Distance 4round Start in my life 4
結局、昼は東稔(とね)と仲良く喋ることになってしまった唯。
東稔とは数回、必要にかられて話しをした程度だったが、意外にもっと話しやすくて、あれこれ詮索してこない話題を振ってくれるのが嬉しかった。
右左(うさ)唯と話しをする人間は、大抵、家族構成から始まって、家の状態、妹の有無、成績のこと、趣味や休みの日に何をやっているかまで聞いてくる人間が多かった。
だが、東稔とその友達は、まったく違っていて、流行りのテレビや曲などのことは一切出てこず、自分たちがハマっていることへの興味だけのようだった。
「クロスワード……昨日、左部(さとり)が数学のをやってた」
そう唯が口を出すと、すぐに東稔が反応した。
「あれ、見た? 酷くない?」
「あーうん。ちょっと問題が意地悪だった」
「だよねー作ったやつの根性というものがよく出てるよね」
東稔が力を込めてそう言うから、唯はふむと思いだした。確かこれは東稔用に北上神(きたにわ)が出した問題だったはず。それを東稔が解いてしまったので、左部に意地悪をしたということだが。
そこまで考えて、唯はよく聞く噂を思い出した。東稔と北上神は出来ていて……正確には恋人同士であるということだ。
二人を眺めているのだが、確かに他の人たちよりスキンシップが多いかと思うが、気になるほどではないし、これで付き合っていると言われても、違和感がないのが不思議だった。
東稔は綺麗系であるし、北上神はかっこいい系でワイルド込みみたいな美貌だからかもしれない。
唯はふっと思う。自分も東稔みたいに綺麗系だったら、左部といても似合わないなんてことはなかったかもしれない。
不意に前に言われた言葉を思い出してしまった。
『左部(さとり)先輩の隣にそんな貧弱なのは似合わない』
これは進級して、左部と一緒に委員活動をし始めた時に、一年の委員から言われたことだった。
貧弱というのは、いつも下を向いて、前を見ようとしない唯で。更にその時はある事情から身体も貧弱であった。そのせいでそんな事を言われたのだと唯は思っていたが、そうではないことが解った。
左部に隣にいる資格。それが自分の体形容姿、やることなすこと全てにあるのだと。
その分だと、人気がある東稔や北上神が一緒にいても他からやっかまれないのは、二人がお互いに相応しく、問題が何もないからなのだと解ってしまった。
自分は未だに問題があるのだと思う。貧弱ではなくなったのは、左部が気を使ってくれて、食堂などで食べさせてくれた経緯があるからだ。
そういったところで、唯は左部には十分に借りがある立場なのだ。
だから、左部が何か言ってきたところで、唯にはそれを拒否する権限がないということだ。
権限など左部の前で言うと左部がまた切れそうなので唯はそれを言わずに来たが、今回のこれもまた借りになってしまうのだろうと思う。
左部にまた助けて貰っているからだ。
こういう自分は駄目だと思っているが、もし、今左部がしてくることを容認出来る範囲で返していけば、借りは減るのだろうかと思い始めていた唯だった。
「それにしても」
屋上から降りてきて左部が東稔に呼ばれて先に行ってしまった時に、不意に北上神(きたにわ)に話しかけられた。
「はい?」
唯が振り返ると、北上神は少し真面目な顔をして言う。
「まさか、俺の思惑通りだとはな」
「はい?」
「まあ、それはいいとして。右左(うさ)、左部を甘く見るなよ。俺よりよっぽどタチが悪いのは左部みたいなやつなんだぜ」
北上神はそれだけが言いたかったのか、それとも他に何か言おうとしたのか、ふっと口を閉ざしてしまった。
「タチが悪い……?」
そう唯が問い返しても、北上神は答えず、さっと歩いていくと東稔を捕まえて楽しそうに会話をしていた。
結局、北上神が何が言いたかったのか唯には解らない。
これは忠告なのか、それともただの嫌がらせなのか。
「左部がタチが悪いって、そんなことあるわけないじゃないか」
唯は小さな声で口にしてから、北上神の言葉は嫌がらせだと受け止めて、それは聞かなかったことにしようと思った。
「おーい、次移動じゃなかったっけ?」
一番前にいた左部が思い出したかのようにそう言うと、そこにいた同じクラスの3人が一斉にギョッとした顔をした。
次の移動は、校舎の端にある美術室だ。
「ちょー待て! それを早く言わないかー! 俺、ヤバイんだよ」
最初に叫んで走り出したのは北上神だった。彼はサボりが多いらしく、単位がそろそろヤバくなってるので、遅刻も危ないのだ。
「ごめん、卓巳先行く!」
ダッシュで走り出した北上神を追って、唯達も走り出した。
結局、授業には間に合って、ほっとしたところで、授業内容は写生。
構内に限りの写生は結構場所取りが難しいし、二時間のうちに下書きも半分くらいクリアしていないと放課後補習になってしまうのである。
教室を出ていく生徒は、結構皆グループになっているようだったが、唯はそれに含まれないはずだった。
すると。
「右左(うさ)は、一人だよね?」
そう言って近寄ってきたのは、クラスのあまり評判がよくないグループだ。
頭はいいのに、態度がよくないという感じであろうか。
「え?」
唯は、ちょうど美術教師の世嘉良(せかりょう)の手伝いをしていたところだったので、声をかけられて驚いてしまった。
「だから、皆グループになってるのに、右左だけ一人じゃん。だから仲間に入れてあげないこともないかなとね」
そう言われて、唯は唖然とした。
この言い方では、唯が一人で可哀想だから、仕方なしに誘ってやるという親切を装った行動ではないかと。
そう思って困っていると、グッと腕をつかまれそうになったのだが、それが自分の身体がふっと後ろに下がって回避してしまったらしい。
「え?」
唯が驚いていると、ぐっと肩を捕まれていることに気付いた。
ゆっくりと振り返ると、左部だった。その隣には世嘉良までいるし、北上神と東稔もいるではないか。
なんだろうと思っていると、世嘉良が言った。
「いや、右左にはもう少し左部と手伝ってもらうことがあるんでな」
そう言い出されては、この人たちも下がらないといけないだろう。
教師が生徒に用事があると言っている。しかも相手は、怖いと噂の世嘉良だ。この春から何やら裏でやってたらしく、かなり裏発言が生徒の間でも通る教師の一人だ。
「あ、そ、そか。じゃ、まだ何処で描くか決まらなかったら、屋上にいるからね」
そう言って、親切4人組は教室を出ていった。
それを見送った左部は、ふうっと息を吐いた。
「あぶね。あいつら行動早くねえか?」
そう左部が言うと。
「あからさまだな」
と北上神。
「手が付きそうだと、欲しくなるという典型的な、他人のものが欲しい駄々っ子ってところだろ」
と世嘉良が言う。
立て続けにそう言われても、唯には何を意味するのかさっぱり解らない。
東稔は解っているらしく、少し心配そうな顔をして北上神に何か言っている。
「つかよ、お前らは揃いも揃って、俺の手を借りないと駄目なのかよ」
呆れた顔をして、世嘉良はそう言い出してしまう。
それに北上神と左部が顔を見合わせてニヤリとする。
「こういうトラブルが起こるような場所にいるのが悪い」
そう声を揃えて言われ、世嘉良はぐっと言葉を飲み込んだようだ。どうやら身に覚えがありすぎてというパターンらしい。
「まあ、急すぎてこっちも対策が遅れてるだけでねえ」
「まさか、あれがくるとは思わなかったけどな」
左部と北上神は何のことなのか解っているらしく、唯をおいてきぼりに話しを進めてしまう。
あれが急にくる???
唯はきょとんとして、東稔を見ると、東稔はぐいっと北上神の袖を引っ張って、唯が不安になっているのを知らせていた。
「ああ、悪い」
勝手に話しを進めてしまったことへの謝罪だった。
「これをなんといって説明するかだが、左部くん」
北上神は面倒になったらしく、いきなり話しを左部に持っていく。
「んー。まだ、はっきりとしたわけじゃないけどな、唯」
「はい?」
「当面の間、俺以外……東稔とかはいいんだけど。他のクラスメイトと行動するのはやめてくれ」
そうした命令口調でそう言われて唯は驚いてしまう。
左部は意味もなく、こういうことを言う人ではないが、何か引っ掛かる。
「俺は、左部とか東稔以外と口を聞いちゃいけないのか?」
唯がそう言い返すと、左部は違うと言う。
「話すのはいいんだ。教室とか、誰かがいるところではな」
「誰もいないところって何処だよ?」
「つまり、校舎裏とか倉庫とかな」
「そんなところで話しも何もあったもんじゃないと思うけど?」
唯がそう言うと、さすがにはっきり言わない左部に苛立ったのか、世嘉良が言い出した。
「身体のお話をしたい輩もいるわけだ」
それを言われたら、さすがの唯でも解る内容だ。
身体のお話をしたいとは、単刀直入にセックスがしたいということだ。
初心ではあっても、そういう耳年増なところがある唯にも解る。
「さ、さっきのが?」
自分を支えてくれている腕に思わず唯はしがみついてしまった。
こういう身の危険を感じたのは、深夜の公園で出会ったあの人たち以来かもしれない。
「そうと決まったわけじゃないけどな。どうも急に唯に話しかけてくる輩は全部怪しいと思った方がいいかもしれないってことだ」
左部がそう言うので、唯は何故急にこういう事態になったのかが気になった。
「どうしていきなり、そんなことがおこってしまうんだ?」
その唯の言葉になんともいえない顔で左部が答えた。
「まあ、そりゃ。唯がうちから同伴したからじゃねえか?」
その左部の言葉に唯はずっこけそうになった。
同伴って、それはクラブのあれを言うのではないかと。
「その言い方はどうかと……」
「いや、それは間違ってないんだな~」
唯が言い方を改めて欲しいと言うのに被せて北上神が言う。
「どういう意味で?」
唯が聞き返すと、左部が渋い顔で言うのだった。
「それはな。唯が俺と一晩過ごして、朝を迎えて、俺の服、まあこれは解るやつにしか解らないが、で、学校に来たと」
「つまり」
「「二人は出来ている可能性あり」」
と、北上神と世嘉良が声を揃えて言ってくれた。
「えーーーーーー!!!!」
唯が一人で悲鳴を上げているのだが、他の人たちは、なんだ気付いてなかったのかというような顔つきである。
実際、朝二人が仲良く登校した時には、速報という新聞まで速効で流れたのだが、唯の目の届くところには出回らなかったらしい。
「意外な人気者は、まったく周りに関心がないと」
「そういうところは、東稔と一緒だな」
ふむふむと左部と北上神が言う。
一人、急激な世界の変化に追いつかない唯が一人であわわと驚いているのを可哀想にと東稔が見ているだけだ。
東稔もある程度の噂は知っているし、左部が唯をやたら構う気持ちも解るのだが、ここまで思って戦略を思いつけるほどではなかった。
唯はただただ混乱した。
どういうこと。
俺を狙ってる人がいきなり牙をむいたってこと?
なんで、左部と一緒に登校しただけでそんなことが起こるわけ??
こんな混乱をしている唯を他所に大人会議は進んでいる。
「とにかく、唯から当分目を離すべきじゃないな。なあ、東稔も協力してくれるか?」
左部がそう東稔に頼むと、北上神が一瞬嫌な顔をしたが、東稔の今の立場。風紀委員というのは結構使えるのだ。
東稔がいれば、学校中の危ない場所は全てわかるのだ。
「いいよ、委員長にはお世話になってるし」
東稔がそう答えて、左部はほっとした。
その腕の中でひたすら混乱している唯が訳解らずにもがいていた。