Distance 2round カウントダウン 4
翌日から、卓巳(たくみ)が家を出ると、北上神(きたにわ)が外で待っているという日々が続いた。
北上神は、一応仲川対策というのだが、母親はそれを聞いて大いに感謝しているのだ。
教室は隣だから、朝は教室まで送ってくれるし、帰りも迎えに来てくれる。
田上や熊木とも上手くやっているし、トラブルもない。
二人に北上神の背景を聞いてみても、変な噂も聞かないという。
中学の時までは、かなり学校をサボっていたらしいが、それも全部家のことを手伝っていたと北上神は言う。
それでも成績がよくて、1組から一度も落ちたことがないというのだから凄いと思う。
一方、仲川の方は、あれから気まずいのだろう。近寄ってくることもなくなったし、電話もかかってくるようなこともなくなった。
変なことと言えば、廊下を歩いている時、下級生からの視線が多くなったことだろう。
移動時間などの時など、あきらかに待ち伏せされているような気がする。何かされるわけではないが、ジロジロと見られている。
あれは何だろう? 意味が解らない。
「なーんか、視線が熱烈だなあと思ったけど。なんだ、そんなことか」
そう言ったのは熊木だった。
「何か知ってるのか?」
この妙な視線はなんだと卓巳が問いかけると。
「あ、あれ、多分、北上神(きたにわ)の非公認ファンクラブってとこらしいよ。うちのクラスの奴とか後輩がさ、真剣に「北上神先輩と東稔(とね)先輩は付き合いだしたんですか?」なーんて言われたらしいよ」
「はあああ?」
卓巳は田上と一緒に声を上げてしまった。
そんなことがあったなんて。
「ある意味、男のコンプレックス刺激するような人間だし、普通なら反発があるもんだけど、北上神って結構人付き合いが上手いじゃん。だから、対抗するより、憧れるって感じらしいよ」
そう熊木が言った時、卓巳は後ろからギュッと誰かに抱きしめられた。 だがこんなことするのは、一人しか思い当たらない。
「き、北上神ーーーーっ」
いきなりやられると、体重が支えられないのだ。思わず、前のめりになってしまって卓巳は唸る。
「上半身の体重を全部俺に乗せるなっ!」
「わりぃわりぃ。なんか俺のこと言ってるなーと思って」
体重を乗せるのはやめてくれたが、抱きしめるのはやめてくれない。しかも卓巳の肩に顎を乗せている。 それでも田上や熊木が全然驚かないのは、北上神がスキンシップが好きだということを理解していることと、なんだかんだで卓巳がそんなに嫌がってないというところだろう。
「話ってか、噂聞きつけてって感じだけど」
熊木がそう言ってさっきの話をする。
「ふーん、そんな噂になってんだ。面白」
北上神は大したことはないとただ単に面白いとだけ言う。
「俺は面白くない。なんで、付き合ってもないお前と噂された挙句、見覚えも無い下級生に睨まれなきゃならないんだ」
卓巳がそう言うと、北上神はケラケラ笑っている。
「俺が卓巳と付き合ってることになってるなら、それも好都合。余計なのがこないし、それに卓巳なら向こうも納得って感じだろう。別 に何かされたわけじゃないよな?」
最後の方は全然ふざけてない。声が低くなっている。
「別に、ただ見られてるだけだし、何かされたわけじゃないよ」
最後が妙に真剣に言ったような気がしたので、卓巳は慌てて答えていた。
「ならいいじゃん。見てるだけで、呪い殺せるわけでもなし、妙な電波を受信するわけでもなし」
そんなリングや着信ありじゃあるまいしと切り捨てられた。
「呪い……電波って」
がっくりとする卓巳。
そういう問題だろうか?
「気になるなら何とかするけど」
そう言い出した北上神に、卓巳は慌てて止める。
「何もしなくていい!」
「そう? じゃ何もしない」
まるで♪マークでも出てるようなノリのよさで答える北上神。
「俺、卓巳のこと気に入ってるから、もしなんかあったら、言ってきていいからな」
「言ったらどうなるんだ?」
面白そうに田上が聞く。
「そうだな……どうしようかな」
何かたくらむような顔をして、北上神はニヤリとする。
「なんかヤバそうだな」
熊木が苦笑して言った。
特に北上神が何かしたわけではないし、そんな噂もないのだが、なんとなくヤバイ気がするのだ。
そこへ学級委員長が通りかかった。
「あ、東稔、田上。次、自習だってよ」
「うっそ。やり」
田上がガッツポーズして喜ぶ。次は、確か移動教室だったのだ。
「篠原ちゃん、腹痛で病院だって。急だったからプリントもないらしいよ」
「更にやり! 東稔、次クロスワードやろうぜ」
「うん、いいよ」
「あ~あ、俺も混ざりたい」
熊木が悔しそうに言う。
「お前ら、クロスワード系好きだよなー」
関心したように北上神が言う。
「趣味だし。でも、北上神、数学パズルは簡単に解くじゃん」
田上が言う。
そう、北上神は数学パズルを意図も簡単に解いてしまったのだ。こっちが少し苦労していても、すすっと問題を解いてしまう。
「あれは、普通の問題だろ。テストと変わらんから解けるだけだ」
「あれを普通というか……」
「ある意味嫌味だよな」
「うんうん」
三人にそう言われても北上神は困った顔一つしない。
数学パズルの問題は、高校生のレベルで、下手すれば大学レベルもあるのだ。それを普通 という北上神のレベルは理数系大卒くらいはあるだろう。
「あ、ちょっと卓巳貸してな」
いきなり何か思いついたらしい北上神がそういうと、卓巳の腕を引っ張って行く。
「あ、どこ行くんだよ」
こういう展開には慣れてない卓巳。ポカンとする田上と熊木を置いて、さっさと別 館の方へ歩いていく。
ちょうど昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
「北上神、次授業だろ?」
「いいって、さぼるから」
「さぼるって」
「いいから。それより気になることがあるからな」
北上神はそう言うと、別館に入った。ここは、普段使わないような教室やらがある建物で、部活時間くらいでないと人が行きかっているということもない。
当然、シーンとした中を歩くことになる。
一体何処へ行くのか解らないが、北上神には目的があるらしい。
北上神が向かった先は美術室だ。そこの教官室には鍵がかかってなくて、すんなりとドアが開いた。
部屋の中を見ると、教師がいる。
「お、世嘉良(せかりょう)センセ、久しぶり」
北上神はそう言って中に入る。腕を掴まれていた卓巳も一緒に中に入る羽目になった。
「予鈴が聞こえなかったのか、それとも故意に無視なのか?」
特に怒ってるのではなく、むしろ面白がっている口調で、世嘉良は言った。
「故意に無視。で、ちょっと様子見とね」
北上神はそう言って、卓巳を椅子に座らせると、自分は隣の教室の方へ行ってしまう。
世嘉良がちらりと教室を見にいったが、すぐに戻ってきた。
「探偵でもやってんのか?」
世嘉良が首をかしげて言うのだが、卓巳にも理由が解らないのだ。
「さあ? 急に言い出したんで」
「ま、戻ってくれば解るか」
世嘉良は大して気にせず、資料を広げて作業に入ってしまった。
することがなくて、じっとしてた卓巳がふっとドアの影に気が付いたのは、ほんの数分してからだった。
この教官室に用事があるなら、入ってくればいいのに、影は少し様子を探っている感じだ。
すると、世嘉良がガタリと音を立て、電話をかけ始めたのだ。
「ああ、すみません、この資料ですが、全部揃ってます?」
世嘉良がそう言ったとたん、影は逃げるようにして去ってしまった。
パタパタと数人が走るような音がしてそれがすぐに遠くなった。
それからすぐに北上神が戻ってきた。
世嘉良はそんな北上神を睨みつけて言った。
「つまんねえ役やらせるな」
「機転が利くから、センセは好きだなあ」
「つーか、最初からいるの解っててきたくせに」
世嘉良は盛大に溜息をはいて卓巳を見た。
「さっきの電話、嘘なんだ」
そう言われて卓巳は首を傾げた。
「え?」
北上神が傍に座るのを確認すると、世嘉良が説明をつけてくれる。
「つまり、さっきの人影は、お前と北上神を探してたとなる。ここに俺がいるとなれば、ここにはいないと思ったのだろう。それで逃げたってわけだ」
「え?」
世嘉良の説明でもまだ解らないことだらけだ。
世嘉良は顎で北上神を差すとそっちに聞けという態度を示した。
「つまり?」
卓巳がそう聞くと、北上神が答えてくれた。
「さっきから変な噂が流れてるだろ? それでな、出所が何処かと思ったわけだ。そうしたら、仲川がこっちを見てた。ニヤリとしてな。それでこいつかと思って、ちょっと行動してみようと思ったわけだ。案の定、悪い友人とカメラ持って追いかけてきた」
北上神がそう言うのを卓巳は真剣に聞いていた。
ということは、仲川はまだ自分のことをどうにかしようとしているとなる。
だからと言って、変な噂とカメラがどう繋がるのかが解らない。
「そんな噂、仲川が流してどうするんだ? カメラって?」
卓巳がそう言うと、世嘉良が。
「おいおいおい、天然くん過ぎるぞ。ここまで言って連想できないとは。まあ、純粋に出来てるなあ」
「そういうところが、俺は好きなんだけどな。センセも天然好きじゃん」
北上神は笑って世嘉良にそう言う。
それから卓巳の方を向いて言った。
「俺との噂は前哨戦なわけだ。俺といると損をするとか、他の奴に何かされるとか色々目論んでたらしいな。でもお行儀がいい生徒はそんな色々をやらないわけだ。精々卓巳の顔を確認するくらいだけ」
「そこまで、やるのか?」
仲川にそこまで恨まれているとは思わなかった。
卓巳は驚いた顔をしていた。
だが、それはまだ可愛いものだ。
「それくらいなら問題はない。けど、あいつは、それをネタにして、俺とお前の噂に値するような写 真を撮ろうとしたわけだ。当然、お前への脅しになるようなものを撮る為だってのは解るか?」
そう言われて、卓巳は目を見開いた。
まさか、仲川が狙っている脅しになるネタというのは、仲川がしようとしたことと同じことなのだろうか? そう思った卓巳に、よく出来ましたとばかりに北上神が微笑んだ。
「思ってる通り」
「だ、だって! そんなの撮ったからって!」
どうやって脅すというのかと続けようとしたら先に北上神が言う。
「じゃあ、お母さんに見られたらどうする?」
「あ……」
「だろ? そういうこと」
北上神にそう言われ、卓巳は呆然とする。
そういう北上神は、卓巳を抱きしめている。これはどうなのかと、世嘉良が突っ込む。
「あ、これ。ちゃんと俺がスキンシップ好きってことになってるから、こんなの撮ったところで笑って済ませられるもんだよ」
「ふーん、役得ってわけか」
世嘉良はケッと言って煙草を吸い始めた。
「だって、卓巳抱きしめてると、なんか安心するから」
北上神は言って、ぎゅっと卓巳を抱きしめる。
こういう場合どうしていいのか解らない。
「一人前にそんなこと言うようになったか」
世嘉良はそう言って妙に可笑しそうに笑った。