには櫂谷と中学まで一緒だったという知り合いが、同じアパートの一階に住んでいるからだ。寧野は二階の真ん中で、その下がその彼の部屋だった。

 水原長路(みずはら ながみち)という人間は、部活で空手をしている。席が隣同士の時に同じように武術をしている話が盛り上がり、全国クラスの使い手という水原に練習場所がないと言うと、夜の公園は危険だろうからと、水原の庭を借りて軽くて合わせをさせて貰うようになったのだ。

 アパートの一階は小さい庭付きなのだが、学生が住まう場所でガーデニングと勤しむ人はおらず、たまたま住んでいる水原の隣の一般人ですら、庭は洗濯を干す程度にしか使っていない。しかもこの庭はちゃんと敷居がされていて、個々の庭スペースがあるので庭で何をしていても大きな音を立てない限り注意はされない。
 このアパートに住むにあたって寧野は結構警戒はした。しかし住んでいる人は一人を除いて皆寧野より早く入居しており、寧野を追ってきたわけではないことは解っていたから寧野は安堵している。

 住民は学生が半分だった。一階に親子で住んでいる人がおり、二階に姉弟で住んでいる人がいるくらいで、あやしいところなど何処にもなかった。
 寧野の部屋の隣に住む水品(みずしな)という学生とは入居した日にこの辺りの詳しく親切な学生で、あとは普通に接してくる住人で怪しいところなどなかった。

 周りの人間全てを敵だと思って過ごすのは、かなり精神的におかしくなる。隣の物音に怯え、通り過ぎた人を振り返って自分と関係ないのだと確認したり、緊張感が常にあり精神を消耗する。そんな生活を続けていれば、また肝心な時に動けなくなる。そう思い、寧野は考えを変えた。
 関わる人間を疑うのは仕方ないにしても、関わることを避けるのはやめようと。

 それが甘い考えである事は解っているし、考え方自体間違っているのかもしれない。けれども自分を心配してくれる仲間を心配させるような状態には二度とならないと誓った。
 自分の周りが全て敵ではない。そのことを教えてくれたのはあの人だ。
 数年ぶりに呼んだ名。寧野は少しだけ胸が熱くなったのを覚えている。

「あ、しーちゃんトリップしてる」
「え、あ、うん」
 ふと考え込んでいたところを指摘されて寧野は我に返った。すると周が妙な顔をしていた。

「しーちゃんさ、なんか特定の何か思い出してる時って、凄く優しい顔するよね?」
 そう言われて寧野はキョトンとする。

「なにそれ?」
 優しい顔と言われても本人はまったく自覚はない。なので少し恥ずかしくなってくる。自分の知らない自分の顔や表情を語られると恥ずかしくて仕方ない。

「しーちゃんは普段は可愛いけど、その時は抱きしめたいくらいに可愛いってこと」
 語がそう付け足して言うと、ぐーんと寧野の顔が赤くなる。周が言うならまだしも語に言われてしまうとそれは本当なのだろう。
 焦ってそれに同意しようとする周の口を封じようとした時だった。

 公園の中でも子供が遊んでいる方ではなく、子供がいない少し山になった木が多い場所を陣取っていたが、さっきまで居た子供たちが消えていて、黒服にサングラスの怪しい男が5人ほど立っていた。

「……」
 ざっと拳を前に突き出して一斉に構えられ、反射的に寧野も構えてしまった。この人たちが何者で何をしに来たのか目的すら解らないが、こちらが武術に長けていることは知っているようだった。ということは寧野が知らなくても向こうは寧野のことをよく知っている人間ということになる。

「しーちゃん」
「そっち大丈夫?」

「うん、しーちゃん強いほう頼むね」
 双子は戦う時、二人一対になって戦うことを好むので、三人相手に二人でかかるつもりだという合図だ。寧野に強い方を任せると言ったのはこの中で一番強いのを寧野が担当し、その他一人もついでにやってくれということだ。
 一人が向かってきたがその拳を軽く叩いてやり過ごし、反動を利用してその場で一回転で男の顔に裏拳を入れる。綺麗に決まって男がもんどり打つ。意識は失ってはいないだろうが、当分動くことは出来ないだろう。

 すると次に寧野が相手するはずの男が間合いを詰めてきていた。一瞬の仕掛けに寧野は目を見張ったが腹を狙ってきた拳を体をよけて避けてから、振り上げた右手を男の後頭部に打ち込む。しっかりとした手応えがあり、男がその場に倒れる音がした。

「周、語!」
 一応自分の分は始末したと声を掛けると、二人はあと一人をちょうど二人でたこ殴りしているところだった。

 駆けつけようと思ったところで、さっき倒した最後に倒した男が倒れている仲間を背負って逃げ出していた。そして周や語が倒した相手もふらつく体を支え合って逃げていく。
 拳を構えてからほんの1分ほどの出来事だ。通行人は誰も見てなかっただろうし、危険に気付いても通報すら出来ない時間の戦いだった。

「しーちゃん」
 追うのかどうするのかと聞いてくる二人に寧野は言う。

「そのままでいい。捕まえてもきっと無駄だと思う」
そう言って不満を漏らしそうな二人を制する。

「追っても、貉には通じていない。警察に言ったってどうにもならないだろ」
 捕まえても尋問するような施設は持ってない。それにその人物たちが喋るとは思えないのだ。だがそれでも問題はいくつかある。貉に繋がるようなモノが簡単に下のものに残っているとは思えないし、寧野の力量を知らずに襲ってきたところを見ると、この状況を貉は理解していないということになる。

 真っ昼間の公園で人を誘拐しようなどと考える方がどうかしている。これはもしかして貉ではないのかもしれないと寧野はとっさに思ったのだ。

「じゃなかったら何なの?」
 電話をしていた周の代わりに語が尋ねてくる。

「解らない。でも貉はここまで露骨なことはしてこなかったから」 
 今までこっそりとしていた輩が急に昼間に人を誘拐するような変貌を遂げるとは思えない。そうなれば、他の組織の可能性が出てくる。

 だがあの引き下がり方を見ていると、どうやらこちらの力量だけ見ていたような気がするのだ。最初から捕まえる気はないという感じで、切羽詰まっているとは思えなかったのだ。

「他の組織って何処なわけ?」
「解らないけど……貉はもっと違う気がする。人を使って、隠れ蓑を用意して、そこから来るようなのが貉なんだと思う」
 寧野が曖昧なことを口走ると、今日は来られないと言っていた櫂谷と香椎の二人が慌ててようにやってきた。それも電話をしてすぐなのでどうやら二人とも家に居たようだった。

「織部!」
 櫂谷が焦ったように言い、寧野に抱きついてくる。

「ちょ、櫂谷、くるし」
 がっしりと抱え込まれて全力の力を出して抱きしめられると苦しくて、腕の中で溺れている人のように手足をバタつかせていたが、櫂谷はなかなか解放してくれないどころか香椎まで暴れている寧野の頭を撫でている。

 よほど心配をかけたのは解るのだが、ここまでされたのは今まで初めてのことだったので、寧野はなんだか恥ずかしかった。

「マジで焦った」
 櫂谷がそう呟くので、寧野はキョトンとする。

「ちょっと様子見で、俺たちが離れてみたら、どうなるかなんてやるんじゃなかった」
 櫂谷がそんなことを言い出したので寧野は首を傾げた。

 どうやら二人は貉が襲ってこないのは、二人が側にいて手を出しにくいからなのかと疑っていたらしい。大学で出てきて一ヶ月、変化は多少あるのだが、それでも急速に進まないそれに二人は少しだけ試したかったらしい。

「言ってくれれば……」
「言ったら寧野が安心しすぎるかと思ってさ。香椎も同意したんでそれでしたけど、いかん俺の心臓が持ちそうにない」

 櫂谷は本当に心底肝が冷えたように言うので、寧野は仕方ないなと櫂谷の背中を叩き返してやった。この友人を大きな子供だなと思うのはこういう時だ。普段はふてぶてしいままなのに櫂谷はとにかく心配性で、香椎は厳しい人なのだ。

「大丈夫だって、あれ貉じゃなかったから」
「へ?」

「だからね、貉じゃなくて別の何か」
 寧野にはそういう説明しか出来ない。もし貉であって寧野が欲しかったとして、強硬手段に出るとしたら、あんな間抜けな作戦で昼間に公園で誘拐など考えないだろう。そう寧野が言うと櫂谷も香椎も二人で顔を見合わせて首をかしげた。

「面白がって手を出した何かって何だろうな?」
「そうだな、宝生組ということはないだろうから、それに繋がる何かだろうか?」
 二人は何か思い当たることがあるように言っているので寧野は聞き返す。

「何か知っているのか?」
「ああ、今日、根方(ねかた)さんから連絡があって、貉はもちろんだが、それに繋がる件で、鵺(イエ)という組織も絡んできているから注意しろと言われたんだ」

「鵺(イエ)?」

「貉と同じ中華系マフィア。香港マフィアの名残があるマフィアで、中国国内にも入り込んで黒社会を作りあげている組織だ。日本にも少し出てきていて、中華系マフィアの半分はここだっていう噂がある」
 そう詳しく聞いて寧野はさらに首を傾げた。

「その中華系マフィアは、なんで俺を狙うの?」
 寧野を狙っている理由が漏れているとは寧野は思っていないので素直に聞き返せたのだが、二人は少し困ったような顔をしていた。
 理由が理由だったからだ。

 寧野がこの二人にも明かしていない理由が、この貉の事件には絡んでいる。
 寧野が狙われる理由は、ただ一つだったからだ。

「織部が金糸雀だから」
 香椎がそう切り出した。

「金糸雀? なにそれ?」
 周と語の二人の声が重なって、尋ね返していた。
 金糸雀なんていわれても、寧野があの鳥の金糸雀には見えない。謳うわけでもなく、籠の鳥でもないからだ。だが、それに櫂谷が付け足す。

「金糸雀っていうのは、ただの呼び名で、実は織部のある能力を差してそう言う」
「ある能力?」

「いいか、織部」
 周や語、それに榧だって知らないことだ。寧野はこれだけは誰にも知られてはいけないと思っていたから、櫂谷たちが知ってしまったことに少し戸惑った。これを話してしまって大丈夫なのだろうか。この人たちまで変わってしまわないだろうか。
 しかし、寧野はまだ自分がそうであるという確たる証明は一切してないことに気付いて、ふうっと息を吐いて言った。

「うん、大丈夫」
 少し困ったように笑った顔を見た櫂谷たちは、寧野は自分が何であるか知っていることにため息を吐いていた。周と語はまだ寧野の秘密があることに首を傾げていたが、この場で暢気に話すような内容ではないから、移動することにした。

 香椎の部屋が一番近いことと、寧野の部屋では狭いことから、香椎のマンションに全員が移動して、何とか落ち着ける環境を作ってもらってから寧野はゆっくりと話し出した。

「俺が、それが出来るということはないんだけど、もしかしたら急に解るようになるのかもしれないけど。俺のお父さんは、数字を見ただけで大もうけ出来ることが解ってしまう目を持っていたんだ」
 寧野がそう言うと、周が聞き返してくる。

「えーと、例えば競馬とかで、数字並んでるじゃん。それ、見ただけでこれが勝ち馬券って解っちゃうってこと?」
「一番解りやすい例えだね、その通りだよ」

 寧野は自分が受け取った父親の遺産の中で、貯金通帳に注目して調べたことがあった。本当に父親がそんなことをして暮らしてきたのか、知りたかったし、それで寧野もそうなってしまうのかということもはっきりとさせておきたかった。
 すると、その馬券などに連動した動きがはっきりと見られた。父親はそうやって馬券などを当てて、それを貯金して、さらに株なども時々して儲けていたらしい。

 情報は色々残っていて、父親は寧野がいつか調べるということが解っていたのか、沢山の情報を寧野の為に残してくれていた。そうして確かめて自分が父親と同じ可能性はあることを自覚していった。
 その時は少し怖かったし認めるものかと思ったが、自分が自覚していないと誤魔化すすべもないことを思い出した。適当に誤魔化されてくれる相手ばかりではないのだ。
 でも寧野は一度たりとも予想はしてなかったし、これからもするつもりもなかった。
 これがあるおかげで自分は追いかけ回され、今の事態になっている。絶対にしないという意識だけは今は強固になっていた。

「俺はこれからだってそうであると認めるつもりはないんだ。このせいでお父さんは死んだし、今俺が追われている理由がこれである以上、絶対に気軽に使えるものじゃないと思っている」
 寧野がはっきりとそう言うと、櫂谷と香椎、そして周や語も悲惨さを知っているだけに、それを使っても幸せになれるわけじゃないと思っている。

 寧野の父親、寧樹はそれで幸せを掴もうとしたのだが、その前に妻を交通事故でなくしている。寧野の父親と母親が離婚した理由は父親の遺言によると、あるとてもやっかいな理由から母親が離婚を申し出て、寧樹や寧野を危険から守ったらしい。

 相手は解らないが、中華系マフィアの抗争に母親が首を突っ込んだ形になり、母親はそれに気付いて逃げ、勝手に離婚届を出して成立したところで交通事故で死亡した。
 その不自然で唐突な死にまだ4才の寧野が理解出来るとは思えないとして、父親は離婚しただけと片付けていた。
 櫂谷たちには自分と一緒にいることはこうした危険もあるかもしれないと、再度通告したのだが、二人は笑って寧野の頭を叩いただけだった。

「しーちゃんが認めないものを無理に使うような奴らが、敵ってこと?」
 周はさほど驚いた様子はなく、とりあえず敵が誰なのかを決めたいらしい。それに寧野が答える前に語が頷いて答えてしまった。

「そういう話だったじゃないか。敵の名は貉で、さっきのは違うがどうも邪魔したい輩が存在もしている。しーちゃんは、そうしたやつとずっと戦ってるって」
「だよな、やっぱ敵は総合して貉だよな」
 と盛り上がる周に、寧野は不安になりながらもツッコム。

「お願いだから、貉って聞いただけで特攻するのはやめてくれな」
 語はまだ考える方だからいいが、周は敵味方で攻撃を仕掛ける癖があるので言っておかないといけない。

「いいよ、しーちゃん。俺がどうにかするから」
 語がそう言って寧野を安心させようとするが、この二人で特攻が周なら、仕留めるのが語なだけに何がどう、どうにかするになるのか不安である。どう考えてもバレる前に相手を仕留めると言っているようにしか聞こえないからだ。

「しーちゃん、もう隠していることない?」
 櫂谷や香椎も同じ事を聞きたいらしく、同じように厳しい顔で寧野を見ている。寧野はこれが最大の秘密だったので、他に何かあったのか考えたが思い付かない。でもさっき言った金糸雀という言葉は引っかかるところだ。

「そういえば金糸雀っていうのが、俺みたいな人のことを指す言葉なら、お父さんもその筋の血を引いていたことになるよね?」
 寧野はふっと思い出したようにそう言う。

「そうなんだ。織部思い当たることないか?」

「うち、親戚中から嫌われているのは、お父さんが何かやったからだと思ってたけど、金糸雀という言葉が出てくるでしょ。お父さんがそれであるとして」

「祖母が外国人だったことも関係しているということか」
 寧野の言葉を引き付いて、香椎が言うと寧野は頷いた。
 そうでないと話が繋がらない。

 そしてその後、榧や根方に尋ねると、父親の母親、寧野には祖母に当たる人物がどうも中国人であり、その貉から追放された金糸雀である可能性が高いと報告された。このことは言うつもりはなかったし、いずれはそこに行き着くだろうけれど、早めに言うことないだろうと思っていたようで、今日襲われたことと、櫂谷たちが同時に金糸雀という言葉を仕入れてきたことで、言う羽目になったのだという。
 そうして出てきたところで、櫂谷は呟く。

「もしかして、奴らは焦ってはいるが待っているんじゃないか?」
「待つって?」
 寧野が尋ねると香椎が言う。

「お前がその能力をはっきりと解る形で使っているところだ」
 なぜそんな回りくどいことをするのだろうかと不思議がっていると、香椎がさらに言う。

「たぶん、金糸雀一族はまだいるんだと思う。でも育っていないか、まだそれに当たるものが生まれてないのかもしれない。織部の父親の例から言っても、育つまで、つまり15年くらいは標準的にかかるってことじゃないか?」

 そう言われて寧野は前は自分がターゲットではなかったことを思い出す。あの人の話の中であった寧野の役割は人質だった。完全に金糸雀である父親を従わせる為に寧野が必要だと思ったのだと考えるのが一般的だろう。

 しかし、今度は寧野がいつその力を開花させるのかということに事の件は移ってしまっている。向こうも迂闊に手を出して死なれても困るわけだ。

「だったら今日襲ってきたのは、別物って考えた方がいいんだな」
 そう櫂谷が呟くと、全員がこれは寧野の争奪戦に発展するのではないかと危機感を高まらせた。

「今回は遊んだだけのようだから、マシかもしれないけど、遊びじゃなかったら怖いな」
 貉に対しての情報はある程度入ってきているが、その他にいる鵺(イエ)という大きな組織が関わってきているとすると、本格的にどうしかしないといけない。

 寧野はそれに対抗できるほどの力は持っては居ない。しかし、それに対抗する力があることを知っていた。
 だが、それは一生懸命「巻き込むんじゃない」と言い聞かせ、榧や根方に一度相談した方がいいのだろうと寧野は考えた。
 いくら宝生が関わってきているとはいえ、絶対に別件のはずだ。
 思い出して唱える11桁の番号は、本当に呪文だけになってしまった。

 ――――――本当に遠い国の人みたいだ。
 こんなに近くにいるのに、こんなにも遠い存在。