Distance 3round やわらかな傷跡 13

 斗織に好きな花はなかった。
 ただ選ぶのは、いつも百合だった。好きだからではなく、母親がそれがいいと言っていたという理由だけ。

 女の子らしいところは全然無く、寧ろ無茶苦茶な人生だったと思う。
 けれど、彼女は沢山のものを残していった。
 それはどれも大介や水渚を助けてくれる存在であり、生きていくのに必要なものだったりする。

 それをどうして憎むだなんて馬鹿なことを思ったものだろう。
 問いたいのであれば、自答するのではなく、彼女が守った全てに聞くべきだった。

 彼女はその問いに対して、全ての答えを用意してくれていたのだから。

「まったく、なんて人なんですか。貴方は」
 そう言う大介は、眩しそうに目を少しだけ伏せた。


 本当に卑怯だ。こんなやり方でしか本当のことを知れないようにしていくなんて。
 お陰で、3年もかかってしまったではないか。

「きっと、そこで「今頃なの? 案外馬鹿ね」って笑ってるかもね」
 水渚はそう言って、大介の手を握った。大介もその手を握り返した。

 言うべきは今だろう。

「斗織。貴方が育てた可愛い子を本当に貰ってもいいでしょうか?」
 いきなりそう言う大介を水渚は驚いた顔で見上げた。

「返事が無いのは、沈黙による承諾と受け取っていいんですね。じゃあ、貰っていきます」
 大介はそう一人で決着をつけてしまうと、水渚をすっと抱きしめた。

 急な展開に水渚の頭は真っ白である。どう考えても大介が貰うといっているのは、水渚のことだ。

 それも本当にということは、今までと違う形である。

「だ、だ、だ、だ、大介!」
「はい?」

「ぼ、僕の、意見とか……気持ちとか……そういうのは?」

 しどろもどろとして一応言う。どうしてバレていたかなど問題ではないのだが、大介がいきなりこんなことを言い出した意味も解らない。
 とにかく誤魔化せという気分だった。

 しかし、大介は水渚の耳に口を寄せると低い声で言ったのである。

「負けてくれるんでしょ?」
 ぐっと体温が上がっただろう。

 いきなり気分が浮上したかと思えば、なんだこの積極的な態度は。
 こんな男だったかと考えても、ストイックな面影しかない。

「だって、いきなり過ぎ……!」

「先手は水渚でしたよ。憎んでもいいからって言ったでしょ。それを自分なりに解釈してみました」

「か、解釈って」

「私を好きだからこそ、忘れて欲しくなかったんですよね?」
 憎まれていてあえなくなって辛くても、それでも大介には覚えていて欲しかった。それはまさに図星だ。

「そ、そそれは」
「それは?」
 こう言った大介の顔は普段の涼しい顔ではなく、ニヤニヤとした笑いを含めた顔だった。
 もう知ってるのだし、ここで頑張っても無駄なことを水渚は理解した。

「……ま、負けてやる!」
 もう、どうでもよくなってきて、水渚はそう叫んでいた。
 すると、大介はクスクス笑って。

「ありがとうございます」
 と言ったのだった。

 その時の大介の笑顔は、多分一生忘れられないだろう。
 それくらいに一番綺麗だった。

 それに見惚れていると、ふっと唇を奪われてしまった。えっと思っている間に、何度も啄むようにされてしまう。

 うわーうわーっと真っ赤になったところで大介のキス攻撃が終わった。

「キスは初めてでしたか?」
「うわ! そんなこと聞くな!」

「経験がなくて良かった。じゃあ、ファーストキスなんですねえ」
「だ、だから言うなって!!」

 水渚は叫んで、大介の腕を抜け出すと、さっさと斗織の墓を後にした。それを眺めて、クスリと笑った大介は、桶やらを片付けて水渚の後を追った。

 また、ここに来るときは、別の報告も出来るかもしれない。

 それにその時は、きっと大勢で来て、ここには百合の花園が出来るだろう。

 貴方が守った、今生きている人たちが作る花園があるに決まってる。








 大介から逃げ出した水渚は、結局、車で来ているのだから、正確には逃げるわけにはいかなかった。
 仕方ないので、車にもたれていると、携帯が鳴った。
 相手は梧桐だ。

「はいはい」
『嗄罔、昨日凄かったなー』
 梧桐はゲラゲラ笑っている。

「この、裏切り者が……」
『裏切ってません。そうだ。そっちはどうだった? 駅』

「京都府警所属のサンタがいたよ」
『すげー。大掛かりだなあ』

「馬鹿馬鹿しくて涙が出るよ。おまけにそのまま飲みにいったらしい」
『あははは。こっちもあのまま飲みにいったんだけどな。考えることは何処も同じか』

「で、何か用?」
『まあ、その。玖珂さんとどうかなと思って』

「……」
『キスぐらい墓前でしたかどうか。言いたくないならいいんだけど』
 どうしてそのまま今してきたことを、的を射たことを聞くのだろうかと水渚は思った。

「……した」
 隠したところでと思って正直に答えたのだが、向こうの状況が違っていた。

『した? したんだ。おーいしたってよ!』
 梧桐がそう確認して叫んだとたん、携帯の向こう側から、ぎゃーだの、やったーだの。賭け金がどうだのこうだの。
 明らかに、十人くらいはいるだろう声が聞こえてきたのだった。

「……こんのぉ、梧桐、仕置きだ! 覚えてろよ」
 酔っぱらいどもはまだ解散しておらず、まだ水渚たちで遊んでいるのだ。もしかしたらまだサンタの格好をしているかもしれないと思うと、本当に頭に来る状況だ。

『うわ、たんま! あのさ。情報だけど。東京駅…』
 そこまで梧桐が言ったところで、水渚はさっさと携帯を切ってやった。たぶん、折り返しはかかってこないだろう。

「どうかしました? 大きな声を出して」
 携帯を睨み付けていると、大介が戻ってきた。結局、そのまま電話のことを話すと、大介は苦笑するだけだった。

「暫くは仕方ないですよ。3年分きっちり返ってくると思いますし」
「……いっそのこと、どかっと来た方が楽だよね」
 準備が出来なかったから、ああだったと思ったが、実はこうやってチビチビ仕返しをすることで、こっちにダメージを与えようという作戦なのかもしれない。